020.殺意
リリーシェと呼ばれていた子を背中に乗せて歩いているだけで、何故か道が開いていく。
何かがおかしい。これは異常だ、異常に違いない。
ソウタが今、背に乗せている子はきっと危険な人なんだ。
そういえば思い出した。受付嬢……ではなくてアーニャさんって呼ばれていた人物。
あの人がAランクの試験官は危険な人と言っていたが何か関係があるのだろうか?
普通の人だったらこんなにも周りから畏怖の念を感じる事はないはずだ。
なぜこんなにも避けされるのだろうか。
もしかしたら小柄な感じで実はめちゃくちゃ強面だったりして。
一体どんな容姿をしているのだろうか。それだけが気になって仕方が無い。
「静止。足が止まってる。はやく歩く」
それに何なのこの喋り方、少しだけ可愛いし。
ソウタが作ったキャラにもこんな喋り方をするキャラはいる。
もしかして自分が作ったキャラクターなのかと思った。
だがリリーシェなんて名前は知らない。
「え~っと、案内がないと歩こうにも歩けないんですよ」
「案内? そうだった」
ソウタは再び太ももをゲシゲシと蹴られ、はやく歩けと促された。
まるで馬扱いだな、こりゃあ。
「名前。教えろ」
今回は早い段階で名前を聞かれた。正直また名乗るのを忘れかけていたから向こうの方から聞いてきてくれたのは助かった。
「僕はソウタっていいます。よろしくね」
「把握。短くて墓石には刻みやすい名前」
「え?」
(墓石……? 何を言っているの、この人は)
「止まるな。歩け」
「さっきからじみ~に痛いですって!」
「喋るな。足だけ動かす」
ゲシッ!
「だからそれ、痛いんですって!」
ゲシッ!
「すみませんでした」
ゲシッ!
(ムカーッ! なんなんだよこのリリーシェって子は!)
ソウタは何度もいいように太ももを蹴られるのに若干苛立ちを覚えた。
思い通りにいかなかったらすぐに手を出す子供のようだと。
確かにそこに少しは可愛げを見いだせてはいる。
だが節度という物がる。何度もやられるとちょっとだけ不快だ。
◆
――コツン。
――コツン。
大理石が敷き詰られた床を歩く音だけが木霊する。
人っ子一人もこの場にはいない。
原因はやっぱりこのリリーシェっていう子だろう。
この現状だけでも、どれだけこの子が危険視されていて恐れられているかが分かる。
今からこの子と戦うんだよね。
ソウタは普通に怖くなってきた。
「そこ。真っすぐ」
「結構長い廊下だね。この先が闘技エリアになっているの?」
「偉い。今度は止まらなかった」
「そう何度も蹴られるわけにはいかないからね」
「不要。いまは喋らない」
リリーシェの体が動いた。
ずっと右足で蹴られているから、少しだけ体を左に流して衝撃を受け流そう。
「浅はか。お見通しだ」
「すびばぜんでじだ……」
ソウタの肩から力なく垂れていた手に力が入り、一気に首を絞めてきた。
リリーシェはソウタのかすかな体重移動を感じてすぐに手法を変えた。
この対応力、結構なやり手だ。そうに違いない。
そうこうしている間に廊下を進んでいたら、だんだんと大きな扉が見えて来た。
これは……。ソウタの目の前に見覚えのある扉があった。
取っ手とかが無いのを見る限り、転移の扉と同だ。
「降ろせ。ここが闘技エリアの前だ」
ソウタは背中に乗っていたリリーシェを降ろした。
やっと理不尽な暴力から解放される。
背中ごしからコツコツと足音が聞こえ、何故か去り際に足を弱く蹴られた。
やはり理不尽な暴力だよねこれ。
だがそんな事はどうでもいい。やっとリリーシェの容姿を見る事ができた。
……と言っても後ろ姿だけだけだが。
まず一番に目に付いたのは、背負っている大きな鎌のような武器。三日月のような刃をしているのが特徴的だ。
(あんなものを背負った少女? をソウタはおんぶしていたのか……)
次に全体像。
後ろ姿だけしかまだ見れてないけど、リリーシェは漆黒のローブを羽織っていた。
顔のほぼ半分が隠れているので一番気になる顔は確認できなかったが、辛うじて髪型までは確認できた。チラホラと左右に薄緑色の髪が揺れている。サイドが長いパターンの髪型だろう。ソウタが好きなタイプだ。
背が低いのかローブが長いのかは分からないけど、ローブの先の方が、地面スレスレの所で止まっている。ローブの端のほうには薄紫のストライプ模様が入っている。
リリーシェの後ろ姿を観察していると転移の扉が開いたときと同じように、目の前の扉が光りだし、ゆっくりと大きな扉が開いていった。
ソウタが関心しているさなか、リリーシェの体がソウタの方を向いたと同時に所持していた大鎌がソウタの首筋にピタっと張り付いた。
「一回目。お前は私に一度殺されたも同然だ」
冷や汗が止まらない。一切無駄のない動きだった。
リリーシェが動いたと思った瞬間、ソウタの首には鎌の刃が当たっていた。
リリーシェの言った通り、場所や状況によってはソウタはこの瞬間に死んでいただろう。
「容赦はしない。今からお前と私は戦いと言う名の殺し合いをしに行く。闘技エリアでは何の躊躇いもなく殺りにいく」
かわいらしい声で恐ろしい事を口にしないで!
下に着ている服の襟で口元が隠れていて、尚且つ深々とローブも着ているため表情が上手く読み取れない。だがそんな状態でも伝わる凄まじい殺気。
この子のこの異様な雰囲気は一体なんなのだろうか。
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―――――
――
…
ここが闘技エリアか……。室内闘技場って感じの場所だ。
見た感じ、まんまコロッセオとかに近い雰囲気だけど、試験以外で他に使用用途はあるのだろうか。闘技エリアって言うくらいだから、闘技試験を行う以外にも、何か戦い関連のイベントごとで使われていそうだ。観客席もある。
「ややっ、リリーシェさん! 久しぶりに試験官として戦うんですか?」
「違う。試験官として戦うんじゃない。殺し合いをしに来た。あと私の間合いに入るの厳禁。殺すよ?」
「す、すみません……。でもリリーシェさんが殺し合いをしに来たって言う事は、あの挑戦者に期待しているんですか?」
「期待はしてない。……していないのかな? よくわからないけど、少し変わった挑戦者だから気になっている事は確か。それに伴って確認するべき事がある」
闘技エリアの方から男の人が出てきて、リリーシェに話しかけている。というか、これ冒険者登録をするための試験だよね……? 殺し合いをしに来たってどういう事だ。
「ソウタ。そろそろ始めよう」
リリーシェがさっそく戦闘態勢に入ろうと、武器に手を伸ばしていた。
ちょっといきなり過ぎるから色々と整理をさせてほしい気持ちがある。
「ちょっとまって! 色々聞きたいことがあるんだけど、まずこの男の人は誰?」
「審査官。闘技試験では試験官と試験者の戦いを見て、受けたランクに相応しい実力かどうかを判断する役割の人。他にあと二人いる。さあ殺ろう」
本当だ。さっきの男の人の他に、観客席らしき場所に二人いる。
「二回目。私の前でよそ見をするなんて、そんなに死にたいの?」
いつの間にかリリーシェがソウタの後ろに回り込んでいた。
そして先ほどと同じようにソウタの首筋に鎌の刃を当てていた。
審査官を確認するために目を離した一瞬の隙をつかれたのだ。
「ちょっと待って! 僕が戦闘態勢を取る前にいきなり始めて不意打ちをするなんてちょっとズルいと思う! それに審査官さんも……」
あれ、さっきまでそこに居た審査官の人がいない。
ソウタは観客席の方に目をやって、さっきの人を探した。
「……いた! 凄い、この一瞬の間に移動したのかな?」
さすがはAランクの試験を見る審査官だ。見る側の実力も高くないと強さは判断できないから、あの人たちの実力はそうとう高いと見た。まあ、当たり前っちゃ当たり前の事か。
「試験中。余計な事を考える暇があるなら剣を取れ」
「手厳しい試験官だ!」
このままだと本当に殺されかねないから、まずは首に当てられている鎌もといリリーシェから距離を取らないといけない。間合いを管理するのは戦闘の基本だ。
ソウタはとりあえず前方に全速力でダッシュした。
足に力を込め、リリーシェから遠ざかるように思いっきり踏み込んだ。
地面を蹴った際の衝撃で軽く地響きが起こった。
その様子を見ていた審査官とリリーシェも流石に面を食らった様子だ。
ソウタは相手との距離が十分離れたのを感じ、後方を振り返る。
そしてその間合いで出来る事を考えて次に打つべき手を考えよう。
――その手立てだったのだが。
「……あれ?」
「三回目。この程度の速度じゃ私から距離はとれない」
(う、嘘だろ……?)
リリーシェは全力のソウタの速さに動じることなく、またしても背後を取っていた。
そして大鎌をまたしてもソウタの首筋へピタリと当てる。
さっきからやっているこの行動には何の意味があるんだ?
ソウタは当然の疑問を覚えた。
さっきからずっと攻撃しないで寸止めを続けている理由……。
ソウタはここで気づいた。
まさか、いつでもお前を殺せるぞっていうアピールなのかと。
だがそうだとしたら……猶更気になる事がある。
これは試験という形式上、どちらかが勝たなければならない。
こんな絶好のチャンスをなぜそう易々と逃すのだろうか?
リリーシェは口では殺すとか、殺し合いをしようとか言っていた。
だが実際は殺そうとはしていない。
あの発言はリリーシェなりの冗談だったんだな。とソウタは結論付けた。
(僕も僕で何でリリーシェの言葉を信じていたんだろう。
殺すだなんてそんな物騒な事を実際やるわけないじゃないか。過去の僕はバカだな~)
「ずいぶんと優しいんだね。殺せるのに殺さないなんて」
「勘違いするな。私が後ろに立った時点で、ソウタは私に殺されたも同然」
すっかり気が抜けたソウタだったがやはり何かピリピリとした空気は感じていた。
冗談を言っていたつもりだったんだろうけど、リリーシェからはどこか本気っぽい殺意をずっと自分に向けられてる気がしてならない。
「優しいから殺していないわけじゃない。私は既に、ソウタを三回は殺している」
はい? 僕は死んでいないけど……。
「リリーシェ、僕は生きているから殺せていないよ?」
「猶予を与えていた。三回目までは待ってあげている。だから次はない」
「ゆ、猶予……? どういう事?」
「品定め。私からの死の宣告だと思ってほしい」
「そんな事いわれても……」
段々とリリーシェが言っていた、殺すという言葉が冗談とは思えなくなってきた。
ピリピリした空気がより一層強くなっていているような気がする。
ローブの下の顔がどんな表情をしているのか分からないが、今物凄い視線を送られている気がしてならない。鋭い眼光で睨みつけられているような……。
――マズイ、このまま試験を続行したら本当に殺されるかもしれない。
並々ならぬ殺意が、ソウタの背中越しから感じられている。本当にマズイ。Aランクの試験官は危険って言っていた意味がようやくわかってきた。
「リリーシェ! ちょっと待って! よくよく考えたら僕って、半強制的にリリーシェに連れられてAランクの闘技試験をやらされていると思うから、やっぱりSランクで闘技登録を……!」
ソウタの発言を聞いた後、何故かピリピリとした空気がスッとなくなった。
と、同時にリリーシェから感じられていた殺気も消え去った。
だがそれと同時に。
「四回目。今の発言で私がソウタに対する興味と関心を失った」
「え?」
「残念だ。ソウタ、お前は」
首に当てられていた鎌がかすかに動いた。
「期待外れだ」
「ぐっ……!」
ザンッ!
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