001.エディット画面
――意識が遠い場所に吸い込まれる感覚に陥ってからどれくらい経った?
そう思ったのも束の間、ソウタはここが現実世界じゃないという事に目が覚めてから10秒も掛からない内にそう確信できた。
なぜならソウタは今、よく遊んでいたクリエーション・キャラクターのエディット画面によく似た場所にいるからだ。
「……ん? これは夢かな?」
ゲームではキャラクターが左側の大きいウインドウに表示される。
だが今はソウタにそっくりな男性が表示されていた。
右側のウインドウには本来大量に並べられたエディットパーツがズラズラと表示されているはずだが、それらしき物は見当たらない。
「なにこれ、VR版クリエーション・キャラクター的な?」
何はともあれ、いきなりすぎる展開だ。
夢ならば覚めて欲しい。
なぜなら僕にはまだ作らなければいけない大量のオリキャラ達がいるからだ。
ソウタは一刻も早く夢から覚めたかったが一向に覚める気配がなかった。
ベタではあったが、頬を叩いたり、皮膚を抓って痛みがあるか確かめた。
――そしたら痛みを感じた。
その瞬間、これは夢じゃないんだと悟った。
「……なんだこれは、なんなんだこれは!」
ソウタは怒号と哀気が混ざったような声でそう言い放つ。
意外とすぐ冷静になれたものだから、情報を整理してみた。
(恐らく僕がいまいるこの空間は、ファンタジー小説とかでよくみた『あなたは死んだので、特別な力を与えましょう』的な事を言われる空間だと思う。だけど定番の特別な力を与えてくれそうな女神様とか神みたいな存在は確認出来ない)
今この場に見えるものは自分の容姿が映ったウィンドウだけ。
……しかし、客観的に自分の容姿を見ると普通にイケメンだ。
ソウタはナルシストかと言わんばかりに急に自分の外見を観察した。
そうでもしないと気分が落ち着かなかった。
身長はまあまあ高め。少し筋肉質で顔はまあまあ良いほう。
見た目は中の上くらいだと自負している。
ソウタは昔から良く「そのくるんと上に向いている長いまつ毛うらやましー」と、会う人会う人に必ずといいほど言われていた。
髪の色も、若干茶色かかった黒髪という特徴もしっかり反映されている。
顔まわりの再現が凄い。そう感心してしまった。
その他のソウタの身体的特徴は、映し出されているウインドウの左側の小窓に【藤林 創太】【年齢19歳】【身長178cm】【体重67kg】と表示されている。
凄い、この情報まで僕と一緒だ。本当になんなんだろうか、この空間は。
ソウタは先ほどまで嘆き悲しんでいたが、素直に関心してしまった。
ソウタは他に出来る事がないかと確認したところ、容姿もゲームと同じようにエディットする事が出来そうだなと感じた。
恐らくこれは予想だが、右側に大量に表示されている空き窓にパーツが追加されていって、それを自分の体に付けたりする事が可能になりそうだと思ったのだ。
「スキル的な物もないか見てみるか」
ファンタジー小説で良くよんだ、言わば特殊能力的な奴だ。
ソウタの予想通り、良く観察していくと【スキル】という項目のウインドウがあった。
自分のスキルを確認すると、あのメールと同じ【創造】という文字が表示されていた。
「創造……? なんだろうこのスキル」
特に説明が出るわけでもなく、ただ文字だけが表示されている。
説明があってもいいと思うのだけれど……。
とにかく今の段階で分かったことは、創造という謎スキル持ち。
容姿は現実世界と変わっていないという事くらいだ。
「折角だから目の色くらいは、茶色から紫色に変えてみようかな」
恐らくこの流れ的に今から異世界に転移すると思う。
だから目の色だけは日本人らしさを無くしてみよう。
ソウタは少しだけ自らの体を弄り、眼の色を紫色に変えた。
ソウタは覚悟を決めた。
もう現実世界に戻れないのなら、思う存分楽しんでやろうと。
もう自分が思い描いたキャラクター達を作れないのかと思うと、現実世界への未練が完全に断ち切れない。だからここは思い切って割り切ろうと思った。
「さらば、僕のキャラクター達よ」
若干の希望があるとしたら、異世界で何かを成し遂げれば元の世界に戻れるかもしれない。
それだけを期待して、ソウタは異世界への転移を潔く受け入れる事にした。
「もしもーし、一応キャラクリ的な物も終わったから、そろそろイベント的な何か起こしてもらって結構ですよー!」
居るかどうかわからない女神様的な何かか、神様的な何かに語り掛けてみるけど特に返答があるわけでもない。
うーん、どうしたものか。
なんとかしてこの空間から抜け出せないものかと思い、もう一度色々と探してみると、エディット画面らしき空間に【解除】という文字が浮かび上がっていた。
「解除……? なんだこれ」
そう言葉に発した瞬間、ソウタの周りを包んでいた霧のような不思議な空間が一気に晴れた。
そしてまた、段々意識が遠のく感覚に襲われた。
……何時間くらい意識が飛んでいたんだろう。
そう思えるほど良く眠っていた気がする。
あの出来事が夢だったんじゃないかと考えてもいた。でも、目を開けて飛び込んできた景色を見て、さっきの出来事は夢ではなく現実だと確信した。
そしてソウタはもう現実世界には戻れないと思った。
それと同時に自分は本当に異世界に転移したんだと思い知らされた。
なぜならソウタの目の前には、現実世界じゃ到底考えらえれないような巨大な獣。しかも二足歩行だ。
そんな化け物が立っていた。
手に持っている大きな棍棒を今、ソウタに振りかざそうとしていた。