097.異なる世界との邂逅~フランシスカ~
――時は少しだけ遡る。
ソウタがエニグマと勝負を行う少し前の事。
フランシスカとギルドの食堂で偶然出会ったソウタは、鎧の中の顔を誰にも見せていないフランシスカの素顔を見てその名前を呼んでしまった事で質問攻めにあっていた。
なぜ自分の事を知っているのかと。
ソウタはこの先、自分が作ったキャラクター達に出会った際に、興奮のあまり口が滑って初対面であるにも関わらずその人しか知らないであろう秘密や特徴を言ってしまうだろう。意識して言わないようにしていた時もあるが理性がソウタの口を止める前に、既に言葉が口から出てしまったという状況が多々あった。
この経験を踏まえてからか、ソウタはもう隠すのはやめようと思った。
隠していても面倒くさいだけだし、何より折角自分が創ったキャラクターがいるのにその特徴を知らないふりをして接するのが辛すぎた。だからここで言ってしまえと思い切った。
「フランシスカ、実は僕はこの世界の人間じゃないんだ」
ソウタの口から馬鹿げた言葉が出て来たのでフランシスカは真紅の片翼を具現化させ、ソウタの体にそれを纏わせて締め付ける。
「おい、私は冗談を聞く気分じゃないぞ。真面目に答えろ」
「だ、だから本当なんだってば! じゃないと誰にも顔を見せた事がない君の顔を僕が知っているっていう説明がつかないじゃな……うげ」
「……まあ確かにそうだ」
締め付けていた力を緩め、フランシスカはソウタを解放した。
「して、この世界の人間じゃないというのはどういう事だ?」
「え~と、どこから説明したらいいものか」
ソウタはなるべく嘘と真実を半々に、分かりやすく嚙み砕いて説明した。
流石に個人を全て知り尽くしていると言えば気味悪がられると思ったからだ。いくら自分が創ったキャラクターだとは言え、この世界では一人の人間として存在している。
わきまえというのは大事だ。踏み込まれたくない事や事情だってあるはず。
現実世界でも、ずかずかとパーソナルスペースに入り込まれるのは思わず拒否反応が出てくる。それと同じで名目上は初対面だが、相手は渡してもいない情報を全部把握していると思えば気味が悪いを通り越して関わりたくないと思われる。
そんな事には絶対になりたくない。
だからそれらしい理由をつけて別の世界の人間だという事を説明した。
「実はこの世界によく似た世界から来たんだ。転移魔法の失敗とでも言うべきかな。転移先の座標を間違えてしまって気が付いたらこの世界に迷い込んでいた……的な」
フランシスカの目は変なものを見るかのような目になっていた。
まだ聞く耳を持たずと言った感じだ。
「でさ、転移前の世界とこの世界がまあ良く似ているのなんの。もうほんと見分けが付かないくらいそっくりでさ。あ、見分けが付かないっていうのは人物の話であって建物とか世界情勢とかは全く異なるんだけど、何でか元の世界の人物とこの世界の人物は見た目がそっくりなんだよね」
「見た目だけなのか? 性格とかは?
具体例を示してみろ」
食いついた!
ソウタはこの機を逃すまいと畳みかける。
「よしじゃあズバりいうけど、フランシスカ、君は大人の女性に憧れているけどその身長だ。幼児体形とでも言えばいいのかな。それを気にして自分の能力である【変幻自在】を使用して体の大きさを変えたり、顔つきを大人っぽくしているよね? まあ鎧で顔は隠れるから意味はないと薄々思っているけど雰囲気づくりの為しかたなく……」
顔を真っ赤にしたフランシスカは真紅の片翼でソウタを殴りつけ吹っ飛ばした。
「い、いたい! 何をするんだフランシスカ!」
「なななな、なにを言ってりゅんだ貴様は! そそそそそそ、そんな訳ないだろ!! わ、私が体を大きく見せているのは、単に威厳を保つためだ! この体形じゃいくら強くても馬鹿にされる! 子供にも近い私の顔と体じゃ大柄の武器を扱ったって笑われるからな! 何よりも皆が理想として描いているカッコいいフランシスカを演じるためにも必要な事だからだ! 決して大人の女性に憧れているという訳じゃ……」
「ハハッ! そういう所とか元の世界の君にそっくりだ! 気の向くままに強さを探求し、強敵と対峙していった君はいつしか強さが知れ渡り、そのネームバリューに応える為に、幼児体形と童顔を隠すように身長の倍もある全身鎧を変幻自在で体を作って装備し、顔全体を覆うような兜を被った。違う?」
「ち、違うっ! 決してそのような……理由じゃ……」
顔をふにゃふにゃにしながら、フランシスカは全てを受け入れるようにして目を閉じ首を縦に振った。
「……隠しても無駄みたいだな。お前の言う通りだ。
そしてお前がここと異なる世界から来たという証明にもなった」
フランシスカはドカっと地面にあぐらをかいて、座った。
太ももに肘をのせ、顎に手を当ててふてぶてしい態度を取る。
「まあいい。この際だからもうお前には何も隠さん。その代わりソウタ。お前の事も私に教えろ。私の情報だけをお前は全部知っていて、私はお前の事を知らないというのは不公平だ。というか、なんか私を全部覗かれたような気がして気が気がないからな。お互いを知るためにもここは腹を括って話し合おうじゃないか」
「あ、全部は知っていないよ。所々元の世界の君と性格と能力の差異とかも少なからず存在しているよ。だから僕はこの世界ではまだ君の事を全部知っている訳じゃないんだ」
「性格が違う? あんなに言い当てていたじゃないか」
「いや、まあね。でも僕が知りえるのは大部分の性格の話さ。その先にある深い君の人間性までは元の世界の君とは全然違うと思うし、なによりも置かれている環境が全く違うからね。この世界での君はSランクの冒険者として各大陸に名を馳せている」
えっへんと鼻高々にして嬉しそうに聞くフランシスカ。
「でも僕の世界だと、そもそも冒険者っていう概念自体存在しない。ただ君と言う人間がいるだけなんだ。そして知りうる情報も大部分は表面上の性格。そして何より元の世界では僕と君の接点はない。ただ僕は君と言う存在を認識して把握していただけにすぎない。そこから生まれる人間関係や人間性までもは全く知らないんだよ」
「というと、私と言う人間の情報だけを知っていた。という事か?」
「大体はそうだね。だから元の世界とこの世界とじゃ君は君であって君じゃない。僕の知りうるフランシスカではあるけど、僕の知らないフランシスカでもある。だけどそれが良い。決められた設定だけではなく、一人の人間として生れ落ち、存在しているという事実が素晴らしいと感じたんだ」
「せってい? なんだそれは」
「あぁいや何でもない。ただ僕は君と言う存在を知っていたからこそ、この世界で実際に君に会い、そして話し、そしてこういうやり取りをする。この瞬間が感動的なんだ」
フランシスカは目を輝かせ子供のようにはしゃぎながら喋るソウタを見て、どこか胸が躍る気持ちになっていた。私と言う存在。フランシスカという一人の人間をここまで知る人に会えたのは初めてで、なによりもそんな私を否定せず肯定もせず、ただ実際に会えただけで嬉しいと言うからだ。
そこまで親しくもない、他人である男に私と言う存在を知り尽くされているような感覚にはなるが、どこか不快感はない。それよりももっとこの男に興味が沸いた。そして自分でもわからない、胸の内から溢れ出る謎の感覚。この感覚はなんだろう。
フランシスカは立ち上がり、拳をぐっと握りながら熱弁しているソウタの手を握る。
「ソウタ。私はお前の事をまだ全然知らない。なによりもお前の話には正直、信憑性の欠片もない。だが、私はお前の話を信じよう。そしてお前に興味を持ってやろう。ありがたく想え!」
フランシスカはそのまま、その手の甲に軽く口づけをした。
「ちょ!」
「どうした、何をそんなにきょどっている?」
「ああ、いや何でもないよ。それよりその行為には何の意味が?」
「意味も何も、あいさつというか信頼足りうる人への行動と言うべきか。とにかく私の中では別に不快意味合いはないが、なにか気に障る事でもあったか?」
感性が子供だから、色々とそういう事情に疎いんだった。
ソウタはその事を思い出しながら笑った。
「ハハッ。いや、何でもないよ。
ただまだまだ子供だな~って思っただヶ……」
ソウタは自分の発言に対して、血の気が引いてしまう。
あぁ、そういえばとにかく子供いじりされるの駄目だったわこの子。
「シャラーーーーーーップ!」
ソウタはフランシスカの地雷を踏んでしまった。
そのまま真紅の片翼でアッパーカットを浴びせらせ空中へ放り出された。
(やっぱ、ある程度性格を知っていてもこういうのは回避できないなぁ)
地面にドカンと叩き落ちたソウタはその後、数分の間眠りについた。




