022.VSリリーシェ②○
何度も何度も、ゴーレムもどきを召喚しようとしているけど僕の呼びかけには応じてくれない。もしかして同じ武器から呼び出せるのは一回だけなのかな? くそ、この召喚のような技は全然 実験ができていなかったからわからない。
……でも、呼び出せなくても良いか。そろそろ潮時っぽいしね。
リリーシェがスロウエリアを解除したのかは分からないけど、僕が召喚したゴーレムもどきの形が、みるみる変わっていっているのが確認できている。
さあ、ここからが勝負だ。召喚さえ終われば僕の勝率はぐんとあがるに違いない。あの時のような強さを見せつけてこの試験を一瞬で終わらせるぞ!
――僕との間合いがだいぶ開いているリリーシェは、どうやってこの距離を詰めるんだろうか。そう疑問に思っていると、リリーシェが立っていた場所の地面が抉れ、その速さを見せつけるように僕の目の前で止まった。
リリーシェが止まった衝撃で風が起きた。凄まじい風圧だ。踏ん張っていないと吹き飛ばされるほどの強さだった。
しかし、恐ろしい持久力だ。さっきまで見せていた疲れが、全く感じられない。肩で呼吸をしていたくらい息を切らしていたのに、ほんの短時間でもう呼吸を整えたのか。息の一つも乱していない。
あまりの迫力と、ジリジリと迫り寄ってくるリリーシェを見て、思わず後ずさりをしてしまった。
「驚いてるね。どうやってこんなスピード出したのか理解できていない顔してる」
「ぐっ……」
リリーシェが僕の顔を覗き込むように見つめている。でも僕からはリリーシェの顔が良く見えない。どういう顔をしているんだろうか。その下が見てみたい!
それよりも、どうして今みたいなスピードでさっき僕の後ろに回らなかったんだろう。
「なんでそのスピードで僕の後ろに回らなかったんだ?」
「品定めが終わったから、正面から真っ向勝負。勝てる自信、100パーセント」
「もう殺すような攻撃はしないってこと?」
「分からない。でも極力殺さないようにする」
そこは否定しないんだ。きっぱり殺さないって明言してほしい。
「試験再開。致命傷で済むレベルで倒してあげる」
「そうはなりたくないから、僕も全力で行かせてもらうよ!」
先に仕掛けてきたのはリリーシェだった。
「練技・領域」
領域。さっき見た一定の範囲に円が広がる技だろう。これに捕まるとかなり厄介だから早めに範囲外に逃げるべきだな。
「逃がさないよ。練技・拡大」
僕が逃げようとすると、それを見透かしていたかのように、拡大という練技を使って来た。僕が見るに拡大って言う練技は、技の範囲を広げる練技だと思うから、リリーシェは領域と拡大を組み合わせる事で、通常よりも広い範囲の領域を使えているに違いない。
「生憎だけど、領域に捕まる前に逃げる事は出来るんだよね!」
なんとかさっきのスピードを生かして、領域に捕まる前に逃げ出せたけど、追ってこようと思えば追いかけてこられるのに、どうしてそうしないんだろう。
でもまあ、何はどうあれやっとゴーレムもどきが完成しそうだ。さあその強さをリリーシェに見せつけてやろうぜ!
「もとから追いかけるつもりはない。そっちがゴーレムを操るなら私も似たような事をしてあげる」
◆
遂に姿を現した。デカい。かなりでかいゴーレムもどきだ。僕の身長は優に超えている。全体的に引き締まったようなボディをしていて、両手で大きな鎌を持っている。鎌から召喚したから、これが武器になったんだろう。
召喚したどのゴーレムもどきもそうだけど、足はなく、ほんの少し宙に浮いているんだよな。今召喚されたこいつも例外なく宙に浮いている。
……あと、よく見ると腕が長い。
これはデカい鎌と、長い腕で相当なリーチをほこっているに違いない。
「よし、ゴーレム5号! この試験に勝つには君の力が必要なんだ。だから僕の力になってくれるね?」
このゴーレムもどきが5体目の召喚だったから5号って名付けたけど、呼びやすいから別にいいよね。
僕の呼びかけに応じて、5号は長い腕を僕に伸ばし、魔法陣を浮かばせた。
あのときと同じ光景だ。ストロングオーガやアルディウスと戦って、傷がついた僕を癒してくれた1号と2号と同じだ! リリーシェの攻撃を受けた左腹部の痛みがどんどん引いていく。
凄い、凄いぞ! こいつらは僕を守る盾にも矛にもなってくれているんだ!
傷の回復が終わると、5号は武器を構えて敵であるリリーシェを認識し、攻撃態勢に入った。
時を同じくして、リリーシェが「デスウォール」と言い放った。
地面が揺れ始め、さっき僕とリリーシェが立っていた方向に向かって、禍々しいエネルギーのような物が集まっていっている。次第にそれは巨大な壁を作り出した。
壁にはおぞましい顔がいくつも浮かび上がっている。何とも趣味の悪い壁だ。それも生きているかのように、うようよと壁の中にいる形容しがたいものたちが動いている。
防御魔法……かな? とにかく放っておいても良いことなさそうだし、さっさと壊すのが吉だ。
「よし5号! まずはあの壁を壊しにいくぞ!」
相手の手の内を知らずに突っ込むのは愚策だとは思うけど、とにかく目の前にある巨大なあの壁を破壊しないと、戦い辛い!
それに今は5号もいるから、万が一危なくなったら守ってくれるはず。もし壁を壊して何も起きなかったら、そのままの勢いで領域に気を付けつつ、圧倒的なリーチの5号と一緒にリリーシェを叩く!
僕と5号は勢いよく壁の方へ駆け出した。
「ぶっ壊せえええええ!」
5号が鎌を横に振り払おうとした瞬間、壁が崩壊するかの如く一気に崩れ、壁の中にいたおぞましい物体が姿を現した。
なんだあれ。武装したスケルトンやゾンビ!? もしかしてこの壁って全部……。いや、絶対にそうだ。こいつらで出来ている!
僕たちは様子を見るべく一旦、後ろに下がってリリーシェの出方を待った。
「馬鹿ソウタ。術者であるお前が、前線に来て何をするつもりなの?」
リリーシェが続けざまに言った。
「戦い方を教えてあげる。ソウタは戦いという物を全く分かっていない。召喚術というものは、呼び出した対象を使って攻撃をさせるのが基本。術者は召喚した者に、後方から支持を出して戦うのが基本スタイルなのに、一緒に前に出てきたら召喚した意味がない」
「そうだったの?」
「呆れた。私と同じで近接戦闘も出来る召喚術者だと思ったけど、召喚術者としては全然ダメ。今から私がお手本を見せてあげる」
リリーシェがそう言うと、空中で静止していたおぞましい魔物……というか死体が一斉に動き出した。というか、僕って召喚術師と思われているんだな。
「さあ、死の舞踏を始めよう」
僕が5号に呼び掛けたときと同じように、リリーシェの呼びかけに応じて死体たちが一斉に動き出した。それも踊るように。動きが変則的で読み辛いな。
「驚いた? だけどこれは特別。お前も知っている通り 本来、召喚術で呼びだして操る事ができるのは基本的に一体まで。例外はいくつかあるけど、こんな大量に操れることが出来るのは私だけ」
初情報だ。
だったら、こんなに多くの死体を召喚して操れているのはきっと……。
「もしかして、君の領域の中にいる死体に対して何か魔法を使って、大量に操ることが出来ているとかそういう感じだな!」
「正解。私の領域内にいる子たちに対して傀儡の魔法を使用している」
「そんな便利な魔法があるんだね」
「呆れた物言いだ。私を馬鹿にしているの?」
え、感心していただけなんだけど。
もしかして傀儡の魔法って基礎中の基礎の魔法なのかな? 召喚して操るためには必要な魔法なのかもしれない。でも僕はスキルで召喚したって言ったんだ! 魔法とは無関係、無関係!
「馬鹿にはしてないよ。でも僕はスキルで召喚したから、知らなかっただけ。それにこいつは、傀儡を使わなくても自分の意思で行動してくれるんだよね」
「無理。召喚したものは、契約をしていない限りは、自分で命令をしてコントロールしないといけない。そんな事が出来るのは高度な智慧魔法が扱える智慧の聖女様だけ」
「え?」
「それがスキルで召喚された物なら尚更。そのデカ物を召喚術で呼び出していないなら、傀儡を使って操らないとただのガラクタ。意思を持つなんてことは絶対にありえない」
でも大丈夫。タレントスキルっていう便利な言葉がある。意味はわからないけど、多分 特別な力なのは間違いないはずだ。
「さっきも言ったと思うけど、これは僕のタレントスキルだから例外かもしれないよ?」
「……聞いてなかった。タレントスキルならありえる話……かも?」
リリーシェが首を少しだけ横にかしげた。
「それにほら! 僕って何やら未知のマナの力を宿しているらしい、十分ありえる話だよ!」
「なるほど。それが未知の力の正体なら、その力を十分に見せつけて強さを証明するだけ。まずはこの攻撃で軽く実力を見させて!」
「あまりに強くて一瞬で終わったらごめんね!」
リリーシェがおぞましい数の死体を操るかのように、腕や足を動かして命令している。確かに見ようによっては踊っているように見えなくもないな。
数体の死体が僕に目掛けて武器を振りかざしながら、正面から向かって来た。
「この程度なら!」
ブゥン!
薙ぎ払うように剣を振ったけど、かすりもしなかった。それどころか死体たちは華麗に舞いながら僕の攻撃をひらりとかわした。
が、僕の攻撃を避けた死体は5号によって倒され、地面に落ちて行った。
ナイス! この調子でバンバン倒していけば僕たちの勝ちだ!
――ガシッ!
「後方不注意。背後にも気を配らないとダメ」
僕は後から掴まれた死体に手を取られ、まるでダンスをリードされるかのように踊らされていた。これが死の舞踏……! 体の支配権が全部奪われる感覚に陥ってしまう。だけど振りほどけないわけじゃない!
僕は力を手の方に一点集中させ、死体に捕まれていた手を振りほどいた。
が、振りほどいた手をまた別の死体に捕まれ、いつの間にか踊っていた。
「無駄。死の舞踏を踊ったら最後、死体からは逃れられない。逃げても私の操る死体が、次へ次へと手を取りに行って絶対に逃がさない。そしてその隙に……」
「ぐあああああああ!」
複数体から攻撃された感覚が伝わる。痛い! 痛すぎる! この世界に来てから受けた痛みで一番痛い!!
ぐっ……! 油断していたから防御が間に合わなかったのか!?
とにかく痛い……。
やばい。このままじゃ本当に……。
「踊っている隙に攻撃して仕留める。絶対に逃げる事も回避することも不可能。私だから出来る術技。あとで感想を聞かせてね」
なかなか凶悪な【スキル】だ……。
意識がもうろうとしていく中、そう思っていた。
――暖かい。これは、この感覚は……。
「信じられない。本当に意思がある。それに……それは回復魔法!」
リリーシェの驚いた声が聞こえて来た。
やっぱりそうか。これは回復魔法だ! さっきまで意識がなくなりかけていたのにもう全然平気だ。斬られた場所も全然痛くないぞ!
「えぇい! 邪魔だ、離れろ!」
僕はリリーシェの動きが止まった隙をついて、死体の手を振りほどき全力のパンチをお見舞いして吹き飛ばしたあと、5号に命令した。
「もう遠慮はいらない! リリーシェにだけ気を付けて、全力の攻撃をお見舞いしてやれ!」
「っつ!」
慌てた様子で、放出されていた死体を一か所に集めたリリーシェは、さっきと同じ死体の壁を一瞬で作り出した。
5号が鎌を振り上げ、死体の壁に目掛け全力で薙ぎ払うかのように攻撃した。
予想をはるかに超える威力だった。
そのひと振りで暴風が吹き荒れたのごとく、凄まじい風が吹いた。
そのひと振りで周辺の地面が抉れた。
そのひと振りで死体の壁をいとも簡単に真っ二つに切り裂いた。
……僕は何故か風で吹き飛ばされる事はなかったけど、リリーシェは闘技エリアの壁に打ち付けられたのか、その場で力なく倒れこんでいた。
審査官たちは……流石、というべきだろうか。バリアのようなもので身を守っていた。
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―――――
――…
「リリーシェ、大丈夫?」
僕は倒れこんでいるリリーシェに声をかけ、安否を確認した。
「無事。だ、だけど……流石にマナと体力を消耗しすぎたかも……。もう力が入らない」
やっぱり練技というものは相当、体力の消耗が激しいみたいだな。かなり疲弊している様子のリリーシェを見るとつくづくそう思う。
というか、ちょっとやりすぎてしまったかもしれない。まさかこんな威力が出るとは僕も思いもしなかった。闘技エリアが見渡す限りボロボロになっている惨状が、やりすぎた感を醸し出している。
「5号。リリーシェに回復魔法をかけてあげて」
僕の命令を聞いて、5号はリリーシェに回復魔法をかけた。浮かび上がっていた魔法陣が消えた瞬間、リリーシェが突然、僕に飛びかかって来た。そのままの勢いで押し倒されるように、倒れこんだ。ちょっと暗いけど、かすかにかわいらしい顔が見えた。
「気に入った。ソウタはAランクの冒険者に相応しい強さだ」
「え、じゃあ僕はAランクの冒険者になれるって事!?」
「私は合格を出した。あとは審査官がソウタの戦いぶりを見て、Aランクに相応しいかどうかを判断する。私が1票上げているから、後は審査官の内 一人でも合格判定が出たらAランク」
そういうシステムだったのか。まあ、審査官が3人いた時点で薄々は感じていたけどさ。
「ソウタ。私はお前が未知の力を持っていると聞いて、その力を悪用するんじゃないかと思って不信感を抱いてた。だからアーニャとお前が言い争いをしているときに、私が直接お前の相手をして、どんな力を使うのか確かめようとしてた」
口数少ない子かと思っていたけど、案外喋るよな~リリーシェ。
「でも確信した。今の行動で、お前はその力を悪用しないと私は見た。少なくとも、悪い人じゃない。それにマナの扱いとか戦い方も全然ダメだったからね」
「一言も二言も多くない?」
「とにかく、Aランクの実力はある。マナの扱い方や戦い方は別として、私はそう見ている。冒険者になってからでも戦い方は身に付くから落ち込まないで」
そうだ。僕には圧倒的に戦闘経験が足りていない。そもそもこの世界に来てから一日しか経っていないから無理のない話だよね。
僕とリリーシェが話していると、今度は審査官の人たちが話しかけて来た。
「ソウタさん、あなたは恐らくSランク以上の実力はあると見ているのですが、どうですか? こちらで予定を合わせてもらうので挑戦してみませんか?」
男の審査官の右隣にいる女性審査官が、怪訝な顔で言った。
「そんな勝手に決めて良い事じゃないでしょう! そもそも【フランシスカ】さんが承諾してくれるとも限らないわ」
「そうですか? 【フランシスカ】さんなら、ソウタさんの強さを聞いたら飛びつきそうですが……」
は? え? フランシスカ?
「いいや、あの方はこのような近接戦闘もろくに出来ない男に興味を持たれないはずだ」
「何を言うかね! この召喚された物を見たまえ! 今までこんなもの見た事がありますか!? あの凄まじい力に加えて、一瞬で傷を癒す回復魔法! 魔獣でも悪魔でも妖精でもゴーレムでもない! 不思議な生物だ!」
「確かに今まで見たこともないし、それが凄い力を持っているのはこの目で良く見たけど、どのみち、フランシスカさんが興味を持つかどうかで決まる事。そんな簡単にSランクへの挑戦権を与える事は出来ないわ」
リリーシェがおもむろに立ち上がり、色々ともめている審査官たちにに近づき「うるさい。静かかにしろ。黙ってフランシスカにソウタの事を報告しにいけばいい」と、ガチめのトーンで言った。
リリーシェがそう言うと、一瞬で審査官たちは静かになった。
それにしてもフランシスカって……。
「お風呂。ソウタ、一緒に入ろう」
……はい? 聞き間違いかな。
「はやく立つ。回復してもらったけど、まだ全然疲れがとれてないから早く」
あの、ちょっと唐突すぎるというか。そもそもリリーシェって……。
「お風呂? リリーシェって女の子じゃないの?」
僕がそう言うと、リリーシェは胸を張った。
「わた……、ぼ……、俺は男だ」
何を言い出しているのこの子は!?
というか、フランシスカの事も気になるし、いきなり男って言いだしたリリーシェの事も気になるし、Aランクの合否の結果は結局どうなったのかっていう事も気になるしで、色々と情報が多すぎてパンクしそうだよ!
【ゴーレムもどき】
実際はゴーレムではないが、エルドリックがソウタが召喚したものに対してゴーレムと呼んだっきり、ソウタもそう呼ぶようになった。だが、ソウタの知っているゴーレムは、土で出来た人形や魔物なので、どうみてもチェスのポーンにしか見えなかったソウタはゴーレムもどきと呼ぶようになった。
【死の舞踏】
リリーシェが呼び出した大量の死体が壁となって出現し、その壁を壊すと無数の死体が現れる。リリーシェの範囲が拡大した領域と傀儡の魔法を使う事で、本来なら一体しか操れない傀儡でも領域内にいる大量の死体を操る事が可能になる、攻防一体の攻撃。
【ソウタの練技に対するコメント】
領域ってかなりめんどくさい。いちいち領域内に入らないように立ち回らないといけないから、疲れる。というかめちゃくちゃ応用がききそうな技だから僕も使えるようになりたい。そもそも戦いの術が全然ないから戦闘技術を身につけたい。話はそこからだな。




