027.信頼の証●
「驚愕。まさかここまでだなんて……ブクブク」
「ほんっとうに、無知でごめん!」
とうとう僕の無知さに呆れ果てたのか、リリーシェからは見られそうにないリアクションをして驚かれた。
「大前提。言霊の説明をする前に魔法の使い方を知る必要がある。まずはそこから教えないといけない」
「リリーシェ先生、よろしくお願いします!」
僕は深々とリリーシェに頭を下げた。いや、もう本当に心の底から。
流石にこれ以上、分からない事を、分かりませんで済ませられないレベルまで呆れられているだろうから、次に出てくる知らない単語には知ったかぶりをしよう。
「え~、では……」
気合を入れるかのように、リリーシェは立ち上がった。もはや僕の前では上も下も隠す気はないみたいだ。なるべく直視しないように目を反らそう。
「ヘイ! そこのボーイ。わからない事はこのリリーシェ先生が何でも教えてあげましょ~う! 君が知らない事は魔法の発動方法についてだったね~?」
オーバーアクションを決めながら、キレのある動きで僕ににじり寄って来た。
何この子。僕の知っているリリーシェじゃない。
「こらこら~、なんで顔を反らしちゃ~うのっ! ちゃんとこっちを見なきゃメッ。だぞ!」
両手で顔を掴まれ、無理やりリリーシェの方に顔を向けられた。
超至近距離。
行動がどうかしちゃったリリーシェの可愛い顔がすぐ目の前にある。
「待って! ストップ、ストーーーップ!」
どうしちゃったのこの子! 僕の手に負えない!
とりあえず、体が密着しそうだから、リリーシェの肌を直接触れてしまう事になるけど、肩を掴んで引き離さなきゃ。
……ぐっ、どうして拒むんだ!
リリーシェもリリーシェで、なんでこっちに寄ってこようとしているの!
「阻害。今から教えようと思っていたのに、どうして止める?」
「その前にリリーシェ、ちょっと近いから離れよう!」
「維持。別にこのままでも何も問題はない。むしろこのままが良い」
「リリーシェが良くても、僕がダメになるかもしれないんだよ~」
「……ソウタは嫌なのか?」
「え?」
「私は嫌じゃない。むしろくっつきたいんだ」
リリーシェは、それはもう真剣な表情だった。とてもからかっているようには見えなかったから、つい力を緩めてしまった。その隙にリリーシェに抱き着かれるように密着され、あぐらをかいて座っている僕の膝の上に乗せる形になった。
突然のリリーシェの行動と発言に、頭がこんがらがってくる。
……平常心。平常心。
心頭滅却。心頭滅却。
間違っても反応させるなよ、僕。
そう自分に言い聞かせ、僕は平穏を保っていた。
「悪くない。ソウタ、お前の上はなかなか座り心地が良い」
「そ、それは良かったよ。ハハハ」
「これが裸の付き合いという物なんだな」
「へ?」
「昔、お父さんから教えて貰った事。信頼されたい相手や、距離を縮めたい相手にはお互い肌を寄せ合ってお風呂に入るって。お互いに何も隠さず肌と肌を見せ合う事で、隠し事も何もしてないっていう意味合いもあるって言ってた。それが"信頼の証"になるって教えて貰った」
お父さーーーーーーん!
それって同性が友情を確かめ合う証とかでやる事であって、異性とやる事じゃないと思います! すんごい間違った事を教えていますよ!
……でもまあ、悪くない気持ちではある。
行動とかはぶっ飛んでいるけど、リリーシェが僕に対して、そういう気持ちを持っていたと聞けたから、僕的にも嬉しい限りだ。
これがあの時リリーシェが言っていた、信頼の証の正体だったんだな。
だから必要以上に、強引に僕とお風呂に入りたがっていたのか。納得。
「幸福。私は今、なんだか凄く幸せ。いつぶりだろう。こんな気持ちになるのも、人の顔を見て話すことが出来たのも。私が持っていた絶対に叶わない願いを、ソウタ、お前が全部叶えてくれた」
人の顔を見て話すのが絶対に叶わなかった願い?
少し引っかかるけど、リリーシェにとって、それが願いだったのなら、僕も一緒に喜んであげよう。それに僕自身もリリーシェに対する見方が変わって来たから、僕もリリーシェにそれを伝えるべきだ。
「リリーシェの願いが叶ったみたいで、僕も自分の事のように嬉しいよ。正直、僕はリリーシェの事を誤解していた。リリーシェの裸の付き合いの習わしに乗っ取って、包み隠さず言うけど、僕は最初、君の事を、人を見境なく殺す危険な人っていう印象を持っていた。それ以外にも、リリーシェの行動一つ一つに、不満を持っていた事もあった。でもそれはリリーシェなりの表現方法だったって知って、今は凄く納得している」
「平常。私は何も変な行動はしていなかった」
「うん、リリーシェはいつも通りさ。それがリリーシェの個性なんだから気にする事は無いよ。あ、でも基本的な人付き合いとかは、これからゆっくり直していった方がいいかも」
あんまりピンと来ていない顔をしながら、リリーシェが僕を見上げている。
まあ、ここらへんはリリーシェに合わせて、ゆっくりゆっくりと教えて行けばいいか。もちろん、個性を潰さない範囲で。
……しかし、この格好はいかんせん色々とマズいので、そろそろリリーシェには降りてもらう事にしよう。あとツッコミたい事もあるし、毎度毎度、後回しにされている言霊の事も聞かないといけない。
「リリーシェ先生、そろそろ満足したかな?」
「先生。そうだ私は先生だったな」
あ、ヤバい。変なスイッチが入ったかもしれない。
「へ~い! 先生はまだ満足してないから、もう少しこのままでお願いしま~す!」
一体このキャラは何なんだろうか。
降りて貰ったら速攻でツッコミたい部分No.1だ。
【リリーシェの過去話②】
一人の少女が、ギルドのお風呂場に向かう姿があった。
だが、お風呂場のプレートは男性が入る時間を示す青色になっている。そんな事はおかまいなしに、クエスト帰りで疲れていた少女、リリーシェは一歩、また一歩とお風呂場に歩みを進める。
「リリーシェさ~ん! ダメ!」
慌てた様子でリリーシェを追っかけ、お風呂場に向かう歩みを止めたのはアーニャだった。
「アーニャ?」
「リリーシェさん。あなたは女の子なんだから、男の人と一緒にお風呂に入るのはいけない事なんです!」
アーニャの言葉はまるでリリーシェには通じていなかった。
どうして男の人と一緒にお風呂に入ってはいけないのか。リリーシェはそういう疑問を持つくらい、一般常識がなかった。
「無関係。お風呂はお風呂だ。それに、どうして男の人と一緒に入ったらいけない?」
「とにかく! ダメな物はダメなんです!」
「何を気にしている? 私の眼の事なら大丈夫だ。これは私が一番気を付けているから安心して良い」
そういいながら、リリーシェはローブのフードを深々と被りなおす動作をした。
アーニャはリリーシェの言葉を聞き、若干の動揺を見せたが、すぐに「眼の事ではないですよ」とフォローを入れた。
「とにかく! 今は男性が入る時間なのでリリーシェさんは入れません!」
何度目の『とにかく』だろうか。
アーニャはその後、リリーシェを強引に引っ張ってお風呂は女性の時間に切り替わってから入るようにと強く言い聞かせていた。
その後も何度か、リリーシェは利用時間を無視して男性の使用時間にお風呂に入り込んだりもしたが、その度に先客から大声で女性職員を呼び出され、連れていかれるリリーシェの姿が目撃されている。その声はリリーシェに対する恐怖からか、それとも単純に追い出すために発せられたのか。
リリーシェにどちらの意味で捉えられたのかは、本人だけが知る事だろう。
しかし、懲りずにリリーシェは、利用時間を無視してお風呂場を使用しようとしていた。
追い出された経験から、「私は男だ」と言えば問題ないと思ったリリーシェは早速、行動に移すが、秒殺。速攻で追い出された。
「……男は女と一緒にお風呂に入るのが嫌なんだな。別に違いとかあるわけじゃ……」
「リリーシェさん、また時間を無視して入ったそうですね? もう何回目ですか?」
リリーシェの目線は、アーニャの胸元に注がれていた。
「……発見。違いはこれか」
そういうとリリーシェは大胆にも、アーニャの胸を揉み始めた。
「リリリ、リリーシェさん!?」
「女には胸がある。男にはない。そして私にもあんまりない。……もしかしてこれが原因で一緒に入らせてくれないのか?」
「な、何を急にいっているんですか! む、胸の問題じゃなくてもっと根本的に……んっ」
アーニャから甘い吐息が漏れる。
「豊満。私にはないから問題ないように思えるけど、この機会に女の胸というものをじっくり見させてもらう」
「ま、待ってリリーシェさん! まだ他の方たちもいるのに、そんな服を強く引っ張っちゃ……!」
プチンとアーニャの服のボタンが外れた。
「相違。私のものとは全然違う」
「もう……お嫁にいけません」
この出来事のあと、リリーシェにはお風呂の利用時間を徹底的に守るように教育が施された。
そして男性のギルド職員や冒険者は、アーニャのあられもない姿を目に焼き付けた。
後日。男性の冒険者を前にすると赤面するアーニャの姿があった。
男性陣の間でその姿は大変好評であったという。




