050:物凄い背徳感
『あなたに特別な力を与えてあげましょう。あなたが思い描いた力が、特別な力としてあなたに宿るはずです』
……とかいう神様からの天の声が聞こえてきたら、僕は迷わずに尿意を抑える力をくださいと言うだろう。その結果、神に馬鹿にされようが鼻で笑われようが構わない。
だってそれほどまでに、僕は今危機に瀕しているんだもの!
ま、まままま、まさかトイレがしたくなってくるだなんて思ってもいなかった。
いやまあ、小さい頃はお互いの体が入れ替わってからのこういうシチュエーション悪くないな~とか思っていたけど、実際にその状況に陥ってしまうと笑い事ではない。いや、実際に陥るっていうのがまずありえない話なんだけどさ!
くそっ!
それにしてもリリーシェが遅い、遅すぎる!
尿意との格闘で時間が過ぎるのが早く感じているだけかもしれないけど、かれこれ30分くらいは待っている気がする。このままじゃあこの闘技エリアの真ん中で盛大に……。
もういっその事、普通にトイレをしちゃおうかな?
漏らすくらいならその方がいいのか?
……いや、でも。無断でシラユキの体で好き勝手するのは良くない。
やっぱりここはリリーシェが早くシラユキを連れてくるのを待とう。
と、意気込んでからどれくらいの時間が経っただろうか。
一向にリリーシェが来る様子もなく、シラユキはもう意を決したかのような顔をし、一歩、また一歩と、なるべく膀胱を刺激しないように慎重にあるいていた。
流石にもうそろそろ限界だ。これ以上我慢してしまうと、いつダムが決壊するか分からない。シラユキには悪いけど、これは非常事態なんだ。そう、仕方のなかったことなんだ。だから僕は行くよ。禁断の地である女子トイレに。大丈夫、決してシラユキの体は見ないから。目をつぶるから。うん、絶対に目をつぶるはずだから。多分、きっと、おそらくね。
と必死に自分に言い聞かせているが、そもそもトイレなどという施設があるかどうかも分からない。いいや、この際トイレというものがあるんだという前提で話を進めなければならない。
……なかったら、その時はその時だな。
よし、行こう。未開の地へ。
小さく一歩一歩進み続け、やっと扉の前まで来たとき、タイミングよく巨大な鉄の壁が開かれた。扉が完全に開ききる前からシラユキは、やっとリリーシェが戻ってきてくれたという安堵からか、下半身の力が少しだけ緩くなった。
「お、遅かったなリリーシェ。ソウタを探してきてくれてありがとう。とりあえずソウタと私を二人っきりにしてほしいから、お前は出て行って……もら、おうか……。ん?」
扉の先に見えるそのシルエットは、背丈、髪型、体系からしてリリーシェのものではなかった。どこかで見覚えのあるそれは、出るとこは出ており、シラユキの目にそのサイズはDに映っていた。リリーシェはそんなに大きくない。じゃあここにいる人は誰だ?
まあ、その答えはすぐに出てきはしたけど、あまりの我慢のしすぎで見えている物が幻覚であってほしいと思っていたのだ。現実を受け止めたくないからだ。だって今、目の前に立っているのはアーニャさんだもの。
「やっぱりここに居たんですねシラユキさん。ここに集まっていた人がぞろぞろと出てきている中、全然シラユキさんの姿が見えなかったから、もしかしてって思ってきたらビンゴでした♪ 私の予想てっきちゅ~」
呑気だな、この子。
出すもん我慢している僕からしたら、今のアーニャさんの態度にイライラしてしまう。
この野郎、こっちの苦労も知らないで! っていう事をいっても仕方がない。あっちは僕の事情なんて知る由もないんだ。だったらどうにかしてこの状況を利用しなければ。
「……? シラユキさんどうしたんですか? 何だか様子が変というか、珍しくソワソワしているというか、いつもと違って落ち着きがないように見えますが……」
……くそ! 色々と考えたくても、下で流れる水にストップをかけているせいか、全然頭も回らない。たったの一か所。たったの一か所から出る排出物を止めるために体の全機能を集中させざるを得ないから、その他の体の機能が全然働かない! 恐ろしい、恐ろしすぎる!
「シラユキさ~ん! 聞いてます? というより私がいることに気が付いていますか?」
アーニャは自分に反応を示さないシラユキの顔の前で手を上下させている。シラユキはそれを目で追うこともせず、ただひたすらに鬼の形相になる寸前の顔で考え事をしている。
はあ、子供だったら盛大に漏らしちゃっても、大人の人たちが「もう、しょうがない子ね」で済まされるからいいよな~……。
……っ!! そのときシラユキの頭の中に電流が走った。そうだ、子供。
これがこの状況を打開するキーだ!
シラユキの余裕のない表情に、少しだけ笑みがこぼれた。
「シラユキさん、無視しないでください! 私、大至急ソウタさんからシラユキさんを呼んできてほしいって言われてたので探してたんですよ! だから反応してもらわないと困りま……」
「うぅ……アーニャお姉ちゃん。おトイレ……したい」
そういいながら、アーニャにすり寄り正面から抱き着くようにもたれかかった。
「す、すすすすすううううう!? すううううううう!??? ど、どど……どうしたんですかシラユキさん!」
普段のシラユキからは絶対に見られない奇行でアーニャが酷く混乱してしまっているが、それがソウタの狙いだった。動揺させてこちらのペースに持っていき、考えさせるのをやめさせる。
「わたし、イリュージョンでつくられた、幻影。シラユキ本人じゃないの」
そう、イリュージョン。この設定を使えばもう何でもありだ! とりあえずシラユキ本人ではないと釘を打っておけばもうこの際なんだっていい。アーニャさんの名前を知っているのも適当に理由をつけて誤魔化せばそれでオーケー。とにもかくにも、まずはこの苦しい地獄から抜け出すのが最優先だ。
「イ、イリュージョン……?」
年齢の設定なんてもう考えていない。
とりあえず子供っぽい人格だっていうのを貫き通せ!
「もう……ダメ。これ以上は、我慢……出来ないよぉ……」
「わぁ~! 待って、待って! シラユキさん? イリュージョンちゃん? ってどっちでもいいよね! とりあえず感覚を鈍化させる魔法を付与するから、あと少しだけ我慢してね! お姉ちゃんがすぐにトイレに連れて行ってあげるからね!」
気持ちの悪いほどに子供の演技がうまいシラユキを前に、アーニャはソウタの思惑通り、考えるよりも先に、シラユキをトイレに連れて行くという行動に出た。その際に、体を軽くさせる軽量化の魔法【グラビティカット】と感覚を鈍化させる魔法を付与された。そのおかげもあってか、先ほどまで我慢の限界に近かった尿意も引いていき、シラユキの顔に少しだけ余裕が生まれた。
だが問題なのはここからだ。
アーニャが背負っているシラユキが、イリュージョンで生み出されたシラユキだというソウタが考えた嘘の設定を知っているのはこの場にいる二人だけ。大事にはならないだろうけど、どうせこの光景を見られたら絶対に「あのシラユキさんが背負われている」とかいう面倒くさい噂が流れるはずだ。
可能であれば誰にも見つからずにトイレまで行ってほしいものだ。
そんなソウタの不安を払拭するべく、アーニャは自分が羽織っていた上着をシラユキに被せた。
「こんな状態のシラユキさんを私が背負っているのが目撃されたら、きっと面倒くさい噂が流れるかもしれないので、少しの間だけですが私の上着を顔を隠すようにして被っていて下さいね」
そう言うとアーニャは急ぎ足でトイレのある方へ、早足で歩きだした。
先の事を予測できている優秀な人だと、ソウタは思った。
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――…
ー…
「シラユキさん。着きましたよ」
ペタンと、どこかの上に座らされ、シュルシュルという音と共に、身に着けているショートパンツを降ろされた。
そして顔を隠していた上着がゆっくりと取り外され、シラユキの目に光が徐々に入り込んでくる。そこで目にした光景は、一瞬でトイレだと分かるようなデザインをしていた空間だったが、どこか上品な作りのトイレで、隅から隅まで清掃が行き届いているようでもある。
「……で、では私はこれで失礼します。あとは、お一人で出来ますよね?」
異世界にトイレが存在している。それも現代風の。
ソウタはその事実に驚いていて、アーニャの問いかけに対して適当に首を縦に振ってしまった。
「それではご、ごゆっくり~?」
そう言い残すと、アーニャはトイレの個室から姿を消した。
シラユキはその後、視線を少し下に送った。そして目にしたのが程良い肉付きの、ムチっとした太ももだった。
この太ももに挟まれてみたいな~と考えている最中に、シラユキは事の重大さを知り急速に我に返った。
「ってダメだってえええええ! 本来、僕がシラユキを呼んできて欲しいって言ったのは、シラユキの大事なところを見たり触ったりする可能性があるから、その確認をしたうえで承諾を得てからトイレをしようとしていたからであって……許可も何も取れていないこの状況だったらアーニャさん同行の上で用を済ますべきだ……っただ……ろ」
一気に力を入れた上に、感覚鈍化の魔法の効力が切れたシラユキの下半身に込められていた力が抜け、それと同時に今までダムにため込んでいた水が、少しずつ流れ出てきた。
その水は上品にチョロチョロと水音を立てながら、排出されていく。
シラユキは反射的に手で顔を覆い、この光景を見てはいけないと思いつつも、腕は二本しかないため、どうしても耳は抑えられなかった。結果的に、そのチョロチョロと流れ出る水音を最後まで聞いてしまったソウタは、今にも背徳感に潰されそうだった。
「ごめん、シラユキ……。なんか、ごめん。本当に」
そして別の場所でも、同じタイミングで何やら背徳感に押しつぶされそうな男? がトイレにいた。
「ごめんね、ソウタ……。ほんと、ごめんね。色々と」
その視線は下に送られている。見まい見まいとしているが視線はチラチラとナニかに注がれ、その手はがっしりとではないが、ほどほどにナニかを触っていた。
同時刻、二人は背徳感に潰されながらも無事? にトイレで用を済ませた。




