023.いざ、お風呂場へ
闘技エリアを後にして、リリーシェをおんぶしながらお風呂に向かっていた。
……お風呂。聞き間違えていなければ、絶対にそう言っていた。
あのとき、リリーシェはたどたどしく「俺は男だ」とか言っていたけど、じゃあこの背中に当たる、ほのかに柔らかい物は何なんだろうか。
僕が変に意識しているから柔らかいって思っているだけかもしれない。実際はそんな感触はしていないのに、そう感じているだけっていう可能性だってある。
うん! きっとそうに違いない。僕の頭の中でリリーシェは女の子って認識されているから、本当は柔らかい感触なんてないけど、体が勝手にそう錯覚しているだけなんだ!
いや、そうであってくれ!
そうじゃないと色々とおかしい。リリーシェは僕が男ってわかっているのに、自分からお風呂に一緒に入ろうって誘って来たんだ。普通の女の子ならそんな誘いはしないはず。
……普通なら? だったら普通とは結構かけ離れているリリーシェはどうなるんだろう。いきなり人を殺そうとしていた子だ。行動がぶっ飛んでいるからよくわからない!
はぁ……。いきなり男でしたって言われても、僕の中では完全に女の子として映っているんだよなぁ。
「難しい顔。なにを考えている?」
僕の肩を掴んでいたリリーシェの手に力が入り、グイっと肩を引っ張られた。肩越しに覗くようにして、いつの間にかリリーシェが僕の顔をじっと見つめていた。
「聞こうか聞くまいか迷っていたんだけど、リリーシェって本当は女の子でしょ? どうして男って嘘をついているのかな~って思っててさ」
「……俺は男だ。お前はわた……、俺の事を信用していないのか?」
明らかに俺って言いなれていないじゃないか! やっぱり女の子だよ、女の子であってくれないと困るんだ。じゃないと僕はこのままリリーシェっと一緒にお風呂に入る事になる! この事実がシラユキとか他の人に知れ渡ったら僕の面目が立たない。
「聞いてよ奥さん。あら、あの男の人。年端もいかない少女と一緒にお風呂に入ったんですって」とか噂されちゃうのだけは避けたい!
「リリーシェ。お風呂って言うのは基本的に、男の人と女の人とで、それぞれ別々に入るべきなんだ。だから僕とリリーシェは一緒には入れない。オーケー?」
「理解不能。私とソウタは男同士だから一緒に入れる。証拠も見せるから大丈夫」
「私って言った」
「気のせい。聞き間違いだと思う」
「いいや、私って言ったし、なによりもリリーシェは女の子。それは紛れもない事実だから、男の僕とは一緒にお風呂に入る事は絶対にダメだ」
「……ソウタは俺とお風呂に入りたくないのか?」
悲し気な声でリリーシェがそう呟いた。
そんな声で言われたら少しだけ心が揺らいでしまうけど、耐えるんだ。
どちらかというと、正直リリーシェがどういう顔をしているのかとか、どういう体つきなのかとか、何よりも女の子と一緒にお風呂に入れるって言う一大イベントを逃したくないとは思っているけど、僕が女の子と一緒にお風呂に入ったって言う事実をシラユキに知られたくないんだ!
もし知られたら僕に対するシラユキの対応が……。考えただけでゾッとする。
「ごめんね。やっぱり男性と女性が一緒にお風呂に入るっていうのは、どうも抵抗があるからリリーシェと一緒に入ることは出来ない」
「承知。なら私……、俺にも考えがある」
やっと分かってくれたのかな? それよりも何を考えついたんだろうか。
「抹消。ソウタがAランク冒険者として合格した事をなかったことにする」
「リリーシェ、それはないよ……」
「だったら一緒に入ろう。これは信頼の証だから断る理由はない」
「信頼の証?」
「とりあえず、さっさとお風呂に行こう。ただ、誰にもこの事は言わないこと。言ったら入れなくなるから」
もう訳が分からない! 信頼の証ってなんなんだよ~!
でもこのままリリーシェと一緒にお風呂に入らないって選択肢を取ったら僕がAランク冒険者として合格したことが無かった事にされちゃうし……。
「ソウタ?」
「分かった、一緒に入ろう」
結局リリーシェに流されるがままに、一緒にお風呂に入る事になった。
闘技エリアに行ったときのように、リリーシェに背中越しで案内をされながら歩いていると、休憩中であろう受付嬢のアーニャと出会った。
アーニャは僕を見て、開口一番に「無事だったんですね!」と僕の手を握り、ホッとした表情を浮かべた。多分、リリーシェと戦って無事だったことが奇跡みたいなものだからだろうな。危うく殺される所だったけどね。
「リリーシェさん、ソウタ様と戦ってみてどうでしたか?」
僕の安否を気遣ってくれたあと、アーニャは背中に引っ付いているリリーシェに対して問いかけた。
「戦いに関してはド素人。と言うよりマナの扱い方が分かっていない」
アーニャの呼びかけに応じ、ニョキっと顔を出したリリーシェがそう告げた。
「へ?」
「だから未知のマナっていうのを悪用する事はない。というか出来ないと思う」
アーニャが不思議そうな顔をしながらきょとんとしている。まあ、あれだけ未知のマナが~って騒いでいたから、その騒ぎの発端になったマナの扱いがダメダメだったってなったらそういう反応になるよね。
というか、そもそもマナの扱いって何だよって話だけど。
「でも一つだけマナの扱いが上手い練技が合った。【瞬間加速】だけは、かなりの練度。私が追い付けないくらい速かった。多分、あのエルドリックよりも速い」
「エルドリックさんよりもですか!? にわかに信じられませんが、リリーシェさんにそこまで言わせられるなら、相当な速さなんでしょうね」
「自慢ではないんですけど、そうみたいですね」
少しだけ誇らしい部分でもある。
というか、まさかまさかのエルドリックとお知り合いだった。まあ冒険者だし顔見知りじゃないほうがおかしい話か。
しかし、練技か。リリーシェが使っているのを見た限り、この世界でいうところの必殺技みたいな物なんだろうけど、まだ良く分からない事が多いから、あとでじっくりとシラユキに教えてもらわないといけないよなぁ。
「あとはタレントスキル持ちだった。かなり強い召喚術だった」
「タレントスキル持ちなのは聞いていました。へ~、召喚系のスキルならリリーシェさんと良い勝負が出来たんじゃないんですか?」
「一方的。私が呼び出した死体たちが一振りで全滅。かなり強かった」
「そ、そうだったんですか。アハハ」
言葉が出ないのか、アーニャは引きつったような笑顔をしていた。
「……未知のマナの性質に、タレントスキル。やっぱり少しばかり不安は残っていますが、リリーシェさんのお墨付きですので、ソウタさまの件は上には報告はしないでおきます。特別なんですからね?」
さっきの表情から一転し、ムッとした顔をしながら前かがみになり、ビシッと人差し指を上に指した。そのあとの笑顔がたまらなく可愛かったのは内緒。
「それじゃあ僕たちはこれで。アーニャさん、冒険者になったらお世話になると思うのでよろしくお願いします」
「はい! こちらこそよろしくお願いします、ソウタさん」
「あれ? 様ってつけないんですね」
「さっきまではお客様って立場だったので。冒険者の皆さんには基本的に”さん"付けで呼ぶんですよ。もしかしてソウタ様って呼ばれる方が良かったですか?」
おちゃらけた感じでアーニャが接してくる。
言い争いをしていた時は何だこのわからずやって思っていたけど、話していて結構面白いから仲良くなって良かったと思う。これからお世話になっていくだろうし、この関係性は大事にしていきたいな。
「ソウタ。はやく行くぞ」
「あぁ、そうだったね。それじゃあアーニャさん、僕たちはこれで」
「はい。お気を付けて」
くそっ! 流れでお風呂のことなんて忘れてくれていたら良かったのに~!
アーニャさんに引き留めてもらえばよかったけど、そうしたらAランクへの道が途絶えるから、どのみち無理な選択肢の一つだったか。
女の子と一緒にお風呂に入れるという嬉しさと複雑さを抱えながら、僕はお風呂場の方へ足を運んでいた。
頼むから、シラユキにだけは知られませんように。




