049:傲慢キャラの欠片もない
あの後、闘技エリアに集まっていた観客を全員外に出した後、シラユキ、リリーシェ、アルバドール、フランシスカの四人が闘技エリアの中央で集まっていた。
フランシスカが、アルバドールに殴られる寸前にチラッと話題に出していたエルヴァーへの処罰はAランクの地位の剥奪。それどころか、冒険者としての資格をも剥奪させられた。
不当な方法でAランクになった事をリリーシェから知らされたのもそうだが、意図的に観客を巻き込むようにして魔法を放ったというのが大きな決定打となり、冒険者として相応しくないと判断され、ギルドから追放された。
ソウタ的にはこの騒ぎや模擬戦を通して、シラユキの強さを見たことがないという冒険者たちにシラユキの強さを見せつけられたこと。泣きべそをかいていたシラユキは幻影だったと証明できたこと。そしてなにより、シラユキやリリーシェを馬鹿にしたエルヴァーを気の向くままにボコボコに出来たことに満足できていた。
結果的に良い方向へ進んでくれてめちゃくちゃ安心している。
ただ一つ問題があるとすれば、元の姿にどうすれば戻ることが出来るのかということだ。男の子だもの、このまま体が入れ替わらずに、コソコソ変なことをしたいという気持ちはなくはない。だけどそんな事をしてみろ。バレた際には絶対に幻滅されてしまう。
いや、まて。バレなければいいのか……?
いいや、だめだ。ここはグッと我慢。
はやくシラユキに体を返さなければいけない。
どうして入れ替わったのかも原因を探らないとなぁ。
シラユキは、何やら揉めている二人の人物を気にせずにそんなことを考えていると、フランシスカがアルバドールの方へ一歩前進した。
「おい、アルバドール! どうしてシラユキとリリーシェには手加減して私には本気で殴ったんだ!」
かなり怒っている様子だ。
「ん? 別にお前だけ本気で殴ったわけじゃねえぞ? シラユキにもリリーシェちゃんにも俺は本気で殴った。ただお前が俺のパンチをかわせなかっただけだ」
「そんなわけないだろ! ほら、あれを見てみろ!」
「んあ?」
フランシスカは、自分の背中側にある闘技エリアの壁を指さした。
「私を殴る時だけ身動きを取れなくしたうえで思いっきり殴り飛ばしたじゃないか! あの壁にできたヒビを見ても、私以外は本気で殴っていないと言えるのか!?」
「はあ? なんで壁のヒビなんて気にしてんだよ」
「あいつら二人は人を殴り飛ばせるような力のパンチを受けたか? そして壁にヒビを作ったか? 作っていないだろ!? だからあいつら二人には本気を出して殴っていない証拠だ。不公平だ、不公平! ぶーぶー!」
鎧の音がガシャンガシャンと小刻みに良いリズムを奏でてている。
僕はフランシスカの顔を知っているから、今どんな顔をしているんだろうかと想像できているけど、想像上ではなく、そのヘルムの下の顔を実際に見てみたいものだ。きっと今頃、頬を大きく膨らませているに違いない。
「ピーピーピーピーうっせえなぁ。お前、お姉さんキャラ目指してんだろ? 少なくとも俺の知っている大人のお姉さんはそんなに騒がないぜ? お前はどこからどうみても子供だ、子供。駄々っ子みてえにいつまでも騒ぎやがって」
「だ、だだっ……!?」
ぷっ。とソウタは駄々っ子と言われたフランシスカに思い当たる節があり、笑ってしまった。あのときソウタに戦いの申し出をしたときに見た駄々っ子フランシスカが頭に浮かんだ。
アルバドールはそんな駄々っ子をなだめるように語り掛ける。
「それで駄々っ子フランシスカちゃん。聞きたいことがあるんだけどさ」
身長が高いアルバドールは、背が少し低いフランシスカに目線を合わせるようにして膝を曲げた。本当に子ども扱いだな、こりゃあ。
「やーめーろー! 顔が近い! それに私は子供じゃないんだ! 目線を合わせて喋らなくても良い! あと駄々っ子はやめろ! それから私以外には本気で殴っていないと認めろ!」
「注文が多いねえ。一度に言いたいことをいっきに喋りすぎな。でも、フランシスカちゃんはそんなところが可愛いんだよな。よしよ~し」
「だーかーらー!!! ちゃんをつけるな、ちゃんを~!!!」
アルバドールは、フランシスカのヘルムを豪快にバシンバシンと叩きながら、
「いいじゃねえか。そっちの方が可愛いぜ?」
「こ、この! そろそろ本気で怒るぞ!」
「怒るのにいちいち許可を取ろうとするところも、相変わらず可愛いね~」
「うぅぅ~! 可愛い可愛い言うなー!」
フランシスカはバリアブルスを構えるが、アルバドールは怯むことなく口を動かす。
「おいおい。随分と物騒じゃん。俺の知っている大人のお姉さんってのは武器を見せつけて脅すような事はしないぜ? それに比べてフランシスカちゃんは……」
「子供じゃなーーーい!! 私は、こ・ど・もじゃない!」
「うるさい……」
結構な大声に、リリーシェが呟く。
暇なのか、いつの間にか呼び出していた死体を呼び出しては鎌で切り刻む遊びをしている。
リリーシェらしい暇つぶしではある。
リリーシェと違い、シラユキは二人のやり取りを微笑ましそうに眺めていた。
アルバドールはフランシスカの扱い方がわかっているなぁと、うんうんと首を縦に振りながら感心していた。
「まあそんなことは置いておいてな。俺がなんで怒っているかわかるか?」
「な、なんでって……。さっき私が全部いったじゃないか。ハッ! もしかしてもう一回自白させて私を殴ろうっていう魂胆だな!?」
「ば~か」と言いながらフランシスカをデコピンした。
「いいから聞け。そもそもだ。
リリーシェから聞いた話によりゃあ、闘技エリアを使っていた理由は、エルヴァーが色々と騒ぎを起こしたから模擬戦と称してエルヴァーに対してAランクの闘技試験を行い、そしてソウタとかいう奴の部屋に集まっていた何名かの冒険者に、シラユキの強さを見せるためだったんだろ?」
「差異。エルヴァーはどうでも良かった。ただ私が、この機会にシラユキと戦ってみたいと思ったから闘技エリアを使わせてもらった」
リリーシェが何かよくわからない死体を掲げながら、アルバドールが言った内容を訂正するように口をはさんだ。
「ん~! リリーシェちゃんは素直で可愛いね~。どこかの誰かさんと違って、隠し事をしていないのが偉いぞー!」
わしゃわしゃとリリーシェの頭を撫でているアルバドールの顔が、ゆっくりとフランシスカのほうへ動き、ギロッと睨んだ。
「ギクッ」
「ギクッじゃねえ。驚くなら気づかれないように驚けや」
「わ、私は驚いてなんかいないぞ! そもそも隠し事とか一切していないし、闘技エリアに集まっていた人は、あいつの部屋でリリーシェとシラユキが闘うって噂を聞いた奴らが来ていただけで……」
フランシスカの肩に、ポンポンとアルバドールの手が置かれた。
「誰もお前が隠し事をしているなんて言ってねえし、闘技エリアに集まっていた観客の話もしてないのに、やけにお口が動きますなあ、フランシスカちゃん?」
ニコニコしながら、目線を合わせフランシスカに語りけている。
こりゃあ何かが始まるぞ。
「あ、あわわわわ……!」
「さあ、嘘はつかないで洗いざらい話せよ~? 俺が一番怒っているところはそのことなんだからな? 反省も含めてお前の口から言うんだ。さあ、はやく」
「え、えっと……。聞いてくれアルバドール。考えてもみろ。闘技エリアに人が集まっていたのはさっきも言った通り、リリーシェとシラユキが闘うという噂を聞いたギルドの冒険者たちが……」
ニコニコ笑いながらアルバドールが、
「その噂を流したのは?」
「そ、そんなの周りにいた人たちが!」
「リリーシェちゃんが言うには、部屋を出たときには数十名しか人はいなかったらしいけど?」
目線をそらすように、ヘルムが動く。
「だ、だからその人たちが噂を流したんじゃないのか?」
「っていうと思ってあらかじめリリーシェちゃんに聞いておいたぞ~。噂を流す暇はなかったけど、どうしてだろうね~? 何故か分からないけど、3階から2階へ降りたら、大勢の人が出待ちしていて、そのまま闘技エリアの方に向かったんだってよ。なんかおかしいよなぁ? 異様だよなぁ?」
「あ、あの。それは……」
「俺じゃなくてエグディブがいいか?」
エグディブというワードに反応してシラユキは体をピクンと震わせた。
フランシスカもその言葉に反応し、
「や、やめろ!! エグディブだけはやめてくれ!!」と暴れながら必死に抗議する。
「じゃあ素直に話しましょう。どうして闘技エリアの観客席が埋まるほど人がいたんでーすかっ。素直に、正直に、誠実に、お答えください」
「はい! 全部私が悪かったです! 私がシラユキとリリーシェの戦いに乱入して、圧倒的に勝利をおさめ、称賛の声を浴びたかったから人をいっぱい呼びました! ソウタの部屋でリリーシェが模擬戦を行うというのを盗み聞きして、その噂をギルド内にいる全員に広めました! これでいいか馬鹿野郎!」
「素直でよろしい、このバカタレが!」
なんだかさっきも同じような事を聞いたなぁ。
……直後、再び鎧の重々しい音が鐘のように鳴り響いた。
その音は今度こそ、この模擬戦と騒ぎに終わりを告げた。
フランシスカはアルバドールに頭をガッチリと固定されながら、全力の頭突きをくらった。そうとう響いたのか、フランシスカはその後フラフラになりながら、間もなくして気絶し、そのままアルバドールに担がれながら、闘技エリアから姿を消した。
傲慢キャラという設定が微塵も感じられないほど、微笑ましいやり取りを見せてもらってとても満足をしているんだけど、どうしよう。流石にこれは微笑ましくない。
シラユキはモジモジしている。
「シラユキ……? ソワソワしている。どうした?」
「……」
リリーシェが不思議そうに首を傾げた。
「リ、リリーシェ。頼みたい事がある。ソウタに、シラユキが闘技エリアで待っていると伝えてほしい。早急に、迅速に、至急頼む。一大事なんだ」
「りょ、了解。見つけ次第伝える」
今までにないくらいに声を荒げて喋るシラユキに、あのリリーシェですら少し困惑の色を見せた
「た、頼んだ……」
ソウタがここまで焦っている理由。
それは……。
ト、トイレが……したい……!




