047:乱入者
全身が鎧で覆われているその人物は、フランシスカだった。
観客席から勢いよく飛び出してのご登場。
フランシスカは、闘技エリアに飛び出してきてすぐ、ガシャンガシャンと鎧から音を立てながら、シラユキのもとに早足で歩いて行った。
最初は早足だったものの、興奮しているからか、次第に彼女はスピードをあげていった。
しまいには全速力で走りながらシラユキめがけて一直線。
「私は嬉しいぞ、シラユキ!」
フランシスカは走りながら、鞘から剣を取り出していた。
「貴様はちゃんと、強かったんだな!」
フランシスカはそういいながら、片手で持っていた剣を両手持ちに変え……。
うわぁ! あぶねぇ!
さっきまで確かに剣を持っていたフランシスカの手には、いつの間にか戦斧が握られていた。その戦斧でシラユキに目掛けて横なぎを繰り出していた。
それを見事に後ろに下がってかわしたシラユキ。
フランシスカを作った本人だから分かる。
横なぎをしたら、次の行動は必ず振り下ろしだ!
ソウタの予想通り、フランシスカはすぐさま戦斧を地面に振り下ろした。
そのことを知っていたシラユキは、必要最低限の動きでひらりと身をかわす。
「おい、フランシスカ。落ち着け!」
「落ち着く!」
そうは言いながらも、フランシスカは今度は上空へ舞い上がった。
あんな重そうな鎧を着ているというのに、なんという跳躍力。
まるで重さを感じさせない。
フランシスカが上空に上がったとなると、やることは一つ!
「シラユキ! 貴様ならこの攻撃も避けられるはずだ!」
今度は、持っていた戦斧を弓のように変化させ、大量の矢をシラユキに目掛けて放つ。その数約300本以上。
あれこそ、フランシスカの神器バリアブルスの能力だ。
ソウタは実際に、自分が作ったキャラクターが、自分の作った武器を扱っているのを見て興奮が抑えられずにいた。
人に落ち着けなどと言える立場ではないほどに。
ものほんだよ! ものほんのバリアブルス!
様々な武器に形状を変えられるバリアブルスの特性である【形状変化】。剣から斧から弓から槍から、様々な武器を使いこなす技量がないと扱えない武器。それ故に各形状ごとに攻撃方法が全部違ってくるから、武器を向けられている相手からしたらめちゃくちゃ厄介このうえない。
形状変化からの波状攻撃は基本中の基本の攻撃。
実際に体験できるなんて、僕はなんて幸せなんだ。
……だけど、吞気にしている場合じゃない。
ソウタはフランシスカの攻撃方法を知り尽くしてはいるものの、上空から大量の矢を放たれてしまっては、この狭い闘技エリアではどう頑張っても避けることはできない。
なら、こうするしかないよな!
またしてもシラユキの頭の中には、使ったことのない魔法のイメージが浮かび上がってきていた。そもそも、魔法というのは体の中にある各性質のマナを、大気中にある魔素と一緒に練る事でやっと扱える代物だ。
マナをまともに練ったこともないソウタだが、不思議なことにシラユキの体に入り込んでいる今は、無意識のうちに魔素とマナを練っており、魔法を発動することが出来ている。
そんなソウタが、次に発動しようとしている魔法は……。
「アイスシールド!」
シラユキは両手を空中に向けながら、手を交差させた。
「ふっ、この攻撃も防ぎきるか!」
フランシスカが大量に放った矢は、シラユキが召還した厚い氷の壁に当たり、消滅していった。決して矢の威力が弱かったというわけではない。むしろ、国中を騒がせているあのストロング系モンスター数体を殲滅させられるほどの威力を秘めた渾身の攻撃だった。にも関わらず、いとも簡単に防がれてしまったのだ。
ソウタは段々楽しくなっていった。
普段絶対に出来ないような魔法が扱えたり、自分が思ったように自由自在に体が動かせるようになっているからだ。
まさか戦闘がこんなに楽しいものだったなんて!
「次はこちらから行くぞ、フランシスカ!」
シラユキが再び両手を出し、今度はぎゅっと握りこぶしを作りながら手を交差させたあと、扇状に腕を振った。その動きに応えるかのように、氷の壁は自ら粉々に砕け散ったあと、形を変えて鋭利な針のような物になった。
この程度の攻撃、フランシスカなら焦ることもないだろう。
なにせフランシスカの【神器バリアブルス】は、僕の設定通りの形と機能を持っていたんだもの。だったらこの攻撃には、もちろんあの【形状変化】を行うはずだ!
腕をぐっと引き、貯めて貯めてフランシスカのいる上空へ突き出した。
「サウザンドニードル!」
無数の氷の針が一斉に上空へ飛んで行った。それも一直線状にではなく、フランシスカを取り囲むように軌道を変えながら変則的に飛んで行っている。
「甘く見て貰っちゃこまるぞ、シラユキ!
この程度の攻撃で私に傷をつけられると思うな!」
フランシスカは興奮気味に喋りながら、右手に持っている弓状態のバリアブルスを段々と違う形に変えていっている。それはいつもと感じが違っていた。
バリアブルスがフランシスカを取り囲むようにして、形状を変化させている。
「残念だったなシラユキ! 全方位からの攻撃も私には通用しない!」
「ふっ、知っている。さあ、見事に綺麗に防ぎきってみろ!」
シラユキとフランシスカが楽し気な掛け合いをしていると、今度は別の影が空中に飛び立っていった。
「卑怯。私抜きで楽しむの、禁止」
フランシスカと無数の針の間に入り込むように、リリーシェが乱入してきた。
「想像通り。私はお前が乱入してくるだろうと思ってた」
リリーシェは手に持っている鎌に、紫色のオーラを纏わせその場で複数回、体を回転させながら空を切り裂いた。
「バンシーサイズ」
リリーシェがそう言葉を発した直後、切り裂いた場所からこの世の者とは思えない、耳を劈くような絶叫が木霊した。その音は衝撃波となって繰り出され、フランシスカを地面に落とし、シラユキが放ったサウザンドニードルを跡形もなく消し去った。
「私もシラユキに力を見せたい。だからお前だけを目立たせはしない」
リリーシェはフランシスカとほぼ同時に着地した。
フランシスカはすぐさま態勢を立て直し、リリーシェに語り掛ける。
「ふっ、リリーシェ。そういえば忘れていたな。お前も私の次の次の次の次の次に強かった覚えがある。不意打ちではあったが、この私を地面に叩きつけたこと、褒めてやってもいいぞ」
斧状態のバリアブルスを肩にかけた。
「傲慢。お前は全く変わっていないんだな。だけど今の私はお前よりもシラユキに興味がある。だから私は今からシラユキに攻撃を仕掛ける。邪魔はするな」
フランシスカにそう吐き捨てたあと、リリーシェは先ほどとは全く違う。空気を切り裂くような音を立てながらシラユキのほうへ向かっていった。
「おい! 抜け駆けは卑怯だ! 私もあいつに興味があるからそっちこそ邪魔をするな!」
負けじとフランシスカもシラユキのほうへ向かっていった。
しかも、リリーシェに劣らない速度で。
いったい、どうしてあんなに重い装備をしているのに軽やかに動けるのだろう。
はっきりいうけど化け物だ。
ギルドで屈指の実力者の3名の激しいぶつかり合いを前にして、観客席の方も更にヒートアップをしており、歓声がずっと鳴りやんでいなかった。
途中で闘技エリアに入ってきたソウタ一人を除いて。
まさか自分がここまで戦えているのが信じられないという感じだ。
まあ、戦っているのはシラユキ本人ではないのだが。
闘技エリアの方では、猛スピードでシラユキに迫る二つの影。
常人なら、あまりの気迫に圧倒されるが、今のソウタはこの状況が最高に楽しく感じていた。戦闘の楽しさを知ってしまったからか、その表情は笑っている。
軽い戦闘狂のようにも見えてしまう。
「あぁ、最高だ! なんて戦いは面白いんだ!」
ソウタは今、自分がシラユキの体を借りていることなど忘れてしまうほど楽しんでいた。
「さあ、ここからだ。楽しい模擬戦にしようぜ!」
シラユキが臨戦態勢を取った瞬間、今度は両者の間に3つめのクレーターが出来た。




