010.私の部屋に来い ~シラユキの想い~
「ほい、これが今回の報酬。金貨2枚と銀貨8枚!」
本来ならクエストの報酬はギルドの受付嬢が渡す役割だ。
だが今回はご機嫌なドーンレアルが直接、報酬金の入った袋を持ってきた。
ドーンレアルが袋を渡した直後、彼はシラユキに耳打ちをした。
何を言われたのだろうか。ドーンレアルがまだ何かを話しているというのに、何故か途中でシラユキが彼の顔を手で押しのけている。
それに何だか息を乱しているように感じた。
「お~い、シラユキ。何でそんなに息を荒げているんだ~?」
その様子を見たソウタはすかさずシラユキに声を掛ける。
「べ、別に大した事ではない」
「あぁ、俺がこの金でお前とデートの一つや二つやってこいって言ったんだよ」
ドーンレアルがゲラゲラと笑って先ほど言っていた内容をソウタに伝えると、シラユキが慌てるようにソウタの場所へ向かって来た。
「おいソウタ。ここは落ち着かない。私の部屋に行くぞ」
「!?!? え、シラユキさん?
お部屋でナニをするおつもりですか!?」
あまりの突然の発言に、ソウタは突っ込みせざるを得なかった。
「ヒュー! 大胆だねぇシラユキ~!」
ドーンレアルがそう言うと、シラユキは袋の中から銀貨を一枚取り出す。
そしてそれを、そのままドーンレアルの口に向かって放り投げた。
ンゴッという声と共にドーンレアルは倒れた。
何という投擲技術だろうか。
ソウタはその事に関心しながら、シラユキに腕を掴まれたまま階段の上る。
周りからのキャー! と言う声を聞きながら部屋のほうまで連れていかれた。
「の、覗かないからベッドを壊さない程度にな~!」
「うるさい、黙れ」
ドーンレアルの冗談にシラユキが冷たく呟き返した。
――部屋に連れてこられたはいいものの、これからナニされちゃうの?
正直、内心期待している。
だって、今部屋で顔を赤らめたシラユキとベッドの前にいるんだもの。
「シラユキ、何で僕を部屋に連れて来たんだい?」
「……ソウタ」
そう言うと、シラユキはソウタの体を押した。
押したがピクりとも動かなかった。
押し倒しに失敗したシラユキは、恥ずかしそうにしながらも、
目をギュッとつぶり、体重を乗せながらグイグイと押してくる。
その後もずっと沈黙の中、ソウタをベッドに押し倒そうと両手で体を押している。
そのうち伸ばして押していた腕を折りたたむようにして、体を密着させてきた。
あ、柔らかい……。っていかんいかん!
一体これはどういうイベントだ!
どうしてこうなってしまったんだ!
柔らかい……。
じゃなくて、状況を説明してもらわないと。良い匂い。
「あの、シラユキ? これは一体なんの真似?」
ほぼ密着しているシラユキに高鳴る鼓動が聞こえていないか気になってしまう。
それにこの状況だ。僕も男だし、流れに身を任せそうにもなった。
でも何でこんな行動をとっているのかと説明してもらわないといけない。
続きはその後で……。
「わ、私は強引なんだ。
いいから早く私に押し倒されろ。話はそれからだ」
正直な事を言うとソウタは、ほぼ全てのキャラクターの服の下を幾千万と想像して来た。もちろんシラユキもその対象に入っている。だからこうやって密着されているとき、服の下の状況とか色々と映像化された情報がソウタの頭に流れている。
しかも触れる、触れられるというのもあって画面越しで見てただけとは話が違う。今、実際に一人の女の子が密着しているから直にその柔らかさとかを感じられている。
このままだと色々とソウタのソウタが危ない。
なので言われるがままシラユキを上にしてベッドに倒れた。
(……顔が近い。本当に僕はこのまま、シラユキと?)
こんなに早くこういうイベントが来るとは……。
こう、もう少し関係性を温めてからくるものだと思っていた。
だから完全に不意をつかれてしまった。
正直どうしたらいいのかわからない。
ソウタはこちらを真剣な眼差しで見つめるシラユキの顔を見た。
ほぼゼロ距離と言っていいだろう。
ソウタの顔のすぐ真上にシラユキの顔がある。
そんな至近距離でシラユキを見たソウタ。
可愛い顔。美しい髪。何もかもが完璧だった。
完全に親バカモードに入ってしまったソウタはもはや周りなど見えない。
シラユキにだけ集中してしまっている。
ソウタはこの世で一番可愛いのは自分が作ったキャラクターだと答えられるほどに、自身が手掛けたキャラ達が大好きだ。
だからこそ実際に目の前にいるのなら触ってみたい。
その肌の感触を。生きていると感じられる温もりを。
画面越しではなく、直接シラユキが居る喜びを感じたい。
そう思っていると、無意識にシラユキの髪に手が伸びていた。
「綺麗な髪だ……」
そしてそのまま、シラユキの頬へ手が進む。
一瞬だけシラユキがビクンと震えた。
「あ、ごめん……」
「いや、そのままで……良い」
ソウタはシラユキの頬に手を添えている状態になっていた。
だが恥ずかしくなったのか、シラユキはソウタの手を払いのけた。
そしてそのまま、ソウタの上に体を完全に密着させた。
「ソウタ、正直に言ってほしい。本当は私の事を全部知っているんだろう?」
顔のすぐ真横でシラユキにそう言われた。
態勢も態勢だから、シラユキがどういう顔をしているのかを見れない。
そればかりは残念だけど、少し体温の上昇を感じる。
あっちもあっちでそうとう照れているんだろう。
ソウタはそう考えつつ、シラユキの質問に答えを返した。
「知っているって、シラユキの事を?」
「そうだ」
「……会ったばかりだし、シラユキの事はまだ全然知らない事が多いかな」
「……でもソウタは! ソウタはまるで、私が次にとろうとする行動を全部知っているかのように先回り、先読みしていた! それに、それだけじゃなくて……耳の事まで……。それは一体どうしてだ!? 知らないじゃ納得がいかないぞ!」
シラユキに魔石で気絶させられた事。ストロングオーガの討伐の事。戦う力がないシラユキをまるで庇うかのようにアルディウスと戦った事。耳の秘密。確かにシラユキからして見れば、自分に都合の悪いことが全部ソウタの手によって何とかなっているって状況だ。
だがこれは全部、シラユキに今のままでいてほしいと思っているソウタの贔屓によって起こされた状況だった。だが、それが却ってシラユキにこういう行動をさせるまでに思い詰めさせていたのかと、ソウタは気づいた。
「ストロングオーガの討伐をシラユキの手柄にさせた事とか、アルディウスと戦おうとしていた君を僕が庇った事とかで色々と気にしているんだな」
シラユキは顔の横で、小さくコクコクと首を振った。
「でもよくよく考えてみてよ。依頼の件だって、元々は君がこなすべき仕事だったから、僕がその報酬を受け取るっていうのもおかしい話だろ?」
「……でも、実際に倒したのはソウタだ」
「そうかもしれないけど、君はギルドの皆から愛され信用を得ている。しかもシラユキは強いんだろ? 絶対的な強さの象徴だ。こんな無名でなんの実績もない男がストロングオーガを倒しても僕からしたら何の得にもならない。だから君の為を思って僕は討伐依頼の手柄をシラユキ、君の物にしたんだ」
「強くなんてない……」
「シラユキ?」
シラユキは今にも泣きそうな顔だった。
瞳に涙をため、体を起こし、ソウタを上から見つめる。
「……ソウタは、弱い女の子は嫌い? 私は本当はソウタみたいに強くなんてない。虚勢を張っているだけ。あのオーガを見た時だって逃げようとした弱い女の子なの」
「シラユキ……」
ソウタはこれ以上は何も言わず、静かにシラユキの言葉に耳を傾けた。
「アルディウスと戦おうとした時も、震えて動けなかった……」
シラユキは続ける。
「気絶したソウタを守っていた時、
モンスターに襲われないか心配だった……」
シラユキの声が震えている。
「私の強さは全部偽りなの……! 嘘で塗り固められた偽りの私。泣き虫で、臆病で、本当は怖くて受けたくもない依頼だって、偽りの自分を守るために渋々受けて来た……」
ソウタはそっとシラユキの頭をなでる。
「ずっと辞めたいって思ってた。でも偶然に偶然が重なって、
何事も上手くいって、引くに引けなくなって……」
シラユキは弱々しい声で、思いを告げる。
「そう思っている時に、ソウタに出会ったの。強くて、かっこよくて……。それに何だか私と喋っている時でも、楽しそうに喋ってくれて……。この人は他の人と何か違うなって思った」
シラユキはソウタに訴えかけるように力強い眼差しを送る。
「ねえ、ソウタ。やっぱり私はソウタに本当の自分を見てもらいたい……。私ね、凄く嬉しかった。本当の私の事を知っていながら、偽りの私をを演じている方が好きって言ってくれた事とか、とても嬉しかった!」
「……」
「だから私はソウタの想いに応えようとして、偽りの私を演じて行こうと思った! でもやっぱりムズムズしちゃうの! 本当の私を知っている人の前でどうして自分を偽らないといけないのって!」
シラユキはダムが決壊したかのように、瞳に貯めていた涙が零れ出た。
その涙の一粒一粒がソウタの頬へと落ちていく。
シラユキの苦悩が詰まった涙を肌で感じたソウタは、静かに目を閉じる。
「ソウタは強い女の子、偽りの私の方が好きなんだなって思って……。それで私、アルディウスが狂乱を発動させた時、本気で止めようかと思った。でも、出来なかった……! 私はやっぱり弱いんだって。ソウタの期待には応えられないんだって知っちゃったの!」
「シラユキ、僕は……」
「ねえ……ソウタは本当の私は嫌い? 弱くて、泣き虫で、臆病な私が。本当の私が嫌いだから知らないふりしているの? 私ね、ソウタにだったら今みたいに接して行きたいってずっと思っていたんだよ? でもソウタが望むならって思って……!」
……ソウタは決心した。
ここで。今このタイミングで素のシラユキと向き合うべきなんだと。
自分の贔屓でこんなにも追い詰めてしまっていたんだな。
その零れ出る涙と苦悩の表情を見て、ソウタは理解した。
「……ソウタ?」
ソウタは優しくシラユキの目に貯まった涙を優しく指で拭った。
そしてシラユキを自分の方に寄せ、静かに優しく抱きしめた。
「どのシラユキも好きだから、僕にとってどの君を選ぶかって言う選択はとても難しかった。でも今は違う。今の僕は本当の君が、シラユキが好きだよ。弱いとか強いとか関係なくね」
「ソウタ……」
「シラユキ、僕は君の全てを知っている。だから僕の前では偽りの君じゃなくて、本当の君を見せてほしい」
「ソウタアアァ……!」
シラユキはソウタの体に身を寄せて思いっきり泣いた。
シラユキにその言葉がどう届いたかは自分自身にもわからない。
だが何も事情を知らないで言った時よりも、今、この場所でソウタから言われた『君の全てを知っている』という言葉は、今のシラユキにとって今まで溜め込んで来た不安や、ソウタに対しての本音を言えた事、そしてソウタの前で素の自分を曝け出す事が出来た事で、精神的に楽にさせた事は出来たはずだ。
シラユキ……僕に素を見せるか見せないかで、そうとう葛藤していただろうな。
今のシラユキを見て、ソウタは強くそう思う。
「え、えへへ……。ソウタには役を演じないでお話したいって思っていたんだ。今、やっとこうしてお話が出来て嬉しいな」
「君のその姿は誰にも見せたくないほど、とても可愛いよシラユキ」
僕たちはしばらく、心行くまで身を寄せ合っていた。




