044:強さの証明
「おや、もはや笑う事しかできなくなってしまいましたか?」
「いや、違う。お前が出来もしないと確信している魔法を、実際に使ってみせた後の反応が楽しみで楽しみで笑みがこぼれてきているんだ」
「強がりはよしてくださいよぉ。まあ、口だけではどうとでも言えますから、言うのは自由ですけど、ちゃんと魔法を使ってくださいよぉ? ふふっ」
エルヴァーは勝ち誇ったように笑みを浮かべた。
「ああ、いいだろう。元から使う予定でいたが、私がイリュージョンを使えるわけがないという前提で、あれやこれやとお前が話題を変えていただろ? だから魔法を使うタイミングを失っていたんだ」
「ふん。開き直りですか? クール気取りも良いところですねぇ。素直に使えませんと言えばいいじゃないですか。そうすれば、あの醜態を晒したことをなかったことにするために、見苦しい言い訳を考える必要もなくなりますよ? ねぇ、シラユキさん?」
「減らず口もいいところだな。いいか、今から醜態を晒すのはお前の方だ、エルヴァー。お前の浅い知識では見たことも聞いたこともないような智慧魔法であるイリュージョンを、今ここでその目に焼き付けるがいい」
「その自信……まさか本当に……!」
シラユキの溢れ出る自信に圧倒されたのか、エルヴァーは動揺を見せていた。
「これがお前と私の力の差、そして私とお前との絶対的な知識の差だ」
シラユキはゆっくりと目を閉じ、手を前に構えた。
「イリュージョン!」
そう唱えると、眩い光と共にシラユキの体の方から蒼い閃光が放たれた。
その閃光はシラユキから少し離れた場所に移動しながら、徐々に徐々に形を変え、次第に人の形を模してきていた。
そして……。
「ま、まさか……。本当にそんな魔法があったというんですか!?」
光が収束したその場所には、シラユキそのものが立っていた。
それはもはや幻影では済まされないレベルである。
呼吸も行い、瞬きも行い、静かにその場に立っているだけではあるが、その存在感は圧倒的だった。それもそのはず、生きたような人間が召還されたのだから。
あ、マジで出来た。
イリュージョンを使った当の本人も呆気に取られていた。
す、すげぇ。マジで出来ちゃったよ。
サザンクロスのときもそうだったけど、何でか出来るかもって思ったものが出来てしまう。
でも何はともあれ、これでイリュージョンを使えるんだぞという事は証明できた。
さ、これで一気に立場が逆転した。
エルヴァーが持っていた、シラユキはイリュージョンが使えないだろうという大きな武器もなくなった今、あっちはもうどうしようも出来ないはずだ。
ソウタが思った通り、エルヴァーはどうしようも出来ずに、そのまま膝をつき、地面に顔を向けていた。
「こ、こんな事って……。だ、だってイリュージョンなんて魔法は……」
「だから言っただろ? 私はお前より一歩も二歩も上の世界にいると。当然その分知っている魔法も扱える魔法も格が違う。分かったか、これが私たちSランクの世界だ。今のお前では到底昇ることのできないステージだということを覚えておけ」
……ふっ、決まった。
「うおおおおシラユキさんかっけええええええ!」
「惚れ直しましたあああああ!」
「結婚したいですううううう!」
と拍手喝采。ソウタの部屋の中はその熱気で揺れているようにも見える。
ソウタも、見事な演技を行ったソウタに対して、ただただ尊敬の眼差しを送りながら拍手で称えていた。
リリーシェは召還されたイリュージョンシラユキに近づいて遊んでいた。
「……こんな、こんなものなんて何の証拠にもなりませんねえええええ!!」
突然大声をあげながら、エルヴァーは立ち上がった。
「言いがかりはよせ。私はお前に使えと言われたイリュージョンを使ったんだ。証拠にならないどころか、あの幻影が証拠の塊みたいなものだ。素直に認めろ」
「いいや、認めない! 認めませんよ! 僕は何としてでもあなたの弱みを握りたいのです!!」
一体なにを言っているんだこいつは。
いや、そうだ。そうだった。
こいつはあのアルディウスと同じ匂いがしたんだった。
いつから狙っていたか分からないけど、恐らくはシラユキの弱みを握って、それを利用してシラユキを自分の思い通りに従わせたかったに違いない。
「そ、そうだぁ! 僕は思いつきましたよぉ!! 強さ、強さですよ!」
「お前、何を言っている?」
エルヴァーはその指を勢いよくシラユキに突き立てる。
「私は正直いって、あなたの強さにも疑問を持っているんですよ!」
なぜかそれを聞いてソウタの体がわずかに動いた。
「強さだと? 私はお前にイリュージョンを見せた。あれこそが私の強さの証拠だ」
「ええ、それは認めましょう、認めましょうとも」
意外と往生際は良いな。
だがエルヴァーはこのことを切り出した瞬間、少し余裕が生まれたのか、さきほどまで見せていた不敵な笑みを再び顔に出してきた。
「ですが違うんですよ、シラユキさぁん。確かにこれほどの魔法が扱えるのは凄いですが、僕はもっと総合的なシラユキさんの強さが見てみたいんですよねぇ」
こいつ、負け惜しみか?
シラユキはここでは相当名が通っている冒険者なはずだ。
その強さを今更みたいだなんて、苦しい言い訳にも程があるな。
「総合的な強さも何も、私はさんざんお前たちにその強さを見せてきたじゃないか」
「否。シラユキ、私はお前の強さを見たことがない」
意外にも、エルヴァーの味方をするようにリリーシェが口を挟む。
え、リリーシェまで?
どういう事?
シラユキって強いって事で有名じゃないの?
「……リリーシェ、何かの冗談か?」
「真剣。確かにシラユキ、お前は口伝では数々の活躍を聞いてはいるが私も含め、誰もお前が闘っている姿を見たことがないらしい。悪いが私もお前の強さを疑ってはいるんだ。模擬戦の申し込みにも応じてくれたことがないからな」
ん゜えっ!?
リリーシェの言葉が水となってエルヴァーに注がれたのか、枯れ果てる寸前だったエルヴァーの活気が取り戻され、リリーシェの後に続くように口を動かした。
「そうなんですよねぇ……。リリーシェさんの言う通り、だーれもシラユキさんが闘っている姿を見たことがないんですよ。だから僕はあなたの強さを疑っていたんです。話によるとあなたはモンスターの討伐や異界に行く際は、誰ともパーティを組んでいかないそうじゃないですか」
「そ、それは……」
シラユキは、確認のためにソウタのほうを見た。
ソウタは、色々とごめんなさいと言わんばかりに、必死に手を合わせながらぎゅっと目をつぶってシラユキに謝っている。
「なので、どうしても疑ってしまうんですよねぇ……。あなたも僕と同じように誰かに頼み込んでSランクにさせてもらったんじゃないのかって」
エルヴァーは今までにないくらいに活気に満ち溢れていた。
「っつ……。エルヴァー、お前Aランクにさせて貰ったって認めたな?」
「ええ、認めましたとも。こうなればやけです。道連れです。あなたがもし私と同じような手口でSランクになっているのでしたら一緒に地獄へ落ちましょう。まあ、誰もあなたが闘っている姿を見たことがないという時点で、あなたの強さを証言できるものは誰もいないので、実際に誰かと闘ってその強さを証明するしかありません。もちろん、本当は弱いからそんな事できないでしょうが」
またしても、エルヴァーの発言にソウタの体が震えた。
いろいろと思い当たる節があるのだろう。
まあ、僕もないわけじゃないけど。
「おい、私が弱いといいたいのか?」
「ええ、そうです。現にリリーシェさんも賛同しているじゃないですか。ねえ?」
「くっ……!」
誰かと闘って強さを証明しろって言われても……。
言っちゃ悪いけど、シラユキの弱さは僕が一番知っているんだ。
ぶっちゃけるとシラユキが勝てる相手って早々いないんだよなぁ。
くそー! 次から次へと厄介ごとが増えていく!
どうすればいいんだ! と頭を悩ませていると、リリーシェが大きな鎌を召還した。
「提案。だからシラユキ、丁度良い機会だ。お前に今、模擬戦の申し込みだ」
「……なに?」
「エルヴァーも言っていたが、私もお前の強さには疑問を持っていた。いや、単純に本当にお前は強いのかと、ずっと興味を持っていたんだ」
これは……、この流れからすると絶対に……。
「だからお前の強さを証明させるために、私と模擬戦を行い、エルヴァーに力を証明させてやるのが一番だと私は思った。いや、そんなの建前。私はお前と闘いたい。お前が逃げなくなった良い機会だからこうやって申し込んでいる。模擬戦、受けてくれるか? いや、受けろ」
リリーシェはそう言うと、鎌を首元に近づけた。
「ひっ」という声が部屋中に響き渡る。
なんというデジャヴ。
やっぱりリリーシェと闘うことになるよね! そうだよね!
死んだ! 僕確実に死んだ!
いや、シラユキが死ぬ! 絶対に死ぬ!
僕ですらやっとで勝てた相手なのに、言っちゃ悪いけどシラユキの強さで勝てる相手じゃないから確実に死ぬ! あ、僕死んだ! 今日死ぬんだ!
この首元の鎌が死ぬほど怖い!
シラユキは恐怖心と戦いながらも、リリーシェに返答する。
「……いいだろう。その勝負、受けてたとう」
腰にかけてある剣を抜き取り、首元にある鎌を払うようにして刃先をリリーシェに向けながら模擬戦の挑戦を受けた。
……死ぬほど怖いけど、形だけでもこうしておかなきゃ。
トホホ。
「いいんですかぁ? シラユキさん、死ぬんじゃないですかぁ? ふふ……」
「何を言っている。エルヴァー、お前も一緒に私の模擬戦を受けろ」
「はい? リリーシェさん、何を言っているんです?」
「お前は今やもう、私がアルバドールに報告すればAランクではなくなるんだ。だから私とシラユキとの模擬戦に混ざり、その強さを示せ。私かシラユキ、どちらかを倒すことが出来れば見逃してやる」
「ふむ、なるほど。リリーシェさんかシラユキさんを倒せばいいのですね。分かりました、良いでしょう。そんな緩い条件でこのAランクの地位に居座ることが出来るのなら受けて立ちましょう」
エルヴァーもそういうと、持っている杖を地面に突き立てた。
「ですが見物人はどうするんです? 私のAランクとしての地位がなくなるかもしれないという大事な試合を、マスター抜きでやるおつもりですか? 流石にリリーシェさんだけでは決定権はないでしょう?」
「見物人なら、部屋の外にいるフランシスカに頼む予定だ」
「フランシスカさん? どこにもいないじゃないですか。しっかりしてくださいよ。決定権がある人物が見ない事にはこの模擬戦の意味がないですからね」
「私の領域にフランシスカが入り込んでいる。盗み聞きをしているのかどうかは分からないが、とにかくアルバドールから直々にマスター代理を任されているあいつなら問題ない」
「ふむ、そうですか。まあいいでしょう」
エルヴァーはそういうと、シラユキに笑いかけた。
「では闘技エリアに行きましょうか。せいぜいリリーシェさんには倒されないようにしてくださいよ? せめてこの僕にやられてくださいね……。ふっ」
それだけ告げると、一人、足早に部屋から出て行った。
……はぁ。
僕、どうなっちゃうのかな。




