101.餞別
朝自宅を終えた二人は、どこからともなく現れたイリューと合流した。
「アンタどこから湧いて出てきたのよ」
「……? わく?」
「まあいいわ。とりあえずおはようイリュー」
イリューはポワポワした雰囲気でエニグマにおはようと返事をした。
「なんだかアンタを見てるとどうにも緊張感が抜けるわね……。
なんて言うかアンタのその雰囲気と言うか、のほほんとしている所とか」
確かにイリューはシラユキとは似ても似つかぬ雰囲気だ。
基本的に目つきは優しく何を考えているか分からない表情。
そして何よりも表情を全く変えないのだ。
それはつまり感情が分からないと同義だ。
ソウタ含め、イリューが何を考えているのかを読むのは難しい。
かろうじて意思疎通が図れるのが幸いなところではある。
――ソウタ達はギルドの奥へと向かい、マスター室へとやってきたが……。
「ん? あの人は」
ソウタが扉から出てくる一人の女性を見て思わず声が出た。
「あれソウタさんじゃないですか! お久しぶりですね!」
「久しぶり……?」
マスター室から受付嬢のアーニャが出て来た。
ソウタ達を見るや否や、歓喜の声を上げる。
アーニャはソウタに駆け寄り手を握ってぶんぶんと上下に揺らした。
「一週間もどこほっつき歩いてたんですか? 心配したんですよ!」
あぁそういえばと。
ソウタの感覚からしたら、異界にいた時間は一日もなかった。
だが異界の外では時間の経過が異なっていたのだ。
異界の中の数時間が、現実世界だと一週間経過していた事を思い出す。
「エニグマさんも何度もソウタさんはまだ見つかってないの? とか、毎日ずーーっと訪ねてきてたんですよ! もう、いいお友達を持ちましたね!」
アーニャはソウタを肘でつついた。
このこの~と言わんばかりに、からかうような笑顔を作りながら。
「ちょちょちょ……!! なな、何を言ってるのよ!!!
わたしはそんな事、いいい、言ってないわよ!!」
「え? そんな事ないじゃないですか!
いつもソワソワしながら心配そうな顔を浮かべて聞いてたじゃないですか~」
「ちょっと!」
エニグマは思わずアーニャに詰め寄った。
明らかに動揺して恥ずかしそうにしているエニグマを見てアーニャはハッする。
「あ~! もしかしてエニグマさん、照れてるんですか!?」
「あなたは……もーー!!!」
アーニャは恥ずかしすぎて顔を手で覆ったエニグマを見て更に追撃。
「ソウタさんを心配してたことを知られるのが恥ずかしいって感じですか?
なにも恥ずかしがる事ないじゃないですか! 逆に健気じゃないですか。
ね、ソウタさん?」
本人には全く悪気はなく、思った事を口にしただけだ。
ソウタはまさかエニグマが異界に行って姿を消していた間、自分を心配してくれてなんて思ってもいなかったから、エニグマがした行動に心の底から喜んだ。
そう、これはエニグマが行ったからこそ価値がある行動なのだ。
これはまさしくツンデレキャラの代名詞。
本人に対しては直接言えないけど、人づてに聞いたら実は気になる人の話や心配をしていたという奴だ。その事実を決して当の本人は言わないが、又聞きで知るとより一層萌える。
「うん、最高だよエニグマ」
そのあまりにも理想的過ぎるエニグマの行動に、思わず満面の笑みを浮かべた。
「アンタまで何言ってんのよ! 別にアンタの身の安全を心配してた訳じゃないし! ただアンタに聞きたかった事がいっぱいあったからギルドに毎日顔を出していただけよ!
気持ち悪いからその変な笑顔もやめて! というか勘違いしないでくれるかしら?」
「ま、そういう事にしておくよ」
まあ、事実エニグマがソウタの事を本気で心配していたのかは分からない。
エニグマは初対面なのに自分の事をやけに知っていたソウタに、後日話を聞こうと思っていた。その矢先に行方知らずになったので、ただ話を聞きたかっただけというエニグマの主張は本当なのかもしれない。だがそんな事はどうでもよかった。
エニグマが少なからずソウタの事に関して行動した。
それだけで十分満足が出来た。
「……ん? そういえばどうしてお二人は一緒なんですか?」
アーニャがソウタとエニグマが一緒に行動している事についての疑問を口走る。
「あぁ、実はアルバドールさんから討伐隊へ参加しないかって言われてさ。そこで討伐隊のメンバーとして僕とエニグマとイリューが選ばれたから一緒にいるんだよ」
「へー! 討伐代ですか!? 凄いですね!」
「あなた、ギルドの受付嬢なのに誰が討伐隊に参加しているかとか把握してないの?」
「把握してますよ。でも私、昨日は少しギルドを離れていたの物で。ソウタさんが新しく討伐隊への参加をしたという情報は今初めて知りました」
「ところでアーニャさん。なんでマスター室から出て来たんですか?」
「昨日の夜、マスターがちょっと用事があるって言って出て行ってしまってですね。それで朝の業務の前に『俺の部屋にある荷物を持ってソウタに渡してやってくれ』って頼まれたんです」
「あぁ、その大荷物が渡せって言われたものですか?」
ソウタはアーニャが両手でやっと持っている荷物を指さした。
「そうですそうです。もしかして討伐隊に参加するって言ってくれたから、その為の物資とかが入っているのかもしれないですね。それにこれだけじゃないですよ。まだマスター室の中に荷物があるので何往復化して受付カウンターに持っていくつもりです」
それを聞いてソウタは咄嗟にその荷物を持ってあげた。
「あぁ、悪いですよそんな」
「いえ、気にしないでください。元はと言えばこの荷物はアルバドールさんが僕たちに渡す予定の荷物だったみたいだしね。アーニャさんが持つ必要は全くないですよ」
「そこまで言うなら……。ではお言葉に甘えさせてもらいますね!」
エニグマはアーニャの荷物を受け取り、マスター室に置かれている大きめの箱3つを一度に抱えて部屋の前まで移動した。
その道中、エニグマはソウタの横をテクテクと何食わぬ顔で優雅に歩く。
「にしても、結構な大荷物ね。何が入っているのかしら」
別に『それ、持ってあげるわよ』とかそういう気遣いが欲しい訳ではない。
でも少しくらいは何か言って欲しい気持ちはあった。
まあ、それがエニグマらしいというか、気が強い感じのツンデレキャラって感じではあるのだが。これがもう少し仲が深まれば、あっちから色々とアクションが増えるだろう。
ソウタはこの先のエニグマとの関係を妄想しながら軽く口角を上げる。
そしてアーニャは何故ソウタが討伐隊に推薦されたのかずっと疑問に思っていたらしく、ソウタが討伐隊へ選ばれた理由を聞いて思わず驚嘆の声を上げた。
「ええええ、Sランクになったんですか!?!?
という事は、あのフランシスカさんに勝ったってことですよね!?」
「まあ、あっちも100%の力ではなかったってのもあったけど、折角Sランクになれるチャンスだったからね。実力はこれからSランクに相応しい冒険者だと思われるように、名実ともに沢山の依頼や魔物との実践を交えて力を付けていくつもりです」
「ついこの間までAランクだったのにもうSランクですか~。
もしかしなくてもやっぱりソウタさんって凄いですよね。私、感激です!」
Sランクになった事でソウタが褒められているのを聞いて、エニグマはアーニャに振り返りながら得意げな顔で語る。
「ふん。私はそんなこいつに昨日勝負を挑んで勝ったんだからね。それも特大の魔法で反撃を許さないまま。どう、私もSランク相応の実力はあると思わない?」
「またまたご冗談を~。エニグマさんはBランクじゃないですか。
別にそんなに見栄を張らなくてもあなたの強さは良くご存じですよ」
「見栄なんて張ってないわ! 本当よ!
ほら、アンタも私に負けましたって言いなさいよ。ほら!」
「ハハッ」
ソウタは必死に見栄を張っているエニグマが愛おしかった。
思わず笑ってしまう程に。
「なに笑ってんのよ。アンタが私に負けたのは事実じゃない」
そうこうしている内に部屋の前に着いた。
「それでは私は受付の仕事があるので失礼しますね」
「はい。お仕事頑張って下さい」
「あ、ちょっと! まだ私の強さの証明が……」
去り行くアーニャの後ろ姿を見て、頬を膨らませムスッとするエニグマ。
「見栄っ張りだなぁエニグマは。別にそこまでして実力の証明をしなくても君の強さは僕が一番しっているから問題ないって」
「なによ。別に誰かに強さを褒められ怠惰とかそういうのじゃないからね。ただアンタより私が下って思われるのが嫌なだけよ。色々あったけど、私はまだアンタの事を認めているわけじゃないわ。事実、アンタは私に負けたんだから当然よね」
自分で言うのもなんだが、難しい性格をしているなぁとソウタは思った。
確かに可愛いところもあるが、これがデレてくれるのはいつごろになるのやら。
「まあとりあえず部屋の中で荷物の中身を見ようか」
「ところでイリューはどこに行ったのかしら? さっきから見当たらないけど」
ソウタとエニグマがイリューの事を探す会話をした。
その直後、不意に二人の足元から声が聞こえて来た。
「わたし、ココ」
そう言うと、ソウタの影の中からイリューが飛び出して来た。
「え……イリュー。君そんな事できるの?」
「デキル、みたい」
「な、何者なのよアンタ……」
色々と規格外なイリューを見て、二人は軽く困惑した。




