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058.トラブルメーカーは伊達じゃない●

 エニグマの魔法【守護者の結界】の中から、ソウタはニヤりと笑みを浮かべた。

 そんなソウタの態度にエニグマはますます苛立ちを覚える。


「なんであんたは余裕そうなのよ!

 少しは驚いてくれたっていいじゃないの!」


 頑固者、勝気、負けん気の強さ。

 エニグマの性格からして、どうやってもただでは帰してくれないのは確定的に明らか。なので帰してもらうにはエニグマに僕の強さを証明するほかない。


 自分で言うのもなんだけど、そうでもしないと聞き分けが悪いエニグマは折れないだろう。

 まあ、強さを見せるというよりも、この結界のカラクリを知っているだけっていうズルだが。


「いや~、実に立派な結界だね」


 ソウタは結界をコンコンと叩き、リリーシェ同様に強度を確かめた。


「ふっ。私は触らずともこの結界がどれだけ強度なのかは瞬時に把握できた。

 結界自体を壊すことは出来るが、私の力を持ってしても時間がかかるな」


 腕組をしながらジッと結界を見つめるシラユキ。

 嘘つけ。とソウタは思いながらも内心笑っている。

「じゃあ壊してみてよ」と言いたいところだが、かわいそうなのでやめておく。


 今はこの結界の中から出るのが優先。

 まずはエニグマにソウタがAランクであるという証明をしなければならない。

 だがソウタには身分証である、冒険者ペンダントが手元にない。

 じゃあどうするべきか。

 ここで役立つのがソウタの自作キャラの知識だ。エニグマの守護者の結界という魔法は、厳密に言うとエニグマが扱える魔法ではあるが、実際にはロビン(・・・)が使っている魔法だ。


 エニグマ自身はロビンを単なるアクセサリーとしてしか認識していない。だが、そのロビンはエニグマにとって最も欠かせない物なのだ。


 もちろんそんな事を知っているのはソウタだけ。

 エニグマは腰に手を当て、ドヤ顔でふふんと鼻で笑っている。


 ソウタはその様子を見て段々と楽しみになっていた。正確にはイタズラ心に火がついてしまって、結界を抜け出した後の反応が気になるからだ。


 きっと、それらしい怒り方をするぞ。

 ツンデレキャラの怒り方や仕草を直で見れるこの幸せ。

 ソウタにとって、自分が作ったキャラクターが取る言動の一つ一つを見れる瞬間こそ、この異世界に来てからの一番の楽しみになっていた。


 さあ、エニグマ。君はどういう反応を見せてくれるんだ。

 ソウタはニヤニヤしながら、一歩一歩エニグマの方へ歩き出した。


「エニグマ、君が作った結界は凄いよ」


 ソウタが結界の事を褒めたのに反応し、エニグマの肩がピクっと動く。

 エニグマは何としてでもソウタに自分の凄さを認めてもらいたい一心でこの結界を作ったわけなので、褒められればそれに反応せざるを得なかった。


「そうでしょそうでしょ? この結界は私の魔法で作ったのよ。ま・ほ・う・で。

 こんな強度な結界を瞬時に生成する魔法、私以外じゃ使い手はいないわ」


 自慢げな表情で胸に手を当て、ソウタを見つめる。

 勝気な表情がとても可愛いのだけれど、ソウタはそんな事おかまいなしに……。


「ンサマク・ハツンパ・ノマグニエ」


 ソウタがそう口にすると、結界は段々と光となって消えていった。


「……へ?」


 これは合言葉だ。強大なロビンの力を無力化するためにソウタが設定したもの。

 万が一、ロビンの矛先が誤って敵意のない者に向いた場合、この言葉を発してロビンに呼びかければ、合言葉を知る者と認識され害を加えないという設定がある。


 もちろんこれはエニグマですら知りえない合言葉だ。

 というのも、エニグマはまだロビンを使いこなせていない。そんなエニグマからしてみればこの合言葉は必要のない知識なのだ。だがエニグマは知らずとも、ソウタはバッチリ覚えていた。


 エニグマは自分が作った結界が、ソウタが発した謎の言葉によって光となって消えていくさまを見て目を丸くしてポカンと見つめている。

 しばらくして何が起こったのか理解し、ソウタにズイズイと攻め寄っていった。


「ちょちょちょちょ! ちょっと待ちなさい!

 あ、あんた……。一体何をしたのよ!」


「結界の解除」


「結界の解除。じゃなくて! 

 なに平気な顔してそんな事やってくれてるわけ?」


「Aランクの証拠を見せるには手っ取り早いかな~って」


 ……まあズルだけど。


「ま、まだよ! これだけで調子にのらないで欲しいわね。

 さっきは少し魔法の調子が悪かっただけよ! 今度こそ本気を見せるわ」


 エニグマはよほど納得がいかなかったのか、もう一度守護者の結界を発動するべく手を前に突き出して結界を生成しようとしたが……。


「ど……どうしてっ!?

 なんで結界が出てこないの~!!」


 それもそのはず。ソウタがロビンに対して合言葉を言ったため、ロビンはソウタ達がエニグマに危害を加えないと判断しているから結界は生成されない。


「諦念。ソウタはお前の結界を破ったんだ。おとなしく認めろ」


「だめだめ! だめ~!!!

 納得いかない! いかないですぅ!」


 やっぱりツンデレキャラは怒り方だよなぁ。

 このいかにもな怒り方、いかにもな口調。

 うんうん。ザ・ツンデレって感じで最高だ。


 ソウタはエニグマの怒り方と動揺具合を見て楽しんでいた。

 でも面倒くさいのは面倒くさいので、なるべく早く解放されたい。


「ダメって言ってもなぁ……。

 これで証拠にならないなら何をしたらいいのさ」


「うぅ……」


 エニグマは考えていた。

 ここでソウタが自分の胸を触ろうとしたことを、ギルド屈指の強さと権力を握るリリーシェとシラユキの二人に報告してソウタの立場を落としてやろうか、と。


 でもこの報告がきっかけで、ソウタが牢にでもぶち込まれたら、どうして自分の事をあれほどまで知っていたのかと聞けなくなる。だからあえて言わなかった。


 ……でもそれをして何になるのか。

 ソウタが胸を触ろうとしたっていう証拠事態がない。

 というか、触ろうとしたっていうだけであって、未遂で終わっている。

 そもそも思えば証言できる人がいない。



 エニグマはもともとこの事をいざという時に上に報告するつもりだったが、今になって気が付いたのだ。圧倒的に証拠が足りないということに。


 要はソウタが胸を触ろうとしました作戦もとい、ソウタに脅し文句を言って自分の配下にしようとしてた企みは泡となって消えた。


「……というか、もっと簡単な方法があったじゃない」


 エニグマは見落としていた。

 今この場には誰がいる?

 ソウタがAランクの冒険者であるならば、この場にいるAランクの試験官であるリリーシェ本人に聞けばいいじゃないか、と。

 理由は不明だけど、リリーシェとソウタがこんなにも親密ならばもしかして贔屓してもらってAランクになったかもしれない。

 自分でも最低な考えだというのは分かっている。

 だが、どうしてもソウタがAランクだという事実に納得がいかないのだ。


「リリーシェさん。少しお聞きたいことがあるのだけれど」


「急変。お前さっきまでと態度が違う。猫かぶりが酷いな」


 ズバズバとリリーシェの言葉がエニグマに刺さるが気にしない。


「今はそんな事はどうでもいいじゃないですか。それよりもお聞きします。

 ここにいるソウタという男は、Aランクなんですか?

 リリーシェさんはこの男と戦っているはずなので、分かりますよね?」


 エニグマは続ける。


「言っておきますけど、もしこの男がリリーシェさんの贔屓でAランクになっていたんだとすれば、私はその事をマスターとフランシスカさんに報告するつもりです」


 いつにもなく強気な態度でリリーシェに質問する。

 それに答えるべく、リリーシェは一息入れて口を開いた。


「回答。まずソウタの事だが、こいつはAランクじゃない」


「ちょっ、リリーシェ!?」


 まさかすぎる展開にソウタは思わずリリーシェを見た。

 まさかエルヴァーの意見に賛同して模擬戦を行った時みたいにエニグマ側について面倒ごとを起こすつもりなのか!?


 ソウタが驚いているなか、対照的にエニグマの気分はウッキウキだった。


「……や、やった! やっぱりあんた、Aランクじゃないじゃない!」


 エニグマはよほどソウタがAランクじゃないという事実が嬉しいのか、したり顔でソウタを見つめている。だが、リリーシェの話には続きがある様子だった。


「語弊。Aランクじゃないというのはフランシスカとの試験が……」


「見栄張っちゃってダッサいわね。そりゃあそうよね! あんたみたいな変態さんがこの私よりランクが上ってこと自体がありえない話なのよ」


 もはやリリーシェの声はエニグマに届いていない。

 今はただひたすらに喜びで溢れて幸せいっぱいという感じだった。


「……うかれているな。ソウタ。

 お前、言われたい放題だがいいのか?」


 リリーシェは浮かれ気分のエニグマを見てソウタに呟く。


「ま、まあエニグマの事を考えたらこれはこれでアリ……かも?

 それにリリーシェが言いたかったことも何となく予想ついたからね」


 リリーシェが言おうとしていた事がソウタには理解できていた。

 そしてどうして自分がペンダントを貰えないのかと理由も。


 恐らく僕は数日後にフランシスカ相手にSランクの試験を行う。

 だからその結果次第で僕の冒険者ランクが決まる。

 確かに僕はリリーシェに勝ってAランクになったが、もしかしたらフランシスカに勝ってSランクになるかもしれない。

 冒険者登録がどんな感じで行われるか分からないけど、恐らく試験というものは半年に一回しか本来は行えない。だけど僕はAランクの試験とSランクの試験を立て続けに行う。

 ギルド側もこの異例の事態にどう対応するべきか迷っているから、まだ僕の冒険者登録が終わっていないのだろう。


 そしてこれが結果的に一番穏便に事を進められる展開かもしれない。

 余計な面倒ごとを起こさずにエニグマが一番気持ちい形でこの揉め事が解決できるのなら、それはそれでアリだ。


「ソウタがいいならそれでもいい」


 リリーシェは納得気味なソウタを見て言った。

 その後に、エニグマを見て口を動かす。


「ところでお前。さっきソウタに胸を触られそうになったとかどうとか考えていたが、それの何がいけないんだ?」


 ……へ? ちょっとリリーシェさん、何を言っているんですか?

 あまりの突然の話の話題にソウタは一瞬頭がフリーズした。


「んふぇ!? ど、どうしてその事を!?」


 当然エニグマは自分が思っていたことがリリーシェに読まれ混乱している。


「胸を触られることの何がいけないんだ?

 私はソウタと一緒にお風呂に入ったとき、ソウタは私の胸を触ったぞ?

 でも私は別に何とも思わなかったが……」


 リリーシェー! それ面倒ごとの種です!


 せっかく面倒ごとが起きないように地面の栄養全部抜いたのに、そこに栄養を与えてなおかつ種を植えるってどういう事なんですか!

 そこから生える木に面倒事という名の木の実が勢いよく実るレベルの失言だよそれ!


 もちろんその言葉にエニグマは反応せざるを得なかった。

 リリーシェの一言で、一瞬にして表所が曇りに曇り切った。

 もう、今にでも雨が降りそう。

 いいや、雷雨だ。雷が落ちるぞ。


「さいってい。この変態ロリコン野郎」


 なんというか、このエニグマの対応は怒っているというよりも蔑みの感情の方が大きかった。心からソウタの事を軽蔑しきったような、そんな感じ。


 幸いにも、ソウタ達の後ろにいたシラユキとアーニャには聞こえていなかったみたいだ。


「はぁ~……。何だか、そうね。

 こんな男に時間を使ってしまった私が馬鹿みたいに思えてきたわ」


 エニグマは深いため息とともに肩をドッと落とした。


「あんたと私を比べようとしてたのも、なんだかムカついてきた。

 比べるほどでもないって分かってしまったもの。ね? 変態さん」


「あ、あのエニグマさんエニグマさん。

 それがリリーシェの冗談だって思わないんですか?」


 ソウタの問いかけにエニグマは両手を自分の胸に当てた。


「忘れたの? あんた前科持ち。

 そんな男を見て冗談だとは思わないわ、変態さん」


 エニグマは嫌味と皮肉を交えてソウタに言葉を投げた。


「ぐうの音も出ません」


「はぁ……。私の見当違いだったみたいね」


 エニグマは少しだけ悲しそうにソウタを見た。

 何か思うところがあるのだろうか?


「え? 今なんっていったの?」


「やめて。私、あなたと話したくないわ」


 明らかにエニグマのソウタに対する当たりが冷たくなっていた。

 エニグマはそのまま路地裏の道の脇に立って、どうぞと道を開ける。


「すみませんリリーシェさん、シラユキさん。

 貴重な時間を使わせてしまって」


 そのまま促すかのように、路地裏からソウタ達を出して背中を見送った。


「しかし、気まぐれな奴だったな。

 どうして急に道を開けたんだ?」


 リリーシェを路地裏から回収し、ギルドへ向かっている最中。シラユキは急変したエニグマの様子に疑問を抱いていた。


「まあ、うん。

 色々な事がおっぱいあったからじゃないかな」


「……え?

 お、おっぱ……?」


「うん。おっぱい」


「ソ、ソウタ……?」


 嫌われた。ガチで嫌われた。

 僕、もうエニグマに顔を合わせられないかも……。

 会ったとしても、どんな顔して会えばいいんだ。


 今回ばかりは、挽回する余地がなさそうだな……。


 ソウタは魂が抜け落ちたような顔で、みんなを連れて自分の部屋に戻っていった。



 ――ソウタ達を見届けている最中、エニグマはジッとソウタの背中を見つめていた。


「す、少し言い過ぎたかしら……?」

 自分の言った言葉を思い出して、反省している様子だ。


「はぁ……。結局なんで私の事やロビンの事を知っているのか聞けなかったし……。

 ねえロビン、あんたあいつの事どう思う?」


 エニグマは洋服の中から取り出した一つの熊のぬいぐるみに話しかける。

 この人形こそ、エニグマにとって欠かせないロビンだ。

 当の本人はその事は全く自覚していないが。


「ねえロビン。私、あいつの事を酷く言っちゃったけどさ、本当は凄いと思ってるのよ?

 だってあのリリーシェさんの攻撃を完璧に受けきったし、私の結界を簡単に破っちゃったりもしてさ」


 エニグマはロビンに向かって独り言を話している。

 エニグマにとってはこれが日常だった。


「ていうかさ、ロビン。なんであいつシラユキさんと一緒に居るんだろね?

 偶然かな? ギルドの入り口で私のところに駆けつけたときにたまたま一緒になっただけなのかな?」


 エニグマはまた深いため息を吐いた。


「は~……。なんだかんだ言ってあいつの事が気になるのよね。

 ねえロビン、あんたあいつの事を知っているなら何とかしてよ」


「……」


「って、ごめんね。いっつも私の弱音や愚痴を聞いてもらって」


 エニグマはロビンを優しく抱いて、洋服の中にしまった。


「ぐぬぬ……。思い返せば思い返すほど、あいつの言葉が気になるわ……。

 でも今更、あいつの所にもいけないし……」


 エニグマは洋服の中にしまったロビンをもう一度取り出しロビンに顔をうずめ……。


「次合うときはどんな顔して会えばいいのよー!」


 お互い、なんやかんやで思っていることは一緒のようだった。

【東の国からの渡来①】


 アガリの国。それはクレアール大陸のはるか東に位置する国の一つ。

 そこはクレアール大陸の文化や文明などを一切用いず、独自の伝統や文化を築き上げ、クレアール大陸とは違う進化を遂げてきた国だ。


 だが共通して同じ部分は一つ。

 それはマナの存在だ。


 クレアール大陸には、この世の全てを創造したともいわれる世界樹がある。

 この大地に住まう全生物は、この世界樹から生成されるマナを元に活動をしているのだ。


 だからこの大地に居る限り、マナという存在は唯一無二であり、生物にとっては切っても切り離せない存在になる。アガリの国でも例外なくマナは認知されているのだ。


 だがクレアール大陸から離れたこの地では、全てのマナを使えるわけではない。

 三系統のマナの中でも、智慧系統のマナがこの地では潤沢に溢れた。

 昔からこの地に住むものはその影響からか、智慧系統を扱う事に秀でており、更には長い時間をかけてその智慧のマナの独自に進化させてきた。

 

 その結果、アガリの国では智慧系統から派生した独自のマナを宿す人々が増えていった。

 その中でも【忍術】と呼ばれる智慧系統から派生させた力を使って扱う技は、アガリの国の人々しか扱えない秘術となっていった。



 そんなアガリの国から、一人の来航者がクレアール大陸に渡った。


 時間は少しだけ遡る。


「イヅナちゃーん! どこにいったのー!」


 俊敏な動きで駆け回る一人の少女。

 その容姿は、このアガリの国の伝統的な衣装である忍者服に身を包んでいる。

 青みのある綺麗な黒色の髪を後ろで束ね、真紅の目を光らせながら、森の木々を軽い身のこなしで次々と移動している。


「イヅナちゃーん! 返事をしてくださーい!

 返事をしたら美味しい美味しいお団子をあげますよー!」


 呼びかけ空しくどこからも返事が無い。


 シュタっと開けた場所に着地した。


「なあクソガキ。いい加減諦めろ」


 少女が着地した場所には、のんびりと羽を伸ばし呑気に空を見上げた青年がいた。

 男は無気力というのにふさわしい雰囲気を漂わせ、ダルそうにしていた。

 この地に伝統的に伝わる、サムライという者が来ている衣服に身を包んでいる。


「クソガキと呼ぶな! 私には【クロベニ】という立派な名前があるのだ」


「ガキはガキだからいいじゃねえか」


「怒るぞラセツ。お前もいい加減、捜索に参加するんだ!」


「めんどくせえよ、んなもん。

 勝手にフラフラどっかに行った奴を探す義理なんてどこにもないっつーの。

 そういうやつはな、好きにさせた方がいいんだって」


 クロベニはラセツの頬をつねり、言い聞かせる。


「いでででで! おい! 

 お前、力の加減がへたくそなんだから引っ張んな!」


「いいかラセツ!

 イヅナちゃんは土地神様の大事な大事な娘さんなのだ!

 そのような人がもし行方不明になったらどうなると思う?」


「は? んなもん知らねえよ。

 いなくなったら何が起きんの?」


「私も知らん! でもお偉い人の娘さんなのだ。

 絶対に探し出さねばマズいという事くらいわかるだろ!」


「はいはい。ガキがガキを探している理由は勝手な温情から来ているもの……と」


「おいラセツ。ガキと呼ぶなと言っているだろう?

 そんなに私にボコボコにされたいのだな?」


「お、いいねぇ。やる気かい? そうそう。そういうもんだ。何か決め事ってのは、勝負で白黒つけて負けた方がいう事を聞くってのが一番手っ取り早い方法なんだぜ?」


「この脳筋鬼め。言っておくが、手加減などしないぞ。

 なんだって今日の私は【円月輪】を持ってきたのだからな」


「色はどっちだ? 紅か? 黒か?」


「そんなもの、教えるわけがないだろう。

 さあ、さっさとケリをつけて捜索の続きをやるぞ!」


「勝った気になるなっつうの。

 ていうかクソガキ。お前いつも本気だろうが。

 なにが手加減などしないぞ~だ。保険かけんじゃねえよばーか」


「そ、その減らず口を叩き斬る!」



――そのころ。アガリの国の港では。


「ん~、なんだか変な場所にきちゃったかも。

 森でもないし畑でもない。なんだろ、これ」


 フラリフラリと港に迷い込んだのは三本の尻尾を生やした少女。

 もっふりとしたきつね色の髪が海の風でなびいている。

 この少女こそ、クロベニたちが探していたイヅナだった。


「わぁ! しょっぱーい!

 なにこれなにこれ~! こんなお水飲んだことないよ!」


 無邪気にはしゃぐ狐の少女は、土地神様と呼ばれる存在の娘。

 イヅナは家庭の事情もあり、満足に屋敷の外から出られなかった。

 ずっと退屈な毎日にしびれを切らして屋敷を抜け出してきたのだ。


「へ~。お屋敷の外ってこんな風に色々な楽しい事と初めての事がたくさんあるなんて、イヅナ知らなかったな~。それに案外簡単にお屋敷も抜け出せちゃったし、いい学びになったかも!」


 ルンルンとスキップをしながら、今度は人だかりが多い場所にやって来た。

 港では交易のためにたくさんの商人が集まる。

 イヅナはそんな商人たちに興味深々だった。


 見たこともないものがたくさんある。

 お洋服もイヅナが知らない者ばっかり。

 きらきらと光る石がとっても綺麗。


 商人たちが持ってきている物から目を離せないイヅナ。


 その様子を見ていた商人たちが、ぶつぶつと呟く。


「おい。妖狐なんて上物に巡り合えちまったなぁ。

 これは仕留めて毛を売れば丸儲け間違いなしだぜ……ケケッ」


「旦那ぁ。もったいないですぜ。仕留めずに奴隷にしましょうよ! 

 そのほうが色々と一石二鳥ってもんですよ。グフフ」


 イヅナに怪しい影が近づく。


「おっ、なんだいお嬢ちゃん。

 そんなに食い入るように見て。何か欲しいのかい?」


「え! なになに?

 おじちゃん達、イヅナにこれくれるの!?」


「ヘヘッ……。

 あぁ、欲しいもんなんでも選んでいいぞー!」


 目を輝かせながら商人たちに期待のまなざしを向ける。

 三本のしっぽをふりふりと揺らしながら、ぴょんぴょんと跳ねている。


「ねえねえ、おじさんおじさん。

 イヅナね、こんな色々なものを見るの初めてなの。

 だからね、どれが良い物なのかが良くわからないんだ。

 おじさんならイヅナに何をくれるの?」


「ん~……? ンッフッフ。

 じゃあそんなイヅナちゃんに特別なものをプレゼントしてあげるよ」


「えっ! 特別な物!?」


「ああ、そうさ。

 ちょっとおじさんについておいで」


「うん! おじさんについてくー!」


 イヅナは期待に胸を膨らませ、商人についていった。

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