表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/108

035:二人分の食事

「どうしよう、これ」


 シラユキはソウタを送り届けた後、一人で食堂のテーブルに座っていた。

 ソウタと食べる予定だった二人分の食事がそばに置いてある。


 はぁ、先走って二人分なんて注文するべきじゃなかったなぁ……。

 ソウタなら喜んで私との食事を受け入れてくれると思ったんだけど。


 でも無理もないか。ソウタはあれからずっと戦いの連続で疲れているんだもん。

 私のわがままに付き合って休めなかったってなると気が気じゃないしね。


 テーブルに並べられた二人分の食事を、ソウタと一緒に食べたかったなあと、名残惜しそうにじっと見つめながらそう考えていた。


 でもいいや。それ以上に嬉しいことをソウタからプレゼントされたもん!


 シラユキの口角が嬉しさのあまり、少しずつ上がっていく。

 本人も周りの目を気にしているのか、抑えきれない嬉しい気持ちをなんとか押し殺しているつもりだが、耐えきれずにニヤニヤが止まらなくなっていた。


 シラユキがここまでニヤついている理由。それはソウタから『シラユキが一番だ』と言われたことを思い出しているからだ。


 ソウタに私が一番だって言われちゃったら、嬉しさでどうにかなりそうだよ!


 シラユキは今にも悶え死にそうになっていた。

 いきなりあんな事を言われたら誰だってこうなるに決まっている。


 ……そう思っているのはシラユキだけかもしれないけど。


 でも、す、すすす、好きな人(?)に一番だなんて言われちゃったら、ニヤけずにはいられないよね。あぁ……、はやく部屋に戻ってマクラを抱きしめながらジタバタしたい。足をパタパタさせたい!


 シラユキの頭の中に、もんもんとソウタに対しての思いが溢れてきた。

 今にもこぼれそうな勢いで。


 顔も浮ついていて、自分が今、クールなキャラを演じなければいけない場だという事をすっかり忘れている様子だった。ソウタとの付き合いで素の自分を他人に見せるきっかけが出来てしまったためか、すっかり油断する癖がついてしまっている。


 テーブルの下で足を小さくパタパタさせている姿は、幸いにも誰にも見られていなかった。


 そんな衝動に襲われている中、誰かがシラユキの隣に座った。


 ――っ!


 その気配にいち早く気づいたシラユキは、演者も驚くような切り替えの早さを見せ、浮ついていた表情を一瞬にしてかき消し、ものの数秒でシラユキの顔はいつものポーカーフェイスに早変わりしていた。


 シラユキがクールキャラを演じる準備をしている間に、隣の席からフォークが伸びてきた。


「銅貨8枚。素敵なステーキか。値段の割には美味しいと評判」


 そのフォークは、シラユキが運んできた食事に伸び、ポテトに刺さった。


 ちょっと、それ私のご飯!

 しかもポテトを取らないで!


 シラユキはあまりの突然の出来事に半分驚き、半分怒っていた。


 私は仮にもSランクの冒険者。

 なのに滅茶苦茶に失礼なことをする人もいるもんだ!


 一体だれがこんな真似をしているのだろうか?

 シラユキはそんな疑問を抱きながら、隣の席の人物に向けて顔を向けた。


 ぎょ!?


 隣に座っていた人物を見て、一瞬驚いたが冷静に対応した。


 シラユキの隣に座っていたのは、リリーシェだった。


 リ、リリーシェちゃんだ。

 まさかまさかのリリーシェちゃんが隣に座っている。


 でもどうして?

 私、今の今までリリーシェちゃんの事が怖くて声を掛けられても避けていたのに。……主に手合わせの声掛けだったからだけど。


 だから私はリリーシェちゃんとはお世辞にも仲が良いって訳じゃない。

 どういう風の吹き回しだろう?

 なんで私の隣なんかに?


 しかし、当の本人は驚いているシラユキには目もくれず、シラユキが運んできた素敵なステーキにフォークを伸ばし、ポテトだけを食べている。


 だからポテトだけを食べないでよ~!

 以外に美味しいんだから!


 シラユキはポテトがなくなったステーキの皿を見て虚しくなった。

 楽しみにしていたからだ。


 勝手に食べられたことに納得がいっていないが、このままリリーシェを無視することもできないため、シラユキはリリーシェに声を掛ける。


「リリーシェか。どうしたんだ? いきなり私の隣に座るなんて、珍しいこともあるものだな」


 様になるように、腕を組みながら問いかけた。


「奇態。二人分の食事を見つめて何をしている? もしかして意外と大食い?」


「断じて違う。私は人より数倍も見た目を気にしているからな。二人分テーブルに並べられているのは……、そうだ、そうだな。間違えて注文してしまったからだ」


 ソウタと二人で食事をするために注文したんだと、口が裂けても言えなかった。


 だがここは他の冒険者の目もたくさんある。

 リリーシェにだけ事実を隠さなくとも、もしこの場所でソウタと一緒にご飯を食べることになっていたら、どの道、他の冒険者にも見られるはずだ。

 

 だがシラユキは、ソウタと一緒に食事がしたいという、目先の欲望を優先して行動していたため、周りのことが見えていなかった。


 今更になって、シラユキは冷静になった。


 私、あのままソウタと一緒に食事をしていたら、危険だったかも。


「ふ~ん。モグモグ。それよりも珍しいと言ったら私からも言える。お前、今日は私から逃げるように立ち去らない。どうしてだ?」


 リリーシェの問いかけに、シラユキはビクンと体を震わせた。

 いかにもギクッという擬音が聞こえてきそうだった。


「まあ、たまにはな。こういう日があっても良いだろう?」


 というのも、シラユキはリリーシェに声を掛けられると逃げていたからだ。


 リリーシェは、Sランクなのに一度も戦闘をしているシラユキの姿を見たことがないという疑問から、シラユキに戦闘を申し込むために声を掛けていた。


 それがシラユキにとって都合が悪かったのだ。

 本当は弱くて戦いたくないだけ。

 名誉だけのSランクだけど、威厳は守らないといけない。

 故に他者との戦いでの敗北は許されない。


 だから、シラユキは何かと理由をつけてリリーシェを避けていた。


 だがシラユキは、ソウタが一生懸命リリーシェの良いところを説明している姿を目撃していた。と、いうよりも聞いていた。


 ソウタの説明を聞いて、リリーシェは本当はみんなと仲良くしたいんだという本心を知ったことにより、シラユキは以前のようにリリーシェのことを避けることが出来なくなっていた。


 あ~あ、どうしよう。

 この流れで戦闘の申し込みをされたらおしまいだな。


 シラユキはリリーシェの口から、模擬戦の誘いが来ないのを必死に祈っていた。


 しばらくリリーシェの出方を伺っていたが、何もしないし何も言わない。


 ……あれ?

 リリーシェちゃん、意外にも今日は戦闘の申し込みをしてこない?


 リリーシェは何も告げずにパクパクと、シラユキが食べるべきだった食事を口に運んでいる。


 それ、私の食事なのに。あとソウタのぶん。

 ちゃっかりソウタの分のポテトも食べられてる。

 ポテト、好きなのかな?




 お互い無言のまま、数分が経った。

 お腹いっぱいになったのか、リリーシェの口が止まった。

 というよりキョロキョロし始めた。


「モゴモゴ。モゴゴゴモゴモゴゴ」


 リリーシェは口いっぱいに食べ物を入れたまま、シラユキに何かを話している。もちろん、その言葉をシラユキは聞き取れるはずもない。


「私は逃げないから、落ち着いてゆっくり食べろ」


 リリーシェは口をモグモグさせながら、ごくんと食べ物を飲み込んだ。

 そしてすぐさま、口を開いた。


「……シラユキ。ソウタは渡さないからな」


「……はい?」


 え、ちょっと待って。どういう事?

 ソウタは渡さないって、どうして私に言う必要があるの!?

 え、もしかして私とソウタの関係性がバレている?


 シラユキは体中の震えが止まらなくなっていた。


 一体どこまでバレているのだろうか。

 そして本当の私がリリーシェに知られてしまっているのだろうか。

 色々な考えが頭をよぎっていた。


「ソウタはいつもお前のことを思い浮かべていた。だから悔しい」


「リリーシェ。その話を詳しく聞かせてくれないか?」


 危うく素が出そうになったが、なんとか堪えることが出来た。


 リリーシェの言葉を聞いて、シラユキは目を輝かせている。

 先ほどは動揺して身震いしていたが、今度は興奮で身震いが起きていた。


 ソ、ソウタが私のことを思い浮かべていたってなに!?

 なんでリリーシェちゃんがそんな事を知っているのかは分からないけど、とりあえず私の事をどんな風に思い浮かべていたのかがすっごい気になる!


「疑問。どうしてお前に話す必要がある」


 そんなシラユキの期待をあえなく裏切るリリーシェの一言。


「少し気になってしまってな。頼む」


 負けじと話題に食いつこうとするシラユキ。


 なんとしてでも、話の詳細が聞きたい。

 その思いから、無意識にリリーシェの肩をつかみ、揺らしていた。


「私はおなかがすいている。それに話すのも面倒くさいから、今は話さない」


 それ、私がお金出して買った食事なんだけどなぁ……。


「では食べ終わってからでも構わない。詳しく聞かせてくれ」


 リリーシェは首を小さく縦に振った。

 そしてシラユキはまだかまだかとリリーシェの食事が終わるのを待っている。


 ……そして。


「それじゃあシラユキ、改めて言う。ソウタは渡さないからな」


 食事を食べ終えて、リリーシェがせこせことその場から退場していく。

 リリーシェは軽々とジャンプをし、階段を使わずにギルドを上へ上へと登って行った。


 シラユキは慌ててそれを追いかける。

 もちろん、リリーシェのような真似はできないが。


「おい! さっきの話の詳細は!? ……意図的に逃げた? めちゃくちゃ早足でどこかに駆けていったんだけ……ど!?」


 シラユキはリリーシェの行き先を目で追っていた。

 見惚れるほどの軽快な動きだな~と感心していたが、リリーシェがたどり着いた場所に見覚えのある人物がいて、リリーシェがその人に抱き着いたから目を疑った。


 リリーシェちゃんがさっきからキョロキョロしていたのって、もしかしてソウタを探していたから!? だ、だってあれって間違いなくソウタの後ろ姿だよね……?


 そしてリリーシェちゃんが、ソウタに後ろから抱き着いて……部屋に入室!?


 え!? 

 二人ってどういう関係なの!?


 なんでかよくわからないけど、ソウタとリリーシェちゃんががめちゃくちゃ親密な関係になっている。


 え、やだ。一本取られた!


 確かに不自然だった。

 いきなりソウタは渡さないとか言い出したから、何事かと思っていたけど、そういう事だったんだね! 


 シラユキはかなり焦ってしまっている。

 ソウタが私よりリリーシェのことが好きになってしまったらどうしよう、と。


 そんなの絶対だめなんだから!

 慌ててリリーシェを追いかける。


 シラユキはこの瞬間、人生で一番早く走ることが出来た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ