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054:気づかぬうちに

 食堂にはとても長いロングテーブルがズラっと配置されており、それぞれのテーブルを挟むように、椅子も等間隔で並べられている。

 

 基本的に複数人で行動する冒険者にとっては、食事をとりながら会話をしたりして仲を深め合う場所としても使われている。


 ソウタとシラユキも例に()れず、ロングテーブルに向かい合うように座り、他愛もない話をしながら一緒に食事を楽しんだ。


 異世界初の食事はパンにハムと卵が挟まっているサンドイッチらしき物と、コーンスープ。

 いかにも朝飯らしい質素なメニューだった。

 だがそれが良い。


 ソウタはペロっと朝ごはんをたいらげる。


 うん。意外に異世界の食事も悪くないかも。

 まあ、こんな豪華な建物で出される食事が不味いわけがない。

 思えばこの世界に来てからまだ食事を口にしていなかった。

 そのせいもあり、無性に美味く感じた。


 文句なしの味だった。

 加えてシラユキと一緒にご飯を食べるのも幸福度が高く最高だ。

 できれば朝だけではなく、夜ご飯も一緒にここで食べたいのだが……。


「この様子だと無理そうだよなぁ」


 食事は美味しいのだが一つだけ問題があり、東エリア内で随一の冒険者であるシラユキと共にご飯を食べているとなると注目の的になるのは避けれない。


 現に、気づけば周りに大勢の人が集まっていた。


「シラユキ、もしかしてこうなる事になるの考えていなかった?」


 ソウタの指摘にシラユキは苦い顔をした。


「う……、考えてはいたんだけど……、いたんだけど……」


 シラユキとソウタは小声で話し合っている。


「ソウタが悪いんだからね! 朝から変な事言ってさ!」

「え? 僕、何か言ったっけ?」

「無自覚なの~!? でもまあ嬉しいのは嬉しかったんだけど……」

「とりあえずシラユキ。まずはこの状況を何とかしないといけないよね」

「う~ん、でも私たちがここから動くと絶対に関係性とか聞かれそうだし……」

「そうなったときは、もう素直に答えよう」


 ソウタのその発言にシラユキは激しく動揺した。


「え!? 私たちの関係をバラしちゃうの?」

「何をそんなに焦ってるの?」

「へ? だ、だって私たちの関係って……、その、つまりね?」

「ん? 先輩冒険者のシラユキに朝ごはんを一緒に食べようと誘われたって言えば解決じゃない?」

「あ、そういう……。べ、別にいいんだけど」


 なんだか腑に落ちないような表情をしているシラユキ。


「とりあえずいつまでもここに居るわけにもいけないし、さっさと移動しようか」


 ソウタは食事が置かれたトレイを持ち上げ、返却口のほうへ移動しようとしたが、それらしき所は見当たらない。


「シラユキ、食べ終わった後のお皿ってどこに持っていけばいいの?」

「あ、そっか。ここのシステムとかまだ分からないんだったね」


 シラユキはそう言うとペンダントを取り出した。

 ペンダントには魔水晶に似たような鉱物が埋め込まれている。

 見るものを引き付ける、なんとも高級感があるデザインだった。

 ソウタはそれを不思議そうに見つめ、シラユキに質問した。


「それは?」

「冒険者登録が終わるとね、ギルド側からこのペンダントが支給されるの」

「へ~」

「これが無いと冒険者としての証明が出来ないし、冒険者だけが利用できるサービスなんかも受けられなくなるんだ」

「要はそのペンダントって冒険者の身分証的なものって事?」

「そんな感じ。でね、冒険者になるとギルドにある施設の色々なサービスが受けられるの。食事のサービスだって冒険者登録が終わってないと提供されないんだよ」

「え、そうなの!? じゃあ何で僕は朝ごはんを食べられているんだ?」


 ソウタの問いかけに、シラユキは恥ずかしながらも口を動かした。


「え、えっとね……。それは私がソウタと一緒にご飯を食べようと思って二人分注文したから……です」


 そのためにわざわざ僕の部屋まで来て起こしに来てたのか。

 なるほど。と理解したソウタ。


「なにニヤニヤしてるの?」

「いや~、やっぱりシラユキの一つ一つが可愛いと思っちゃってね」

「もう! 隙あらば可愛い可愛いって……」

「事実なんだからいいじゃん」

「うぅ~! 可愛いの過剰摂取でどうにかなりそうだってば~!」


 ソウタの言葉に、またも顔を赤くしているシラユキ。

 頬を膨らませ、照れるように怒るシラユキもまた可愛いものだ。


「ちょいちょいシラユキさん。

 皆の眼があるんだからあんまり素の自分を見せないようにしないと」


「はっ!」


 ふと我に返ったシラユキは一瞬でとはいかないものの、顔をキリっとした表情に変えた。


「……え、えっと。あーあー、これでいいか」


 シラユキは念入りに声のチューニングを始めた。

 咳ばらいをしたのち、ソウタに食堂のシステムについての説明を再開した。


「でだ、このペンダントの事については分かったな?」

「うん。それがないと冒険者ギルドとかで提供されているサービスが利用できないんだよね?」

「ああ。身分証代わりにもなるから支給されたら紛失しないように気をつけろ」

「分かった。それでシラユキ、どうしてペンダントなんかを取り出したの?」


 ソウタの質問に応えるように、シラユキはペンダントを食後の食器にかざす。

 すると不思議なことに、つい先程まであったはずの食器が一瞬にして消えた。


「き、消えた……」


 口をポカンと開けたまま、ソウタは唖然としている。

 いったいこの世界の技術はどうなっているんだ。

 トイレといい、お風呂といい、凄い技術だ。

 まあ、それらの事を可能にしている物が何なのかは大体予想がついている。


「凄い技術だ。これも魔水晶のおかげ?」


「ああ。魔水晶はギルドの色々な場所に使われている。

 この食器も魔水晶の欠片が埋め込まれているから、このギルドの魔水晶と【リンク】されているこのペンダントがあれば、今のように瞬間的に厨房に転移させることが出来る」


 やっぱり魔水晶か。

 つくづく思うけど、ちょいと万能すぎだなぁ。


 それに聞きなれない単語が出てきた。

 リンクってなんなんだろう。

 疑問ではあるけど、それはのちのち教えてもらおう。

 今はこの場から立ち去ることが優先だ。


 ソウタはシラユキに目線を合わせ、「はやくここから立ち去ろう」とアイコンタクトを送った。

 シラユキもコクコクと頷き、ソウタと一緒に食堂を抜け、ギルドの出口へ向かった。


「予想はしていたけど、やっぱり人がゾロゾロと寄って来たな」


 ソウタ達が動き出したタイミングで、周りにいたギャラリーたちが寄ってたかって後を追うようについてきた。

 やはりこの二人の関係性が気になるのか、目を輝かせながら何を聞いてやろうかとウキウキ気分になっているようにも見える。


「う~、この感じ……絶対私たちのこと聞かれちゃうよね」

「まあそうだろうね。でも聞かれたら、さっきも言った通りシラユキにご飯を誘われたって返すよ」

「それもそれで色々と勘繰られそうな気もするけど……」


 シラユキはどうしてか、ソウタが提案する返しに先ほどから不服そうな様子だった。

 ソウタの隣を歩くシラユキは、何かを考えている。


「ソウタ、あのさ」

「ん?」


 結論が出たのか、ソウタの服の袖をチョイチョイと引っ張って足を止めさせた。


「もういっその事、私たちの関係性……この機会に話さない?」

「関係性? なに、関係性って?」


 ソウタの意外な一言に、シラユキの顔はポカンとしてしまった。


「へ? あ、だからさ。私たちの関係性をね……?」

「さっきから関係性、関係性って言っているけど、つまり?」

「えっ……? つまりって、え~っと……その」


「もしかして僕がシラユキの事を特別な存在だって思っていることを!?」


 シラユキはソウタの返答に恥ずかしながらも「そういうこと」と返事をした


 ソウタは困り果てた。


 だって、僕がシラユキを特別な存在だと公言するってことは、それすなわちこの世界に存在する幾多もの自作キャラクター達の中でシラユキが一番だと宣言するようなものだ。


 でも、今そんな事を言っていいのだろうか?

 まだ僕は自分が作ったキャラクター達に全然合っていない。

 だから僕にはまだ決断できないって!


「駄目だシラユキ!」


 ソウタはシラユキの両肩に力強く手を置いた。


「ちょちょちょ! ソウタ、皆の前だよ!」


「駄目なんだ、シラユキ。僕たちの関係性を話すにはまだ早すぎるよ!」

「ソウタ……?」

「僕はまだ、自信をもって君を(自分が作って来たキャラクター達の中で一番)好きだと言い切れない」

「え?」

「ごめんシラユキ。確かに君は特別な存在だ。

 でも、僕は皆の前で君が(自作キャラの中で一番)好きだとは言えないんだ……!」


 そう、シラユキは僕にとって特別な存在。

 そしてそれはシラユキだけにはとどまらない。

【特別】

 それは僕が作り出して来た全てのキャラクター達に当てはめられる言葉なんだ。


「な、なんで!

 私はソウタの事をもうとっくに特別(・・)な人だって思っているよ!?」


「僕だってそうさ。僕にとっても、シラユキはとっても特別な存在」


「だったらどうして!」


「だからこそなんだ。皆の前でシラユキが(作って来たキャラクター達の中で一番)好きだって言うのには勇気がいる行動なんだ」


「そ、それってつまり……」


 そう、君を特別な人だと言い切るにはまだ膨大な時間がかかる。

 僕がこの世界にいるであろう自作キャラクター達に合ってから、その中で僕の一押しを決める必要がある。

 ゲームの中では分け隔てなく愛してきたキャラクター達でも、ここは現実だ。

 みんなだーい好きアハハとかいう、そんな甘っちょろい理屈が通るはずもない。

 だからこそ、その中から本当に愛せるキャラクターを一人に絞る必要があるんだ……!


 シラユキには何のことだが伝わっていないと思うけど、仕方がないんだ。

 どうか、こんな僕を許してほしい。


 それに幸いにも、なんだか納得してくれそうな雰囲気ではある。


 シラユキはギュッとソウタの袖を掴んだ。

 そして顔を赤くしながら、汚れない瞳でソウタを見上げ、口を開いた。


「それってつまり、他の人たちには内緒で付き合いたいって事だよ……ね?」


 ……うん?

 ア、アレ? アレアレアレ?

 ちょっとシラユキさん、急に何を……?


 ……ハッ!

 思い返してみたらさっきからシラユキ、僕の事を「特別な存在だと思っているよ」とか言ってたし、今にいたっては「付き合いたい」って口走ってたよな……?


 あ、あれ……?

 なんかめちゃくちゃ違う解釈されている気がするんですけど!


「ごめんね。確かに私もどうにかしてたよ」


 シラユキは細々と、周りに聞こえないように話す。


「実を言うとね、私ソウタと出会ってからクールな自分を演技するのがちょっと苦手になっててさ、エヘヘ……。あ、いい意味でだよ? ソウタといると嬉しくて楽しくて、素の自分で居られるからさ、とにかく気が緩みまくっちゃって。だからもういっその事、本当の私の姿を皆にバラしてギルドの中でもソウタと一緒に……その、イチャイチャしたいな~なんて思ってたんだ」


 後半になるにつれて恥ずかしそうに、モジモジしながら語り掛けていた。


「でもそれはちょっと違うなって今思ったんだ。確かにソウタと一緒に居たいとは思うけど、本当の私を見せるのはソウタだけがいい。ううん、ソウタだけにしか見せたくない。もとよりそのつもりだったのに、つい甘えて皆に見せるところだったよ。危ない危ない」


「ソ、ソウダネ」


 ソウタはここに来て確信してしまった。


 僕ってもしかして……?

 もしかしなくても、シラユキに好きになられちゃってる!?


「う~ん、困ったなぁ。本当は私たちの関係性を洗いざらい話すっていうプランだったけど使えなくなっちゃったし、他の事を考えないとだね」


「ソ、ソウダネ……」


 ソウタは完全に錯乱してしまった。

 自分が無意識のうちにシラユキを好きにさせてしまっていた事に。

 確かにシラユキの事は一人のキャラクターとして好きだ。

 でもそれはライクの方であって、ラブの方ではなかった。

 いや、多少のラブもあったかもしれないけど、意識はそんなにしていなかった。


 どうしよう。

 僕、これからだったのに。

 作ってきたキャラクター達にいっぱい出会って、その中から決める予定だったのに。


 僕は、いま一人のキャラクター……。

 いや、一人の女の子に恋愛対象として見られてしまっている事実に気が付いてしまった!


 気持ちの整理が追い付かない。

 僕はこの気持ちにどう応えればいいのだろうか?

 わ、わからない!


「ア、アバ……。アバババババ」

「ちょ、ちょっとソウタ! 急にどうしたの!?」


 ソウタがそんな状態の中、ギルドの入り口に一人の少女が現れた。


「ちょっと大変よ! 裏路地の方でAランク試験官のリリーシェが倒れているわ!」


 慌ただしい声で響き渡るその報告に、ギルド内がザワついた。


 ソウタ達の周りに集まっていたギャラリーたちもザワザワしはじめ、


「朝から元気だなぁ【エニグマ】ちゃんは」

「確かにな。でもこっちのお二人も熱々の元気モリモリじゃねぇ?」

「ハハハ! 確かにそうだ……」


 ソウタ達のことをヒソヒソと話していた人物のもとにシラユキが急接近し、


「お前たち、私とあいつの関係性を詮索するな。私はあいつをただの仲間だとしか認識していない。だからそれ以上の感情は抱いていないぞ。分かったな? いや、分かれ」


「は……はい。わかりました」

「でもそれ本当ですか? けっこう必死になって否定しているところが怪し……」

「あ~いや? 本当っぽいぜ」


 二人のうち、一人が入り口にいる少女を舐めまわすように見ているソウタを指さした。


「こ、こここ! この容姿、間違いない! 名前もさっき聞いたから確信した!」


「なに、あなた? いきなりジロジロと私を見て。気持ち悪い」


「【エニグマ】じゃないか~! やっぱりそうだ! 絶対そうだ!」


 ソウタは色々ありすぎた後に、聞き覚えのある名前と見覚えのある容姿を前に興奮せずにはいられず、つい名前を口走ってしまった。

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