009.ギルドマスター・ドーンレアル○
嫉妬でおかしくなったアルディウスを倒して、少し後の事。
「なるほど、今回の騒動の火種はお前だったのか」
アリエルの街のギルドマスター、ドーンレアル。
彼が腕を組みながらソウタを睨みつける。
「すみません、シラユキに手を出されたもので……。
それでついカッとなってしまったんです」
アルディウスがシラユキに手を出した事が許せなかったと、懸命に弁明する。
シラユキも私のせいだと言わんばかりに、ドーンレアルに頭を下げた。
「なるほど、よ~くわかった」
ドーンレアルはそう言うと、組んでいた腕を解きその腕がソウタへ伸びる。
その瞬間、ソウタは殴られる覚悟を決めたのか、歯を食いしばり目をつむる。
ドーンレアルという男。
この人の図体からして、殴られたら痛いじゃすまないレベルだろう。
……また気絶覚悟だな。
「お前……」
ドーンレアルの腕が振り下ろされる。
「よくやったな!」
ガッハッハという笑い声と共に、ドーンレアルの大きな手がソウタの背中をバシンバシンと何度も叩いた。
痛い痛いと感じながらも、ソウタは不思議な顔をする。
……アレ?
なんか思っていたのと全然違うパターンだ。
てっきり「弁償しろ!」とか「俺のギルドをよくも滅茶苦茶にしてくれたな!」とか、そう言われながらぶん殴られると思っていたんだけど。
「あの、ドーンレアルさん? 怒っていないんですか?」
ソウタは打ち付けられる手のひらを気にもせず、ドーンレアルの顔を覗いた。
「俺がそんな器の小さい男に見えるか?
そんな事よりも、自分の女を守るお前、かっこよかったぜ!」
そう言いながらドーンレアルはソウタの肩に腕を乗せてきた。
「……!?」
シラユキはというと。
さっきのドーンレアルの発言を聞いてわかりやすく動揺していた。
それを見たソウタ。
動揺するシラユキもまた可愛い。これを見てからかいたくなった。
ウズッと悪い一面が動き出す。
イタズラ心が芽生えたのだ。
「いや~、"僕"のシラユキへの愛ゆえの行動だったんで当たり前ですよ!」
そう言って更にシラユキを動揺させた。
いや、まあシラユキに対しての愛情は普通にあるけど。
「じょ……冗談はよせ二人とも!」
シラユキは少し息を荒げながらソウタとドーンレアルに茶化すのも大概にしろと言わんばかりに詰め寄って来た。
「冗談じゃないだろ、弟よ!」
「当たり前じゃないですか、兄上!」
ソウタとドーンレアルはすぐに冗談を言い合えるほどの仲になっていた。
滅茶苦茶絡みやすい。それほどまでに気さくだった。
「……」
シラユキは二人の前で口をあんぐりと開けながら立ち尽くしていた。
「ハハハ! おいシラユキ、昨日今日でなんか表情が豊かになっているな! やっぱり男と一緒にいるからか~? なんで今まで紹介しなかったんだよ~」
「わ、わわ私は別に! 普段から表情は豊かな方だ!」
「僕は色々な表情を見せるシラユキの方が可愛いと思ってるよ」
「――!」
シラユキはソウタからの不意打ちの一言に面をくらったようだ。
顔が段々と赤くなっている。
口元が緩もうとしているのを必死に耐えているが、口はピクついている。
眉も同様。どうやら表情が緩みそうになるのを必死に堪えている様子。
だが皆が見ている前だからか、そう大層に喜べない。
もどかしさが勝つシラユキだった。
そこにソウタはすかさずたたみ込んだ。
「ドーンレアルさん、シラユキは僕にとって"特別"な存在なんですよ!」
そう。ソウタにとって特別。
シラユキは自分が作り出したキャラクターなのだから。
特に深い意味があって言ったわけじゃない。
ただただ、自慢の子を誰かに共有する感覚で口走っただけ。
――ソウタにとってはそれだけの意味で発した言葉だったのだが。
「いい加減にしろ」
シラユキは強硬手段モードに移った。
これ以上自分の感情を抑えきれないと思ったからだろう。
やばい、調子にのって怒らせたのかもしれない。
ソウタとドーンレアルはお互いに顔を見合わせて、これ以上はやめておこうとアイコンタクトを交わしシラユキに謝った。
「結局のところ、お前とシラユキってどういう関係なんだ?」
ドーンレアルが小声でソウタへ呟く。
「まあ、そうですね。僕からしてみたらとても大切な女の子ですよ」
やっぱりか! とドーンレアルは嬉しそうに笑った。
「あ、そういえば……」
ソウタは一方的にドーンレアルの名前を呼んでいたが、自分の名前を名乗っていない事に気が付いた。折角こんな感じに仲良く出来たから関係性を築いておきたい。
人にあったらまず名乗る物。これ常識ね
今度からは気を付けよう。
ソウタはドーンレアルに名前を告げ、固い握手を交わした。
その後、ソウタはシラユキを捜索していたパーティから謝罪を受けた。
どうやらシラユキが倒れたという情報を広めていたらしく、その際にソウタが無理をさせてシラユキを倒れさせ、迷惑をかけた厄介者という悪い噂も広まっていたらしい。
この騒ぎになったのは自分たちのせいだと、ソウタに対して謝った。
シラユキも周りの冒険者に「私の親しい人が倒れたんだ。だから私が好きにした事。夜通し守るのもこれ以上の理由はない」と言って場を収めてくれた。
親しい人だって! そう思ってくれているんだな。シラユキったらこのこの~。
ソウタはシラユキからそう言われた事が嬉しくなった。
シラユキに対して肘で小突くようなジェスチャーをかます。
「あれ、そういえばアルディウスって人の姿が見当たらないな」
ソウタの疑問に対し、アルディススの顛末を見届けた冒険者が口を開く。
アルディウスはというと、ソウタとの戦闘が終わった少しあと騒ぎを聞いて駆けつけてきた自警団に取り押さえられ、何処かに連れていかれた。
「これだけの騒ぎ起こしちゃったもんなぁ。
我を忘れるくらい暴走しちゃってたし、こうなるのも無理はなかったか」
「暴走? あぁ、あいつの狂乱の事を言ってんのか?」
「狂乱?」
ドーンレアルが口にした狂乱というのが気になり、説明をしてもらった。
どうやらアルディウスには元々、狂乱という能力はなかったらしい。
アルディウスの狂乱の能力の発現はシラユキに出会ってからだという。
過去にシラユキをしつこくツケまわしていたらしく、それを良く思わなかったシラユキが他の男の人とパーティを組んだ際に、激しく嫉妬して発動したんだとか。
普通に発動する分には強いが制御が効かなくなったら手が付けられない。
ソウタに見せたように理性が著しく飛ぶらしい。
抑制していた感情を爆発させるため身体能力も著しく上がる。
そんな説明を聞きソウタは思った。
良く倒せたな、僕。
ドーンレアルに色々説明をしてもらうと、今度は何かを思い出したのか。
彼はシラユキへ質問を投げかけた。
「そういえばシラユキ。お前ストロングオーガの討伐は出来たのか?」
ストロングオーガ。確かシラユキが何度か口にしていた名前だ。
変な名前だとは思っていた。特別な個体とか種族とかだろうか?
「ストロングオーガって何ですか?」
「ソウタはあいつを知らなかったのか?」
シラユキが驚いたような表情でソウタを見つめる。
そしてドーンレアルもソウタの方に顔を向けた。
僕は襲われたから戦っただけだ。
だからあのオーガの個体の事はよく分からない。
無知より怖い物は無いと思っているソウタ。
知らない物は知るべきだと、さっそく説明を求めた。
どうやらあのオーガはストロングオーガという個体らしい。通常のオーガに比べて一回りも二回りも体が大きく、どんなに品質の良い武器でもダメージが中々入らないらしい。
近接武器でダメージを与えるにしても、魔法の力を武器に付与しないとまともにダメージが与えられない程の肉体強度を持っているとの事。
それに加えて魔法にも耐性があり、中級クラスの魔法じゃないとダメージが入らず、それも雷属性の魔法以外には耐性があるという、中々ヤバい性能をしている魔物だった。
じゃあなんでサザンクロスがあのオーガに通用したんだろう。
もしかして魔法耐性とかを無視する特別な効果があったりして。
でもそんな都合の良い話あるのかな?
何か他に理由はありそうだけど。
まあ、僕自身の力が解明していけばいずれ分かる事だろう。
「へ~、そんなに凄いモンスターだったんだ。でもそんなモンスターを倒したシラユキって、やっぱり滅茶苦茶強いんだね」
ソウタは一通り説明を聞いたら、シラユキに花を持たせた。
シラユキが貫き通している設定を守るためにだ。
「え……?」
シラユキの頭の上には今、疑問符と感嘆符がポワポワと浮いているだろう。
それ程わかりやすく、目を丸くしてソウタを見ていた。
「違う。ストロングオーガは……」
「ドーンレアルさん、実は僕ストロングオーガを見て一目散に森に逃げ込んだんですよ。でもそこからが大変で……。無事逃げきれたはいいものの、帰り道が分からなくなって行き倒れる寸前だった所をシラユキに助けられたみたいなんですよね。ほんと、面目ないです」
「おい、ソウタ!」
シラユキがソウタに近づき、どうして? という顔でジッと見つめている。
「ソウタ、お前なっさけないな~!
可愛い彼女さんの前でそんな姿見せちゃってよ!」
ドーンレアルはお腹を押さえ豪快に笑いながら、カウンターをバンバンと叩いた。
「まあシラユキの強さは分かってるからストロングオーガは倒せるだろうとは思っていたが、ソウタ。お前、なんであんなに強いのに逃げたりしたんだ? 倒せば良かっただろ」
「いや~、流石にあんな化け物とアルディウスは比べられないですよ」
「じゃあ、あの凄い魔法は何だったんだ? あれでも対抗できたろ。
俺の知っている限りだと、ありゃあ智慧系統の召喚魔法に近い感じだったしな」
ここは素直に創造の力ですって言った方がいいのだろうか。
正直、僕自身もまだ全然 力の全容がわかっていないしなぁ。
色々迷った結果、あれは魔法ではなくてスキルだと説明した。
まあ実際、あの画面の中で【スキル】って書いてあったからな。
「ほ~。あれがお前の【スキル】なのか。普通の魔法っぽい感じだったが……」
「そうなんですよ。あれ【スキル】なんです」
「まあ【スキル】なら別に不思議な事じゃあねえもんな。納得した」
ソウタはこの一連のやり取りで確信した。
やっぱりこの世界はゲームみたいに魔法やスキルが存在する世界なんだと。
もしかしたら若干違う可能性もなくはないが、ニュアンスは間違いないだろう。
知識は浅いが、過去にプレイしてきたゲームの知識が役に立つかも。
「おいソウタ。貴様一体どういうつもりだ」
シラユキがソウタへ訴えかけるよな目で見つめてくる。
なぜ手柄を私へ渡すんだ。なぜ自分の実績にしないんだと。
そう言いたげな顔をしていたが、ソウタにはシラユキの威厳と実績を守らなければいけない謎の使命感があった。だから手柄は全部あげるつもりだ。
「うっし、じゃあシラユキ、討伐の報酬金を渡すからついて来い」
ドーンレアルが付いてこいと背中で語る。
「で、でも……」
シラユキがソウタの方へ顔を向けた。
あ~、そうか。とソウタは頷く。
まるで今のシラユキの気持ちが手に取るように分かるのだ。
実際にストロングオーガを倒したのは僕だから、討伐したのが自分の手柄として見られているのに申し訳なさを感じているな、これは。
「シラユキ、君が倒したんだ。素直に討伐報酬として受け取ってきなよ」
そういってソウタはシラユキの細い背中を手でグイグイと押した。
「なんで貴様はこうも私を庇うような真似を……?」
ソウタは聞こえていないフリをしてシラユキを送り出した。
【スキル】
個人が持つ特殊な力。




