098.異なる世界との邂逅~エニグマ①~●
「――という訳で、僕はこの世界の人間じゃないんだ」
エニグマはソウタが眠っているベッドの横で小さな椅子に座りながら口をポカンと開けていた。ソウタがフランシスカに説明したように、自分がこの世界の人間ではないという事を告白したのだが、あまりにも急すぎる展開にエニグマはまだ理解するのが難しい様子だった。
「は? え~、えっとつまり、アンタはこの世界の人間じゃなくて別の世界……。えっとつまりはこの世界によく似た別の世界から来て……えっとそれからパラレルワールド? がえっと……」
まあ厳密にはパラレルワールドではないんだけどな、とソウタは心の中で思う。
話を合わせやすくする為に付いた嘘だが仕方がない。
こうでもしないと説明が面倒くさくなってしまうからだ。
顔を軽く上に向けながら難しい顔をしながらエニグマは頭の中で整理する。
「じゃあアンタが私の事について妙に詳しかったり、このロビンの事を知っていたのも、アンタが居たっていう元の世界の私と同じだったから初対面でも名前を知っていたって事?」
「まあそういう感じだね」
「……なんか気持ち悪い話ね、それ。
私の内側を全部覗かれているみたいで寒気がするわ」
「まあ言わんとしている事は分かるよ」
エニグマはまだソウタが別の世界から来たという事実に納得がいっていない。
そもそもこの話自体も、半分は信じていない様子だった。
ソウタ自身もこれは思っている事だった。
いきなり自分が別の世界から来たとカミングアウトすれば、どう思われるのか。
一番に思い浮かぶのが気味悪がられるか、拒絶されるか、気持ち悪がられるか。
これらの反応が自然であり、あたりまえだと考えていた。
事実その通りで、フランシスカは理解はしてくれたがエニグマとなったら話は別になっている。彼女の性格は気難しいところがあるのでどう説明しても面倒くさい方向にいく事は確定しているようなものだった。
「じゃあアンタってさ、私の事を全部知ってたうえで接しているって事よね?」
「うん」
「……聞きたいんだけどさ、元の世界の私ってどうなの?」
「どうなのって?」
「…………ま、魔法の才能というか。まあ色々よ!
アンタだけ私の事を全部知っているっていうのはズルいわよ!
だからあんたも元の世界とやらの私の事を教えなさい!」
真紅に輝く目をギラギラさせながら恥ずかしそうにソウタに言葉を投げる。
ソウタは知りうる限りのエニグマの情報を話した。
もちろん全部は話さず、部分部分で濁して説明した所もある。そうでもしないとエニグマを創り出した本人しか知りえない情報、それすなわちエニグマ自身が完全に秘密にしている事や隠し事まで全部を知り尽くしているとなれば、それこそ大問題になるからだ。
自分の創ったキャラクターを解説しているみたいで楽しい時間ではあったが、我を殺して語りたい部分を必死に堪えて説明をした。
「ふぅん。そっちの世界だと私は結構な魔法の使い手なのね」
「もちろんさ! それに魔法と言ったらやっぱり詠唱魔法だからね! なんでかは知らないけどこの世界だと魔法は無詠唱が基本らしくてさ、物足りなかったんだよ。やっぱり魔法を使うってなったら前段階でカッコいい詠唱が必要不可欠だと思わない?」
「い、いや……まあそうね。まあ私の場合は詠唱しないと魔法が使えないっていう体質だから仕方なくやっているだけなんだけど。そもそもアレは詠唱と言うのかしら?」
エニグマは自分が人とは違う魔法の詠唱方法について悩んでいた。
その悩みが態度に表れており、少し物悲しい目をしている。
「……まあそれも君らしさと言うかなんというか。個性だよね」
「ハァ!? なにそれ」
エニグマが魔法の詠唱を隠しているのはソウタがつけた設定が反映されているからだ。
その設定があってか、エニグマは人前で堂々と魔法の詠唱をする事を嫌っている。
そもそもエニグマの設定自体、詠唱する事でしか魔法を使えないので、そのコンプレックスを知られたくなかった。だから魔法を使う際は饒舌になり、詠唱の代わりに喋った言葉が詠唱となるのだ。
もちろんその設定はとある事へ繋がっている――。
ソウタは普通の魔法の詠唱が出来ないという設定を付けてしまったエニグマに対しての申し訳なさを感じつつも、それは意味のある事だというのを説明した。
「だって君の魔法って普通の魔法じゃなくて精霊に呼びかける魔法だからね。この世界の言葉を借りるなら言霊だっけ? それを使って魔法を使っているような物かな?」
「そういえばさっきも精霊がなんとかって言っていたわね。どういう事?
精霊なんて神話の物語でしか聞いたことが無い架空の存在じゃないの?」
「やっぱりさっきの君の反応を見る限り、精霊の事については認知してないんだね。おかしいな、君の魔法の詠唱は精霊魔法っていって普通の魔法よりも強力だっていう設定なんだけど……」
「設定? どういう事?」
「あぁいや何でもないんだ」
ソウタは咄嗟に誤魔化したがエニグマは聞き逃さなかった。
設定って何? と、どうしても気になってしまい、エニグマはソウタのベッドにグイグイと身を寄せて「説明しなさいよ」と興味津々で聞いて来た。
"昼間"のエニグマならこんな事は絶対にしないんだけど今は夜だしなぁとソウタは思いながらも、言ってしまったものは仕方がないと腹を括る。
「設定ってのは僕たちの世界の用語さ。要は僕の世界の君は精霊魔法を必ず使えるようになるって決められているって事なんだ。まあなんていうか神様からの加護的な物だと思ってもらっていいよ」
「アンタの世界では神様から力が与えられるわけ?」
「う、うん。まあそうだね。だから神様から与えられた力の事を設定って呼んでいて、神様が人間に付けた設定通りの能力が発現していくんだよね」
「なにそれ、つまらないわね。努力もせずに、人間よりも遥か上の存在から与えられた超常的な力を使ってのうのうと生きていくなんて、馬鹿みたいだわ。それにその神様っていうのが決めた道筋通りに生きるっての窮屈そうだし、何よりも自分の人生を操作されているみたいで気色悪いわね」
「……そう、なのかな」
ソウタはエニグマからの返答にしばし考えさせられてしまった。
この世界にいる僕が創り出したキャラクター達は、本当に何不自由なく暮らせているのだろうか? 例え話で出した神様っていうのは僕自身を重ねていた。その神様が付けた設定のせいで不幸な目にあっているキャラクターもいるはずだ。エニグマだって僕が詠唱する事でしか魔法が使えないなんていう設定を付けなければ、この世界でももっと上手くやっていけたかもしれない。
「でも僕は……」
ソウタはボソっと口を動かす。
ソウタがしゅんとした顔で落ち込んでいるのを見てエニグマは自分の発言を思い返した。
今私が言った言葉はソウタにも当てはまっていると。
正直に思った事を口にした結果、傷つけるつもりのない相手を不意に傷つけてしまった。
エニグマは焦って言葉を訂正するべく、あたふたしながらソウタに話しかける。
「ちょっと、あんまり落ち込まないでよ! 別にアンタの事を言っているわけじゃなくて、アンタが居た世界の神様ってのに色々言いたい事があっただけで、別にアンタの力の事を否定しているつもりはこれっぽっちもないわ」
「でも僕は……そんな君が好きなんだ!」
脈絡のないソウタからの告白? にエニグマはそそくさとベッドから遠ざかる。
「は……!? な、なにが!?」
「たしかに君は魔法を詠唱しないと使えないかもしれない。でもそれは立派な個性であって卑下する所じゃないんだよ!」
ソウタはエニグマを追いかけるようにして詰め寄った。
「確かに元の世界の君の設定とは若干違う部分もある。だけどそれは僕のいた世界の話であって、この世界での君は、君と言う一人の人間だ。確かに君は僕の世界の君と似ている部分はたくさんある。でもその根底はこの世界の君が作って来た君と言う存在だ」
「ちょちょちょ、ちょっと!」
ぐいぐいとベッド付近から窓辺の方へ押されるエニグマ。
「元の世界で僕は君の事は誰よりも一番に知っているつもりだ! でもこの世界の君は元居た世界の君とは似ているようで似ていない。違う人間だ。だがそれがまたいい! 僕の知らない君の一面が知れる感じで非常に興奮するんだよ! 楽しくて仕方がないんだ」
「元居た世界で誰よりも私の事を一番にしっているつもりって……それって……」
エニグマは自身の目の色と同じように、段々と顔も赤く染まっていった。
「君のその瞳の色も、朝と夜で性格が変わるのも全部知っている! 詠唱をしないと魔法が使えないのに、それを隠すように饒舌に喋ってこっそりと魔法の詠唱をして、あたかも無詠唱で魔法を発動しているように見せかけているその行動も、何もかもが愛おしい!」
やはりソウタのキャラクターへの愛は凄まじく、一度キャラを語りだすスイッチが入ってしまったらソウタはその魅力を全力で熱弁し終わるまでは落ち着くことはない。
その勢いのまま、ソウタは今思っているエニグマへの思いを口に出した。
「正直に言おう! 僕はこの世界に来てから(自分の創ったキャラクター達に会う事が出来て)ともて幸せなんだ! エニグマ、君に出会えた事だってめちゃくちゃに嬉しいんだよ!」
「ななな……!」
「もう一度言うけど、確かに君は僕の世界に居たエニグマだ。でもそれはエニグマであってエニグマではない。性格も、この世界で置かれている君の環境だって多分、僕の世界で知るエニグマとはきっと大きく違うと思う。その環境の中で作り出された深い部分はきっと僕だって分からないし、君が抱えている悩みや秘め事だってきっと僕も分からないと思う。だからこそ僕は君の事がもっとよく知りたいし、一緒に(冒険者として)共に歩んでいきたいと思っているんだ」
「……何なのよアンタ。そんな事言ったって、私……混乱するだけよ」
エニグマはソウタの熱い自分への思いを聞いてどうしていいか分からなくなっていた。
エニグマの背後の窓から月光が差し込んでいる。
その光はエニグマを優しく包み込んだ。黒と白を基調としたゴシックドレスに身を包んでいるエニグマに差し込む月明かりは、その美貌も相まってまるで一つの作品のようだった。
まだ興奮冷めやまぬソウタは思わずそれを見て反射的に呟いた。
「綺麗だな……」
「は、はぁ!? な、ななな今度はなに!? く、くく口説き……」
ソウタはエニグマを照らしている月明かりの元。
つまりは月にも目をやった。
ソウタは感動してしまった。
闇夜に浮かぶ月がこれほどまでに綺麗だったとは。
現実世界に居た頃は、空なんて珍しくもなかった。
故にわざわざ夜に月を眺めるなどしなかった。
しかしこの世界では空を遮るよな遮蔽物や建物はない。
それがより一層、夜空に浮かぶ月を目立たせる。
「凄い月明かりだ。こんなに綺麗な月は初めて見たよ」
エニグマはハッとした。
遠い異国の地では、「月が綺麗」というワードは告白の意味が込められている。
エニグマの頭の中では「この人、今『月が綺麗ですね』って言った?」という事だけが渦巻いていた。もう何も頭に入ってこない。なんで急に告白されたのかも理解できない。
そもそも自分の勘違いってパターンもある。
唯一考えられた事をエニグマは口にした。
「そ、そうね。今夜は満月だし……。綺麗なのは当り前よ」
「月もそうだけど、(月明かりに照らされている)君はもっと綺麗だ」
「――ッ……!」
エニグマはとうとう我慢が出来なくなってしまった。




