051:創造空間(クリエイト・エリア)
ふむ……ここは確かにトイレだ。しかもかなり現代風かつ高級感溢れる内装。なんかこう落ち着く雰囲気の場所だ。うん、まあトイレは落ち着く場所ではあるのだけれども。
シラユキは一通り用を済ませた後、賢者のように落ち着きを取り戻し、トイレの個室をキョロキョロと見渡していた。
僕が座っているのは便座……なのだろうか? でも見た目は完全に便座ではないし、なによりも宙にプカプカと浮いている。だからこれは便座であって便座ではない。分かるのは用を済ますための魔道具だということだ。
「しかし……このあとどうしよう」
女の子って、用を済ませたらトイレットペーパーで拭くんだよ……な?
僕が? シラユキのを? 自らの手で?
ま、まじかよ……。でも拭かないと衛生的に良くないだろうしなぁ。うん、これは仕方のない事なんだ。だからシラユキ、僕は触ろうと思う。大丈夫、決してやましい気持ちはないよ。
これっぽちもないはずだから。
うん、大丈夫さ。僕はいつもパソコンの前で君たちの裸体を想像していたりもしたからさ、見慣れているんだよね。君たちとは付き合いが長いからね、僕にとっては自分の子供のような存在なんだ。そう、これは言うなれば自分の子供の体を拭いてあげる行為と同じ。だからやましい気持ちを持つはずがないんだ。
そうは思っているが、いつまで経ってもシラユキの目線は明後日の方向を向いていた。絶対に下を見まいという強い意志を感じられる瞳で。
そして拭くか拭くまいかと悩んでいる最中に、この場にトイレットペーパーらしきものがないのに気が付いた。
紙がない。それすなわち拭かなくて良いという事ですね!
シラユキの神聖なる領域を触らなくて良いと安心しきっている最中に、シラユキが座っている楕円形に近い魔道具の中で何かが動き、その物体が優しくシラユキの恥部を包み込んだ。
「っひゃあ!」
と、可愛らしい声を出しながら、咄嗟に手で口を覆うという乙女らしい反応を示したシラユキ。さすがにいきなりの出来事に混乱が隠しきれていないが、ヌルヌルした感触を持ちウネウネと動いている物体については、おおかた予想がついていた。
スライムらしきものが僕のあそこにいる!
どうしてこんなタイミングでエロモンスターの代表格ともいえる魔物が出てくるんだよ! このままじゃあシラユキが汚されてしまう!
慌てて立ち上がるが、なおもスライムらしきものは離れようとしない。
「こ、このっ! 離れろっての!」
何とかしてスライムを引きはがそうと試みようとしたが、スライムが今いる場所に手を伸ばすとダイレクトにシラユキの聖域を触ることになってしまう。
その事に気が付き、シラユキの手はスライムの直前でピタっと止まってしまった。
「ど、どうしたら……」
ソウタが頭を悩ませていると、スライムらしき物体は楕円形の魔道具に吸い込まれるようにして戻っていった。
「あ、あれ……? 何事もなくていいのか?」
でもこれでシラユキの聖域を触らずに済んだ。
というか冷静に考えてもみろ。ここはトイレで、あのスライム的な物体は魔道具の中から出てきた。つまりそこから導き出される答えは、ウォシュレットのような機能を持っているんだということ。
そう考えるのが自然だろう。
さっきまで少し不快感があった下半身が今はすっきりしているからな。
でもこれ、一部の人には性への目覚めになりかねんな……。現に僕もかなり危なかったというか、女の子の体じゃないと味わえない感覚を味わってしまった。
ま、まあいい経験? になったかもしれない。
淡々とそんなことを考えながら、シラユキは目を瞑りながら下に降ろされたショートパンツを履きなおした。
「……我ながらいい太ももを作ったものだ。この絶妙なムチムチ具合がたまらないな」
と、着るもの来たからセーフだろという精神で、シラユキは自分の体をマジマジと観察し、じっくりと堪能した。
「……とは言えだ、いつまでもこの状況は不味いよな。はやく元の体に戻る方法を探さないと」
そう、元の体に戻らなければいけない。
数日後にはフランシスカとの試験も待っている。
それに借り物の体を好き勝手自由には出来ないから何かと不自由だし、何よりもシラユキをシラユキとして見られないのが一番の問題だ。だから一刻も早く元の体に戻りたい。
そう考えこみながら道なりにトイレを進み、出口の方まで歩いた。
だけど、何をしたら元に戻るのだろうか。
シラユキは体を入れ替える方法を必死に考える。
何が原因で入れ替わったのかを記憶を整理してみたが、あんまり思い当たる節がない。唯一あるのはシラユキに嫌われたくないっていう、強い思いを抱いていたことくらいだ。
「……思いだけで体は入れ替わるものなのか?」
バタンと女性用のトイレから出たシラユキ。
さりげなくとんでもない場所に入っていた事に気づき、身震いを起こした。
ごめんなさい、全国の女性の皆さん。僕は禁忌を犯してしまいました。
自分が今は女性なんだという事を分かってはいるものの、やはり罪悪感は感じるものだ。
まあ、悩んでいても仕方がない。まずはシラユキと合流しよう。
一通りシラユキの考えがまとまったとき、急激に意識が遠のくような感覚に襲われた。この感覚はあの時と一緒だ。
体が入れ替わったときや、謎の空間に飛ばされるときと同じ感覚。
ということは、もしかすると自分の体に戻れるかもしれない!
一体なにがトリガーでこの感覚に見舞われるのかは謎だけど、ラッキーだった。
二方面の意味で。
「トイレから出ていて良かった」
そんなことを言い残しながら、シラユキの意識は完全に飛んだ。
――――――――
―――――
――…
ー…
『……ねがい』
うん……?
夢心地の中、ソウタの頭の中に女性の声が響く。
『お願い……。私に気づいてください!』
意識が完全に飛んでいないのか、幻聴が聞こえてくる。
ソウタは声の主に反応することなく、心地よい夢心地のまま意識を薄れさせていく。
『だ……め……。まだ……かないで!』
さっきまで力強く訴えるように声を上げていた女性の声が、力なく響く。
『私と同じ【創造】の力を宿しているあなたにしか頼めない事なの!』
……そう、ぞう?
いま、この声の主は何って言った?
僕の聞き間違いじゃなければ、はっきりと『創造の力』って言っていたよな?
薄れゆくソウタの意識は『創造』という言葉に反応し、完全に覚醒した。
それと同時に、周りに白一面の空間が展開された。全体的にもやがかかっているようなこの空間は、ソウタが異世界に飛ばされる前にきた空間そのものだった。
「……今、何っていったの?」
『よ、良かった! 無事に創造空間に入れたんですね!』
「クリエイトエリア?」
『はい、今あなたが立っているこの空間の事です。それよりも私の声が絶えずに聞こえているのと、クリエイトエリアが展開されているということは、私とあなたの意識が無事にリンクしたということです』
何が何だかさっぱりだ。
急展開すぎて頭が追い付かない。
「ちょ、ちょっと待って。色々と聞きたいことがあるんだけど」
『ごめんなさい、せっかく意識が繋がったというのにあなたと話せる時間の猶予がほんの僅かしかないんです。なので手短に用件を伝えさせてください』
「ちょっ……!」
『あなたと私がこうして話せているということは、あなたの【創造】の力が、完全でないとは言え覚醒した証拠です』
ソウタの介入の余地を許さず、声の主は喋り続ける。
『未覚醒の状態で扱うのは正直危険ではありますが、あなたの【創造】の力は私よりも強力だと見ています。なので、力が覚醒した今のあなたなら【創剣クレアール】を扱えるはずです』
「ちょ、ちょっと待って! どうして僕の創造の力の事を把握しているんだ!? それに君は一体……? そんな事を教えてまで、君は僕に何を望んでいるの?」
『率直に言います。私を【助けて】欲しいのです』
ソウタは呆然と立ち尽くしている。
『私は今、………………に……!』
「……え?」
『き、聞こえてい…………!? ま、まって……!』
「正直、まだ頭の中が全然整理できていないけど、助けて欲しいっていうのは分かった! だから場所を! 場所を少しでもいいから口に出してくれ!」
『……! こく!』
「もう一度! もう少しで聞こえそうなんだ!」
『せ、聖領国!』
その言葉を最後に謎の空間に響いていた声は消えた。




