104.本当の名
「私を……! 私を返せ!」
シラユキは突然、目の色を変えてイリューに襲い掛かる。
距離にして20メートルもない位置からの突然の攻撃だったが、イリューはものともせずそれを受け流した。直後後ろに回り込み、ソウタ達から遠ざけるように蹴り飛ばした。
「私の記憶が言っている……。お前の存在を許してはならない!」
シラユキは受け身を取り、すぐに体制を整える。
そして再びイリューに向かって矛先を向けた。
手には先ほどとは違い、剣が握られている。
ソウタはこの状況を見て、本気の殺し合いが始まると察した。
なぜシラユキがイリューをここまでして襲っているのかは不明だが、止めなければいけない。ソウタもすぐに臨戦態勢を取るが、お互いの攻撃が激しく。そして速すぎて仲裁に入る隙がない。
「おいおい……。一体どうしたっていうんだよ!」
シラユキとイリューの攻防は激しかった。
お互いに同じ技、同じ技術、同じ戦闘スタイル。
使う技も間合いの取り方も全て一緒。
鏡映しのような戦闘が繰り広げられている。
「お前のその技……やはり元は私のようだな。
体が覚えている。私の体自身がお前の存在を許してはならないと」
「イミがわからない。私は創造主様に創られた。
アナ、タのことはわからない」
「とぼけるな! 創造主様とは誰だ!
お前は誰に創られた! そして私は……私は一体なんなんだ!」
シラユキの激しい怒りを込めた斬撃がイリューに襲い掛かる。
しかしイリューはその攻撃をも見切り、そして反撃。
戦闘技術は同じでも力量の差ではイリューに分がある。
「答えろ!! お前の創造主とは誰なんだ! 私はそいつに会わなければならない! 私は……私という存在は……私は一体誰なんだ……! ぐ……ぐあああああ!」
シラユキの体の震えが激しくなり、またもや悶絶を始めた。
頭が割れそうになるくらい痛いのか、しきりに頭を抱えいる。
今、この場にいるのは本当にシラユキなのか?
ソウタは明らかに様子がおかしい彼女を見て疑問に思う。
こんな行動は明らかに異常だ。
やはり、姿を消してから何かに巻き込まれたのかもしれない。
「シラユキ! 何があったんだ!」
「創造主様、アブない」
戦闘が落ちついた二人の元へソウタが駆けつける。イリューがソウタの事を創造主と呼んだのを聞き、シラユキはソウタの喉元へ剣を突き刺すべく、立ち上がり攻撃をした。
だがその攻撃はイリューによって剣を弾かれ、事なきを得たがシラユキは続けざまにソウタを地面に押し倒し、馬乗りになりながら血相を変えて怒号をあげる。
「お前が……! お前が創造主か……! 私に何をした!!」
ソウタの喉を締め、ソウタの上体を上げながら問う。
「ハナれろ」
「邪魔だ!!!」
イリューはソウタを守るべくシラユキに攻撃を仕掛けるが、先ほどとは比べ物にならない程に力が増しているシラユキにイリューは吹き飛ばされる。
「落ち……着いて……シラユキ。 何が……あったんだ」
「私の名前はシラユキではない!! 私は……私は……ぐっ……!」
シラユキはまたしても苦悶の表情を浮かべながら頭を押さえる。
その一瞬の隙を見て、ソウタはシラユキの拘束から離れた。
一体なにがどうなっているんだ?
ソウタの頭の中はそれで一杯だった。
今僕の目の前にいるのはどうやらシラユキではない事は確定した。だが自分の名前を思い出そうとした場合や、自分自身の事について何か疑問に思った時、激しい頭痛を起こし、身悶える。
これは明らかに外部から何かをされ、記憶の操作を行われ何かを思い出そうとした場合に発動する魔法か呪いの類が掛けられているのかもしれない。
ソウタはそう結論付けた。
「ちょっとアンタ、大丈夫なの!? というかアレは本当にシラユキさんなわけ? アンタを襲ったり急にイリューに攻撃を仕掛けたりして私目線、あの人がシラユキさんには全く見えないわ。でも見えないとは言っても背格好がシラユキさんとイリューと全く一緒っていうのも気がかりだけど……」
「エニグマ、魔法の詠唱は出来ているかい?」
「ええ。さっきからとっくに始めているわ。ま、詠唱もどきだけどね」
「それでこそエニグマだ。それと君が感じている違和感は正解だよ。アレはシラユキの姿を模造した何らかの生命体だと思う」
「シラユキさんの能力をコピーした人間って事?」
「断定は出来ないけど、多分僕が創り出したイリューと同じような技術を使って創り出された生命体だと僕は思う。でも気がかりなのはいつシラユキがコピーされたのかという事だけど」
ソウタは険しい顔をしながらエニグマに言った。
「実は僕とシラユキは王都に来る前にコロセウムに居たんだ。ただ、僕はそこでシラユキと離れ離れになった。聞いた情報によればシラユキはロイヤルナイツの紋様が描かれた旗を掲げた軍勢に連れていかれたらしいけど……」
「それが嘘の情報で、実は何かの実験に巻き込まれたかもしれない。そういう事?」
「分からない。でも今の状況からして、シラユキのコピーが僕たちを襲ってきていると思った方がいいかもしれないね」
――二人の考えは全く違っていた。
現にシラユキは王都周辺が襲撃された際、ギルド本部で会議をしていた。
そして現場に駆け付け、そこからソウタと入れ違いになっていた。
では今、この場にいるのは一体……?
「コピー……? コピーだと……!
それは……それは今そこにいる私を模造したお前に言うべき言葉だ……!」
シラユキはイリューに向けて勢いよく指を差した。
「君、聞いてくれないか。もしかして君は何か勘違いをしているかもしれない。確かに僕が創ったイリューと君の容姿や戦い方が完璧と言っていい程一致しているのには何も言い返せない。イリューが君のコピーだという事も事実かもしれない。でもイリューは君ではなく、シラユキという一人の、本物の人間を模造して創られた生命体だ。そしてそれは僕が創った。だから君とイリューには何の因縁もないはずだ」
「本物……。本物は……!!!」
シラユキは再び頭を押さえる。
「本物は……本物とは何なん……だっ!!! ぐあああああ!」
シラユキはソウタを睨みつける。
「生命体を創り出す技術は……神にも等しい所業だ。なぜお前はそれが出来る」
「分からない。でも今ここに居るイリューを創ったきり、新たな生命体を創り出す事は出来ていない。納得のいく答えじゃないかもしれないけど、君と僕たちは多分……"無関係"だと思う」
この時、何故かはわからないが、シラユキ(?)の心の中に大きな穴が開いた感覚が襲った。確かに自分には何故か今までの記憶がほとんどない。断片的にしか思い出せない部分もある。しかし何故、今言われた『無関係』という言葉にこれほどまでの損失感を覚えたのだろうか。
「違う……。きっと無関係なんかじゃない……!
私は……私の名前は……!」
何かが思い出せそうだった。この男には、言わなければいけない気がした。
全部は思い出せない。だが、名前の微かな記憶が何かに当てられたかのように、頭の中に流れ込んで来た。失われていた記憶が呼び覚まされたかのようだった。
「私の名前は……シロユリだ!」
「シロ……ユリ……? シロユリ……」
ソウタはその名を聞いて、初めて口に出す名前なのに、何故だか口の動きがその名を呼ぶときにスムーズに動く。口が覚えている感覚が確かにあった。
「シロユリ……。シロユリ……。なんだこの違和感は。分からない。分からないけど、何故だか深く刻まれた記憶が誰かに切り取られたかのような気持ち悪い感覚がある……。なんなんだこれは」
「まさにその感覚だ! 私がずっと感じていた違和感はそれだ! 確かに存在していたはずの記憶がつぎはぎになっている感覚……。かろうじて名前は思い出せたがまだ全ては思い出せない」
「君は僕と……」
「お前は私と……」
「「無関係なんかじゃないのか?」」




