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061.この世界でやるべき事●

 ソウタ達は話し合いの結果、異界。別の呼び方でダンジョンと呼ばれる場所に行くことになった。なぜダンジョンに行こうかと提案されたのかは、明確な理由があった。

 

 時は少しだけ遡る。


 なんやかんやあったが、ソウタは自分の右手に浮かび上がった模様について一通りの謎が解けた後、聖女という単語を聞いて思い出した事があった。


「そういえばさ、聖領国に行きたいんだけど」


 ソウタの唐突な質問に、アーニャが真っ先に反応した。


「はえ? どうしてまた聖領国なんかに?」


 ぽかんと口をあけ、首を傾げながらアーニャはソウタに質問する。


 というのもアーニャがこう思うのも無理はない。


 クレアール大陸にはそれぞれ東、西、北の3エリアにある聖王国が世界樹クレアールを守るために、その周りに領土を保有して作り上げた国が存在している。それが聖領国と呼ばれている。このクレアール大陸の中心部にあり、最も守りが厳重かつ選ばれた人間しか入ることを許されていない。


 その様な場所になんでソウタが行こうとしているのかが単純に気になってしまったアーニャはもう止まらない。何用でそんな神聖な国に行く用事があるのかと洗いざらい話して貰わなければ、疑問という時限爆弾がいつしか爆発してしまう。爆発してしまえば最後、アーニャはもうこの事しか考えられなくなってしまうだろう。


「さあソウタさん! なぜ聖領国に行く必要があるのか教えていただけませんか!」


 アーニャは目を輝かせながら、ソウタのもとにジリジリと詰め寄る。

 ……が、シラユキがそれをみてアーニャを止めた。


 あぁ、そういえばアーニャさんってこういう人だった。

 もうむやみにアーニャさんのスイッチが入ってしまうような質問は避けよう。


 ソウタはそう思いながら、何か適当な理由を考えて質問を返すことにした。


「いや、そんな深い理由はないですよ。ただ単純に聖領国って場所にいってみたいな~って思っただけです」


 まあそんな単純な理由じゃないけど。

 あの時、僕は確かに夢のような空間……。確かクリエイトエリアだったかな。

 そこで確実に【助けて】欲しいという声を聞いた。その声の主が聖領国と口走っていたのを覚えている。正直、現実味が全然ないけど、その声の主はなぜか僕の創造の力の事を把握していた。


 その人物とコンタクトが取れればこの世界の事について何かヒントが掴めるかもしれない。

 そしてどうして僕がこの世界に転移したのかもわかるかもしれない。


 勝手な憶測だけど、行ってみる価値しかない。


 ソウタは創造空間(クリエイトエリア)と呼ばれた場所で、謎の声の主と話していた内容から聖領国にいけば何か掴めるかもしれないと考えていたのだ。


「へ……? 本当にそんな単純な理由なんですか?」


「そうなんですよね~。ただ興味があるので行ってみたいな~って」


 ソウタの返答に、アーニャはため息を吐きながら肩をすぼめた。


「な~んだ。もしかして特例でソウタさんがロイヤルナイツ(・・・・・・・)に選ばれたんじゃないかと思っていたんですけどね」


 またしても初めて聞く単語の降臨だ。

 だがソウタは学んでいた。知ったかぶりをしてもいい事はないと。

 だからここは素直に教えてもらおう、そうしよう。


「なんですか、そのロイヤルナイツって」


「ご存知ないのに聖領国に行きたいと言っていたんですか!? ん~、なんというかソウタさんってちょっと常識知らずですよね」


 常識知らず……か。

 まあ、あながち間違ってはいないというか正解だ。


 でもアーニャさんもいきなり人のズボンをずり下げようとする人だしなぁ。

 そんな人に言われても説得力がない。


 ソウタの言葉を代弁するかのように、シラユキがアーニャの肩に手をポンポンと置いて一言。


「人様のズボンをずり下げるようなお前も常識知らずだぞ」


「そ、そうでした……」


 ナイスシラユキ。

 ソウタは自分の思いを代弁してくれたシラユキに良くやったと、親指を立てた。

 シラユキもソウタを見てコクンと頷き、それを見ていたアーニャはニヤニヤと笑う。


「うふふ。ほんと、お二人って仲よさそうですよね~」


「アーニャ!」


 がっつりとソウタとのやり取りを見られていた事を知って恥ずかしがるシラユキの姿もまた可愛いものだった。


「それでアーニャさん。ロイヤルナイツって何なんですか?」


「そうですね、簡単に言えば聖領国に入国するために必要な資格ですかね」


「資格? 冒険者でいうところの冒険者ランク的なものなんですかね?」


「そうですそうです」


「へ~。じゃあそのロイヤルナイツっていうのに選ばれるにはどうしたらいいんですか?」


 ソウタの質問にアーニャがクスッと笑う。


「大きく出ましたねソウタさん。もしかしてロイヤルナイツの座を狙っているんですか? お気持ちは分かりますけど、そう簡単になれるものじゃありませんよ」


「勿体ぶらないでロイヤルナイツに選ばれる方法を教えてくださいよ」


「そうですね~。簡単に言うと、たくさん成果を上げればロイヤルナイツの選考条件は満たせます。ソウタさんの場合だと、東エリア中にその名前が広がればそれが第一通過みたいなものです」


 アーニャがそういうとシラユキの後ろに移動して肩に手を置いた。

 ひょこっと後ろから顔を出す。


「ちなみに第一通過っていう点でいうと、シラユキさんはとっくのとっくに条件はクリアしているんですけど、まったくロイヤルナイツの座に興味を持たないんですよ。珍しいというか何というか本当に変わってますよねシラユキさん」


 シラユキに笑いかけるように顔を見合わせる。


「馴れ馴れしいぞ、アーニャ」


「いいじゃないですか。私、なんだかシラユキさんってもっと硬い人なのかな~って思っていたんですけど、こうやってお喋りしていると何だか面白くってつい」


 アハハと笑顔を作るアーニャを見てシラユキもまんざらでもない様子だった。


「それに~、シラユキさんも一人の恋する女の子だっていうのも、これまた乙女ポイント高いですよね~。もうソウタさんとはキスの一つや二つくらいしましたか~?」


 不意にシラユキの耳元に顔を近づけ、アーニャはボソっとそう呟く。


「……ほ、頬にならしたことはある。それからお、おでこの方にも。それ以外の場所には……な、ない」


 不思議とシラユキもいつもなら威厳を保とうとする場面だが、アーニャの人柄と和やかな雰囲気におされ、恥ずかしながらもアーニャの質問に答えていた。


「きゃー! ではでは、今度わたしが恋のテクニックを伝授しちゃいますよ~! これでシラユキさんはきっとソウタさんともっともっと仲良くなれるはずです~!」


 興奮気味のアーニャはシラユキに頬擦りをしていた。


「えっへん! 恋のキューピットアーニャさんも大変ですっ! もしかしたら修羅場になるかもしれませんが、無事どちらも距離を縮ませられるように努力しちゃいます! シラユキさん、なるべく早く仕掛けた方がいいかもしれませんよ? ライバルはもう既に存在しているんですから」


「……ラ、ライバル? なんのことだ?」


「この話はおしまいですっ♪」


「お、おいっ!」


 その光景を見ていたソウタは、何の話をしているのか全く分からなかったが、なにやら二人の間で友情が生まれたのをみて、微笑ましいなぁと笑顔を作っていた。


「アーニャ、ライバルとは何なんだ」


 シラユキはアーニャが発したライバルという単語が気になっている様子だったが、そんな中ソウタが先に口を動かした。


「あ、そういえばアーニャさん。成果を上げる事がロイヤルナイツになるために第一通過って事は、その次も何かがあるってことですよね?」


「ニヒヒ。シラユキさん、この話はおしまいです♪ 私はソウタさんの質問に答えないといけないので。ではでは~」


 満足そうな笑みを浮かべ、鼻歌まじりにアーニャはシラユキの元から離れる。

 シラユキはアーニャにお預けをくらってしまい、見るからに不服そうだった。


「ソウタさん、その通りです。

 あくまでも成果を上げる事は第一通過。問題はその後なんですよね~」


 その後ソウタはアーニャからロイヤルナイツになるための詳細を聞いた。


 そこで知った内容をざっとまとめるとこうだ。


 まず各エリアで大きな成果を上げ、その名を広めることで自分の存在をアピールすることが一番大事。これが土台といっても過言ではない。そして名を広めるためには、冒険者という身分からしたら一石二鳥。冒険者としての実績も上げるついでに名声を広める事が出来るからだ。


 それが高ランクの冒険者だと尚更その名が知れ渡る。

 まさにいい事尽くし。


 十分に成果を上げ、各エリア。つまりソウタの場合、東エリアの聖王国にその名が広く知れ渡り、破壊の聖女にロイヤルナイツ候補として選ばれれば第一通過が出来る。


 そしてアーニャが言っていた問題だというのが次。


 候補として選ばれるのは、何も一人だけではなく、複数名。

 有力な候補を複数人集め、更にそこから選別をするらしく、その選別方法が力と力のぶつかり合い。つまりは戦いで勝ち残った者が聖領国で行われる【戦いの祭典・ロイヤルフェスティバル】の参加資格が与えられる。そしてその場で見事優勝を収めればロイヤルナイツとしての座を獲得できるらしい。


 うん、とてもじゃないけどハードルが高すぎる。

 ソウタは早くも諦めムードになっていた。

 だが、冷静に考えれば何も優勝をする必要はない。

 予選を勝ち抜いて本選に進めれば聖領国で開催されるロイヤルフェスティバルには参加できる。そこで優勝することが目的じゃない。優先すべきはそこでソウタに語り掛けてきた声の主を探し出して助ける事だ。その事を念頭に置いたソウタはひとまず安心した。


「まあ僕は無理してロイヤルナイツってのになりたいわけじゃないですし、本選で優勝っていうのはそこまで拘らなくてよさそうです。僕はただ聖領国に行きたいと思っているだけなので、候補者に選ばれたら他の候補者たちより楽な気持ちで予選に望めるのが強みになりそうだ」


 なんだかもう既に自分はロイヤルナイツ候補者に選ばれるだろうと確信しているような感じだ。いや、必ずならなければならない理由があるからこその自信だろう。

 いいや、もっと言うと僕はロイヤルナイツになって必ず聖領国に行ってやると言う固い意思の表れなのかもしれない。それほどにソウタは声の主の事が気になっているのだ。


「ソウタさんもロイヤルナイツを目指さないタイプの人なんですね。シラユキさんといい勿体ないですよ~。シラユキさんは文句なしの強さなのは分かりますけど、ソウタさんもリリーシェさんに勝ったっていう実績があるので十分素質はあると思うんですけど」


「謙遜。ソウタお前は十分にロイヤルナイツを目指せる実力はある。ただもう少しマナの扱いと実戦経験を積む必要はありそうだが」


「ありがとうリリーシェ。確かに僕もマナの扱いにはもっと慣れたいと思っていたからそこらへんはちゃんと特訓してから予選には望むよ」


「予選を勝ち抜いてやるっていうその意気込みがあるのに、それがただ単に聖領国に行きたいっていうのが行動原なのがもったいないですけどね~。ロイヤルナイツには拘らないのが本当に不思議ですけど、そこはソウタさんの自由なので私は何も言いません」


 まあ単純にロイヤルナイツっていう地位が凄く面倒くさそうだなっていうのが大きな理由でもあるけど。責任が伴う役割なんかは少し苦手意識があるからなぁ。


「同等。ならソウタ。お前はフランシスカと戦えるくらいの実力をつけないといけない」


「あぁそっか。Sランクの闘技試験が控えているんだった。そうだねリリーシェ、ここで負けているようじゃ予選なんてまた夢の夢だっていいたいんだろう?」


「いや違う。ソウタ、お前ではどう頑張ってもあいつには勝てない。何故ならあいつは過去にロイヤルフェスティバルで優勝経験があるからだ」


「え?」


「だからフランシスカに勝てなくても善戦できるような実力をつけないと予選は厳しい。予選は過去にロイヤルフェスティバルに出場しているメンバーがほぼ集まる。その大半は次は優勝を狙うと意気込む奴らが集まる場所でもあるから、ソウタ。お前が戦う奴らは、ほぼ全員がフランシスカと同等か少し弱いくらいの実力者たちだという事を先に伝えておく」


「……ということは、今の僕がフランシスカに勝てる可能性は限りなく低いって事?」


 リリーシェは勢いよく首を縦に振った。

 この即答ぶりとスピードはそうとうフランシスカに分があると知っているからだろうな。


「選択。近い将来にすぐにでも聖領国にいきたいなら冒険者としてSランクになり名声を高めることは必須条件。地道に活動して少しずつ成果を上げ、時間をかけてロイヤルナイツ候補に選ばれるつもりなら無理してSランクにならなくても良い。ソウタ、お前はどっちを選ぶ?」


 どうやら僕は勘違いをしてしまっていたようだ。

 リリーシェの話を聞く限りだと、フランシスカは僕が思っているより相当強い。

 リリーシェにも闘技試験で一応勝ったし、なんなら僕はフランシスカを作った本人だから少し実戦経験を積めば勝てるレベルになると思っていた。

 

 でもなんだかそんな甘い考えでは、フランシスカに勝てない気がしてきた。

 フランシスカに勝てないということは、予選で勝ち上がれないということ。

 それはつまり聖領国への入国がかなわぬ事になる。


 僕は少しでもはやく、僕の創造の力の事をしっていたあの声の主を探し出したい。それに声の主は助けを求めていた。だったら答えは一つしかない。


 その瞬間、ソウタは目つきを変え、自分の中でこの世界でやるべきことを明確にした。


 まずはSランク試験に合格し、ロイヤルナイツ候補に選ばれる。

 そして聖領国で声の主を探し、救出する。


 この思いを胸にソウタは強くなることを決意した。


「Sランクにもなっていち早く僕の名前を聖王国にまで広める。これが今僕がやるべきことだ。でもリリーシェ、フランシスカと約束したSランク試験まであまり時間がないんだ。だから僕に稽古をつけてほしい」


「拒否。私がお前と戦うよりも効率的に力をつける方法はいくらでもある。ソウタ、お前はマナの扱いがまだ不十分。だからまずは異界(ダンジョン)に行ってマナの扱いの精度を高める事が強くなるための近道」


「ダン……ジョン……」


 ダンジョンといえば、少なくとも元居た世界では、基本は恐ろしい魔物なんかが住み着く場所だ。ゲームなんかでは定石の要素ではあるけど、まさか自分がゲームの中だけだと思っていた場所に今から向かうなんてなぁ。


「わかった、まずはそこで力を付けることに専念するよ」


 こうしてソウタは期待と不安を胸に、初めてのダンジョンに向かった。


【東の国からの渡来④】


「絶技・明鏡止水」


 ラセツがそう口にし抜刀した瞬間、驚くほど周りが静寂に包まれた。

 絶え間なく揺らいでいた草原の葉が、不思議と止まっているかのように錯覚もした。


 誰もがその空間に呑まれたときには、こう言うだろう。

「不思議と落ち着いた空間だった」と。

 それほどラセツが作り出した空間は、邪念がないものだった。

 それはまるで「無」の境地に近しい。


 そんな中、ラセツが抜刀した。

 抜刀はしたが、それは達人の目からしても鞘から刀を抜いていないと錯覚するほどに恐ろしく早い速度で行われたものだった。


 抜いた刀をゆっくりパチンと鞘に収めた瞬間、ラセツに降りかかる激しい火の粉は一瞬にして切り裂かれた。


 そしてラセツはこの一連の流れの内で、不規則に素早く動き回るクロベニの姿をはっきりと捉えており、クロベニが次に到達するであろう予測地点に刀を振るい、ピンポイントで大きな風を作り出し吹き飛ばした。


 クロベニは驚くことしか出来なかった。

 何故なら、あまりの速さにラセツの剣筋が見えなかったからだ。


 ラセツを取り囲んでいた炎は、刀を振るった際に起きた風で全てかき消された。


「そ……そんな事ってありなのか!」


 ラセツが生み出した風でクロベニは大きく吹き飛ばされた。

 そのまま背を地面につけるような形でドサっと倒れ、クロベニは思う。


(あいつの剣筋が全然みえなかった……。

 私はまだラセツの力には遠く及ばないのだろうか……)


 ニヤニヤとしながらラセツがクロベニのもとへ歩いてくる。


「おいガキ。な~に難しい顔してんだよ」


「……ガキと言うなと言っているだろう」


「う~ん。まあなんだ。

 お前にしては悪くない攻撃だったと思うぞ」


「……グスッ。慰めなどいらぬ。

 私はお前に負けたのだから。それもとっておきの技を使ってまでも」


「あの炎の技の事だろ? まあ、俺には通用しなかったが、俺以外にその技を使用したらきっと勝つことが出来るんじゃねえの?」


「うっ……グスっ。お、お前に勝つために編み出した技だったのに……。

 変換も桜花炎舞もぉ……!」


「コン……バート?

 なんだそれ? そんな技使っていたか?」


 クロベニの瞳が段々とウルウルとしてきた。

 そして悔しさが爆発したのか、とうとう感情的になってしまった。


「づがっていたのだ!! 私のとっておきだった!

 だからお前が私の技をいとも簡単に凌いだのが悔しいんだ~!!」


 うわああああんと泣き叫ぶクロベニを前にラセツは「やっぱりガキだな」と呟きながら苦い顔を作っていた。


「……ま、まあ落ち着けって。ていうか泣き止めよ」


 そっと手を差し伸べるラセツにはおかまいなしに、クロベニはジタバタを手足をぶんぶんさせて聞く耳を持っていない様子だ。


「はぁ……。こんなお前をガキと呼ぶなって言われるほうが難しい話だぜ」


「お前なんかシラユキお姉さまからしてみれば弱い方なのだ~!

 私の代わりにお姉さまが……。うわあああん」


「はぁ……。わかった、わかったから!

 イヅナとかいうお嬢ちゃんを探すのを手伝うから泣き止め!」


「……ほん、とうか?

 一緒に手伝ってくれるのだな?」


「ああ、本当だ。それにガキにしてはよくやった方だと思うぜ?

 だって俺に絶技を使わせたんだからな。その点は褒めてやっても……いいな」


 ラセツは腰を下ろし、クロベニの頭をヨシヨシと撫でながら慰めの言葉をかけた。


「……な、慰めなど……いらぬといっているだろう。バカ」


「おいガキ。人の好意を無下にするつもりかぁ?

 バカはねえだろバカは!」

 

 ラセツはクロベニに顔を近づけ、鬼の形相で圧をかけた。


「ちっちがう! 本当にそう思っているつもりではなくて……!」


「じゃあどう思ってるっていうんだよ?

 バカってのはバカって意味でしか使わねえだろうが」


「あ、あわわ……!

 だから……その……色々な意味合いがあって……」


 ラセツとの距離が近いのか、少しだけ照れている様子のクロベニだったが、それよりもバカと言った意味を追求されているのに困り果てていた。


「ええい! この能筋鬼め! 察しが悪いのだ察しが! 

 言っておくが、私はお前に一ミリたりとも……その……」


「なんだよ?」


「うぅぅぅ~!!!

 とりあえずバカかバカでも意味が違うのだー!

 悪い意味でいったわけではない!」


「そうなのか。だったら良いや」


 やけに聞き分けの良いラセツはそのまま追及をやめた。


「まあなんだ。久しぶりに手ごたえのある戦いが出来て楽しかったぜ」


 ラセツは急ぐように立ち上がり、クロベニにそう言った。


「お前にしては上出来だった。じゃあまたな。

 どうせ明日も戦うだろうし、そのときは相手してやるよ」


「……へ? あ、あぁ。明日は私が勝つかもしれないがな」


 ラセツは目を逸らしながら落ち着きがない様子だ。


「お、おう! じゃあまた明日な」


「おいちょっと待て。イヅナちゃんの捜索が……」


 その言葉を聞いてラセツは一目散に逃げだした。

 クロベニを慰めるために約束したイヅナの捜索が面倒くさくなったのだろう。

 急いでその後を追う形でクロベニが後に続いた。


「おい! 一緒に捜索を手伝うと言ったばかりではないか!」


「おれそんな約束したっけか~? 覚えてないわ~」


「こ、この……!

 言っておくが今の私はお前よりも速いのだぞ!」


「はは~ん。いつもの口だけ宣言ですか!

 そう言って俺を捕まえられたことねえじゃねえかよ」


(昨日まではな。

 だが今日の私はお前から変換したマナがありあまっているのだ!)


「おいラセツ。もし私に捕まったらイヅナちゃんが見つかるまで私と一緒に捜索を手伝ってもらぞ」


「はぁ? なんだその面倒くせぇ条件は。

 一人でやってろ一人で」


「なんだ、まさか私に捕まるとでも思っているのか?

 捕まるかもしれないからこの条件が飲めないのだろう?」


 煽るような発言に、ラセツの額に青筋が浮く。


「へっ、この俺がガキに捕まるだと?

 万が一、いや億が一あり得ない話だな。

 いいぜ、その条件飲んでやるよ」


「言ったな? 絶対だぞ?

 後から取り消すだなんて言うのではないぞ?」


「俺がお前に捕まるわけがないから、取り消す以前に捜索の手伝いをしねぇっての」


「よし、では今日からお前は私とイヅナちゃんの捜索を手伝う事になった。

 これからよろしく頼むぞ、ラセツ」


 クロベニは声を浮つかせながら、満面の笑みでラセツにそう言った。


 後日、いつものように戦いの音がなることはなく、何故かラセツとクロベニが一緒にイヅナを捜索している姿が目撃された。

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