063:ベースキャンプ
「これが……異界の場所?」
リリーシェとシラユキに案内されるがままに異界があるという場所にたどり着いたソウタはまず最初に目を疑った。だってこれってどう見ても……。
ソウタの目には異界というよりも、小規模な街のような光景が広がっていた。
簡易的ではあるが、いくつもの建物……。というよりもお店のようなものが乱立しており、宿泊施設のような建物や、中心部と思わしき場所には立派な噴水がたっている。
うん、これはどこからどう見ても小さい街だよな。
「リリーシェ、ここが異界のある場所なの? どうみても街のような場所だけど……」
ぴょんっとリリーシェがソウタの背中から飛び降り、テクテクと街らしき場所の中心部へと歩いて行った。ソウタはその後を追いかける。
そしてリリーシェが足を止め、何かを指さした。噴水広場のような場所に連れてこられたソウタは、リリーシェが指を指している場所に目を向ける。
「注目。これを読め」
「え~っと何々……。ベースキャンプ・シラユキ。初心者冒険者はここに集え。冒険者としての実力を上げたいものはここの異界の利用を許可する。また、ここにある施設も自由に使ってくれ」
看板の下の方にはシラユキと書かれていた。
「……なにこれ」
ソウタが朗読している最中、シラユキは照れ隠しで腕を組みながらそっぽを向いた。流石にここに連れてこられるというのは予想をしていなかったらしい。
「シラユキ、なんでこの看板にシラユキの名前があるの?」
質問されたのならば仕方がないと、シラユキは目だけを動かし恥ずかしがっているのを悟られないように振舞った。
「ここは私が見つけた異界だからな。この異界の中には、まだ十分に力をつけていない冒険者でも余裕をもって倒せる魔物しかいない。だから私が異界の所有者となって初心者冒険者をサポートするためにこの場所を提供しているだけだ。これで納得がいったか?」
異界というものは大気中の魔素の流れが不安定になり、かつ活発になることで全く新しい空間として生み出される世界。要はこの世界のどこにでも出現する可能性があるため、異界というものは常に新しい場所が発見され続けるのだ。
このシラユキの名前が看板に書かれている場所は、シラユキが偶然見つけた異界だ。
異界の中もシラユキの強さでも十分に倒せるくらいの魔物しか生息していなかったため、ここで自分自身を鍛えようと思い、ベースキャンプ・シラユキの設立を思いついた。
というのも、異界を見つけたらまずは新しい異界を見つけたと、国の上の機関に報告をする決まりがあり、そこから異界周辺にベースキャンプを設立するかどうかを任意で決める事が出来る。
もちろんこの報告を行わず、人知れず独占している輩もいなくはないのだが、それが後に国にバレてしまえば処罰の対象となるため、なるべく報告をした方が身のためだ。
そして、ベースキャンプを設立したものはその異界の所有者となる。異界を所有しなければ国が他の冒険者に譲渡する。そしてそこから異界の攻略を進めていく。
異界を所有したものは、異界を利用する者から異界の難易度に応じた使用料を受け取れるルールがある。要は税金のようなものだ。
異界を見つけたからといって誰彼構わずに異界の中に入らせてしまうと、実力に見合わない難易度の異界に入った場合、無駄に命を落とすことになる。そのため使用料を支払う制度を取り決め、異界の中の詳細を知ったうえで本人の同意の元、異界の中に入らせる。
そうすれば、万が一異界の中で死亡した場合、全て自己責任という形で終わらせることが出来るからだ。同意のもと異界に入ったという事実があれば責める人も責められない。
リリーシェは一通りその事をソウタに説明すると、ソウタも納得した。
だが一つだけソウタは疑問に思っている事があった。
それはどうしてシラユキが異界の使用料を取っていないのかということ。使用料を取れば、お金も入ってきて生活に困りそうにないのに、なんでお金を取ろうとしないのだろうか。
「シラユキ、色々と聞きたいことがあるんだけど、今はダンジョンに入りたいっていうワクワクの方が勝っているから後で時間を作っててほしいな」
気になることが色々とあるけれど、今はそれどころではない。
久しぶりにソウタはワクワクしていた。ダンジョンという地を自分の足で歩けるのにいても立ってもいられなくなっていた。何せここは異世界。現実離れした体験が出来る場所だ。危険だとは分かっていてもロマンを感じるのはソウタが男だからだろう。
(それに目的もあるしなぁ。一週間足らずでマナの扱い方をダンジョンに入って徹底的に体に覚えさせないといけない)
フランシスカに勝てないとリリーシェにきっぱり言われたソウタはこの事ばかりを気にしていた。どうにかして強くならないとSランクにはなれない。
そうと決まればさっそく異界に突入だ。
ソウタは異界の入り口まで案内してほしいと一声かけ、異界の前まで案内された。
「到着。ここが異界の入り口だ」
リリーシェに連れられるがままに道案内をされると、やっと異界へとつながる門が見えてきた。その門がある場所は一種の祭壇のようにも見える。見かけはまるで転移の扉があった場所のようだった。頑丈な造りの塀に囲まれるようにして異界の入り口は顔を覗かせている。
「これはこれはシラユキさん。……それにリリーシェさんも。普段から冒険者業ご苦労様です。して、見ない顔が見えますが、そちらの方は誰でしょうか?」
関所のような造りになっているからか、異界がある祭壇のような場所にいこうとしたところへ、ここの管理を任されているであろう兵士に声を掛けられた。
「お勤めご苦労。この男は、まあ言うなれば私の知り合いだ」
「こ・い・び・との間違いじゃないんですかー?」
小さな声でアーニャがシラユキの後ろからおちょくるようにボソっと呟く。
だがシラユキは動じることなくアーニャの頭を小さく小突く。
「今日ここに来た理由はこの男……。ではなくソウタをここの異界で鍛えるためだ」
「そうでしたか。ではお気をつけていってらっしゃいませ」
シラユキと兵士の会話はテンポ良く進んでいった。
流石シラユキが保有するベースキャンプといったところだ。
特に深く質問されることもなく関所を通れたことに若干驚いている。
「……ところでリリーシェ。お前は一緒についてくるのか?」
「当然。短期間でマナの扱いを上達させるには訓練の質が重要。だからお前と私でソウタに徹底的に教え込むつもりだった。私にそんな質問をするってことは、何か意義がある?」
シラユキは顔を引きつらせながらリリーシェの言葉を聞いている。まあそりゃあシラユキからしたら僕にマナの扱いを教えるって言っても無理があるだろうしな。
「……いや、私もそのつもりだ。だがリリーシェ、お前は昨日の件といいまだ体調が優れていないかもしれないから、まずは体を休めることを優先した方がいいと思ってな」
「万全。特に体に異常はない。だから私も一緒に行く」
「そ、そうか。体に異常がないのならこちらとしても嬉しいことだが……。本当にどこも異常はないか? 些細なことでも命に係わる事になるかもしれないから大事を取るというのも……」
「くどいぞシラユキ。私は大丈夫だと言っている」
流石にこれ以上リリーシェの同行に難を言える状態じゃなくなり、渋々ながらも一緒に異界に入ることを受け入れた。もうどうにでもなれとシラユキは思った。まあ、成せばなるだろう。
「うふふ♪ シラユキさんってば、本当はソウタさんを独占したいだけじゃ……。イテッ」
またしてもシラユキがアーニャを小突く。
もう完全にアーニャはシラユキを友達感覚で扱っているのかもしれない。
そんなやり取りをしながら、ソウタ達は異界の門の目の前まで来た。
「到着。これから異界に入るが、一応ちゃんと武装は整えておけ」
「どうして? ここの異界って冒険者になりたての人でも倒せるような魔物しかいないんだよね? だったら別にそう斜に構える必要もなさそうだけど」
「警戒。異界では何が起こるか分からない。入っていきなり魔物の襲撃と言うのもあり得る。それに必ずしも目撃されている魔物だけが生息しているとも限らない。だから万全の状態で入るのが推奨。理由以上。じゃあ早速中に入るぞ」
リリーシェはそういうと、どこからともなく取り出したあの巨大な鎌。ソウタとの模擬戦で使用した、今にでも首にあの鎌が当たった感触を思い出させてくれるトラウマ級の武器を手に取った。
だがその瞬間。
「っ……!!!!??? あぐあっ!!!」
突如リリーシェの体を覆いつくすように禍々しい瘴気が立ちこんだ。
「リ、リリーシェ!?」
それは一瞬だけの出来事だったが、瘴気がリリーシェを覆いつくした直後に、リリーシェは地面に向かって倒れた。それをとっさにソウタが受け止める。
「っ……」
小さく声をあげ、リリーシェは完全に意識を失った。
「リリーシェ! リリーシェ! いきなりどうしたんだ!?」
ソウタの呼びかけも空しく、既にリリーシェの意識はない。
アーニャも必死に呼びかけるが、やはり反応はなかった。
「やはりリリーシェの体調は万全ではなかったみたいだな……」
「シラユキさん、もしかして本当にリリーシェさんの体調面を気づいていたんですか? す、すみません。そうだとは知らずにふざけるような真似をしてしまって……」
いやそんな事は全くありませんと言いたげな顔をしながらも、シラユキはすぐさまリリーシェを宿屋に連れて行き治療をすべきだと提案する。
「ここは私が治療を引き受けます。リリーシェさんを心配する気持ちは分かりますし、ありがたい事なのですが、お二人の手を煩わせるわけにはいきません。ここは私に任せてお二人は異界の中に先に入っていてください」
「だが……。リリーシェが倒れてしまったという以上は、この事実を放っておいて異界にいくというのも気が引ける。やはり一緒に介抱を」
「逆の立場なら私もそうしたい気持ちはいっぱいありますけど、ソウタさんには時間があまりないはずですので、ここはひとまず異界で力をつける事が最優先だと思います」
アーニャはリリーシェの容態を確認し、軽い回復魔法をかけたところで優しく微笑む。
「やっぱり大丈夫みたいです。本当にただ気を失っているだけみたいなのでしっかりと体を休めればまた元気な姿を見れますよ。なので安心してください」
アーニャはそういうとリリーシェを優しく抱き上げた。
「お二人がリリーシェちゃんを心配してくれるだけでもうれしいです。その気持ちを私がしっかりと受け取ってリリーシェさんの治療に努めます」
そこまで言うとアーニャは、駆け足気味にこの場を後にした。
「本当に僕たちもリリーシェの看病をしなくていいのかな? やっぱり心配だよね」
「ああ。気にはなるが、私たちが行ったところで治療が出来るわけでもないからただ見る事しか出来ないのもまた事実。だからここは素直にアーニャに任せるとしよう」
シラユキは心配そうな瞳でアーニャの背中を見つめていた。
「ところでシラユキ、もうこの場には僕しかいないからいつも通り喋ってもいいんじゃない?」
その一言でシラユキはハッとした顔をするが……。
「う、うん。いや、まあそうなのだが……。私の身にもなってみろ。いきなり口調を変えるのも立ち振る舞いを変えるのも少しだけ時間がかかるんだ。だからしばらく待て。というより急に普段の私に戻るのも恥ずかしい。だからえ~っとそうだななぁ……。せめて異界の中に入ってからでいい?」
(クールなシラユキからいつも通りのシラユキに戻りかけているのもまた良いな! リリーシェのことは心配ではあるけど、シラユキのいう通り僕たちがアーニャさんについて行っても出来る事は見守る事だけ。だったらその時間を使って少しでも強くなろう)
ソウタはその気持ちをしっかりと胸に納め、シラユキと一緒に異界の門をくぐった。




