055:Character Name エニグマ
エニグマ。
どこかのご令嬢かと思われるくらい綺麗な顔立ち。
そしてどことなく感じられる負けん気の強さ。
金髪ツインテールで、結び目から赤色の細いリボンが髪と一緒に垂れている。
エメラルドグリーンに光り輝く瞳は一種の宝石のようだ。
白と黒を基調にした肩開きのゴスロリ風ワンピースに身を包む彼女の姿は、その可愛らしい顔と美しい金色の髪と合わさって、まるで人形のようだった。
白と黒が交互になるように配色された衣装は、肩から袖の部分が黒色。
胸の部分からスカート部分までは白色と黒色のストライプが交互にならんでいる。
スカートはソウタの趣味を全面に出した白色のフィッシュテールスカート。
前の丈が後ろの長さより短いタイプのスカートで、そこから見えるエニグマの程よく細いスラッと伸びる足を堪能できるのが最高なのだ。
そしてその足を包み込む黒色のハイソックスに、白色のロングブーツ。
うんうん、我ながら良い配色をしたものだ。
服のセンスも悪くはないだろう。
ここまでエニグマの特徴と一致しているから確信した。
今僕の目の前にいるのは、どこからどうみてもエニグマそのものだ!
ソウタは錯乱していたのに加え、自分が作ったキャラクターが現れた事によって、冷静ではいられなくなっていた。
「エニグマじゃないか~! やっぱりそうだ! 絶対そうだ。久しぶり!」
「……だれ、あなた? 私、あなたの事はご存じないのだけれど」
もちろんソウタの事など知るよりもないエニグマはいきなり知らない男に名前を呼ばれたことに対して不審がっている様子だった。
「何言ってるんだよ~! 僕の事忘れちゃったの? 僕はこんなにも君の事を覚えているっていうのに!」
「ごめんなさい。私、貴方のような出会い頭でいきなり大声をあげるような、品のない男性は嫌いなの」
ソウタを冷ややかな目で見つめるエニグマだが、ソウタはそれに動じずグイグイと攻めよっていく。
ソウタは確認するかのようにエニグマの胸に視線を向けた。
「ふむふむ、やっぱりその控えめな胸を少しでも強調するようにした白と黒のストライプ模様は効果てきめんだな」
「っ~~~!?!?」
エニグマは動揺し、言葉にならないような声を発した。
胸は揺れないがソウタに向けた冷ややかな瞳が、ゆらゆらと揺れている。
「ち、ちちち、小さくなんか……!」
「うん、実際見てみると結構良い感じだな。こう、小さくてもほんのりと膨らみを感じられるようなこの胸のラインが実にそそる!」
ソウタの手は自然とエニグマの胸に吸い寄せられていった。
見るものを惑わす魅惑の胸のラインに手が伸び、もう少しで触れるところで……。
――バチンッ!
「へ……?」
エニグマはソウタの頬をひっぱたいた。
その勢いで地面に倒れこんだソウタはやっと正気を取り戻した。
「あ、あれ……? 僕はいったい何をして……」
ソウタはやっと冷静になれたのか、叩かれた頬に手を当てエニグマを見つめた。
エニグマはぷるぷると震えながら、大きく息を吸い、
「あ、あああ、あなたは最低ですぅ! 変態ですぅ! ろくでなしですぅ!」
感情的になったエニグマは、豹変した。
可愛らしい言葉使いでソウタを攻め立てている。
エニグマは感情的になったり、人を馬鹿にするときは決まって言葉使いが変わる。
これもソウタが設定した通りだった。
「ごごご、ごめんエニグマ!
なんか僕どうにかしてたみたいで、冷静じゃなかったんだ!
だからどうか落ち着いてほしい!」
「はっ!」
馬乗りになり、ポカポカとソウタを叩いていたエニグマはシラユキと似たような反応を見せながら、急いで立ち上がった。
「……あなた、最低ね」
エニグマに冷たい目で見下され、ソウタは酷くショックを受けた。
僕……やっちゃったかもしれない。
初めて自分の作ったキャラクターに嫌われたかも……。
「やっぱり男は下劣で最低ね。二度とわたしの前に顔を出さないでくれるかしら?」
「ち、違うんだエニグマ」
「弁明の余地はないわ。それと、気安くわたしの名前を呼ばないで。わたし、貴方のような下品な男性に名を呼ばれたくはないの」
「本当にごめん! あの時はどうにかしちゃってたんだって!」
「言い訳は聞かないっていったでしょ? それに、わたしの事をいかにも知っている風に言うのはやめてくれる?」
「な、何言ってるんだよエニグマ! 僕たち絶対どこかで会っているって!」
「強情ね。そこまで言うなら聞くけど、私の出身はどこ?」
やべ。
さすがの僕でも、キャラクターの設定自体は完璧に把握しているけど、この世界でどういった生活をしているのかまでは分からない。
出身と言われても、ここの地理なんか知らないから無理だ。
「え、えっと……。エニグマール」
「話にならないわ」
エニグマはツインテールをふさっと揺らして、顔をプイっと背けた。
付け焼刃の回答じゃそうなるのも当たり前だよ馬鹿!
どうにかして挽回できないものか……。
ハッ! そうだ!
この世界の地理はしらずとも、エニグマの設定を把握している僕からエニグマの事を話せば信じてもらえるかもしれない。
ソウタは自信満々な顔で立ち上がり、エニグマの顔を見た。
「なによ」
「ふっ、さっきのは冗談だよ。僕が君の事を知っているっていう証拠はある」
「どうせまた適当ふかすつもりでしょ? もういいわ、私あなたとこんな事をするために来たんじゃなくてリリー……」
「熊ちゃん」
「lぐあrlふぁじょf!?」
「それと、ロビン。これで証明できたはずだ」
エニグマは自分の秘密をペラペラと喋るソウタを前に、素っ頓狂な声をあげながら動揺した。
「偶然、偶然ですぅ! ななな、なんであなたがその事を!?」
「だから言ったじゃん。僕、君と会ったことあるんだって」
「で、でも……。だってロビンの事は誰にも……」
自分のキャラに嫌われるくらいなら、知っている事を全部吐き出して信頼を得た方がいいに決まっている。
このままエニグマに下劣な男とか変態だとか思われるよりかは断然マシだ。
「どうだエニグマ! これで僕が君の事を知っているって証拠になっただろう?」
「ででで、でっち上げよ。ロビンって何かしら? 私なんにも分からないわ!」
エニグマはソウタから後ずさるように、距離を取った。
畏怖と驚きが混じったような表情をしながらソウタを見つめる。
「……あなた本当に誰?」
「忘れていても仕方がないよ」
「一体どこで出会ったの……?
ロビンの事を知っているなら冒険者養成学校の人だったりするの?」
「へ? ああ、そうそう! そうだよ!
懐かしいね、あの時は大変だったよね~」
ソウタは知りもしない場所の名前に動揺したが、ここで動揺したら怪しまれると考えて、あれだけしないと誓った知ったかぶりをしてしまった。
「嘘ね」
一瞬にしてエニグマの目つきが変わった。
「私、冒険者養成学校になんて通ってないわ」
やっばい。やっば~い!
そのままの流れで話が持っていけると思っていたから、まさかまさかの展開だ。
「やっぱりあなた、ただの変態ねクズ男。
ロビンって何よ、あんなので私が信じると思っていたの?」
いいや、絶対に信じてた!
めちゃくちゃ動揺していたもの。
それにエニグマがロビンの事を知らないはずがない。
僕が知っているエニグマは絶対にロビンを肌身離さず持っているはずだ。
「冒険者養成学校に通っていないのは知ってるよ! 軽い冗談だって」
「もう無理よ。あなたは私と出会ったことはないわ。
私の記憶違いって訳でもなさそうだし、その事実は揺るがないわよ」
ソウタはスイッチが入ってしまった。
自分が作り出したキャラクターにここまでして否定されるとなると、意地でもエニグマの事を知っていると証明したくなった。
「そこまで言うなら分かった」
ソウタは笑みを浮かべた。
「案外素直じゃない。さっさと認めればよかったのよ、変態ってね」
「エニグマ、いまから言う事は君にとって絶対に人に知られたくない秘密になるから、僕を止めるなら今しかないぞ?」
エニグマはソウタの要求に少しだけ身構えた。
何か後ろめたい事があるのだろうか?
ソウタからしてみればエニグマの全てを知り尽くしている分、エニグマにとってこの状況は何を言われるか分からないため、慎重になる場面だった。
だがお互いに何故かスイッチが入ってしまったため、引くに引けなくなっている。
絶対に変態と認めさせたくない男と、絶対に変態と認めさせたい女のバトル。
この勝負の行く先で何が得られるのか疑問だ。
「よ~し、じゃあ言っちゃうぞ! エニグマ、君は魔法を専門にしているだろう?」
「え、ええ……。当たり前じゃない」
「だけど君、実は……」
「な、なによ」
「魔法はからっきし駄目なのは知っている!
いや、正しく言うと……!」
「私は他人に魔法の扱いをとやかくいわれるのがだいっっっ嫌いなのよ!
それに馬鹿にしないで! 私、魔法は大得意なんだから!」
ソウタはエニグマの地雷を踏んでしまい、激しく怒ったエニグマは持っていた杖を前に突き出して、魔法を唱えようとしたが、そこにシラユキ達が駆けつけてきた。
「どうした、一体何の騒ぎだ?」
エニグマは超一流冒険者のシラユキが現れ、すぐさま冷静さを取り戻した。
「なにかもめて居るように見えたが……。説明してもらおうか」
エニグマは荒れた息を整えながらソウタをジッと見つめ、しばらく何かを考えたあとに、口を開いた。
「シラユキさん、この男とんだ変態ですね」
持っていた杖でソウタをビシっと指しながらシラユキにそう告げた。
この言葉を聞いて、シラユキの顔がとんでもない速度でソウタの方向へ向いた。
「……というと?」
終わった。
僕は今からエニグマに、自分がしでかした事を全部言われてしまうんだ。
言い逃れできない。
胸の方へ手が伸びていた事を、なんとシラユキに言い訳すればいいのだろうか。
無理だ、詰んだ。
僕の異世界生活はここで幕を閉じるんだ。
ちくしょう、僕の馬鹿野郎。
後悔先に立たずとはまさしくこの事だな。
ソウタはシラユキにも嫌われる覚悟を決めた。
「……ってのは冗談です」
「あ、あれ? どうして……」
ソウタは予想もしなかったエニグマの一言に思わず声が漏れる。
「冗談? さっきの発言のことか?」
「はい。この男が変態っていうのは冗談です!」
「エニグマ?」
エニグマはソウタを見て、プイッと顔をそらした。
そして何かを思い出したかのように口を開いた。
「そうだ! 違う、こんな事をしている場合じゃないわ!
緊急事態なの、シラユキさん。
実は裏路地の方でリリーシェさんが倒れていたのよ!」
「その話、本当ですか!?」
シラユキより後に駆けつけてきたアーニャが事実かどうかを確認するように、声を荒げてエニグマに問いかけている。
「確かにあれはリリーシェさんでした。なのでここに報告しにきたんです」
「報告よりもまずは、ここに連れてくるべきです!」
珍しくアーニャは感情的になっている。
「どうして倒れているのを知っていながら連れてこなかったんですか!」
「そ……それは」
「アーニャさん、落ち着いてください。
すぐに僕たちでその場所に向かいましょう」
ソウタはエニグマに詰め寄るアーニャを制止するように、手を伸ばす。
アーニャはすぐさまソウタの手を掴んだ。
「ソウタさん、すぐに行きましょう!
リリーシェちゃんが心配です!」
「言われなくても!
だけど僕、裏路地の場所が分からないので道案内よろしくお願いします」
二人はあっという間にギルドの外へ駆けて行った。
「ちょ、ちょっと! どうしてあんたが!」
どうしてソウタがリリーシェの元へ向かっているのかが分からないという顔で、二人の背中を見つめているエニグマにシラユキが声を掛ける。
「ボケっとするな。私たちも裏路地へ向かうぞ」
シラユキに背中を押され、慌ててエニグマは走り出した。
その道中。
「……ところで、さっきの話は本当なのか?」
「さっきの話?」
「ああ、お前ソウタの事を変態だとかどうとか言っていただろ?」
「ソウタ? あぁ、あの男の事ですか?
……まあ、そうですね。あれは冗談です」
「そうか、なら良かった」
「? 何が良かったんですか?」
「気にするな、こっちの話だ」




