053.イリュージョンちゃん
シラユキとエルヴァーを巻き込んだ模擬戦騒動から一夜が明けた。
昨日起こったことは、ギルドの中では早速話のネタにされている。
その中でも一際大きく話されていたのは、シラユキが作り出したと言われた通称イリュージョンちゃんの話だった。
「おはようございます、シラユキさん」
「ああ、おはよう」
いつもは緊張気味に話しかけてくる冒険者たちだが、今日はなんだか様子が少しおかしい。
シラユキは薄々原因が分かってはいたが、あえて気にせずにいつも通り振舞っている。
だが本人が気にせずとも、噂を聞いた人たちは気になるようで……。
さきほどシラユキに挨拶をした男性冒険者がシラユキの元に引き返してきた。
「あの~、いまそこにいるシラユキさんって本物ですか?」
「……」
恐れていた質問がきたのかシラユキはしばらく沈黙状態になってしまった。
「あ! すすすすみません失礼な事を聞いてしまって!」
「……気にするな。それよりもどうしてそんな変なことを私に聞いたんだ?」
「実はですね、シラユキさんが作り出したイリュージョンちゃんがあまりにも普段のシラユキさんとイメージが違いすぎて可愛かったっていう噂を聞きまして……」
「ぬがっ!」
「ぬが?」
「き、昨日討伐したぬ……ヌガーという魔物が強かったのを思い出した」
「は、はぁ……? どうしてこのタイミングでそんな事を?」
「気にするな!」
らしくもなく感情を表に出しながらそっぽを向いた。
普段はクールに振舞っていようとも、シラユキはもともと感情が豊かな方だ。
いつもならこの程度の動揺は押し殺せるはずのシラユキだが、ソウタと出会ってから今までため込んできた本当の自分を曝け出した結果、ポーカーフェイスの維持とクールなシラユキというキャラを演じるのが下手になってしまった。
「……おいお前」
「な、なんでしょうか!」
「私は今後一切あの魔法は使わないつもりだ。だからその話題を口にするのはやめてくれ」
「え~。一度だけシラユキさんのイリュージョンを見てみたかったんですけど……」
「駄目だ。あれで騒ぎを起こしてしまった以上はまた面倒ごとがおこりそうだからな。その事も含めてあの魔法は封印するつもりだ」
「そんなおおげさな~! お願いします、一回だけ見せてくださいよ!」
手を合わせながらねだるように近づいてくる男をシラユキは制止した。
いつもならすぐに "シラユキ強行突破モード" を使って現状を打開できるはずだが、その状態に入るまでに時間がかかってしまっている。
手を前に突き出したまま、眉をピクピク動かし表情を作り、わざとらしい咳をして声のチューニングを始め、そこまでしてやっと口が開いた。
「いい加減にしろ。私はこんな無駄なやり取りで時間を消費したくはない」
ガチトーンでそう発する。
「ん~?? んんん~?」
だがあんまり効果がなく、男は不思議そうな目でシラユキを見つめている。
「……何がおかしい」
「やっぱりイリュージョン?」
「ど、どうしてそうなる」
「どうしてって言われると、そうですね~……。あえていうなら昨日のシラユキさんから感じられたオーラみたいなものがあんまり感じられないというか……」
「きっ、ききき昨日はアレだ! アレなんだ! やはり戦いをするとなればいつにも増して本気になる必要があるからな。それで普段と違って見えただけだろう! うん!」
動揺を見せながら、それらしい説明を行ったシラユキ。
手をパタパタを動かしながら必死に説明をしている。
「ん~。やっぱり普段のシラユキさんから感じられる威厳がないようなあるような……。でもシラユキさんってこんなに身振り手振りしながら話す人でしたっけ?」
隙を突かれた一言がシラユキを襲う。
襲うが、シラユキもついに本気を出したのか、さきほどまでとは打って変わって雰囲気が一変した。
「いい加減にしろ」
本気のマジトーンでそう言い放つと、周りの空気が少し冷たくなった。
シラユキは少しでも本気を見せたいのか、言霊に氷のマナを込めて言葉を発した。
男性冒険者はハッとしたのか、我に返ったようにシラユキに頭を下げた。
「す、すみません。流石に度がすぎました……」
「分かればいい。では私は行くぞ」
そう言ってシラユキは階段を下りて1階の方へ移動していった。
(う~……気が緩みっぱなしだなぁ。もう少しシャキっとしなきゃ!)
シラユキは歩きながら、気合を入れるために頬をパンパンと叩いた。
(それにしても、ソウタって本当に良く私を見ててくれてたんだなぁ。今日の私に違和感を感じる人がいるくらいには私の真似を完璧にしていたって事だよね?
うぅ~……私なんて全然だったのになぁ)
シラユキは自分の不甲斐なさに打ちひしがれる。
「まあこれからいっぱいソウタの事を知っていけばいいよね!
よ~し、それじゃあソウタとの仲をもっと深めるために昨日できなかった、一緒にご飯を食べるっていうプランを早速実行しなきゃ!」
そう言うと、シラユキはルンルン気分でギルドの食堂に足を運んで行った。
(……あ、でも私ソウタの好きな食べ物しらないや)
ピタリと足を止め、シラユキは来た道を戻りソウタの部屋に向かった。
(これはあくまでもリサーチ。今日のこの機会を使ってソウタの好きな食べ物を調べる。
『今から朝ごはん食べに行くんだけど、私が先に食事とっておくからソウタが食べたいもの教えて』って言えば自然だよね?)
「完璧だ!」
シラユキが一階の階段を登り、二階に向かっている頃、先ほどの男性冒険者はシラユキに似た誰かが三階の方へ移動しているのを目撃していた。
「……ん? あれってシラユキさん? おかしいなぁ、ついさっき下に降りて行ったばかりなのに……。ん~、まあ気のせいか」
♦
――モゾモゾ。
「ふぁ~、良く寝た」
ギルド本部にある冒険者用の部屋でソウタは小鳥のさえずりと共に目覚めた。
昨日は色々な事があったなぁ。
……いや、ありすぎた。
ソウタは昨日あった様々なことと、一日経過した今あらためて思い返してみた。
まずエルニアに移動するのから始まり、ちょっとしたいざこざがあった。
そのあと王都にいって、結構ないざこざがあった。
ギルドのお風呂場でいろいろあった。
なぜか体が入れ替わったりして大変だった。
何よりも戦い&戦い尽くしの一日だった。
思い返してみれば僕、戦いしかしてない。
でもそれが楽しく感じたりもしたけど。
とりあえずかなり濃密な一日を過ごしたことには変わりがなかった。
そして今日もまたいろいろな意味で濃密な一日が始まりそうな予感がしていた。
「ところでさシラユキ、どうして僕のベッドにいるのかな?」
ソウタのベッドには何故かシラユキが潜り込んでいて、ソウタが目覚めたのを確認すると横にちょこんと座り、ソウタの肩に身を寄せた。
「シラユキ?」
いつもとは様子が違うシラユキにソウタは疑問を感じている。
シラユキもシラユキで無言のままで、なによりその顔が少し紅潮していた。
「あの……。えっと……」
どこか落ち着かない様子でソワソワしているシラユキ。
ソウタはそんなシラユキをジッと見つめる。
シラユキはソウタの顔をチラチラ見ているが、ソウタと目が合う度に素早く目線を床の方へ移している。
明らかに普段と様子が違う。
一体どうしてしまったんだろう?
「え……えと……。わたしはシラユキ?」
シラユキが首を傾げながら意味不明な発言をする。
やっぱりどこかおかしい。
もしかして体が入れ替わった反動でシラユキに異変が起きてしまったんじゃないだろうか?
そう思うと居ても立っても居られなくなった。
「シラユキ、もしかして僕の事を忘れてしまったわけじゃないよね!?」
シラユキの肩を掴み、自分の方へ体を向けさせた。
「あ、あの……。えと……えと……」
やっぱり反応がおかしい。
普通ならすぐにでも僕の名前が出てくるはずだ。
どうしてこんなにも動揺しているんだ。
「シラユキ! 僕だよ、ソウタ!
もしかして体が入れ替わった原因で記憶が錯綜してしまったんじゃ……!」
「ソウ……タ。ソウタ。あなたの名前、ソウタ?」
「っつ! やっぱり記憶が!?」
「ちがう。私はシラユキじゃない。私はソウタにつく……」
シラユキが何かを言いかけると、コンコンと部屋の扉がノックされた。
「また、めんどうごと起きる。だから、またコンド」
「シラユキ、いったい何を言って……」
シラユキがソウタの頬に手を添えると、不思議な力でソウタは一瞬にして眠ってしまった。
その後、シラユキの姿はソウタの部屋から消えていた。
♦
不思議な現象が起こったソウタの部屋の前では、シラユキが扉の前で立っている。
「おいソウタ。部屋にいないのか?」
念には念を入れ、クールキャラの方でソウタの名を呼ぶ。
何度も部屋をノックしているシラユキだが、一向にソウタが出てくる気配がない。
シラユキは一応ドラノブを下げ、押してみた。
「え、開いてる。不用心だな~もう」
ナチュラルにソウタの部屋に入り込んだシラユキ。
本人は全くそのことに対して気にしている様子はなかった。
「な~んだ、寝てたんだ」
ソウタは自分のベッドで眠りについていたが、どこかうなされている様子だ。
「ソウタ、朝だよ~。起きて起きて」
シラユキはソウタの体をゆさゆさと揺らす。
「う、う~ん……」
しばらくしてソウタは目を覚ました。
とても悪い夢を見ていた。
シラユキが僕の事を忘れているだなんて。
夢だったとしてもかなりきつかった。
……いや、あれは本当に夢だったのか?
わからない、怖い。
ソウタはボヤけている視界で天井を見上げながら、そう考えていた。
「あ、起きた」
シラユキは目覚めたソウタを覗き込むようにして声を掛けた。
ソウタの視界は未だにボヤけている。
だがその輪郭には見覚えがあり、すぐにそれがシラユキのものだと分かった。
「シラユキ?」
「おはよ、ソウタ」
シラユキはソウタのベッドに腰をかけた。
……あれ、なんだかデジャヴなような。
分からない、なんでまたシラユキが僕の部屋にいるんだろう?
これはまた夢なのだろうか?
でもシラユキが僕の名前を呼んでいるし、夢ではなさそうだけど……。
一応、鎌をかけてみよう。
「ごめんね、何度呼びかけても返事がなかったから勝手に部屋にあがっちゃった」
「へ? あぁ、うん。これで二度目だけどね」
「二度目? 何言ってるのソウタ。私ソウタの部屋には入ってないよ?」
シラユキはソウタの冗談にニコニコと笑いながら返答をした。
やっぱり夢のシラユキよりも今ここにいるシラユキが一段と可愛く見える。
なんというか、夢の中に出てきたシラユキはどこか違和感があった。
作った本人がそう思うから絶対にそうだ。
その証拠として、ここに居るシラユキは夢に出てきたシラユキよりも断然可愛い。
とどのつまり、これは夢の中ではなく現実だという事だ!
シラユキの可愛さに助けられ、ここは夢の中ではないと確信できた。
「ねえシラユキ」
「どうしたの?」
「やっぱり(夢の中よりも現実の)シラユキは可愛いよ」
シラユキはその言葉を聞いた瞬間、顔がみるみるうちに赤くなっていった。
「ほ、ほ、ほらほら! 早く起きないと朝ごはんの時間が終わっちゃうよ!」
あたふたしながらソウタにそう告げる。
「あ~、食事時間とか決まっているのか。了解、すぐに準備するよ」
「じゃ、じゃじゃ、じゃあ私は先に食堂で待ってるかね!」
「あ、ちょっと待って」
シラユキは大急ぎでその場を後にした。
「う~ん、食堂の場所なんてしらないんだけど……。ま、誰かに聞くか」
ソウタは急いで身支度を始めた。
「うぅ~! 朝からあんな事いうなんて、やっぱりソウタはズルいってば~!!」
シラユキはそう言いながら急いで食堂へ向かっていた。
「あ……、戸惑いすぎてソウタの好きな物を聞くの忘れちゃったよ~!」
結局シラユキはソウタの好物を知ることは出来なかったが、そのあと二人で一緒に食事を楽しんだ。
結果、別にソウタはこれといって好きな食べ物がないことが判明した。




