021.VSリリーシェ①○
大きな鎌を武器として扱っている少女リリーシェは、ソウタにおんぶをされながら、闘技試験を行う闘技エリアの方へ運ばれていた。
ソウタの中にある、三系統の力以外で構成されているマナの事が気になっていたリリーシェは、純粋な好奇心から、ソウタと戦いたいと思っていた。
それは同時に、戦いを通して ソウタが持っている力と、ソウタという一人の人間をテストする事でもあり、その力を悪用するかどうかを判断するためでもあった。
そう、最初はソウタに好奇心しか抱いていなかった。
――だが、闘技エリアに運ばれている最中に、リリーシェが持っていた、ソウタに対する単純な興味が殺意に変わった出来事が起きた。
気に入らない事を言われたり、モタモタ歩かれた際に、リリーシェは本気でソウタに向かって蹴りを入れていた。人体を損傷させるほどの威力が出ていたはずだが、リリーシェの蹴りを受けてもソウタは平然としていた。
確かに本気で蹴りを入れたはずなのに。少女は疑問に思っていた。
この瞬間から、ソウタが持つ未知のマナの事などはどうでもよくなり、ソウタを殺したいという殺意が芽生え始めていた。
リリーシェにとって、普通の戦いというのは、自分が楽しめない相手だというのが分かったうえで取る行動であり、試験官として試験者を迎える時も、手を抜いた状態で戦っていた。それでも一瞬で決着が付くため、面白くないと退屈していた。
だが、リリーシェの殺意というものは、相手に敬意を表したら抱く感情だった。すなわち、殺意を持つというのは、普通の戦いとは違う。つまりは、自分を楽しませてくれると感じた相手に抱く感情であり、リリーシェはソウタになら本気を出して戦う価値があると判断し、ソウタに抱く感情を好奇心から殺意へと変更し、敬意を払い名前を聞き出した。
そしてリリーシェはソウタを試すように、不意打ちや、殺す一歩手前の攻撃を仕掛けた。
これはリリーシェなりの品定めであり、本気になった自分と、本当に戦う価値がある人間なのかを確認する前準備でもある。繰り出した攻撃に対して、三回まではどう反応するのか、どう対応するのかというのを見て、結果次第ではそのまま価値なしと判断して殺す事もいとわない。
リリーシェはソウタに対して三回目の攻撃を仕掛けたが、ソウタはリリーシェの攻撃に全く対応する事が出来ていなかった。
マナの扱いもろくに出来ていない。ソウタの戦い方や動きを見てそう確信したリリーシェは、所詮はこの程度の実力か。私の勘違いだった。と思い始め、段々とソウタに対しての興味が薄れていった。
――そして……
「四回目。今の発言で私がソウタに対する興味と関心を失った」
「え?」
「残念だ。ソウタ、お前は期待外れだ」
リリーシェはソウタの首に突き付けていた鎌を、首を狩るかのように勢いよく自分の方へ引いた。
――――――――
―――――
――…
…
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……どうして?」
僕の後ろからリリーシェの驚いた声が聞こえて来た。
「おかしい。どうして首を切り裂けない」
リリーシェの鎌が何度も僕の首を刈り落とそうと、後ろの方に引いている感触が伝わってきている。だけど僕の首には傷一つ付いていない。それどころか、力が加えられている鎌の勢いを完全に殺せるほどの強度になっていた。
「硬すぎる。防御魔法を掛けているとしても異常だ」
鎌を引く力を強めたのか、僕の首に当たっている鎌がカタカタと音を立てていた。自分の首だけど、この硬さは確かに異常だと思う。
僕は心の底から、自分の力のことを実験していて本当に良かったと思った。エルニアに向かう最中やエルドリックのテストで実践した、力を一点に集中させてステータスを上げる方法。感覚がつかめていなかったら、僕は確実にリリーシェに首を斬られて死んでいた。
かなりギリギリの状況で首のほうの守りを上げたいと思って、とっさに力を集中させたけど、実際に防御力が上がったのを見る限り、一点集中のやり方というか感覚は間違っていない。これは非常に大きな武器になった!
というか、リリーシェが本気で僕の事を殺そうとしているのには、突っ込んだ方がいいんだろうか。
……だめだ、今は本当に殺されるかもしれないから、こんな事を考えている余裕はない。首に意識を集中させて防御力を上げている感覚を常に切らさないようにしないと、いつ殺されるかわからない。
殺されるのは勘弁だから、僕のほうから速攻を仕掛けよう。
「僕の手が届く範囲に、武器をチラつかせたのが仇となったね!」
ガシッ
「武器を奪うつもり? 無駄。絶対に手は離さない」
「そっちの方が、僕にとっては好都合だ!」
そう、好都合だ。こうやってリリーシェの鎌に触れる事が出来た。だったらやる事は一つ! アルディウスと戦った時に召喚した鎧の騎士。あれと同じような物を召喚する。
触れている物の性質とかで見た目や強さが変わると見ているから、この鎌を使えば強そうなのが召喚されるはずだ! リリーシェに勝つにはそれしか方法はない!
「来いっ!」
「鎌が光った。ソウタ、何を……!」
あの時と同じ。アルディウスと戦っていたときに見た、あの輝きがリリーシェの鎌から放たれた。
「何をしたの?」
僕自身もこれが魔法なのかスキルなのか分からないけど、僕が作るゴーレムもどきは、かなりの高度な魔法技術がないと出来ないって言ってたし、使うときはスキルって説明しないといけないのがイチイチ面倒くさい。
……確か、え~っと、タレントスキルって言えばいいんだっけな。
「これは僕のタレントスキルだよ。今からゴーレムを召喚するから、少しの間だけ待っててほしいな」
「無理。なんで待つ必要がある」
シュッ!
鎌を掴んでいた手の力を緩めた瞬間に、リリーシェが高速で移動した音が聞こえた。首元が少しだけ安全になったけど油断はできない。
……それにしても、リリーシェは僕のちょっと待った作戦に乗ってはくれなかったか。だけどそれに悔いている暇なんてない。悔やんでいる暇があったら必死にリリーシェを探すんだ。
どこから攻撃してくるのかが予想できないこの状況では、首だけに力を集中させるのは危険だな……。
あぁ! 今ほど召喚までの少しの時間が長く感じる事はないよ! こうも死の恐怖が迫っていると、時の流れは遅くなるものなのか!?
「違和感、あった? 時間が過ぎるのが遅いって思ったでしょ」
「っ!?」
ガキンッ!
「やっぱり異常なまでの強度。次はもう狙わない」
突然リリーシェの声がしたと思った瞬間、リリーシェの鎌が僕の首に当たり、重々しい衝撃音が鳴り響いた。もし一瞬でも首の方の力を緩めていたら死んでいた。
それよりも、さっきのリリーシェの発言はどういう意味なんだろう。確かに少しだけ時間の流れるスピードが遅いとは感じているけど……。もしかして、これはリリーシェの仕業なのか!?
「リリーシェ! 僕に何をした!」
僕がそう言うと、高速で動いていたリリーシェが動きを止めたのか、周りから聞こえていた音と微風がやみ、リリーシェが僕の目の前に現れた。
「冥途の土産に教えてあげる。だけどその前に、確認したい事がある。お前はろくにマナの扱いも出来ないと見ているから、練技の一つも扱えない。あってる?」
「ま、まあそうだけど」
冥途の土産って……。本当に僕を殺すつもりだ、これ。
「宝の持ち腐れ。未知のマナの性質を生かせていないのは勿体ない。私はこの目でお前のマナの扱いや、そのマナを生かした戦い方を見たかったから、本当に残念」
「それは悪かったね。それよりも、リリーシェがやった事を教えてほしいな」
もしリリーシェが意図的に、時間の流れを遅くしているのなら、少しでも時間を稼いで、召喚までの時間を稼がないといけない。
「練技・領域、練技・拡大、時間の流れを遅くする魔法のスロウ。この三つを組み合わせたスキル【スロウエリア】。私が作った領域にいる限り、その光からゴーレムが召喚される時間も遅くなり、お前の動きも遅くなる。これが感じていた違和感の正体だよ」
なんだそれは。領域? 拡大? スロウ? スキルっていうのはもっと簡単なものじゃないのかな? リリーシェが言っている事が本当なら、フレイムエッジ! とか、ブリザードスラッシュ! とかそういう感じで簡単に発動できるってわけじゃなさそうだな。
さっきから立ちっぱなしで動いてはいなかったから、本当に時間が遅くなっているのか確かめるために足や手を動かしてみたけど、確かに自分では普通に動かしているつもりなのに、体の動きは鈍い。
これが魔法……! いや、スキル? どっちでもいいけど、この世界に来てから初めてまともに魔法っぽい技をくらった! 少しだけテンションあがる!
「やっぱり期待外れ。こんな状況でも余計な事を考えているの?」
普通に感動していたところに、リリーシェがゆっくりと歩きだして僕の方へ向かってきた。どうしてさっきみたいに、素早く動かないんだろう。よく見ると肩で呼吸しているような……。なんだか必死に悟られないようにしながら呼吸をしているようにも見える。
もしかして、疲れてるのかな? でもこれだけの超人的な力を持っているリリーシェがそんな簡単に疲れるはずはないと思っているけど、もしかして……。
ガァン!
「ちっ」
鎌の届くリーチまで来たリリーシェが、僕の首へ向かって全力で攻撃してきた。さっきはもう狙わないって言っていたのに、お構いなく攻撃してきた。僕があの言葉を鵜吞みにしていたら今度こそ死んでいた。用心深いって良い事だね。
攻撃を終えたリリーシェが、らしくもなくバランスを崩して地面に倒れそうになったが、鎌を僕の首に引っ掛け、それを支えにして態勢を立て直した。僕の首の扱い方がさっきから雑だ。
「リリーシェ、もしかして疲れてる?」
「ナメないで。私は別に疲れてなんていない」
ローブのせいで表情が見えないから、疲れているのか いないのかっていうのが顔を見て判断できない。でもさっきよりもペースを早くして肩で呼吸をしているから、疲れていないっていうのは嘘であるはずだ。
「はやく死ね。私に殺されろ」
少しだけ怒ったような声でリリーシェが僕に言い放った。恐らくは疲れているから早めに勝負を決めたいんだろう。このまま持久戦に持ち込めば僕に分がある! このまま耐えるぞ!
「はぁ…はぁ…。練……、技・装甲破壊!」
僕の首の左側に突き立てていた鎌を、場所を変えるかのようにリリーシェが回転し、今度は右側の方に向けて攻撃してきた。
……少しだけ、さっきより若干ではあるけど痛み、というよりも何かが当たったなという感覚が伝わって来た。おかしい、首の方にはまだ力を集中させているはずだけど……。
「首を飛ばせば一撃なのに。これでもダメ。でも……!」
装甲破壊……。まずいっ!
「考えを……、はぁ……、改める。一撃で仕留めなければ良い」
遅かった。嫌な予感がして首の方に集めている力を分散せようと思ったのに、先に攻撃を仕掛けられる! くそ、どうしたら……!
リリーシェが大きな鎌を回転させながら、半月を描き、回転の勢いを乗せたまま僕の左腹部に向け全力で攻撃した。到底 僕はその攻撃速度に対応できるわけもなく、直撃。もろに攻撃をくらってしまった。
「ぐっ! しまった!」
僕は攻撃された場所を手で押さえるようにして、地面に膝をついた。
やっぱりそうだ……。 装甲破壊っていう技はゲームでいう防御無視の攻撃だ。力を集中させていない箇所は当たり前だけど、脆い。その上から更に防御を崩して攻撃してきた。
痛い。かなり痛いけど、まだ何とか戦える……!
「あり……えない。どう……して、全力で攻撃したのに……耐えられる」
かなり息を切らしたリリーシェが僕に問いかけている。素早く動いていたときよりも、かなり疲れているように感じるけど、やっぱり練技っていうのはかなりの体力を消耗するのかもしれない。
確かリリーシェは、領域と拡大と装甲破壊っていう練技を使っているから、消耗もかなり激しいんだろう。練技による消耗がどれほどまでのものなのかは分からないけど、かなり辛そうにしているのを見る限りは相当なものなんだろうな。
「時間切れ……。さすがに……苦しい」
――ん? なんか一瞬だけリリーシェの周りから広い範囲に円状に広がっている物が見えた。その後、収縮するかのようにリリーシェの方へ向かっていった。もしかして、円状に広がっていたのが領域の範囲なのかな? 少しだけとはいえ、視認できたのは大きなアドバンテージだ!
この円の範囲から抜ける! 僕は足に力を集中させ、そのまま闘技エリアの端の方へ全力でダッシュしてリリーシェとの間合いを一気に開ける事に成功した。
あの時みたいに後ろに回り込んでいるんじゃないかと思ったけど、さっきの場所に突っ立ったままリリーシェは動いていない。そうとうガタが来ているっぽいな、これは。
それに、召喚したゴーレムもどきの光が段々と実態を表すかのように形を形成していっている。もうそろそろで戦況が変わる! いける、いけるぞ! リリーシェに勝ってAランクの冒険者になれる! なんならスロウエリアの範囲外のここなら、シラユキから受け取ったこの剣を使って、もう一体召喚できる!
追い打ちじゃー!
「来いっ!」
……僕の思いは届かず、あのとき見た、純白の鎧の騎士は現れなかった。
あれぇ?
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
はぁ……、はぁ……。思った以上に消耗が激しいみたい。やっぱり術技はマナの消費が激しくてまいっちゃう。
並みの術技なら問題ない。だけど、かなりの集中力を要する練技の【領域】。練技の技範囲を広げる【拡大】。智慧魔法の【スロウ】。これを組み合わせた術技【スロウエリア】
普段なら、動きを遅くした相手を一方的に攻めて、一撃で決める場合は首を斬り落として戦いを終わらせるから問題ないのに、こんなに持続してスロウエリアを使った事がないから辛い。
ソウタ。この人はおかしい。私の中で前例がない。硬すぎる。
……、でもそこが面白い。
さっきまで興味をなくしていたけど、少しだけ私の中でソウタに対しての興味が上がって来た。でもせっかく興味が戻って来たのに、次の一撃で死ぬのが惜しい。
装甲破壊。本当はこれ以上の練技の使用は、マナの消費が激しすぎるから避けたいけど、この際 体が壊れてもソウタを殺すためなら。
終わり。残念だけど、さよならしなきゃ。
ガァン!
平気な顔してる。つい舌打ちしちゃったけど、ここまでは想定内。一撃で倒したいって事にこだわって首ばかり狙っていたけど、こんどは違う場所を攻撃する。
今度こそ、確実にっ!
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――…
――ダメ。普通の人なら確実に死ぬ攻撃なのに……。ありえない。なんで……。
つらい。召喚された光は領域内に入っている。だったら拡大と装甲破壊の練技の発動をやめる。流石にもう無理。
私が領域の範囲を狭めた事を察知して、ソウタはここぞとばかりに、スロウエリアの範囲から抜け出した。かなり速い。あのスピードは私が後ろに回り込める速さじゃない。
そもそも今は追いかける体力が残っていない。興味がなくなっていたのに、悔しいけど、また興味を持ち始めてしまった。
ソウタ、この人はマナの扱いこそ全然だけど、不思議な力があるのは確か。あとはその力をどう扱うのかを確認するだけ。
……そろそろ、このゴーレムも召喚されそう。だったらもう無駄にマナを消費しなくていいかな。スロウエリアを解除しよう。
たかがゴーレム。もし召喚したとしても、意識はゴーレムを操るためにそっちに向くはず。だったらソウタ本人は無防備。何もできない。
第二ラウンド。もう疲れはない。さあ、本番はここから!
【スロウエリア】
領域内にいる対象の時間の流れを遅くする。
遅くできる対象はどんなものでも可能。だがマナの消費量が膨大なため長時間使い続ける事は難しい。リリーシェはスロウエリアを発動させながらも高速で動いていたため、相当体力を消費していた。
【練技・装甲破壊】
装甲が硬い(防御力が高い)相手の防御を崩し攻撃する、いわゆる防御無視攻撃。
防御が低い相手には、その防御力を更に低くして攻撃する。とりあえず使えば便利な練技
体力の消耗は多いほうなので、むやみやたらに使ったら自滅する




