046:模擬戦
シラユキたちは、闘技エリアに足を運んでいた。
ソウタの部屋から、数十名の冒険者が列を作り移動していたため、何事かと言わんばかりに一人、また一人とその列に参加していた。
その列はいつしか、大行列になっており、シラユキたちが闘技エリアに入るころには、観客席が埋まるほどの人数になっていた。
あらかた観客席が埋まった頃、そこには重鎧の音と共に、観客席に座る一人の人物の姿があった。
既に闘技エリアの地面には、今から試験を行う三人の足が既についていた。
三角の形を作るようにして、少し距離を取りながら立っている。
「同様。細かいルールはない。闘技試験のときと同じように戦うだけ」
リリーシェは持っている大鎌を、両手で構えた。
もう臨戦態勢はバッチリってところだ。
その体が、若干エルヴァーの方に向いているように感じるのは気のせいだろう。
「待ってくださいよ、リリーシェさん。肝心の決定権をもつフランシスカさんがまだいないじゃないですか」
「安心。あいつなら確実にこの場にいる。……と、いうよりも来る?」
リリーシェは首を傾げる。
「まあいい。どの道、エルヴァー。お前が気にする必要はない」
「はぁ? 私のAランクの地位がかかっている大事な試合なんですよぉ? 決定権を持つ人の存在を確認できなければ、この模擬戦をやる必要性がないじゃないで……」
エルヴァーがそこまで言いかけると、一瞬にしてリリーシェの姿が消えた。
「な……。こ、これはなんの真似……ですかね?」
リリーシェはいつの間にか、エルヴァーの後ろに回り込んでいた。
持っていた鎌の刃を首筋に当てている。
あ~、この光景、見たことあるなぁ。
第三者目線でみると、何とも恐ろしい。
「不釣合。お前ごときにこんな事をするのも癪だが、今この瞬間、お前は私に殺されたも同然だ」
「……なっ!? や、やめろ!! まだ模擬戦は始まっていないじゃないか! この首元の鎌をどかすのです!」
エルヴァーは首筋に張り付いている鎌から逃げようと、リリーシェから距離を取ったが、それを逃すまいとリリーシェもまた、ピッタリとエルヴァーと同じ動きをしながら背後を取っている。
「どうした。私から逃げられないじゃないか」
「こ、こんな事をして何がしたいのです!? この僕を殺すつもりなんですか!?」
「お前ごとき、殺すまでもない。殺す価値もない」
「なにっ!?」
「さっきも言った。お前は私に殺されたも同然だ。もうこの勝負の勝敗はついているに等しい。だからフランシスカがこの場にいるかどうかなんて、お前が気にする必要はないと言っているんだ」
「こ、このっ……!」
必死にリリーシェから離れようとするエルヴァーだが、背後にいるリリーシェを一向に振り切れずにいた。次第に苛立ちが見え始め、顔が段々と歪んできていた。
「お前は所詮、この程度だ。Aランク剥奪はもう決定したも同然」
「はぁ……。はぁ……。その鎌をおおおおお! どかせえええええ!」
エルヴァーの苛立ちが限界に達したのか、激しく怒号をあげた。
「あなたが模擬戦前にこんな事をするのなら、私も同じことをさせてもらいますよ!!」
エルヴァーがそう言った瞬間、足元から魔法陣のようなものが浮かび上がった。
「この距離なら、逃げられませんよおおおお!」
だが魔法陣の存在にいち早く気づいたリリーシェは、エルヴァーの背中を蹴飛ばしながら、そのまま後ろの方へ下がっていった。
背中を蹴飛ばされたエルヴァーはそのまま地面に顔から激突した。浮かび上がっていた魔法陣も消え、不発に終わった。
「あ、ありえない……。僕の計算だと、確実に魔法はあなたにあたるはずだった! な、何をしたのですか!?」
ふらふらと立ち上がったエルヴァーは不思議そうな表情を浮かべ、手を大きく横に振りかざしながらリリーシェに質問した。
シラユキには、当たるはずだった魔法が不発に終わった理由が、なんとなく想像できていた。
おそらく、リリーシェはスロウエリアを発動していたに違いない。
一瞬だけだったけど、わずかに魔法陣から発せられていた光の動きかゆっくりになっていた。
僕も体験したことがあるから分かる。あれは言われないと気づけない。長時間スロウエリアの中にいるなら話は別だけど、一瞬だけ使われた場合は、気づけないのも無理はないよな。
「教える必要もない。お前の高が知れた以上は、もう興味もなくなった。いや、元から感じてなんていなかったの方が正しいな」
リリーシェは立ち上がったエルヴァーの頭の上に飛び乗り、今度は頭の上の方から首に鎌をあてた。
「放棄。お前がこの模擬戦をやる必要性はもうない。やるだけ無駄。余計に怪我をするだけだ」
「さっきから決めつけやがって! むかつくんですよね!」
エルヴァーは右手でリリーシェの足首をガシッと掴んだが、鎌の柄でその手を強く押された。
「ぐぅ……!!!」
「汚い。触れるな」
必死に右手を抑えながら痛みを我慢している。
リリーシェはその間に、地面に降りた。
「も……模擬戦を始める前に怪我を負わせるなんて……。これはいけませんね。この試合は不成立! 戦いの前にリリーシェさんの不手際で、挑戦者に怪我を負わせたことで不成立うううう! よって私は不戦勝! 不戦勝とさせてもらいたいですねぇ!」
エルヴァーは表情を歪ませながら、勝ち誇ったように声をあげる。
「模擬戦前、模擬戦前とさっきから何を言っている? この試合にスタートの合図はない。闘技試験と同じルールでやるといったはずだ。私が武器を構えた時点でもう始まっている」
あ、そんなルールだったんだ。と、ソウタは思っていた。
そんな事を聞いてしまっては、いつ戦いに巻き込まれるかもわからない。
シラユキは、急いで臨戦態勢に入った。
その瞬間、シラユキは体の中から溢れ出る、謎の活気に見舞われた。
な、なんだこれ!
体験したこともないような、言葉では言い表せないこの感覚……。
まるで体中の細胞が踊っているような……。活性化していくのを感じる
なんなんだ、これは……!
一人で未知の感覚を味わっているさなか……。
「ふ、ふざけるな! そんなの納得いくわけがないでしょう!」
と、エルヴァーの怒号が響く。
「ルールはルールだ。従えなければお前のAランクの地位は剥奪決定」
「く……、くそっ!」
激しくリリーシェを睨みつけながら、しぶしぶ杖を構えた。
「それがルールでしたら、従いましょう。ただリリーシェさん。あなたは私がAランクの地位を維持するためには、この模擬戦であなたかシラユキさんを倒せば良いと仰っていましたね?」
「言った。それを聞いてどうするつもりだ?」
リリーシェが喋っている間にも、エルヴァーは何やらぶつぶつと喋っている。
「ぶつぶつ……。いえ、特にどうこうするつもりはありません。ただ、私もそのルールに乗っ取ってこの模擬戦に挑もうかと最初から思っていたので、確認のため聞いたまでです。ぶつぶつ……」
この言葉をきいて、リリーシェは急に構えていた鎌を降ろした。
「……把握。いいだろうエルヴァー。お前の目的はなんとなく分かった」
「感謝します、リリーシェさん。やはりあなたも気になるでしょう?」
エルヴァーの言葉に、首を縦に振るリリーシェ。
一体二人して何を話しているんだろう?
リリーシェが急に戦闘態勢を解除して僕の方を向いているけど……。
「ご協力感謝します、リリーシェさん。そうだ、折角ですので、あなたも一緒にどうですか?」
「いいだろう。元より、この模擬戦をしている理由はシラユキと戦いたかったからだ。お前のAランクの地位などどうでも良い。ただ、都合よくお前を理由にして使わせてもらっていた」
「そうでしたか。まあ、僕的にはとてもありがたい条件での模擬戦ですがね」
「そうか。だったらさっさと魔法の発動準備を終わらせろ。私が先に切り込む」
……!
リリーシェが動いたと同時に、闘技エリア全体に鋭い金属音が響いた。
あまりの一瞬の出来事すぎて、シラユキ自身も驚いていた。
あの謎の感覚に見舞われたあとから、不思議と戦闘のやり方や扱ったこともない魔法の知識なんかが頭に入り込んできていた。
だからだろうか?
「っつ!」
一瞬にして間合いを詰め、シラユキの方へ突っ込んできたリリーシェの鎌を、左の腰に掛けてある鞘から剣を抜き取り、そのまま受け止めたあと、右に払うようにしてその鎌を地面に落とさせた。
シラユキは右に勢いをつけたまま、そのままの勢いで後ろ回し蹴りを行いリリーシェを蹴り飛ばした。
「ぐっ……!」
リリーシェは咄嗟に防御態勢を取ってはいたが、その威力は凄まじく、闘技エリアの壁まで飛ばされ、激突してしまった。
その光景を見て、エルヴァーは驚いている様子だったが、続けて魔法の発動の準備を行っている。
だが、誰よりも驚いているのはシラユキ自身だろう。
え……。どうして僕、こんなに動けるようになっているの?
蹴り技なんて全く習ったことなんてないんだけど、戦闘態勢に入ったときから不思議と体の動かし方とかが自然と頭に入ってきた。一体これは……?
「よそ見は厳禁ですよ、シラユキさあああああん!」
シラユキに驚く暇を与えることなく、今度は追撃の一手でエルヴァーが特大の火球をぶっ放す。リリーシェの対応をしている間に、大きく距離を取っていたエルヴァーはそこから魔法を放っていた。
その火球は、猛スピードでシラユキに向かっていった。
避けようにも、大きすぎるため避けた場合、観客席にいる人たちに被害が出てしまう。
となると、真正面から受けるしかない。
「エルヴァー! まさかそれが狙いだったのか!?」
「最初はこんな事をするつもりはなかったんですが、この環境を上手く使おうと思いましてねぇ! さあ、選択肢は二つですよ! 被害を出さないために僕の魔法を受けるか、避けて被害を出すか!」
くそ! こんな巨大な火の玉、どうしたら……。
だが、シラユキは考えるよりも先に、腰を少し落としながら体を右へ捻り、両手を右の方へ持っていった。そしてその両手に冷気のようなものが集まっていき、次第に豹の頭のような形に変形していった。
ま、まただ。
また扱ったこともないのに体が勝手に動く……!
いや、違う。動いているというより、僕が無意識に動かしているのか?
まあそんな事、今はどうでもいい!
なんかよくわからないけど、手に集まったこの冷気を利用するしかない!
「はああああああああああああ!」
シラユキは叫びながら、両手を上下に開きながら前に突き出した。
すると、シラユキが【氷牙】を使ったときに出てきた豹の顔が、より一層巨大になって現れた。シラユキはそのまま、開いた手を閉じた。その動きに連動するように、豹の口も巨大な火球を飲み込むかのように、閉じられた。
「う……うそだ。な、なんですかその魔法は……!」
「エルヴァアアアアアアア!」
火球をかき消したシラユキは、余韻に浸ることなく、酷く混乱しているエルヴァーとの間合いを一気につめ、潜り込むようにエルヴァーの懐に入り、そのまま空中に蹴り上げた。
「ぐああああああ!」
エルヴァーを空中に蹴り飛ばしたあと、すぐさまシラユキは後を追うように飛んだ。
シラユキは蹴り飛ばされたエルヴァーよりも早く少し高い位置に辿りついた。
「部屋の中じゃ無理だったが、ここなら存分にお前を叩きのめせる! リリーシェやシラユ……、私をよくも馬鹿にしてくれたな!」
シラユキはそうエルヴァーに吐き捨てると、空中で一回転し、エルヴァーのお腹にめがけて全力でかかと落としをお見舞いした。
「ぐふぅ!!!!」
エルヴァーはそのまま、勢いよく地面に叩き落された。
地面にできたクレーターの中央でピクピクと体が動いている。
エルヴァーをぶっ飛ばしたあと、シラユキの表情は憑き物がとれたかのようにスッキリとした表情をしていた。そうとうフラストレーションがたまっていたみたいだ。
「わああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」
しばらくすると、観客席の方から、大きな歓声が起こった。
時間差で歓声が起こったのを見る限り、あまりに一瞬に物事がおこりすぎたため、理解するのに時間がかかったのだろう。
地面に倒れこんでいるエルヴァーは、ぶつぶつと口を動かしていた。
「ぐ、ぐが……。こ、これがシラユキ……さんのつよ……さ。やはり、あなたは……ぼ、僕が思い描いていた……理想の女性……です……」
バタリとエルヴァーが気絶したのと入れ替わるように、今度は観客席のほうから何かが飛んできて、重々しい鎧の音と共に、二つ目のクレーターを作った。




