029.謎の食いつき●
リリーシェが僕の背中に乗るのはもう何度目だろうか。
リリーシェからいきなり飛びつかれて、渋々おんぶをした事はあるけど、今度は僕の方からリリーシェを背中に乗せた。そうでもしないと急いで運べないからだ。
当の本人は、長時間のお風呂のせいで完全にのぼせてダウンしている状態だから一刻を争う。
「アーニャさーん!」
僕はお風呂場に続いていた長い廊下を駆け抜けながら、アーニャさんの名を大声で叫んだ。
こんなに人が大勢いる場所で、大声を出すのは性に合わないけど、なりふり構ってはいられない。
お風呂場に続く通路を抜けて、ギルドのロビーに出た。
僕が顔を出した瞬間、さっきまで活気に満ち溢れてた話し声や笑い声が徐々に小さくなり、次第にそれが収まった。
まるで時が止まったかのような感覚に陥ってしまう。
皆して僕の方を見るや否や、固まってしまったからだ。
原因はリリーシェを背中に乗せているからだろうけど、リリーシェだからといって、ここまで怯える事はないと思う。流石に大げさすぎる。
……それにしても、この前と比べてギルドの人たちの驚き方というか、怖がり方の雰囲気が違う。あの時と比べても明らかに悲鳴の数が多い。この場から早々に立ち去る姿も数多くある。
どうしてだろう。闘技エリアやお風呂場に運んでいるときは、せいぜいリリーシェを担いでいる僕から距離を置くか、顔を反らすだけの人が多かったのに、今回は反応が全然違う。
ってそんな事を考えている暇はない!
速くアーニャさんを探してリリーシェを見てもらわないと!
嘘のように静まり返ってしまったロビーを駆け抜け、アーニャさんが居そうな受付カウンターの方へ向かっていると、一つの怒声がこの空間を包み込んだ。それほどまでに強烈な怒りだった。
「おい! どこの誰だか知らねえが、背中に乗せているそいつを俺たちに見せてどうする気だ!」
僕に向かって、一人の男が遠くから怒鳴り散らかしながらそう言った。
「どうする気だって、どういう事ですか?」
「とぼけるんじゃねえ! お前はそいつを使って何がしたいんだ!? 何が目的なんだ!」
「さっきから言っている意味が分かりません!」
「じゃあなんで、そいつの顔を露出したままここに来た! 百歩譲っていつもみたいに顔を隠している状態だったら許せるが、今みたいな状態はあってはならない事なんだよ!」
リリーシェの顔を露出させるのがあってはならない事?
そういえば、確かにリリーシェは顔を隠すように深くローブを着ていたけど、それと何か関係が?
僕と男の大声のやり取りを聞いたからか、受付カウンターの方から急いで駆けつけてくるアーニャさんの姿が見えた。
「ソ、ソウタさん! ひとまずこっちへ来てください!」
急かされるように手を引っ張られ、アーニャさんの背中を追う。
「それにしても、アーニャさん。いくらなんでもリリーシェの人付き合いが上手くないからってこの対応は酷いと思いませんか?」
「……その話も詳しくは後で!」
――――――――
―――――
――…
…
◆
ギルドの空き部屋のような場所に連れてこられた。
これでようやくリリーシェを休ませる事が出来るな。ふぅ、一安心。
「……あの、ソウタさん。出来ればリリーシェさんの顔をフードで深く覆ってくれませんか? 本当はこういう事はしたくないんですけど……」
アーニャさんが申し訳なさそうな顔をしながら、僕にお願いしてきた。
「さっきの男の人も言っていたんですけど、どうして顔を隠す必要があるんですか?」
「話せば色々と長くなるんですけど、とりあえずリリーシェさんを見る前に、念のためにお願いします……」
「わ、わかりました」
リリーシェと親し気だったアーニャさんまでもがそんな事を言うなんて……。
あんなに可愛らしいリリーシェの顔を隠すだなんて、僕からしたら勿体ないくらいなんだけど……。まあ、素顔を隠す可愛い少女という設定だと思っておこう。
……似たようなキャラで【フランシスカ】も作ったからな。
あのとき、闘技エリアで審査官が口にしたフランシスカという名が聞き間違えじゃなければ近い内に会えるんだろうか。楽しみだ。
「それで、ソウタさん。どうして私の名前をあんなに大声で叫んでいたんですか? それにリリーシェさんのこの状態。いったい何が?」
「実は長時間、一緒にお風呂に入ってしまって、そのせいでのぼせたんだと思うんですけど、もしかしたら他の事が原因で意識を失ったかもしれないので、一応容態を確認してほしくてアーニャさんを探していたんです」
「一緒にお風呂……?」
あっ、まずい。
つい正直に話し過ぎてしまった。
だって仕方ないじゃないか! リリーシェが当たり前のように脱いで、恥じらいもなく僕にくっついて来てたんだもの!
リリーシェとのお風呂でその状況に慣れちゃったから、いかにも当たり前ですよ的なノリで一緒にお風呂に入ったと言ってしまったのは失言だった。
ヤバいぞ、何されるか分からない!
でもせめて僕を怒る前にリリーシェの容態を見てあげてほしい!
「リリーシェさん、懲りてなかったんですね。全く、この子ったら」
「へ? ギルドの女性職員として怒らないんですか?」
「他の女性の方と一緒に入っていたとなったら、もちろん怒ります! でもリリーシェさんと一緒に入ったってなったら、それは不可抗力なので仕方ないんですよ」
「ど、どういう事……? とツッコミたい所ですけど、とりあえず先にリリーシェの容態を見て貰ってほしいので、治療が出来る人を呼んできてもらっていいですか?」
「そうですね! 急いでリリーシェさんを見てみます!」
「はい、お願いします! ……って、アーニャさん、治療出来るんですか!?」
「基本的な治療しか出来ませんけどね。でも、まずは私の方で見てみます」
アーニャさんが、ベッドに横になっているリリーシェに手をかざした。
「神聖なる慈愛の神々よ。癒しの力を我が身に宿し、そして汝を治癒の力で癒したまえ」
アーニャさんがそれっぽい魔法の詠唱を始めると、魔法陣が展開された。
凄い! 生の詠唱が見れるなんて光栄だ! ゲームでは良く聞いていたけど、実際に目の前で生の詠唱が始まると、魔法が来るぞっ! て身構えるくらいには緊張するな、コレは。
……ってアレ? 魔法って確か、体内のマナを外に放出しながら魔素と一緒に練る事で使える力ってリリーシェが言っていたけど、詠唱ってよくよく考えたら言霊を使っているって事になるのかな?
だとしたら一秒でも早く治療をするべきこの状況で、わざわざ言霊を使って魔法を使おうとしているのはどうしてだろう。雰囲気で詠唱をしているって感じ?
この後も、しばらくアーニャさんがぶつぶつと詠唱を続けていた。
……しかし、こういうのもなんだけど、遅い。
お風呂場でリリーシェが見せたように、言霊を使って魔法を使う場合は、本当に発動が遅いんだな~と実感する。まあ、無理もない。
僕の解釈だと、体内のマナとやらを何のフィルターも通さずに魔素と練るのと違って、言霊はマナを言葉っていうフィルターに一度通してから魔素と練っているわけだから、自分の体からマナを一度分離させるっていう手順を踏む言霊は、その影響でマナを練るのに時間が掛かって、魔法発動までが遅いんだなーと思っている。
「メディール!」
アーニャさんの詠唱が終わり、治療魔法が発動した。
優しい光がリリーシェを包みこんだ。
無事治療が完了した。……のだろうか?
「ふぅ、とりあえず応急処置は終わり。あとは意識が戻るのを待ちましょうか」
「ありがとうございます、アーニャさん。助かりました」
「いえいえ、お役に立てたようでうれしい限りです! でもなんで私だったんですか?」
「まだこのギルドの事は全然しらないですし、行き当たりばったりに治療が出来る人を探すよりかは、仲良くなったアーニャさんを探して、そこから一緒にリリーシェを見てもらう人を探そうと思ってたんですよ。でもまさかアーニャさんが回復魔法を使えるなんて思ってませんでしたけどね」
「賢明ですね。えっへん!」
自慢気に腰に手を当てて胸を張るアーニャさん。
どうしよう、普通に可愛い。
「でもソウタさんの言い方だと、私が基本魔法を使えない人って認識をされているって事ですよね!? それって少し失礼じゃないですか!」
「基本魔法?」
「はい、基本魔法です」
「あ~基本魔法ですね! あれですよね!」
「はいあれです! 三系統のマナを均等に使うあれです! 系統魔法を習得する前に覚えるべきあれです!」
「ご丁寧にどうも!」
深々とアーニャさんに頭を下げた。
「なんで私、感謝されているんですか!?」
今ので何となく理解した。
基本魔法は系統魔法と違って、汎用的に誰でも使える魔法。もしくは、マナっていうのは破壊、慈愛、智慧の三系統の力で出来ている力だから、それをどれかに特化させずに使う魔法の事だろう。要は特化した系統魔法には遠く及ばないけど、3つの系統の力をいい感じに使う魔法の事なんだろうな。
それを元に系統魔法を習得する!
うん。我ながら完璧な推測だ!
でも推測で終わったら駄目だから、あとでシラユキに教えて貰わないと!
「それにしても、ソウタさん。その……リリーシェさんとのぼせるまで一緒にお風呂に入って、よく無事でしたね。一歩間違えればソウタさん、死んでいたかもしれませんよ?」
「なに物騒な事を言っているんですか! 戦っていたのならともかく、お風呂に一緒に入って殺されるなんて事はないですよ」
「ち、違うんです。試験中は殺されかけたもしれないですが、それは物理的にでして……」
「確かに、初めて会った時はリリーシェに殺されるかもしれないって思っていたけど、一緒にお風呂に入ってみて、色々とリリーシェの事を知ってからは殺されるかもしれないだなんて、そんな気持ちを抱いた事はないですよ。それに、意外な一面も知れましたしね」
「リリーシェさんの意外な一面ですか!? 気になります!」
興味津々に、目を輝かせながらアーニャさんが僕の話題に釘付けになった。
期待に応えねばと、僕はお風呂で知ったリリーシェの意外な一面。案外、ああ見えて凄く寂しがりだったという事を教えた。
「……別に意外ではないですね。でも、リリーシェさんの秘密としてくくるなら、この事を知っているのは私とソウタさんだけですが」
「リリーシェが寂しがりだって言うのは知っていたんですか?」
「まあ、そうですね。少なくとも一人で寂しそうにしているリリーシェさんに初めて声を掛けたのは私ですからね! そこから私たちは仲良くなっていったんです! えっへん!」
「へ~、凄いですね。リリーシェと親しかった理由も納得しました。リリーシェも寂しかったなら、アーニャさんみたいに、自分から行動したらよかったのにな~」
「リリーシェさんと仲良くなれたのは、私が変わり者だったからですよ。他の人は私にみたいにリリーシェさんに声を掛けることはまずないと思います」
「どうしてですか?」
「あっ……。そ、それは」
僕の疑問に、アーニャさんはどう答えるべきなのかと、戸惑っているように見える。何か答えにくい内容だったのだろうか?
だったら無理に答えさせる必要はない。そう思って口を動かそうとしたらアーニャさんの口が先に動いた。
「さっきは話題がそれて言えませんでしたが、どうして私がソウタさんに、お風呂でのぼせるくらいリリーシェさんと一緒にいたのに、無事だったのかという疑問を投げたのは覚えていますか?」
「覚えていますよ。でもお風呂に入ったくらいで、なんで安否を確認したのかっていうのには突っかかっていましたけどね」
「馬鹿らしい事を聞くかもしれないんですが、もしかしてリリーシェさんはローブを着たままお風呂に入っていたんですか?」
まさかのアーニャさんも、リリーシェと同じぶっ飛んだ人なのかもしれない。
服を着たままお風呂に入るわけがないじゃないか。
「確かに馬鹿らしい質問ですね」
「だ、だからそういう質問をするかもって先に釘を打ったんです! なんで突っ込むんですか!」
少し前傾姿勢になりながら、ぶーぶーと言わんばかりに腕を小さく振っている。
「ご、ごめんなさい。あまりにも変な質問だったんでつい」
「もう、調子狂うな~」
「でもなんで、そんな馬鹿らしい質問をしたんですか?」
「馬鹿らしい質問で悪かったですね! でもちゃんとした理由があるんです。単刀直入に言うと、ソウタさんはリリーシェさんの顔は見ましたか?」
「そりゃあ見ますよ。というか見れて感動しましたよ! フードで良く顔が見えなかった分、リリーシェの可愛いらしい顔が見れた時は嬉しかったですね!」
僕のこの発言にアーニャさんは、凄く驚いた様子だった。
僕、なにか変な事言っちゃったのかな? いや、女の子と一緒にお風呂に入っていたっていう事自体が変な事なんだけど、アーニャさんの顔が信じられないと言わんばかりの顔をしているから、どうしても気になってしまう。
「も、もしかして今更になってリリーシェと、いや女の子と一緒にお風呂に入っていたという事実に対してドン引きしていますか!? だったら本当にすみませんでした!」
「い、いえ。その事は不可抗力なので大丈夫なんですか、顔を見たというのは本当ですか?」
不可抗力ってなんだろう。
リリーシェと一緒に入るのは許されているのかな?
それよりも、さっきから顔を見たという事にやけに食いついてくるのはどうしてだろう。
「だったらどうしてソウタさんは生きているの……? 確か顔を見るだけでも駄目なはず……。もしかして顔は見ても大丈夫になったのかな……?」
アーニャさんが一人でぶつぶつと呟く。ほぼ丸聞こえだけど。
「え? それはどういう事ですか?」
「すみません、聞こえていたんですね。え~っと……、何って説明したらいいのか。……眼?」
「眼?」
「はい、眼です。ソウタさんはリリーシェさんの眼も見たんですか?」
「まあ、顔を見たなら眼も見ますよ。綺麗な紫色ですよね!」
「え……? え~!?!?!? ますますわかりません! なんでソウタさんは生きているんですか!? それにリリーシェさんの目の色って紫色なんですか!?」
「え? アーニャさんは見た事ないんですか?」
「私だって可能であればすっごい見たいですよ! でも無理なんです! ソウタさんがおかしいんです!」
なんかこのやり取り、初めてアーニャさんと会った時にも似たような状態になったな。取り乱している証拠なんだけど、眼を見ただけでなんでこうも驚く必要があるんだろう。
「静穏。アーニャ、私もそれには驚いたから落ち着け」
この喋り方はリリーシェ! 無事に目が覚めたみたいで良かった。
あたふたと取り乱してるアーニャの後ろで、リリーシェが落ち着いた様子で声を掛けた
「リリーシェさん! 目が覚めてよかったーって言いたいところなんですが、ソウタさんと目を合わせたって本当なんですか!?」
「確実。何度も私はソウタと眼を合わせた。でもソウタは生きている。だから私は嬉しい」
……???
なんだか二人で話が勝手に進んでいるけど、一体全体どういう事だ?
リリーシェの眼を見たら死ぬ?
んな馬鹿な話があるはずがない。
でも二人のやり取りを見ていると、どうも本当の事に聞こえる。
じゃあなんで僕は生きているんだろう。
【ある一人の少女の小話②】
「やっぱり私には、教える才能がない。今日限りで辞めさせてもらうぞ」
王都アンファングにある冒険者養成学校で特別講師を任されていた少女は、そう口にして足早にその場を去った。
「ヘイ、ユー! どうしてやめちゃうのかしら~?」
「どの口が言う! 貴様の教えのせいで私が築き上げてた威厳やら何やらが全部、地の底に落ちてしまった! どう責任を取ってくれる! もう、最悪だ!」
「失礼ネ。私はあくまで私なりのやり方を教えただけヨ? 確かに私を参考にしろとは言ったけど、何も全く同じ真似をしろとは言っていなかったわ」
「ぐっ……。でもそうした方が手っ取り早いと思ったから……」
痛い所を疲れた少女は、ぐうの音も出せなかった。
確かにあの時、エグディブは少女に対して、今のあなたと真逆みたいな存在の私を表に出せとは言ったが、それを真似しろとは言っていなかった。
あくまでも参考にするべきだと言う意味合いだったが、少女はそれをそのままの意味で受け取ってしまったが故の失態だった。
「でもまあ、あれよ。あんまり落ち込んだらダ~メ! 意外とあなたのあの姿を見た生徒たちは貴方に対して持っていた、硬い人物っていうイメージがなくなったらしいわよ?」
「そうなのか?」
「ええ、あの後わたしが教室に急いで戻ったら、みんなして私じゃなくて貴方の方が良かったって口をそろえて言っていたワ」
「それは本当か?」
「私は嘘はつかないワ! 貴方が生徒たちに、私みたいに接してくれたおかげで、普段は笑わないような生徒も、あなたの事を思い出して笑っていたわ! 私にはその笑顔を引き出せただけでも貴方が生徒たちに対して授業をしてくれた事に感謝しているのよ?」
その言葉を聞いて、少女は軽く照れた。私がした事は無駄にはなっていなかったと知り、屈辱的ではあったが、普段は褒められないような部分を褒められ、嬉しかったからだ。
と、いうのも普段の少女はとても不器用で、人に物を教えるタイプの人間ではない。どちらかと言うと生まれながらの天才で、何事も感覚で身に着けるタイプだった為、自分が習得した技術などを言語化できないからだ。
「まあ褒めても私が人に物を教えるっていうのはこれっきりだ。悪くはなかったと思っているけど、やっぱり性に合わないんでな」
「あら? さっきは最悪だったとかどうとか言ってなかったかしラ?」
「そ、それは貴様の聞き間違えじゃないのか?」
「んも~! 照れちゃって可愛いわね~! あなたのそのヘルムの下が今、どういう表情をしているのかすっごく気なるワ!!」
「よ、よせ! その動きを私の前でするな! トラウマが蘇る!」
ジリジリと詰めてくるエグディブに対して、少女は決死の抵抗を始めた。
「くそ! 貴様、どうして私の攻撃がかわせるんだ! やめろ、寄るな!」
「んふふ~。貴方の攻撃はバーッチリ見えているわヨ。そんな攻撃で私から距離を離すつもりなら、まだまだ詰めが甘いワ」
「なんだと!?」
こいつ、相当な手練れだ。そう思わざるを得ない程、強かった。
半ば信じがたい事だが、事実そうだから困惑している。
エグディブが動くたびにビシッ! という擬音が聞こえてきそうなほどキレのある動きで少女の方へジリジリと寄っていき、それを制止する少女の姿を学校の方から眺めていた生徒たちは、普段の少女と違う一面を見れて、とても満足していた。
中にはこんな一面もあるんだと認識を改め、今度から積極的に声を掛けてみようと思う人もいれば、エグディブ先生よりもキレがある動きをしていた少女を見て、やっぱり何をしても何でもこなす凄い人だと再認識するものもいれば、ギャップがあるって素敵。と、ひそかに少女のキャラクター性に憧れを持つものも増えたという。
中にはエグディブが少女に対して善戦している姿を見て、エグディブ先生って実は物凄く強いのではないかと思う生徒もチラホラといた。
そんな中、突然、王都全体を覆いつくすような雷雲が出現した。
「……あら? この感覚。もしかして例のストロング系のモンスターかしら?」
あと一歩で少女のヘルムを取れるタイミングで、事態が急変し、二人とも足を止め空に目をやった。
少女は内心、助かったと言わんばかりに安心していた。
それとは裏腹に、エグディブは雷雲から現れたモンスターを見て、ひどく動揺し、先ほどまでの余裕がなくなっていた。
雷雲の中から、大きな両翼を広げ、体から電気が走るように流れているモンスターの姿を見れば、誰もが余裕がなくなるのは当たり前の事だった。
「あれは、サンダーバード!」
エグディブがそう口にする。
サンダーバード。現れるだけで雷雲を作り出し、強力な雷を無数に生成し、森や都市などを一瞬にして更地にするほどの天変地異をもたらすと言われる、超が付くほどの危険種だ。
「こんな事をしている暇はないな。貴方のヘルムの下を拝むチャンスだったが、仕方ない。まずはあの獣を討伐するのが先だ。協力してくれるな?」
「ん? 貴様、さっきと口調が変わっていないか?」
「あれは余裕があるときに出る私だ。さすがにあのモンスターを見て余裕は生まれないわよ」
「とは言っても、癖で少し出て来ているな」
「完全には、あの状態の私が抜けきっていないのかもね」
「余裕なのか余裕じゃないのか、イマイチわかり辛いぞ」
「余裕なんてないさ。そんな事を言っている貴方は余裕なんてあるの?」
エグディブの質問に対し、少女は声をうわずかせながら「あんなモンスター、別に大したことじゃない。それとも私には強気でも獣あいてには怖気ついたのか?」と煽るような発言をした。
「ば、馬鹿にするんじゃないわよ! 別に怖くなんてない! でも二人で協力して戦った方がより安全に戦えるって提案しただけだ!」
「そういう事にしておいてあげよう。よし、じゃあ私が後方から支援するから貴様はサンダーバードに向かって、先制攻撃をしかけてくれ。安心しろ、貴様はあのサンダーバードに向かっていくだけでいい。それで片が付く」
「その言葉、信じるわよ? あなたの武器の噂は聞いているから、その武器で絶対に後方から支援するのよ!? いい?」
「任せろ」と一言。少女は鞘から一本の剣を抜き取った。
後方から支援すると言っていたわりには、たった一本の剣を抜き取っただけだった。
少女が取り出した剣の長さは標準的なロングソードと同じような長さで、とてもじゃないが、どうやってこの剣で後方から支援をするのだろうか。
「さあ、サンダーバードにつっこめ!」
「えいさっさー! 信じているわよ~!」
とてつもない速さで宙に向かい、エグディブが飛んだ。
だが、エグディブがサンダーバードに向かって突進した直後、サンダーバードが地面に叩きつけられた。その攻撃は確かにエグディブがいた地点から行われた攻撃だった。エグディブが飛び上がった瞬間に、地面に足を付けている少女が同時に攻撃を行い、サンダーバードを地面に叩き落した。
魔法などを使ったわけでもない。じゃあどうやって攻撃を仕掛けたのか。
その疑問に答えるならば、それは彼女の武器だからこそなせる技だとしか言えない。
「噂は本当だったみたいネ……。でもまさか一撃だなんて、想定外ヨ」
「じゃあ後処理は任せる! 貴様を空中に飛ばさせたのは逃げる時間を確保したかったからだったんだ! 見事に引っかかってくれて助かったぞ。じゃあな!」
そう言い残し、少女は地面を強く蹴り全速力で走った。
「逃がさないわよおおおおおおおおお!」
そう言って、エグディブは空を蹴り、全速力で少女の後を追った。
「ぎゃああああ! 私にとっては貴様の方がモンスターより怖いぞ!」
少女が無事、逃げられたのかはエグディブと少女のみが知る。




