056:ソウタの悪癖
「ここの通りを抜けて、ここです! ここから裏路地の方へ」
アーニャが指さした場所は、昼間でも薄暗くどこか陰湿な雰囲気の場所だった。
だがそれ以前に、ソウタにはこの場所に見覚えがあった。
「あれ、ここって……」
シラユキも同じことを思っていたようで、裏路地の方を見て顔を赤くしていた。
「こ、ここは……」
「シラユキさん、どうしたんですか?」
「いや、何でもない。
それもよりも早くソウタ達に道案内をするんだ」
「えっ!? わ、私がですか?
どうして私があの男なんかに……」
「リリーシェが倒れている場所を発見したのはお前だ。
お前が案内をしなければ誰がやる?」
エニグマは正論をかまされ、しぶしぶとソウタ達に道案内をすることにした。
「ちょっとあなた」
「な、なに……?」
「道案内はやってあげてもいいわ。でもその前に聞きたいことがあるの」
エニグマはソウタの前に立ち、睨めつけた。
「あなた、ランクは?」
「ランク?」
「とぼけないで。ランクって言ったら冒険者ランク以外ないでしょ?
そんな事も分からないわけ?」
「あぁ、冒険者ランクの事ね。
え~っと、一応Aランクに入るのかな?」
「えっ……!?」
ソウタがAランクだという事実を聞かされ、エニグマの瞳が見開いた。
それもそのはず。エニグマは今の今まで、ソウタのランクは自分よりも下だと思い込んでいたからだ。
良くてもDかCくらい。まだBランクまでは言っていないと思っていた。
そんな男が私よりもランクが上だなんて、信じたくない。
そんな思いが込み上げてきたのか、エニグマはソウタに向かってペンダントを見せた。
「あ、あんたがAランクですって!? 笑える冗談ね。
もし本当なら、ペンダントにマナを流して光の色を見せなさいよ!」
エニグマからの申し出にソウタはどうすることも出来ない。
そもそもペンダントを貰っていないからだ。
「ごめん、そのペンダントまだないんだよね」
「はぁ!? あんた、冒険者なんでしょ?
どうして持っていないのよ?」
そんなの僕にも分からない。
確かにリリーシェを倒してAランクの試験をクリアしたから貰ってもいいはず。
「アーニャさん、どうしてなんですかね?」
ふと疑問に思い、アーニャさんに質問した。
「ソウタさん、今はそれどころじゃないです!
はやくリリーシェさんを!」
それもそうだ。
なんでリリーシェが倒れているのかが不明な今、一刻もはやく助けないと。
「まあなんだ。無いものは無いってことなんで、また次の機会にね」
「はぁ? 何よそれ! 普通冒険者ならペンダントくらいすぐに見せられるわ!」
「僕だって貰いたいけど、なんか今は貰えないみたいなんだってば!」
「嘘よ、嘘! 信じられない!
あんたがAランクだなんて認めたくない!」
エニグマはどうしてもソウタが自分より上のランクだという事実を認め無くない様子だ。
さすが負けん気が強いだけの事はある。
エニグマらしい言動にソウタは軽く感動している。
「じゃあ聞くけど、あんた。
今から会いに行く人はどのランクの試験官なのかは当然知っているのよね?」
「Aランクでしょ?」
「知っているのね……。
だったらなんで率先して助けに行こうとしているのよ?」
「なんでってそりゃあ……」
「普通あの人の能力を知っていたら近づこうとはしないはずよ?
なのに進んで助けに行こうとしているのを見ると、怪しいのよね」
「怪しいだって?」
「ええ。Aランクならリリーシェさんの能力を知っていて当然。
いいえ、冒険者ならあの人の能力を知っているのは当たり前。
それほど危険な能力を持っている人なのよ? そんな人を助けに行こうなんて無謀な真似をしようとしているあんたを見ていると、Aランクどころか、冒険者ですらないんじゃないかって私は思っているのよ!」
「リリーシェさんの事を知りもしないでそんな事を……!
それにソウタさんはちゃんとした冒険者です!
いますぐ今の発言を訂正してください!」
アーニャはエニグマの発言が聞き捨てならなかった。
リリーシェとソウタ、二人を馬鹿にされたことに腹を立てている。
「アーニャさん、気にしないでください。
きっとエニグマは本気で言っているつもりはないですよ」
エニグマが必死にリリーシェの事を説明してくれているのを見てソウタは思った。
「は、はぁ!? 本気も本気よ!
なんで私があんたに冗談を言う必要があるのよ!」
エニグマは僕が作ったキャラクターだ。
それすなわち、僕はエニグマの性格を知っている。
そう、エニグマは超がつくほど素直じゃない。
だからこそ発言の真意が手に取るように分かっているのだ。
「エニグマは優しいよね。
僕のことを心配してくれてたんでしょ?」
ソウタの核心をついた一言にエニグマは一瞬固まった。
「は、はぁ!?
どうして私があんなみたいな男の心配をする必要があるのよ!」
エニグマは図星だったのか、ガミガミとソウタを指さしながら怒鳴った。
そもそもの話だ。
恐らくエニグマはリリーシェが危険な人だって知っているから、近づかない方が吉だと思ってくれて引き留めようとしてくれていただろう。
今からリリーシェを助けに行くってタイミングで冒険者ランクを聞いたのも、僕の実力聞いてリリーシェのもとに行かせるか行かせないか判断するつもりだったんじゃないかなと僕は思っている。
『別にあんたが行かなくてもアーニャかシラユキさんが助けに行けばいいのよ』とか言うつもりだったんでしょ~?
って言いたい気持ちはあるけど、あんまりイジめたくもないので我慢。
ソウタは気持ちが高まり、ニヤニヤしながらエニグマに言った。
「な、なによ……。ニヤニヤ笑って気持ち悪いわね!」
「僕にランクを聞いたときから心配していたくせに」
「ん”な”っ!?
断じてないわ! 心配とかじゃなくて私は忠告をしただけ……」
エニグマは咄嗟に口を片手で覆い、ソウタを睨んだ。
「忠告も心配と同じようなものだと思うけどな~」
エニグマは両手をパタパタさせた。
「ななな、何なんですぅ! 冒険者でもないくせに調子に乗って!
もういいですぅ! 知らないですぅ! 勝手にしやがれですぅ!」
プイッとそっぽを向いてしまった。
「エニグマさんって、そんな一面もあったんですか!?
いつもの強気な態度からは想像もつかない変わりっぷりですね!」
アーニャはリリーシェを助けに行きたいと焦っていた気持ちが、驚きのあまりエニグマの急変した態度でエニグマ一色に塗り替えられた。
「あああああ! 忘れろですぅ! 忘れろですぅ!
エニグマはアーニャに向かって手をぶんぶんと振り回している。
近づかないでという意思が見られて可愛い。
「これが本当にあのエニグマさん……?」
「いやあああ! 忘れろったら忘れろですぅ!
……じゃなくて、お願い忘れてってばー!」
シラユキはその様子を見て、腕を組みながらコクコクと首を揺らしていた。
そんなシラユキをソウタは肘で小突いた。
「似てるね」
「素性を隠していた身からすると、同情せざるを得ないよ」
「シラユキもうっかりこんな風にならないように、気を付けないと」
「ソ、ソウタが変な事をしなければ大丈夫だと思う」
「変なことって?」
「急に『可愛い』とか言ったり、他の女の子に目移りしたりしなければ」
「ハグアッ!」
ソウタは思い出した。
そういえば僕、シラユキに好意を持たれているんだった。
「は、ははは。大丈夫だよ……」
ソウタは顔を引きつらせながら、そっぽを向いた。
「何その信用ならない反応!
ソウタ……、私のこと嫌い……なの?」
「へっ!? いやいや、まさか!」
流し目でシラユキに見つめられている。
どうも期待されている眼差しを向けられているようだけど……。
僕がシラユキを嫌いなわけがないし、むしろ大好きなレベルだ。
でもそれはラブの方ではなくライクの方であって……。
あぁ……僕は、僕はどうしたら……。
ソウタが悩みに悩みまくっていると、エニグマの変わりっぷりに一人驚いていたアーニャが不思議そうな顔でソウタ達に質問した。
「あれ? シラユキさんとソウタさんは驚かないんですか?」
アーニャが助け船とも呼べる話題をソウタにパスしてくれた。
もちろんその船に乗らないはずもなく、ソウタは勢いよく飛び乗った。
「慣れっこですからね。
というかギャップがあった方が可愛いくて僕は好きですよ」
助かったー!
ひとまずこれでシラユキの話題から逃れることが出来る。
ソウタは安堵していたが、ソウタはまたも無意識ながら、この場にいる女性二人に好意を抱かせるような発言をしたのを気づいていなかった。
「か、かわいっ……!」
と、エニグマはソウタの一言に驚きながらも、照れるような反応を示した。
「な、なによそれ……。どうせ私の事を馬鹿にしているんでしょ!」
綺麗な金色の髪を、指先でくるくる巻きながらソウタに尋ねた。
「馬鹿になんかしてないって。むしろ逆」
「ぎゃ、逆ってどういう意味よ……」
エニグマはソウタに怪訝な顔を向けながら問いかける。
そしてソウタはそれに応えるよう、ギャップの有無について熱弁を始めた。
「僕はギャップのある人が大好きなんだ。
そもそも人に見せていない一面なんて誰にもあるわけで、それを恥じる事なんてないよ。
むしろギャップがあることによって、普段は見せないような姿を見せられたときの破壊力が魅力的に映るわけだからむしろ良い事だと思っているんだ」
「な、ななな! 何言ってるのよあんた!
意味わかんないっ!」
エニグマのフォローのつもりで言ったこのセリフ。
シラユキは自分の事を言われているんだと勘違いしてしまっていた。
おかげさまでシラユキはクール状態を保ちながらも、ソウタの発言に顔を赤らめながらも無表情を貫いている。
「ととと、とにかく!
私はあんたの心配なんかしてない!」
「素直じゃないなぁ。もう」
「~~っ! うるさいわね!
それよりも私は忠告したわよ。本当にリリーシェさんの所へ行くのね?」
ソウタが首を縦に振る前に、横から勢いよくアーニャが割り込んできた。
「そうです! エニグマさん、早くリリーシェさんの場所へ!」
アーニャはリリーシェの話題になると血相を変えた。
一刻も早くリリーシェの安否を確認したいと思っているのか、焦りが顔に出た。
そんなアーニャにエニグマは恥ずかしそうに話しかける。
「あの……アーニャさん。
その~、このことは他言無用でお願いします……」
「もったいないですけど……わかりました!」
アーニャはビシっと敬礼のようなポーズを取り約束をした。
「それとあんた……」
今度はソウタの方へジロりと目線を動かし、にらみつける。
「言っておくけど、私あんたの事は大っ嫌いよ。
ギャップがどうとか何とかっていうのも気持ち悪いし、何よりあんたは私のむ……」
エニグマはそこまで言いかけると慌てて押さえる。
「あんたは私の魔法を馬鹿にした。
これだけは絶対に許せない」
エニグマは怒り顔でソウタに近づき、耳元でつぶやく。
「言っておくけど、あんたが私の胸を触ろうとしたことを話さなかったのは、聞きたいことがいっぱいあるからだっていうのを伝えておくわ。決して良心で見逃したとか、そういうのじゃないから」
「わ、わかりました……ですぅ」
ソウタの悪い癖の一つ。
つい自分のキャラクターにはちょっかいを出したくなる癖が発動した。
ソウタがからかっているような態度を取ったからか、エニグマの眉の角度が下がった。
「あんた、やっぱり私のこと馬鹿にしてるでしょ?」
「そんなことないですぅ。
それに僕は至って真面目に、君の控えめな胸を褒めたつもりですぅ
それにそれに~、魔法を馬鹿にしたって言うけど、それは事実だろ?」
ソウタはもう止まらなくなっていた。
フランシスカの時もそうだったが、やはりこれは悪い癖である。
「~~~っ!
私、やっぱりあんたの事がこの世で一番だいっきらい!」
エニグマの怒号と共に、小範囲ではあるものの魔法陣が展開された。
「胸だってあるもん! 魔法だって使えるんだから!
さっきからあんたの態度が気に入らなかったのよ!
ここで一発わたしの魔法の威力を確かめさせてあげるわ!
後悔しても遅いわよ! 私の魔法の腕は聖女様にも褒められているんだから!」
あまりの突然の出来事にアーニャとシラユキが慌て始めた。
「ソソソソ、ソウタさん!
なんでエニグマさんが魔法を放とうとしているんですか!?」
「ちょっとエニグマの事を弄りすぎたみたいです」
本当に反省しなければ……。
あぁ僕の馬鹿野郎。なんでこうも自分のキャラを前にしたら意地悪したくなるんだ。
「ソウタさん、落ち着いている場合じゃありませんよ!
エニグマさんの魔法の破壊力は私たちのギルドの中で随一なんです!
そんな魔法を扱うエニグマさんが至近距離で魔法を放ったらタダじゃ済みません!」
「って言っているわよ。まあ、私の魔法は確かにギルドの中では一番破壊力があるわ。
あのフランシスカさんですら絶賛していたもの。それにBランクの試験だって魔法を一発当ててクリアしたのよ? あなたはそんな私の魔法の腕を馬鹿にした。
このくらいの報いは当然受けてもらうわよ!」
ソウタはよく喋るエニグマをニヤニヤと見つめていた。
これも自分の設定通りだったからだ。
「よく喋るね。でも大丈夫。こうやれば魔法は撃てないと思うから」
ソウタは片方の手をエニグマの背中に、もう片方の手でエニグマの口に手を当て、がっちりと固定して口をふさいだ
「むぐぐー!!」
すると瞬時にエニグマの周りから展開された魔法陣が消えた。
「むぐ! むぐぐぐぐぐぐ!」
エニグマはソウタの腕を掴み、口に当ててある手を引き離そうと全体重を後ろにかけた。
「あぁ、ごめんごめん。今離すよ」
ソウタが背中を支えている手の力を緩めた瞬間、ソウタは全体重を後ろにかけていたエニグマに引っ張られるような形で引き寄せられた。
「どわああ!」
「きゃあああ!」
エニグマは地面に尻餅をつく形で、ソウタはそのエニグマに引っ張られて倒れたせいもあってか、エニグマのスカートに頭を突っ込む形で倒れていた。
しかもエニグマのスカートは前の丈が短いため、それはまあソウタからは丸見えであった。
「……パンツはクマさん」
「~~~~~~~っ!!!」
エニグマは頭の処理が追い付かず、反射的にスカートを抑える動作をした。
だがそれにソウタも巻き込まれ、エニグマに頭を抑えつけられ、太ももの間に頭を入れている状態になってしまった。
傍から見れば変態だ。
いや、野外プレイとも言えるようなこの状況にエニグマは更に混乱した。
「いやああああああ!!
この変態! どすけべ! ろくでなし!」
エニグマは急いでスカートを抑えながら立ち上がるが、まだ地面に倒れているソウタからしてみれば、丸見えであった。
「やっぱりクマ……。じゃなくて!
これは事故だってエニグマ! 僕もこんなことをするつもりで倒れたわけじゃ……!」
「やっぱり……。やっぱりあんたはただの変態ですぅ!」
これは完全に事故だ!
故意にやったわけじゃない!
まずい、このままだと完全にエニグマに嫌われてしまう!
何か弁明の余地はないかと、必死に頭を回転させていると、ソウタの右手が光り輝いた。
「っつ!? な、なんだこれっ!」
次第にその光は大きくなっていき、手の甲に謎の紋様が浮かび上がって来た。
「こ……これは……?」
ソウタは何が起こったと言わんばかりの顔で自分の右手を見つめ、
「な、なに……? あんた、何をしたの?」
と、エニグマはソウタの右手におきた変化について質問し、
「この光、あの時と同じ……」
と、シラユキは自分とソウタの体が入れ替わったときの事を思い出していた。
ソウタの右手の光が収まり、謎の紋様がはっきりと浮かび上がった頃、路地裏の奥のほうからコツコツと足音と立ててこちら側に歩いてくる者の姿が一つ。
「騒音。お前たち、こんな場所で何をしている?」
そこには路地裏で倒れていたリリーシェの姿があった。




