004.僕は君の全てを知っている○
シラユキとはソウタが創造したキャラクターの一人だ。
制作者本人が見間違えるはずがない。
まず髪型。
控えめにふわっと広がっているミディアムボブで全体的に内巻き。
後ろ髪は肩につくかつかないかくらいの長さ。
均等に揃ったように見える前髪は、左側だけ目が少し隠れる程には長い。
強く見せられるだろうっていう考えで、ちょっとだけ隠したのだ。
サイドは輪郭を隠すように、毛先にかけて少し内側に寄っている。
どの髪のパーツより長さは長く設定してるため、後ろ髪より長い。
鎖骨を少し過ぎるくらいまではある。
そして髪の色。
ベースは白色。そこに薄い水色の影をつけた。
それにより完全な白色を避けるような配色を心掛けた。
服装は、太ももを強調させるショートパンツ。
上は二の腕を露出している肩が見えているタイプの服。
そこに少しだけ二の腕を隠すくらいの長さがある手袋をはめている。
もちろんソウタの趣味で指は開いている。
そして腰よりも少し短い位置までのレースマントも着ている。
うん、間違いない。全ての特徴が一致している。
ソウタはシラユキを上から下に、下から上にと舐めまわすように見た。
そしてソウタはある事実をしっかりと捉えていた。
目の前にいるシラユキ。実は名前を呼ばれた際に、ソウタと一緒に素っ頓狂な声をあげて驚いていた。それを見逃す製作者ではなかった。
クールな雰囲気を醸し出し、強気な口調であるシラユキ。
なぜ彼女がそんな声を出したのか?
そう、そこから結び付けられる一つの回答。
答えは簡単。シラユキはただの強がっているだけの女の子なんだ。
「クスッ」
シラユキの再現性にソウタは思わず笑ってしまった。
自分が考えた設定までもが完全に再現されてている。
今、この世界にはシラユキが存在している。
いや、生きているんだ。
声も表情も、何もかもが設定通りのシラユキが目の前に居る。
そして喋っている。
あぁ、感動だ。これほどまでの感動はないだろう。
まさか自分で作ったキャラクターと会話する事が出来るなんて……。
ソウタはいま最高に幸せだ。
人生で最高潮の幸福感に包まれている。
「おい。貴様何を笑っている」
シラユキに声を掛けられた。
ソウタはそれだけでも感動だった。
感動の過剰摂取でおかしくなりそうだった。
大方シラユキが声を掛けてきた理由は容易に想像できる。
素っ頓狂な声を発した事をなかった事にするつもりだろう。
自らの失態を払拭するために、何か言い訳を始めるつもりだな。
ソウタは期待しながらシラユキの出方を伺った。
「さっきの声だがあれは先ほど貴様が発した声だ。私が出した声では決してない。この魔石に貴様の声を魔力として変換し、出力して聞かせただけだ」
ビンゴ。シラユキは所持品の魔石と呼ばれるものを取り出した。
取り出した魔石に何度も何度も指を差す。
先ほどの声はこの魔石からソウタの声が出ただけだと主張した。
「いいか? 決して私から出した声ではない。そもそも私があのようなマヌケな声で叫ぶと思うか? いいや、ありえないな。そうだろ? ありえないよな?」
なぜか同意を求められる謎の状況。
この必死に言い訳を考えている中で、心の中では焦っているシラユキがソウタには見えていた。ソウタはシラユキの全てを知っている。なので今の一生懸命なシラユキを見るととても愛おしく思えてくる。
愛おしいがあまり、少しだけイタズラをしたくなってしまった。
「でもさっきの、僕の声じゃなかった気がするけど」
ソウタはあたりまえの事を言った。
なぜならソウタの耳には自分以外の声が聞こえてきたのだから。
「……」
シラユキはフリーズした。
これはソウタが設定した、どうしようもない時は一瞬黙るという設定だ。
ちゃんと反映されている事にもソウタは感動した。
そして黙っているという事は相当焦っている証拠だった。
ソウタはシラユキの設定を知り尽くしているため、遊びたくなった。
今この状態で追い打ちをかけてみたくなった。
好きな子にちょっかいを掛けたくなる感情に似ている。
ソウタはすかさずシラユキへ言葉を投げかける。
「ごめん、なんかシラユキが言っているマヌケな声っていうのが、本当に僕の声なのかもう一回確認したいからさ。その魔石からさっきの声を出してくれないかな?」
魔石からソウタの声を出したというのは、シラユキが咄嗟に付いた嘘である。そのことをソウタは分かっていた。なので自分でついた嘘が自分を苦しめる状況を作り出してやろうと思った。
「……いいだろう、その代わり後ろを向け」
「ぷっ」
「貴様、先ほどから何を笑っている?」
怒り眉にしながら目を細くし、シラユキがソウタへ剣を向ける。
多分、少しでも威厳を見せようとしているのだろう。
「あぁ、ごめん。わかった、後ろを向けばいいのか?」
シラユキにとってめちゃくちゃ苦しい状況だなぁ。とソウタは思いながらも、シラユキがどんな方法でこの場をやり過ごすのか楽しみになっていた。
「行くぞ」
そういうとシラユキはソウタへ背を向けた。
逃げる気まんまんの姿勢を取って見せた。
どうあがいても魔石からソウタの声を出せるわけがない。
よし、逃げよう。この考えしかシラユキは頭に浮かばなかった。
――その瞬間。
「きゃああああああああ!!」
シラユキの顔の前を、微量の毒を持つ魔物であるビーポイズンが横切る。
そんなシラユキの叫びを聞いて、ソウタは「いや、そんな声は出していない」と内心ウキウキで今のシラユキがとった行動に愛おしさを感じていた。
あぁ、この子はこんなにもドジでおバカさんなのかと。
そんな可愛い叫び声は出していないと言いたい気持ちもある。
だけどこれ以上意地悪したらかわいそうだからやめておこう。
ソウタの中の良心が少しだけシラユキに情けをかけた。
「うん、確かに僕の声だ。ごめんな、わざわざ手間を取らせちゃって」
シラユキは冷汗をダラダラとかいていたが、ソウタからの予想外の声掛けにすぐさま調子を取り戻し、ソウタの方へ体の向き変えた。
天が味方してくれた。
そう思ったシラユキはこの好機を物にすべく口を動かす。
「少し魔石の出力がおかしかったが問題なかったようだな。若干声が高く出力されたのではないかと思っていたが、貴様が言うなら貴様の声だろう」
「でも魔石っていうのは凄いんだな。
他人の声を魔力に変換してそれを出力できるなんて」
「こんなもの一般常識だ。何を珍しがっている」
「いや~、僕がいた場所にはそんな物なかったからさ」
イタズラしたくなってきた。
「そうだ、シラユキも実践してみてよ。シラユキの声は綺麗だし、きっと魔石から聞こえてくる声はもっと綺麗に聞こえると思うよ」
「調子に乗るな」
シラユキ、強硬手段モード。
どうしようもなくなった時は、こうやって強い自分を見せて相手に主導権を与えさせない。めちゃくちゃ焦っているシラユキが行う最終手段だ。
その証拠として先ほどからソウタに向けたり下げたりしている剣をまた向けなおし、声のトーンも今まで以上に低くして喋ってきている。
この状態のシラユキになってしまったのを見て、流石にソウタは反省した。
「ごめんごめん。ついシラユキが可愛くってさ。反応を楽しんでたんだ」
「か……可愛いだと? それに反応を楽しむとはどういう……」
「ねえシラユキ。僕、君に言いたいことがあるんだ」
そう。僕がシラユキを作ったからこそ、シラユキの全てを知っているからこそ言える台詞。これを言えば、きっとシラユキも僕に素の自分を見せてくれるはずだ。
ソウタはシラユキの方へ振り向き、人生で最大級のキメ顔をしながら。
「シラユキ、僕は君の全てを知っている。
だから僕の前では偽りの君じゃなくて、本当の君を見せてほしい」
決まった。
誰がどう見ても今のソウタは顔は抜群にキマっていると言うだろう。
だがそんなソウタの気持ちは全くシラユキには伝わっている様子がなかった。
「だから……」
あれ……?
「貴様は……!」
あれぇ?
「誰なんだ!!!」
シラユキは魔石を取り出し、ソウタに向かって魔法を放つ。
雷魔法だろうか。ソウタは魔法をくらった瞬間、体の自由が奪われた。
それと同時に痺れが全身に回り、いとも簡単に意識を失った。
【魔石】
魔法を封じ込めている魔道具。
他の魔道具に比べ使用用途は狭く、主に戦闘で使われる事が多い。
封じ込められている魔法の威力が高ければ高いほど質の高い魔石が必要になり、生産自体も難しいため、高価になる。