002.石から生まれし守護者○
とある森の中。
「ズモオオオオオオオオオオ!」
オーガの雄たけびと共に、ソウタの異世界での生活がスタートを告げた。
まさか転移そうそうオーガの目の前からスタートだなんて、そんなのアリかい?
それに、寝起き早々に全力ダッシュはなかなかしんどいものがある。
そんなソウタの気持ちなんてお構いなし。
オーガは全力でソウタを殺そうと武器を手に取り戦闘態勢に入った。
地面にドゴンと、とにかく巨大なこん棒らしき武器が打ち付けられる。
ソウタはオーガから振り降ろされるこん棒を必死に避ける。
ひらりひらりと左右にジグザグに動きながら避けて移動する。
とにかく今できる事は、前へ前へと全力で走ること。
それ以外で助かる道はない。
「はぁ……はぁ……」
結構な速度で走っている。
そんなソウタに追いついてくるオーガも中々だ。
「あれに当たったら即死だな……」
ソウタはすぐ目の前に迫る死に恐怖しながらもがむしゃらに走った。
しばらく走り続けていると前方の木々の間から明るい光が差し込んで来た。
恐らくあの光に向かえば開けた場所に出るだろう。
森の中だとなかなか全力で走りにくいから、早めに抜け出したい。
木々が生い茂る森の中。攻撃を避けながらもソウタの頭の中ではとにかく急げという考えでいっぱいだった。
段々と木々の間から平地らしき光景が見えてくる。
ソウタは平地の方に注意を向けると、チラホラと舗装された道があるのに気が付いた。
どうやらここら一帯はどこかの街に繋がっている街道のようだ。
(近くに街があるなら、討伐依頼を出してモンスターを倒すような組織などはないのかな? こんな物騒な魔物を野放しにしているなんて、危険すぎる!)
ソウタは「まあ、来たばかりの世界だし情報が全くない内に色々考えるのはやめよう」と思った。それよりも、こんなに走っても疲れていないのはおかしい。
それに現実世界じゃ全然だったのにめちゃくちゃ速く走れている。
だから少しやってみたい事が出来た。
そう言ってソウタは逃げる足を止め、オーガに向かって体を向けた。
ちょっとした好奇心がソウタの心を揺さぶったからだ。
止まったソウタを見て好機と思ったのか、オーガはソウタの前で止まる。
両手で武器を持ち、それを思いっきり上空へと振り上げた。
恐らく今までにないくらいの渾身の一撃を繰り出そうとしているだろう。
ソウタは丁度良いタイミングだと、頭の上で腕をクロスさせ防御態勢をとった。
先ほどまで感じていた死という恐怖はいつの間にか消えていた。
オーガから逃げている内に自分のスピードに少しだけ自信が持てるようになっていた。
なら防御力はどうだろうか。
ソウタは自然とそう思い始めた。
「さあ来い!」
ソウタは覚悟を決めた。
ソウタの言葉を聞いてオーガは先ほどまで直立していた体を少し捻りながら、構えていた武器を全力でソウタの横腹めがけてフルスイング。
オーガのこん棒がソウタに当たった瞬間に、轟音が周りに鳴り響いた。
ソウタは空中で大回転しながら大きく吹き飛ばされる。
そこは予想していなかった。
勝手な決めつけでオーガは知性が全くないものだと思っていた。
だが実際はそんな事は無くわかりやすく防御姿勢を取っていたソウタを見て、的確に防御が薄い所を狙ってきた。
どれだけ吹き飛ばされたのだろうか?
吹き飛ばされた距離なんて確認している暇がないくらいに、物凄く痛い。
ソウタは今にも死にそうな程の激痛に悶えていた。
「ぐ……。なんか……違う……。どうしてこんなに……ダメージを」
ソウタはうずくまるような態勢でお腹を支えた。
呼吸がやり辛い。それほどまでに強烈な一撃だった。
速さには自信があった。だから勝手に防御力にも自信を持っていた。
根拠なんてなかったが、自分には何か特別な力があると思った。
だが違った。実際は何もなかったんだ。
現実はそう甘くないのかな?
そんな簡単に強くなれるわけないだろバーカって感じ?
あぁ、痛みで考えるのも嫌になる。
ドスン、ドスンとオーガがこっちに向かってきている音が聞こえる。
逃げたいのに体が動かない。
ソウタは、激痛に耐えながらもオーガから逃げるため力を振り絞る。
必死に地面に体を擦り付け、這いつくばるようにして移動した。
「くそ、何か……何か戦うすべは無いのか!」
その時ソウタは思い出した。
そうだ、スキルを確認したときにあった【創造】スキル。
このスキルを使えば何か打開できるかもしれない。
でも、どんな力なのだろうか。
そもそも創造ってなんだろう。
何か物を作り出す能力?
そもそもどうやって物を作り出すのだろうか。
あぁ、考えるのが面倒くさい。
ソウタは目の前にあった小石を掴み、地面に向いていた体を空に向けた。
首を少しだけ持ち上げ、オーガがどこにいるか確認する。
ほぼ目の前。もうすでに止めの一撃をお見舞いしようとしていた。
「あぁ、くそ! 何でもいい、僕を守る何かになってくれ!」
残った力を振り絞って、上半身を起こしオーガに向かって小石を投げた。
「へ……?」
ソウタは一瞬の出来事すぎて少し混乱している。
最後のあがきで投げたソウタの小石が何故か全く別物になっていたからだ。
見間違いじゃないのなら、ソウタがオーガに向かって投げた石が立派な石造りの人形みたいな物体になっているのはどう説明したら良いのだろうか。
ただこれは好機だ。
人形が左手の大きな盾でオーガの攻撃を防いでくれている隙に、少しでも遠くに逃げよう。そう思った次の瞬間、人形は盾でオーガのこん棒を弾いた。
オーガは武器を弾かれた衝撃でバランスを崩す。
人形はその隙を見逃さなかった。
すかさずオーガめがけて右手に持っている剣で斬りかかったのだ。
石の人形の攻撃も相まって、オーガはその場で豪快に倒れた。
巨体が地面とぶつかりドスンという音が鳴り響く。
だが、傷こそつけたものの大してダメージは入っていないようにも見える。
だけどこの人形なら何とか現状を打開する事が出来るかもしれない。
ソウタはそう思えた。
石人形はそのままオーガに追撃するかと思ったが、何故か攻撃の手を休めた。
攻撃するよりも先に石人形はソウタの方に駆け寄ってきたのだ。
「お、おい。どうして攻撃を辞めちゃうんだ!」
ソウタの言葉には耳を傾けることなく石人形はソウタの元まで来た。
すると足元から魔法陣のような物が浮かび上がる。
その瞬間、ソウタは体の痛みが引いていくのを感じた。
「凄い、痛みが引いていく」
これはいわゆる回復魔法だろうか?
ソウタは先ほどまで耐え難い痛みを抱えていたはずだ。
だがこの石人形の魔法のおかげでみるみる痛みが引いて行っている。
一体何なんだろうか、この人形は。
「ズグアアアアアアア!!!」
ソウタはオーガの雄たけびを聞き、すかさず体をその場所へ向けた。
先ほどまで感じていた心地よい気分が一気に緊張へと変わった。
オーガが弾かれた武器をソウタの方に向かって投げてきたのだ。
痛みが引いた体なら避けられるかもしれない。
しかし一瞬の出来事だったため、頭では気が付いても体が動かなかった。
ソウタは出来る限り回避しようと試みるも――間に合わない。
半分諦めかけていたが……。
――バキッ。
ソウタの耳には何かにヒビが入る音が聞こえてきた。
ソウタは閉じていた目を開いた。
目の前に広がる光景を見て、その音の正体が分かった。
石人形が粉々に砕け散っていたのだ。
人形も臨戦態勢には入っていたらしく、盾を構えようとしてはいた。
でも、間に合わず投げられた武器がクリーンヒットしたのだろう。
「攻撃に反応出来ない僕の代わりに攻撃を受けてくれたのか……」
ソウタは石人形の破片を見て、呟いた。
しばらくの沈黙の後。
ソウタの中で何か吹っ切れたのか、大きく深呼吸をし、眼を見開く。
「ありがとう、君のおかげで助かったよ」
ソウタはパラパラと砕け散っていく石造り人形にお礼を告げた。
オーガは満足そうな笑みでソウタを見つめる。
「してやったりって顔しやがって…」
あの人形のおかげで僕は助かったけど、なんだろうこの感覚は。
本当は逃げるのが選択肢として正解なのかもしれない。
でも僕の中から湧き上がるこの感情。
このオーガを倒したいと思うこの感情はなんだろう。
かたき討ちでもしたいのか、僕。
逃げたほうが懸命なのはわかっている。
だけど、僕自身がこのオーガを放っておくのが腑に落ちない。
それに今なら何か凄い事が出来そうな気がするんだ。
直感……だろうか?
ソウタの中で昔から良く妄想していた一つの魔法が脳内に浮かび上がった。
いまならこの魔法が打てそうだ。
なんの根拠もないけどどうしてだろう。
ソウタは不思議と今頭で思い浮かべている魔法が絶対に撃てると確信できた。
ソウタは地面についていたお尻を持ち上げた。
そして右手をオーガに向ける。
僕が考えた最強の魔法、今なら絶対に放てる。
ソウタは自分を信じてその魔法名を口に出した。
「サザンクロス!」
【石造りの人形】
ソウタが投げた小石が謎の変貌を遂げた姿。
召喚者であるソウタを守るようにして、オーガの前に現れた。
イメージとしてはチェスのポーンに近い形状をしている。
手は体から分離したように浮いており、左手には盾を右手には剣を装備している。
回復魔法も扱え、かなり深手を負ったソウタの傷をみるみる回復させられる程。