026.教えてリリーシェ先生!○●
お湯を盛大にぶっかけられた少し後。リリーシェが体を洗う際に、「クリーン」と言葉を発した後に、魔水晶が埋め込まれている球体から泡のような物が出て来た。
「え、リリーシェ今のどうやったの?」
「?」
いかにも当たり前ですよ的な雰囲気を出しながら、リリーシェは首を傾げた。
リリーシェにとっては当たり前かもしれないけど、僕にとっては未知の体験。言葉を発しただけで泡が出てくる物体なんて見た事もない。これも魔水晶だから成せる技なのだろうか?
「不可思議。何に対してそんなに驚いている」
「リリーシェが出した泡に驚いているんだ。一体どうやって出したの?」
「把握。そういえば、ソウタはマナの扱いが全然ダメだったから、言霊の事もしらないのは当たり前だった」
また知らない単語が出て来た。もう何度目だろうか。
言霊っていう言葉の意味くらいは知っているけど、この世界でどういう役割を持っているかなんて知らないから、少しだけ興味はある。
僕はどうやら、リリーシェからはマナの扱いもろくに出来ない、謎に実力のあるAランクの冒険者って言う認識をされているらしいから、ここは見栄を張らずに素直に聞けるのが嬉しい限りだ。
……そもそもマナの扱いってなんだよって話だけど。
「ほんと、分からない事だらけで恥ずかしくなってくるよ」
自然と肩が落ちる。
「問題ない。ソウタは確かにマナの扱いはまだまだだけど、感覚的にマナを扱っているだけだと思うから、これから練習して身に着けて行けばいいだけの話……プクプク」
「わぁー! リリーシェ!」
そう言いながら、出続けていた泡に埋もれていくリリーシェを水で洗い流した。
水で泡を洗い流した後、犬のように体を震わせて水気を取ったリリーシェが何事も無かったかのように説明を続けようとしているけど、目の前に裸体の女の子が居るってなったら、どうも集中できない。それに、やっぱりどこからどう見てもリリーシェは女の子だ。
リリーシェは胸が無いから男だと主張しているけど、幾度となく胸に拘りを持ってキャラクリしてきた僕の目からは、そのほのかな膨らみを隠せる事は出来ない。
ぐっ……、あの感触を思い出してしまう。
「そもそもマナは、破壊、慈愛、智慧の三系統の始祖の力が元になっている力の事で、すべての生物に宿っているというのは知っている?」
僕とは反対に、何の恥じらいもせずにリリーシェは説明を続けた。
「あ~、似たような事をアーニャさんから聞いたよ」
「なら話は早い。その三つの力が混ざった力がマナ。私たちの体に眠っている重要な力。そこからどの系統のマナの力が一番濃ゆいかで得意な系統魔法が、そしてマナの性質によって扱える魔法の属性が決まってくる」
なるほど。要は各系統の魔法は、自分の中にある三系統のマナの力の内、どれかに秀でていたら、その系統の魔法が得意になるということだな。
「でもリリーシェ、例えば破壊系統のマナの力が一番秀でていた場合って、それ以外の系統の魔法は使えなくなるの?」
「絶無。さっきも言ったけど、マナは各系統の力が元になっている力だから、使えないなんてことはない。でも各系統の魔法は人によって得意不得意や、向き不向きが出てくる」
「なるほどなるほど。じゃあマナの性質っていうのは?」
気だるそうに、「ふぅ」と一息ついた後にリリーシェが口を開く。
「マナの性質で扱える魔法の属性が決まる。私のマナには闇と氷の性質がある。だから扱える魔法は闇属性と氷属性の魔法になるけど、属性の事はわかる?」
ゲームとか結構やっていたから、属性っていう概念自体は何となくではあるけど、掴めてはいる。
「だいたいのイメージだけど熱いのが炎属性で冷たいのが氷属性みたいな感じ?」
「意外。マナの性質は分からないのに、属性の事は知っているんだ」
「ま、まあね。変に偏った知識だけはあるからさ、ハハハ」
「納得。さっきも言ったけど、マナの事はしらないのに属性の事を知っているのは珍しいタイプ」
「魔法は(主に現実世界で)いっぱいみてきたからね。大体のイメージで属性の種類とかは何となく掴めていたのかな~」
「把握。属性の事がわかっているなら近い内に魔法が使えるようになるかも?」
リリーシェも納得してくれたようで、この事については特に深く言及されなかった。
ん? でもマナの性質ってどうやって調べるんだろう。
これも気になってリリーシェに聞いてみた。
「魔水晶」
一言! 一言で済ませた。
何となくでは予想していたけど、やっぱり魔水晶で調べる事が出来るのか。本当に便利な魔道具だ。ここまで色々な事が出来ると、とうとう一家に一台は欲しいレベルの魔道具っていう認識が僕の中で芽生えつつある。
という事は、ギルドの受付で僕のマナを魔水晶に保存したから、僕のマナの属性は知ろうと思えば知る事が出来そうだな。
あのときはアーニャさんも僕もバタバタしていて、とてもマナの属性の事を教えて貰える状態じゃあ無かったから、後でゆっくりと教えて貰おう。
「本題。基本的なマナの事は教えたつもり。だから、そろそろ言霊の事を教える。でも、凄く喋り疲れたからちょっと待って」
喋り疲れたからか、はたまた無知の僕に対して説明するのが面倒くさくなったのか、さっきから明らかにリリーシェの態度に怠さがチラチラと見えてくる。
さっきから上の方を向きながら、軽く脱力して話している。水と一緒にリリーシェごと流されていきそうだ。
「待ってました! それそれ。リリーシェがどうやって泡を出したのかっていうのがずっと気になっていたから待ち遠しかったよ」
個人的に気になっている事だから、是非ともこれだけは聞いておきたい。
無理やりテンションを上げて、リリーシェをその気にさせようって魂胆。
「ただその前に、【クリーン】」
「どわっぷ!」
リリーシェが僕のほうにある魔水晶に向かって、さっきと同じようにクリーンと唱えると、泡が程よい勢いで出て来た。
「洗浄。その泡には汚れを落とす効果がある。まずはそれで体の汚れを取れ」
ほうほう。お風呂のマナー自体はちゃんとしている感じだ。湯船につかる前にちゃんと体を綺麗にしてから入るって言うのは、異世界でも同じっぽい。
この泡はリリーシェが言っていた事から読み取るに、石鹸のような物なのかな?
試しに泡を手に取り、手で体を撫でるように擦ってみた。
これは凄い。本当に体から汚れが落ちていくような感覚を感じる。普通にボディーソープみたいだ。
「凄いねこれ! 普通に体を綺麗にすることが出来るよ!」
「悠然。私にとっては当たり前だから驚かない」
今更だけど、異世界に来てこうやって普通にお風呂に入れている事に驚いてしまった。魔水晶からシャワーのように水は出るわ、ボディソープが出てくるわ、暖かい水は浴びれるわで別に不自由を感じていない。今頃ながら魔法って凄い。
◆
ガシッ。
リリーシェと僕は一通り、体を洗い終わった。
洗い終わってすぐ、僕はリリーシェに手を掴まれ、トテトテと湯船の方に走るリリーシェの背を追いかけていた。
「え~い」
「ちょっと入り方雑過ぎない!?」
僕の手を引っ張る形で走っていたリリーシェが、突如声をあげて飛んだ。一つ一つの行動がいつも急すぎるから心の準備をする余裕がない。
二人して湯船にドボン。
ザブンと勢いよく水しぶきが上がる。
湯船への飛び込み、ダメ。ゼッタイ。
「うゆ~極楽。やっぱり治癒の湯は喋る気力も体力も蘇る」
水面から顔をバシャンと出したリリーシェがうゆ~と一言。
「治癒の湯?」
リリーシェが「あれ」と言いながら、湯船を二分するように並べられている豪華な石造の中心を指さした。
「あのライオンの頭から流れているお湯の事。あれから生成されているお湯には治癒の魔法がかけられているから、ここに入れば疲れも傷も次第になくなっていく」
何という効力。確かにリリーシェが言うように、不思議と良い気分になって気力が湧いてくる。それに戦闘で負った傷や気疲れなんかも自然となくなっていくような……。
もちろん、そんなお湯を生成しているのは魔水晶だった。もう驚かない。
そういえば、リリーシェがここに来る前に、まだ全然疲れが取れていないって言っていたけど、もしかして僕との戦闘で消費していた体力とかマナが、5号の回復だけでは足りていなかったのかな? だからお風呂に入りたがっていたのかもしれない。
「リリーシェ、ごめん。僕との戦闘での疲れがまだ残っていたなんて思ってもいなかったよ。相当体力を消費させていたみたいだけど、もう大丈夫?」
「問題ない。私が疲れたっていう事は、それだけソウタが私を本気にさせたって証拠だ。あの時は、私がかなり無理をして発動していたスロウエリアや、本気で作ったデスウォールも簡単に攻略されたのにも驚かせられた。特にデスウォールをあんなに簡単に真っ二つにされたのは初めてだった」
確かスロウエリアは、練技って言われる技を組み合わせて発動していたはずだから、リリーシェの体にも相当負荷が掛かっていたに違いない。練技での体力の消耗を体験した事ないから分からないけど、あの時のリリーシェの疲れ具合から見て、相当な物だと思う。
それにデスウォールを攻略したのだって、僕の力じゃない。
「あれは僕の力じゃなくて、呼び出したゴーレム(?)が強かっただけ。僕だけじゃリリーシェを本気にさせる事は出来なかったと思うよ」
「謙遜。術者の能力が高くないとあんなに強い召喚は出来ない。例えあれがスキルだとしても話は変わらない。それにソウタ自身も強かった。私が追い付けない程のスピード。そして防御力。私は本気でソウタを殺そうとしてたけど、あれだけやって傷が付けられたのは一回だけだった」
確かに、スピードや防御に関しては、ステータスを一点集中させる練習が実を結んだ結果だけど、僕は逃げる事と防御する事に手一杯で結局は攻撃に手を回す事が出来なかった。
正直、一方的だったけど何とか勝てたのはゴーレム(?)のおかげだった。だから、謙遜もなにも、僕にはまだ人に誇られるような戦い方は出来ていないのが事実なんだ。
……というか、そんな事よりもこの子、本気で殺すつもりだったって言ったよね? やっぱりあの時に感じていた殺意は本物だったのか!
まあ考えなくてもわかる事だったけど。だって明らかに首根っこを狙って攻撃してたもん。あれは確実に殺しに来てた。疑問に思わない方がおかしい話だ。
それに今思い返すと、殺し合いをするって宣言してからの試験だったよな。まさかあの発言も本気だったなんて……。リリーシェなりの冗談だと思っていたから尚更驚いている。
「でもまあ、褒められて悪い気分はしないよ。ありがとうリリーシェ」
「うん。素直に認めるのは良い事」
お互い顔をあわした。時々、リリーシェは僕の顔をジ~っと凝視する事があるけど、これは癖なんだろうか。今もリリーシェは僕の顔。というよりも眼を見ている気がする。
「ソウタ。やっぱりお前は平気みたいだ。その事に嬉しさを感じている私のこの気持ちは、一体何なんだろうか」
「リリーシェ?」
突然、意味不明な事を言いだした。平気って何に対して言っているんだろうか。
それに嬉しさを感じているってどういう事だろう。若干、目がウルウルしていたようにも感じたけど、リリーシェは元々、少しだけ抜けている子だから、別にこの発言や行動も僕の理解力じゃどうせ分からないや。
そう思いつつ、ゆっくりとお風呂を満喫した。
――しばらく普通に治癒の湯で体を癒していると、二人して「あ」と言葉を発した。そういえば一番聞きたいことを後回しにしちゃっていたな。
「すっかり後回しになってたけど、リリーシェ。言霊? だっけ、その事について教えてくれる?」
「教える……か。確か物を教える人は先生と呼ばれるんだっけ?」
うん? いきなりどうした。
何かを考えるように口をポケーっと開けているリリーシェ。
「分かった。このリリーシェ先生が言霊について教えてしんぜよう~」
「うん。リリーシェ、なんか色々とツッコミたいから少し待って」
「教授。まず、言霊について教える前に、ソウタ。お前は魔法の使い方は知っているのか?」
まさかの無視。
でもちょっとノリノリだから、ここは僕もこのノリに乗ってあげよう。
僕は右手をビシっと天に届くように、勢いよく上げた。
「リリーシェ先生、恥ずかしながら僕、ソウタは魔法の発動方法も分かりません!」
「アバババババ」
余りにも衝撃的だったのか、リリーシェは膝から崩れ落ち、ブクブクと泡を出しながら湯船の底に姿を消していった。
【ソウタが異世界に転移してから初めて聞いた単語一覧】
・タレントスキル(意味合いは若干理解している)
・練技(必殺技的ななにかと理解しているつもり)
・術技【スキル】(・・・?)
・魔水晶(万能な魔道具だと理解している。一つください。)
・魔素(1mmも理解していない)
・系統魔法(なんとなく理解した)
・言霊(リリーシェ先生の教え待ち)
・マナ(魔法の属性に関係あるものと理解しているつもり)
【治癒の湯・ライオンの石造】
・ライオンの頭を形どった石造の口にある魔水晶から生成されている、治癒の効果のあるお湯。その効力故に、これを狙う賊やギルドの関係者などもいるが、そもそもライオンの口に手を近づけ無理やり魔水晶を取ろうとすると、特定のマナ情報を持っている人物以外の腕をそのまま噛み千切るようになっている。
また、狭い空間内での無限循環機能を持っているので、人が入ったお湯でもその水を取り込み、内部で綺麗にしてまたお湯を放出する。
なので、仮に魔水晶を盗み出したとしても、無限循環機能を持つ空間から外れるため、お湯の生成は有限になり、その価値は一瞬にしてなくなる。
【リリーシェの過去話】
「いいかい、リリーシェ。世の中には裸の付き合いと呼ばれる、信頼した相手と肌を寄せ合って一緒にお風呂に入るという教えがあるんだ」
「裸? 肌をお互いに見せ合うって事?」
「そうだ。お互い何も隠さずにな。これはあなたに対しては何も隠し事をしないという意味でもあるんだぞ? まさしく信頼の証だな!」
「ふ~ん。でもそんな物好きな人、いないと思う。それに私……」
「お前は待つだけか? 時には自分から相手を見つける事も大事だぞ!」
「……無理。そんな日は来ないし、そんな人も現れない。私はずっと一人。この眼がある限りね」
「……すまない。でもその眼がないとお前は人と同じように景色を見れる事もなかった。我の勝手な行動でお前をこんな事にしてしまって申し訳ない」
「別に。どっちみち私はお父さんに拾われなかったら本当の意味で死んでたから」
「リリーシェ……。お前にもいつか、距離を縮めたい、信頼されたいという相手が来るといいな。お前は変に偏ってはいるが、優しい子なんだから」
「そう思える人がいたら、お父さんは喜ぶ?」
「ああ、喜ぶ」
「希薄。そんな日が来たら、私は幸せになれるかな?」
「お前も、我も、お前がそう思った相手も、もれなく全員幸せになれるに違いないさ」
「……まあ、想像するだけなら、私の勝手だよね。確率はゼロに近いから期待はしてないけど」
「もし本当に見つかったら、裸の付き合いから始めるんだぞ!」
「了解。肝に銘じておく」
不気味で暗く、冷たい空気が流れる世界で、この瞬間だけは一人の少女の心が辺りを照らす太陽のように心の内がポカポカと温かくなっていた。




