043:退けぬ戦い
ソウタは不意にこう思っていた。
僕はいったい何のためにここまでしているのだろう、と。
シラユキのため? シラユキの威厳を守るため?
シラユキは別に、皆に素の自分を見せても問題ないと思っているのではないか?
むしろそれが望みなのではないのか?
素の自分を見せられずに苦労していたから、いっそのこと泣き叫んでいたことも全て本当の事だと言って、本当の自分をこの機会に見せてあげた方が良いのではないか? と。
だがそれは僕がそう思う事であって、シラユキはそう思っていないのかもしれない。
だから勝手な行動はできない。
と、いうよりも元よりこの言い争いは、シラユキのクールなキャラクターを守るために行ったものだから今更あと戻りなんてもうできない。
だからこの言い争いで守れるものは、シラユキが今まで貫き守り通してきたクールなキャラクターであり、僕が作った一人のキャラクターの尊厳だ。
シラユキは普段はクール、そして本当は臆病で可愛げのある少女だ。
そのギャップがあってこそのシラユキなのだから、やはり僕以外の人間にその事がバレては、それすなわちシラユキというキャラクターが死ぬという事に等しい。
だから僕はこの危機的状況を何としてでも乗り越えなければいけない。
今現在シラユキが立たされている危ない足場はこうだ。
クールなシラユキが泣き叫んでいたという第一の足場。
僕とシラユキが恋人関係ではないのかという第二の足場。
……まあ、これは別に問題なさそうにはみえるけど、僕みたいな無名が現段階でシラユキと恋人なんて知られたら、世間的にもシラユキ的にもよろしくない。
そしてこれが問題の第三の足場。泣き叫んでいたという事実をなかったことにするために、出まかせの魔法を言ってしまい、それを使えと言われたこと。これを使わないと無かったことには出来ないから、ある意味これが一番危険で、足場的に脆い。
もしかしたら、エルヴァーがこのことについて、追及を忘れてくれる可能性もなくはないけど可能性としては低いだろう。
なかなかにしてハードなミッションだけど、これを乗り越えなければならない。
だから僕は、エルヴァーの言葉を一言一句、聞き逃さずに耳に入れていた。
そして掴んだ勝利へのワード。
それを今、反撃の一撃としてエルヴァーにお見舞いする。
「……あ~失礼。聞きたい事があるんだが、リリーシェ。さっきエルヴァーに対して言っていた『Aランクにさせてあげたんだ』という事はどういう意味だ?」
そして今に繋がる。
シラユキの質問を聞いたリリーシェは、エルヴァーにゆっくりと近づいた。
「執拗。こいつは私が試験官になったばかりの頃に、四六時中、私の後をつけまわって『僕をAランクにしろ。しなければ、あなたが眼の能力で殺戮を繰り返しているという情報を流す』と言われたんだ」
やっぱりAランクにさせてあげたって言っていたから、何かしら裏事情があるんじゃないかと思っていたけど、その通りだったな。リリーシェがこの部屋に入ってきてからエルヴァーの様子が落ち着かない様子だったのは、このことを言われるのが怖かったからに違いない。
エルヴァーから冷汗が出てきている。
顔も真っ青になり、そうとう焦っている様子だった。
リリーシェの説明は続く。
「平然。私は別に、そんな情報が流れても別に良かった。ただこいつがあまりにもしつこかった。だから面倒くさくなった私はこいつと闘技試験をやってわざと負けてあげたんだ」
周りの冒険者たちが、一斉にエルヴァーの方へ顔を向ける。
「本当なのか、エルヴァー?」
と、居合わせている冒険者たちが冷ややかな目をしながら問いかける。
「くっ……」と、険しい表情をし、リリーシェを睨めつけるエルヴァー。
さっきまでの勢いはどこへ消えたのか。
今はリリーシェに言われるがままの状態になっている。
「もちろん、今はそんな事は出来ない。あの時の私はお前とはもう関わりたくなかったからAランクにしてしまった。ならせてしまったものは取り消せないが、今なら私のさじ加減でお前の冒険者ランクを取り消すことも出来る」
「そ、そんな適当な事を言って何がしたいんだ! 僕はリリーシェさんと本気で戦い、勝ったうえでこのAランクになったんだ! シラユキさん、それも圧倒して勝ったんですよ!」
エルヴァーがシラユキの方向を向いた。
ん? どうしてこのタイミングでリリーシェに圧倒的に勝ったって主張しているんだろう? それもシラユキに対して言っているな。さっきも同じような事をいっていたけど、このエルヴァーって男はもしかして……。あいつと同じ匂いがするな。
ソウタは荒々しく振舞うエルヴァーの様子を見て、ある一人の男の存在を思い出していた。
なぜかシラユキに対して訴えかけるようにリリーシェに勝ったと主張するエルヴァーは酷く取り乱しており、先ほどまで見せていた冷静沈着な彼と同一人物と思えないほどだった。
「第一!! リリーシェさん、これがもし本当の事だったとした場合!!! これはあなたにも不手際があったという事であなたも処分の対象になるのではないのですか!?」
「ない。私は今日の今日までお前という存在を忘れていた。でも今日お前にあってからその存在を思い出した。私が思い出した以上、この事をアルバドールに報告すればお前は確実にAランクの地位を剥奪されるはずだ」
「マ、マスターに報告できるはずがない! 強者にしか興味がないあの方があなたのようなAランク止まりの冒険者の話を聞いてくれるはずがないでしょうしね!」
「誤謬。私はアルバドールから直々に頼まれてAランクの試験官になったんだ。少なからずエルヴァー、お前よりかはアルバドールは私の話を聞いてくれる」
「な、何をでたらめいっているんですか!? あなたのような化け物をマスターがAランク試験官にしたのは、あなたが僕と同じように脅したからではないんですか!? 一番権力のある人間を脅してこのような事をしているんでしょう!? 便利な眼ですよねぇ。それ一つあれば人間一人を脅すのも簡単でしょうし!」
この瞬間、シラユキの足がエルヴァーの元に動いていった。
握りこぶしを作りながら、その手はエルヴァーの顔めがけて一直線に飛んでいき……。
――いきそうになったが、シラユキはエルヴァーの目の前まで来てギリギリで踏みとどまった。握りこぶしも解き、冷静になった。
く……! 僕が僕であったなら確実にぶん殴っていたのに!
今僕はシラユキになっているから、好き勝手には動けない。
確かにリリーシェの眼の能力は恐ろしい。でもそれを理由にリリーシェを化け物呼ばわりするのはおかしいだろ! リリーシェの本心も知らずにそんな事をいっているエルヴァーを、僕は許せない。
だからこの拳で一発殴りたかったけど、今はできない……。
もどかしい気持ちのまま、シラユキはエルヴァーの前に俯きながら佇んていた。
「……そうだ、すっかり忘れていましたよ」
何かを思い出したかのように、ニヤりとエルヴァーがほほ笑んだ。
そしてシラユキの顎を持ち上げながら口を動かす。
「今はランクのことやリリーシェさんの事など、どうでも良いのです。それよりもシラユキさん、私はあなたにイリュージョンという魔法を使ってくださいと言いましたよね? まずはそれからですよねぇ!? さあ、あなたが言ったイリュージョンを今、ここで使ってみてくださいよぉ!」
「っつ! 触れるな!」
シラユキは反射的に顎に当てられた手をはじき、エルヴァーを睨む。
「おっとこれは失礼しました……。今から出来もしない魔法の発動に挑戦するシラユキさんの歪んだ表情をぜひとも目に焼き付けたいと思っていたもので……。ふふ」
くそ! こいつ!
上手く話題を変えて自分の危機を逃れるつもりだ。
このまま僕がイリュージョンの魔法を使う事が出来なかったら、こいつの一人勝ち状態になってしまう。そんなの僕のプライドと僕自身が許すことが出来ない。
第一、シラユキやリリーシェの事を酷く言われたままおめおめと負けを認めて引き下がるわけには絶対にいかないんだ。ここで一泡吹かせてやらねばいけない。
だから絶対にこの状況をなんとかしなければいけない!
そう思うと、なんだか懐かしい感覚に見舞われた。
これは、あの時の同じだ。
僕が初めてサザンクロスを発動させる前に感じたあの感覚。
なんだか出来るかもという、根拠もない自信だけど絶対に出来るかもしれないというあの感覚。
……今なら出来る、出来るかもしれない!
ソウタはそう確信し、エルヴァーにほほ笑み返した。




