048:陽気なおっさん
シラユキとフランシスカたちの間に入り込むように、一人の屈強な大男が現れた。その姿を見た瞬間にフランシスカはスピードを落として止まろうとしたが間に合わず、3つめのクレーターを作った大男にいとも簡単に止められた。何だあの丸太のような太い腕は。
オールバックの髪型に、あご髭。そして屈強な肉体。
いかにもダンディな親父的な雰囲気をかもしだしている。
いや、彼をダンディと呼ばずして何と呼ぶのだろうか。
それほどダンディズムな男がいきなり現れ、シラユキに猛スピードで向かってきていたフランシスカを軽々と受け止めたのだ。驚くのも無理はない。
リリーシェは途中でその存在に気付いていたのか、スピードを落としていたため、男の目の前でピタリと止まっていた。
「ア、アアアアアルバドール!」
「よう。ずいぶん楽しそうじゃねえか。フランシスカちゃん」
アルバドールと呼ばれた男は、逃げようとしたフランシスカの肩をがっちりと掴んでいる。
風が吹こうがピクりとも動かない大木のような腕を前に、フランシスカの抵抗は徒労に終わった。
「ほ、本日はお日柄も良く、なんとかかんとかであーだこーだ」
「おいおい、せめて後の言葉を考えてから喋ってくれよ」
フランシスカの背中をバンバンと叩きながら、その手を離す。
「逃げるんじゃねえぞ~」
「じょ、冗談言うな。お前から逃げたら何をされるか分かったもんじゃない」
「おう、そうか。聞き分けがよくておじさん、助かっちゃうな~」
なんだかフランシスカは歳の離れたおじさんに可愛がられているみたいだなぁ。
それにあの大男は誰だろうか? まさか親戚のおじさんって訳じゃあるまいよな?
「お~リリーシェちゃ~ん。何だか少し見ない間に少し明るくなったか~?」
「不変。私は何も変わっていない」
「まさかとは思うが、好きな男でも出来たのか?」
「……。私には好きという気持ちが良く分からない。でも私の傍に居てほしいと思う人は出来た。そいつの近くにいると、何だか胸のあたりがポカポカしてくる」
「お? お前も冗談が言えるようになったのか! おじさんをビックリさせるために考えたのかもしれないけど、そう簡単には信じてあげないからな~」
アルバドールがワシャワシャとリリーシェの頭を、ローブ越しに触っている。
フランシスカやリリーシェにこんなにフランクに話しかけるなんて、何者だこの人?
……ん? 待て待て。ちょっと待て。
そういえば、さっきフランシスカ、この人のことを何って呼んでいた?
聞き間違いじゃなければ、アルバドールって呼んでいたよな。
エルヴァーがその名前を聞いて、マスターがどうとか言っていたのを思い出した。
と、いうことは今僕の前にいるこの人って、このギルド本部のマスターってことか!?
お偉いさんを前にしてシラユキは緊張してしまっていた。
フランシスカと同じように、背筋をピーンと伸ばしながら直立をしていたが、自分は今シラユキになっていることを思い出して、いつものように腕を組んで堂々とし始めた。その際に、借り物の体なのに、好き勝手に体を使おうとしていた事も反省した。
でも仕方ないじゃないか。体が思ったように動いてくれたんだもん。
あ~、体うごかしたいなぁ。
闘いたい。
ソウタはすっかり戦いの魅力に取りつかれている。フランシスカも同様に戦いが趣味のようなものなので、案外この二人は気が合うのかもしれない。
アルバドールは、リリーシェの頭をポンポンと叩いたあと、撫でるのをやめた。
撫でるのをやめたとなると、今度は順番的にシラユキに話が回ってくるものだ。
まいったな。僕、この人のこと全然知らないし、この人とシラユキがどういう関係なのかも全くわからないや。なんとなく話を合わせるしかない。
「さ~て、次は順番的にシラユキ~」
ほら来た。
「と、思わせておいてのフランシスカちゃ~ん!」
フランシスカはアルバドールが進行方向を変え、全力で自分のもとに向かってきていることに恐怖を感じているのか、名前を呼ばれた瞬間から震えだしていた。
「……の驚いた反応を見たかったから来たよ~」
何だこの陽気なおっさん。
本当にギルドマスターなのかな?
でも、あの傲慢キャラのフランシスカが怯えにおびえ切っている様子を見る限りは本当っぽいんだけど、威厳が感じられない。
「おい。あとで詳しく話を聞かせてもらうからな」
「ハ、ハイ。わかりました……」
そうフランシスカに耳打ちをしたアルバドールは、寄り道をせずにシラユキのもとにかけつけた。
「よっシラユキ。しばらくぶり! 何で全然王都に遊びに来ねえんだ?」
アルバドールは片手をあげながらシラユキに話しかけた。
「まあ、私も私でいろいろあるんだ」
「ふぅん。まあお前さんの活躍は聞いていたから何も把握していないわけじゃないけどな。ストロングオーガやアンデットキングとかを討伐したんだって?」
アンデットキングってなんだよとソウタは思った。
まんまじゃないか。アンデットの王様なの? だからアンデットキングって言っているの? なんて安直な名前なんだ。
「なかなか情報が伝わるのがはやいものだな」
「何言ってんだ。情報なんてギルド間で管理されているんだから当たり前だろ?」
知らねー!
「ま、俺の知らないところで目覚ましい活躍をしてくれるのは助かるんだけどよ、そろそろ討伐隊への参加の方も検討しておいてくれや」
アルバドールは笑いながら、シラユキの肩をポンポンと叩き、
「……そういえばシラユキ。さっきの戦いを見させてもらっていたんだがよ、確かお前さん、Sランクの闘技試験で【ルミエル】と戦った時はもっと激しい戦闘をしていたはずだが、なんだ? 今日は手加減でもしてやっていたのか?」
あご髭に手を当てながら、不思議そうにシラユキを見つめる。
「ルミエル!?」
シラユキはルミエルという言葉に食いつくように反応した。
ってやばいやばい。
つい過剰に反応をしてしまった。
僕は今シラユキ。僕は今シラユキ。
落ち着け~。落ち着くんだ~。
「ん? なにをそんなに驚いているんだ?」
「あぁ、いや。聞きなれた名前が聞こえたものだからな」
聞きなれたも何も、ルミエルって僕が作ったキャラクターの一人で、あのフランシスカの姉にあたる存在なんだぞ!
というか、シラユキがルミエルに勝ったって本当なんだろうか?
ルミエルってフランシスカに、『お姉ちゃんみたいに私も強くなりたい』と思わせられるくらい強いはずなんだけど。だってルミエルの強さに憧れてフランシスカも強くなったっていう設定のはずだから。
そのルミエルにシラユキが勝っただなんて、とても信じられないなぁ。
というか、ルミエルって今ここにいるのかな!?
「シラユキ、なにをソワソワしているんだ? トイレか?」
「おい、ルミエルはどこにいる?」
「無視かよ。まあいいや」
「聞いているのかアルバドール。ルミエルは今どこにいる?」
思い耽るように、アルバドールは目を閉じながら頭の後ろをかいた。
「俺だって知らねえな。あいつお前に負けた後にイジけてから『武者修行してくる』とかいって、Sランクの試験官をフランシスカに交代してからそれっきりじゃねえか。今頃どこで何をしているんだろうねぇ」
なるほど。なんでSランクの試験で、シラユキがフランシスカじゃなくてルミエルと戦っていたんだろうって疑問だったけど、シラユキに負けるまではルミエルがSランクの試験官だったんだな。
それにしても、この場にいないなんて残念だ。
せっかく姉妹そろって動いている姿が見れると思ったんだけど。
シラユキは深いため息をついた。
「あ、そういや」
アルバドールは何かを思い出したように、
「どこで何をしているのか分からねぇってので思い出したが、ルミエルと同じようにお前さんの妹も今どこで何しているんだ?」
んっ!?
ク、【クロベニ】の事を言っているのか!?
クロベニは確か、設定上では強くてかっこいい姉のシラユキにいつもベッタリだったけど、シラユキが妹には弱い私を見せたくないという理由から、自分が冒険者になる際に、遠い異国の地に修行に行かせたという設定があったはずだ。
僕がつけた設定が反映されているのなら、話は合わせやすい。
「クロベニなら、私が遠い異国へ修行に行けと命じた。あいつの戦闘能力には光るものがある。私の後を追って、私と同じような戦闘スタイルになったら勿体ないと思ったんだ。だから、こことは違う地で珍しい戦闘技術を習わせた方があいつのためになると思ってな」
「ふ~ん。ま、どこで何をしているかが分かってたんなら良かったぜ。クロベニは俺からみても、こいつは今後伸びるって思っていたからな。いつか戻ってきた時には紹介してくれ」
「ああ、いいだろう。自慢の妹だからな」
ふっふっふっ、自慢の我がキャラクダーだからな!
ソウタは自分の作ったキャラクターを褒められ有頂天になっていると、
「うっし。じゃあ話もついたし一発殴らせてもらうぜ」
……はい?
この人なにを言っているん……だ!?
と、いきなりすぎる衝撃発言に驚く暇を与えることなく、アルバドールの太い腕が一瞬にしてシラユキの頬をかすめた。
殺す気か! と思っている隙に、今度はリリーシェの方に一瞬で移動して、頭を小さく小突いた。
「……痛い」
そして今度はゆっくりとフランシスカの方へ顔を向け……。
「や、ややややややめてくれアルバドール! どうしてさっきから怒っているんだ! と、闘技エリアを勝手に使ったからか!? それとも私がシラユキに勝てなかったから怒っているのか!? それともそれとも、私がギルドの中にいる人たちを全員観客席に誘導させた事に怒っているのか!?」
すがるように必死に訴えかけているフランシスカに、アルバドールはゆっくりと笑顔を作った。
「正解は何だと思う?」
「あ! そうだ、アルバドール! そ、そこで気絶しているエルヴァーという男がな、ここの観客を巻き込むように意図的に巨大な火球を放ったんだ! これは早急に対応しないとな! な!?」
何かを恐れてフランシスカは必死に話題を変えようとしたが。
「全部だこのあほんだら!」
その直後、アルバドールがフランシスカを思いっきり殴った。
鎧の音が闘技エリア全体に鳴り響く。
その音が戦いの終わりを告げた。




