042:反撃の質問
「おろせ~、おろせ~」とソウタに持ち上げられながら手足をバタバタさせているリリーシェに、ソウタは言葉を投げた。
「リリーシェちゃ……じゃないや、リリーシェ。こうした方がここにいる皆に君の口から僕がリリーシェに勝ったって報告しやすいだろう?」
「不要。こんな事をしなくてもソウタの強さは私の口から言える」
「いやいやリリーシェちゃ~……、リリーシェ。こうして高い位置にいるほうが君の声をまんべんなく行き届かせることが出来るじゃないか。さあ、僕がリリーシェに勝ったっていう事を君の口から報告するんだ」
「??? よく分からないけど言えばいんだな?」
と、いまいちパッと来ていないリリーシェが、フードの隙間から見えている口を動かそうとした瞬間、数名居る冒険者のうちの一人が先に口を動かした。
「ソウタさん、そんな事をしなくても私はあなたがリリーシェさんと本気で戦って勝ったんだと信じていますよ」
「え? あ、うん! そうなんだ、ありがとう!」
ソウタは声を掛けてくれた人物のほうには顔を向けず、注意深くリリーシェの頭の方ばかりを見ていた。恐らくいつ自分のほうに顔を向けるか分からないから気が抜けないのだろう。
シラユキ……。リリーシェの事で手一杯だからか、返しの言葉が死ぬほど適当なのはどうかと思うけど、それよりも横から入ってきたこの言葉はナイスパスだ。
この言葉を武器にしたら上手くシラユキの流れを作れるはずだ。
幸いにも、エルヴァーが僕に対して闘技試験の話題を振ったタイミングでリリーシェが来てくれたおかげで、話題の矛先がリリーシェと僕自身の試験結果に向いている。上手くいけばエルヴァーが質問攻めしていた内容に答えずに済むかもしれない。
現にリリーシェが部屋に入ってきてから、エルヴァーの気が動転しているっぽいから、まともじゃない今なら可能性は十分にある。
それに気になる事も言っていたから、こっちにもエルヴァーに対して武器がないわけではない。
「皆さん、エルヴァーはリリーシェさんをソウタさんが倒したとは信じていませんが、そこにいるソウタさんが闘技エリアの方からくたくたになったリリーシェさんを運んでいるのを私は見ました。あれだけの疲労を見せていたリリーシェさんを見れば、両者本気で戦ったんだなと誰しもが思うはずです」
この言葉に続くように、次から次へとエルヴァー以外の冒険者の口が動く。
「ああ、俺も見たぜ。あのときのリリーシェは確かにヘロヘロだったから相当マナを消費していたように見えた。少なくとも八百長を疑えるような疲弊具合ではなかったな」
そうだそうだ! 僕とリリーシェはガチで戦っていたんだ。
なんなら殺されかける所だったんだ。
それを何も知らない奴から八百長だの何だの言われるのは癪だったんだ。
証人がいてくれて助かった~。
「……それにそこのソウタだっけか? その男はリリーシェと闘い終わったあとに、俺たちに『リリーシェは本当は寂しがり屋』だとか『好きで一人でいるわけじゃないから声だけでもかけてあげてほしい』だとか、『リリーシェの眼の能力に恐れないで仲良くしてください』だとか、忙しなくギルド中を駆け回っていたのも見たぜ。お前らもそう言われなかったか?」
男の冒険者は、ソウタを指さしながら周りに語り掛ける。
「言われたな」「それを聞いてリリーシェって別にそれほど恐れる人じゃないんだって思ったよ」などと、集まった冒険者同士で確認をしあっていた。
話題の種であるリリーシェはその言葉を聞いて、さっきまでリズムよく手足をブンブンさせていたが、かなりの乱れを見せながら不規則に手足を揺らしていた。
そしてそのままピタリと動きを止めた。いつも無表情のリリーシェだが、フードの隙間からチラりと見えている口は、少しだけ上に上がっており、頬は若干赤くなっていた。
「把握。シラユキが私を前にしても立ち去らなかったりした理由はそれか。さっきから私がいるのに場の雰囲気がいつもと違うと思ってもいたが、そうか、そういう事だったんだな」
リリーシェは体をくねらせ、空高く抱っこされていた状態からいとも簡単に抜け出し、そのままソウタの胸に再び飛びついた。
な~んだ、やろうと思えば簡単に抜け出せるじゃないか。などと呑気な事をいっている場合じゃない。リリーシェが抜け出せたってことは、つまりはもう一度ソウタの顔を見ようとするはずだ。
――と思っていたが、リリーシェはソウタの胸に顔をうずめたまま、ベッタリと抱き着くようにして離れようとしない。顔を上げる様子もない。
……チャンス!
少しの間だけ沈黙が生まれた部屋の中で、こんどはこちらの番だと先制攻撃を仕掛けるためにシラユキが口を開いた。今から質問する内容で今度はこっちが逆にエルヴァーを追いつめられるはずに違いない。そう確信出来ていた。
「……あ~失礼。聞きたい事があるんだが、リリーシェ。さっきエルヴァーに対して言っていた『Aランクにさせてあげたんだ』という事はどういう意味だ?」
シラユキのこの発言に、場の冒険者が全員体をピクっと動かした。
しばらくモジモジした様子のリリーシェも、シラユキの言葉を聞いて、ソウタの体から離れるように、ぴょんっとジャンプして地面に降りた。
そう、これこそ僕がさっき見つけたエルヴァーに対しての武器だ。リリーシェが僕の中に入っている、シラユキの顔を見るかもしれないという課題を解決できた今、勝負をしかけるタイミングはここしかない。今度は僕たちがエルヴァーに対して質問をして流れを変えるターンだ。
さあ、Aランクにさせてもらったと言われた意味を教えてもらおうか。




