031.全身鎧の冒険者●
「すみません、ソウタさん。私の勘違いでほっぺを叩いてしまって……」
「本当ですよ! 僕が事情を話す前に一方的に叩いちゃって……。いてて」
あの後、アーニャさんがリリーシェから詳しい話を聞きだしていた。
◆
「ソウタさんにナニされたんですか!? 乱暴にされませんでしたか?」
リリーシェの肩つかみ、アーニャさんが必死に訴えかけていた。
だが、アーニャさんの必死の訴えにリリーシェは首をかしげる。
「意味不明。私はただソウタの膝の上に乗っただけ」
「へ?」
リリーシェがそう唱えると僕の手を引っ張り、自分の横に座らせた。
「復唱。私はソウタの膝の上に乗っただけ。乗り心地が良かったからまた膝の上に乗りたいんだと言っただけだ。それに乱暴にされるって、どういう事?」
リリーシェが僕の腕を組み、寄りかかりながらアーニャさんに質問した。
「はわわわ~! そうだったんですか!? 私の早とちりだったって事ですか!?」
「まあ、そういう事になりますね」
僕は叩かれた場所が痛いアピールとして、頬を手でさすっていた。
「どうして先に言ってくれないんですか!」
アーニャさんは、僕のせいだと言わんばかりに怒りながらそう言って来た。
「先に言いたかったですよ!」
おや? なにやらこのやり取りにデジャヴを感じるけど、気のせいだろう。
「アーニャ。お前も座るといい。ソウタの上は中々気持ちいいぞ」
「そんな……。男の人の上に乗るだなんて、私にはその……まだ早いです」
アーニャさんは目を泳がせながら、モジモジしていた。
僕はこの瞬間、とある事に気が付いたが、口にはださなかった。
まあ、正直口に出してアーニャさんの反応を見たかったって言うのもあるけど、また頬をビンタされちゃいそうだから我慢した。
「そうか、残念だ。この硬さが癖になるのに」
リリーシェはそう言いながら、横に座っていた僕の膝に腰を掛けた。
僕はリリーシェの背中を支えなが座らせたけど、こう、なんというか、やっぱり女の子の体って凄く柔らかいんだな~と感じさせられる。
「リリーシェさん! あなたもあなたで誤解を生むような言い方はやめて下さい! その言い方だと、リリーシェさんが何かいけない事をシているように聞こえるんです!」
「だから、いけない事とか、乱暴されたとか、意味が分からない。お前はさっきから何を一人で騒いでいる?」
「そ、それはその……。はわわ~!」
わかりやすく動揺していたアーニャさんを見て、僕は「実はアーニャさんってムッツリだったんですね!」と追い打ちをかけたかったけど、あえて言わかった。
そうする事で、アーニャさんがその事実を僕に知られているのか、知られていないのかという状況がこの先続くのが楽しそうだったから、喉からでそうになったその発言を飲み込んだ。
「あの、ソウタさん。何をニヤニヤしているんですか?」
「はっ!? えっと、この状況が微笑ましいな~って思って」
「ほ・ん・と・う・に! それだけですか?」
「お~、怖い怖い。助けてリリーシェー!」
僕はリリーシェを盾にするように、背中を支えていた手を自分の体の方に寄せて抱きかかえた。
なんだか一緒にお風呂に入ったことで、他の女の人とは絶対に出来ないスキンシップが取れるようになっていた。僕からこんな風に女の子を寄せるなんてリリーシェ以外だと絶対に出来ないだろうな。
シラユキとは変に意識しちゃって、逆に恥ずかしくなってしまうだろう。
「ぎゅ~。……温かい。私はこんな温もりを感じてみたかったんだ。だから私から離れないでほしい。願う事なら、誰にも渡したくない」
「リリーシェ……」
「ソウタ。私はお風呂で、自分の眼の能力の事を中々言わなかったが、どうしてだか分かるか?」
「確かに言っていなかった。どうしてなの?」
「悪かったと思っている。裸の付き合いをしたのに隠し事をしてしまって。でも私があの場で眼の能力の事をすぐに話したら、ソウタが私から離れていくかと思ったから中々言い出せなかったんだ」
「なんだ、そんな事を気にしていたの? だったら大丈夫。僕は別に気にしていないし、リリーシェから離れようなんて全く思っていないよ。むしろ初めて会った時よりもっと仲良くしていきたいって、今はそう思っているくらいだ」
リリーシェは顔をあげて、僕の顔をジッと見つめる。
その顔はどこか赤かったようにも感じた。
「……」
リリーシェは無言で僕の膝からいそいそと降りて、ベッドの方に横になる。
「リリーシェ?」
「異変。やっぱりまだのぼせているみたい。私は少しここで休むことにする」
アーニャさんがその光景をみて、ニヤニヤしていた。
「やっぱりソウタさん。その手のプロですね」
「な!? だから、自分が思った事を言っているだけで……!」
ぐいぐいと詰め寄ってくるアーニャさん。
さっきから僕に対して変な認識をしているけど、そんな事は一切ない。
「無自覚。無意識。そのどちからですかね。でも、リリーシェさんを落とすなんて、凄いとしか言えないです。関心関心」
「落とすだなんて……。そんなつもりは……」
「残念ですが、私はまだソウタさんには落とされていませんよ? なんちゃって」
かわいらしく、ウインクを決めながら僕にそう告げる。
僕、はたから見たらそういう風に見えているんだな。
「ではでは、ソウタさん。リリーシェさんの休憩の邪魔になりますし、部屋から出ましょうか」
「そうですね。それじゃあリリーシェ、またね」
「またね……、か。この言葉がこんなに嬉しく感じる日が来るなんて」
そして僕たちはギルドの空き部屋から出た。
◆
そして今に繋がる。
僕たちは部屋から出て、何気ない話をしながら階段を下りていた。
「そういえばアーニャさん。さっきは部屋でリリーシェとお風呂に入るのが不可抗力って言ってたけど、あれってどういう事なんですか?」
「あ~、あれはですね~」
――なるほど。リリーシェは以前から男性がお風呂を使う時間にもお構いなしに入ってきて、その行動が問題になっていたのか。だから男性とリリーシェが一緒にお風呂に入るのは不可抗力だ。っていう認識になっているんだな。納得。
「ここしばらくは治っていたんですけど、やっぱり相手がソウタさんだから一緒に入りたがっていたんですかね? ニヒヒ~♪」
「ちょっとアーニャさん。僕とリリーシェの関係を勝手に補足して妄想するのやめて下さい! リリーシェには悪いけど、僕にはもう先客みたいな人がいるんですよ!」
「ひょっとしてシラユキさんのことだったりします?」
ギクッ! どうして分かったんだ?
まさかアーニャさんもリリーシェみたいに強く思っている人を感じ取れる系?
「ま、まあそうですけど。良く分かりましたね」
「ソウタさんがリリーシェさんを落としている最中に【シラユキ】っていう名前が出て来たので、ひょっとしたらって思っていたんですけど、本当だったんですか!?」
「本当です。なので僕とリリーシェの関係を妄想して遊ぶのはやめてください。あと僕はリリーシェを落とそうと思って喋っていたつもりはありません!」
なんだ、そういう事だったんだ。
てっきりこのギルドの人たちは、全員が全員、人の心を読み取る事ができるエスパーかと思うところだった。それにしても僕、うっかりシラユキの名前だしていたんだな。
「お、驚きました……。あのシラユキさんとそういう仲だったんですね。でもあんなにクールなシラユキさんにも、ちゃんとした乙女心はあったんですね~」
ププ。シラユキがクールだって。
僕からしたら凄く面白い勘違いだ。
やっぱり、シラユキのそういう秘密を知っていると、周りのシラユキに対するイメージと僕だけが持っているシラユキの一面があるから、シラユキの事を勘違いしている姿を見ると面白い。
これは創造者である僕だけの特権だな。
「でも、ソウタさん。リリーシェさんの事もシラユキさんと同じように愛情を注いであげてくださいね? ソウタさんも知っている通り、ああ見えて物凄く寂しがり屋さんです。だから、今の今まで我慢してきたリリーシェさんの欲求をソウタさんが受け止めてあげるって言った事、信じていますからね?」
「リリーシェと目を合わせられるのは僕だけですからね。僕にしか出来ない事がリリーシェの役にたつなら、いくらでもやってあげますよ」
「はい、その言葉が聞けて私も凄く嬉しいです!」
僕がそう言うと、アーニャさんがとびっきりの笑顔を返してくれた。
この人の笑顔は、やはりとても眩しい。
笑顔を見せる度に後光が見える。
「じゃあ早速、僕はリリーシェのためになる事をしてきます」
「リリーシェのためになる事ですか?」
そう。リリーシェのためになる事の一つ目として、まずは皆が持っているリリーシェの誤解を解いてあげないといけない。それに知らなかったとは言え、僕がリリーシェの顔を見せたままギルドのロビー内を出歩いていたのもキッチリと謝りにいかないとな。
ただ、その前に。もう既にアーニャさんがリリーシェの事を、ギルドの人たちに教えて回っていてもおかしくはない。だからリリーシェの事をどこまで知っていて、何を教えたのかを聞いて、僕が必要に応じて足りていない情報を追加してから教えて回ろう。
「アーニャさんって、リリーシェが寂しがり屋だっていうのは知っていると思うんですけど、どうして寂しがっていたかわかりますか?」
「そこまでは私には話してくれませんでした。『別にお前が気にする事じゃない』の一点張りだったので理由は聞けずじまいだったんですけど、ソウタさんはリリーシェさんから聞いたんですか?」
「聞いたと言うか、リリーシェから喋ってくれたんですよ」
僕の答えに、またしてもアーニャさんが口に手を当ててニヤニヤし始めた。
「うふふ。やっぱりリリーシェさんはソウタさんが特別な人って思っていますよ。私にもこんな事は話さなかった人なんですから。きっとソウタさんの前では普段見せない弱みや本音なんかが自然と出て来たんだと思います」
「そういう事なんでしょうか?」
「それ以外には考えられないくらいですね。全く、モテモテですね~」
おちょくるように僕の腕をツンツンと突ついてきた。
「僕の気持ちは揺らぎません。僕にはシラユキがいますからね。リリーシェの想いには応えられないけど、僕はリリーシェをとても大切にしていきたいって思っています」
「一緒にお風呂に入ったくせに、その物言いは駄目じゃないですか?」
「ぐうの音もでません」
「でもまあ、私はリリーシェさんの恋を応援します! あの手この手を使ってソウタさんと引っ付けさせるために策をつくしますから、覚悟しておいてくださいね? それに、恋のライバルって素敵じゃないですか!」
「その策というものは僕には絶対に通用しませんよ」
「恋のキューピット、アーニャ様の加護で必ずやひっつけてみせます!」
弓矢を僕に打つジェスチャーをしながらクスクスと笑っている。
「それじゃあ、僕は先にリリーシェの事をギルドの人たちに言って回ろうと思います。アーニャさんが伝えられなかったリリーシェの事までしっかりと教えてきまーす!」
――――――――
―――――
――…
…
「……なので本当はリリーシェはとても寂しがり屋だったんです。だからリリーシェの眼の能力に恐れないで仲良くしてあげてください! 声を掛けるだけでもいいのでお願いします!」
僕は見かける人、全員に声を掛けて回った。
深々とお辞儀をし、誠意あるお願いをして回った。
「なるほどなぁ。あいつが寂しがりだっていうのは聞いていたけど、別に俺たちが気にするほどでもないって思っていたし、アーニャがいるから関わらなくても問題ないとは思っていたが、そういう事情があったんだな」
「はい! いつも一人で行動しているみたいですけど、実は誰よりも人と仲良くなりたい、愛されたいって思っているんです! なのでこれからはどうか、リリーシェの事を避けずに声を掛けてやってください。それだけでもリリーシェにとっては嬉しい事なんです!」
「ははは! 兄ちゃんの熱意はすげぇ伝わった! なんだ、あいつも良く知れば中々に可愛い所あるじゃないか! 今まであいつの眼の事が怖くて中々近づけなかったが、お前の話を聞いていると少しだけ話してみたくなってきたぜ! ありがとよ」
僕はさっき怒鳴り散らかしていた男の人にも声を掛けていた。
案外、話せばわかるタイプの人で、僕の話をちゃんと受け止めて、リリーシェの事に理解をしめしてくれたみたいだ。
「まあ、なんだ。俺の方こそ、さっきは怒鳴り散らかして悪かった。あいつの力に恐れるがあまりにあんな酷い事を言ってしまって。すまなかったな」
男は頭をかきながら、恥ずかしそうに僕に謝ってくれた。
「こちらこそ、知らなかったとはいえ、リリーシェにフードを被せずに出歩いてしまって不安にさせてしまった事を謝ろうと思っていたんです」
「まあ、なんだ。これからはあいつとは仲良くしていくぜ。お前もわざわざ、そのことを伝えるためにギルド内を走り回っているらしいからな。その熱意を見たら断るわけにもいかねえしよ」
僕はその後、何度も何度も頭を下げた。
これでリリーシェが一人で寂しくしていた日々も変わるだろう。
「ところでよ、疑問に思っていたんだが、どうして兄ちゃんはあいつと一緒に……」
ガシャン。ガシャン。と重々しい音がギルドの中に響く。
足音? だろうか。この音からして鎧を着けているのかな?
この足音はまだ聞いたことがない。
どうしてそう確信できるのか。
なぜなら、今の僕の耳は、誰よりも発達しているからだ。
見る人、来る人、全員に声を掛け続けた結果、次第に足音の聞き分けが出来るようになり、まだ声を掛けていない人の足音だと認識できるようにまでなっていた。
「すみません。僕、次の声掛けにいかないといけないので!」
「あ、ああ。まあ、頑張れよ!」
僕は急いで足音がした方向へ体を向けた。
なんでだろう。
真っ暗だ。
え? なに? 急に視界が暗くなった。何も見えない!
それにさっきの足音が消えた! 何がどうなっているんだ!?
というか、めちゃくちゃ後ろに体重をかけられているから、踏ん張るのがしんどい!
「おい、そう暴れるな。Aランクの冒険者になる予定の男なんだから、いかなる時も常に冷静に状況を判断しろ」
優しげもあり、どこか強気な雰囲気のする声で僕を諭す。
何かに後ろから抱き着かれているような感覚もするけど、もしかして僕は誰かに目を抑えられているのだろうか?
声の主の言う通り、少しだけ冷静になり、今の状況を分析した。
「うむ。上出来だな。それでこそAランク冒険者たる姿であり、そして私と戦うにふさわしい相手の姿だ」
え? 私と戦うにふさわしい相手ってもしかして……!
僕の目に光が段々と戻ってくる。
僕はそれよりも早く後ろを振り向き、声の主の姿を確認した。
「おっと。なんだ急に? そんな急いで振り向かなくても、私は逃げないぞ?」
やっぱりだ。
こんなに重装備をしているのに、一瞬にして足音を消し僕の背後に回り込むだけのスピード。
そして、あの武器。後ろに伸びるような角が特徴的なフルフェイスの兜。
間違いない。
見覚えのある全身を重装備で固めている騎士。
「どうした? 私の顔に何かついているのか? ん? 顔と言うより兜か!」
フランシスカがそこに居た。
【実は優しい】
リリーシェは優しさが分からないと言っていた。
だが、それは優しさと言う物がどういう事なのかが良く分かっていないだけで、リリーシェに優しさがないわけではない。
ただただ、非情な人間ではないのだ。
行動や言動こそは一般的な常識がないリリーシェだが、そこには自分の考えや行動で物事を進めるタイプだという性格からくる理由がある。
要はマイペースなのだ。
だが、その自分の考えと言う物が偏りすぎているためか、マイペースだとはいえ度が過ぎている。
そんなリリーシェが見せた優しさに、アーニャが悲しんでいる時に、目を瞑って自分の顔を見せたという行動がある。
それ以外にも、ソウタとアーニャが揉め事を起こしている際に、アーニャがソウタの未知なるマナの性質に不信感を覚えていた時には、自分が興味を持ったのも確かだが、実際にソウタと戦って未知のマナの力という物を見てからアーニャを安心させようといった考えも持っていた。
リリーシェはこの行動が、アーニャに向けた優しさだとは気づいてはいない。だけどソウタとアーニャにはこの行動がリリーシェが見せた優しさだと感じていた。
リリーシェは優しさなんて知らないといっていたけど、無自覚にその優しさが出て来たんだな。とひしひしと二人は思っていた。




