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夏のサンタクロース

作者: 杏 烏龍

 ここは常夏の島。人々はこの島を日々の喧騒を忘れるために訪れる。

 青い空に白い雲。白い砂浜に青い海原。大振りな赤い花に覆い茂る緑樹。どこを見ても島は原色の眩しさを溢れさせている。

 そして照りつける太陽と人々の熱気の中に、綿が入っているであろう赤と白のオーバーとズボンを履き、その上、荷物がいっぱい入っていそうな白い布袋をさも重そうに持ち、それを見た者全てに暑苦しさを振りまきながらヨロヨロと動き回る一人の男がいた。

「助かった――。ここで出会えたのは不幸中の幸い、いや本当に幸運の女神さまだよ」

「何が女神さまよ! もう折角バカンスを楽しんでいたのに、あんたときたら、どうしてそう暑苦しい格好で人をイライラさせるわけ! 私もあと二ヶ月もしたら世界中を飛び回らないといけないのに――ゆっくり休めたもんじゃないわ!」


 暑苦しい格好の男の名は『サンタ』まだ面に幼さが残る若手のサンタクロースである。そして、彼の傍で悪態をついている女の子の名は『キュート』これまたまだまだ幼顔の愛のキューピットである。二人は活動時期は違えども、人々に愛を授ける神様たちだ。

 そして、今日は十二月二十四日。クリスマス・イブであり、サンタクロースと呼ばれる神様たちにとって、今日が一年の中で一番忙しい日である。


 彼らサンタクロースは一人と思われがちだが、実は全世界に途方もない人数がいる。たった一日で子供たちにプレゼントを贈ることは不可能だからだ。しかし本当にサンタクロースの聖地、北欧で仕事ができるのは一握りの神様だけ。厳しい階級試験をパスしたものだけが許された特権であり、残りの神様は全世界に散らばらされている。今、常夏の島にいる彼もその一人。


「ここにいるって言う事は……サンタ君。あんたはいったい去年は何をやらかしたのよ」

 水着姿のキュートはサングラス越しにサンタを睨み、吐き捨てるかのように聞く。聞かれたサンタは噴出す汗を拭きながら、情けない表情で頭をかきながらぼそぼそと答えた。

「実は去年、日本で失敗やらかしたんだ」

「失敗?」

 怪訝そうに聞くキュート。

「アメリカから荷物を持って行ったんだが、日付を間違えた」

「日付? あっ、日付変更線!」

「はははご名答。気がついたときはもう十二月二十五日だった」

 トロピカルカクテルを飲もうとしていたキュートは思わずストローを吹いた。

「去年、日本で大騒ぎになった『クリスマスプレゼント遅延事件』はあんたの所為だったんだ」

「おまけに配達間違い、個数間違いにプレゼントの破損等々、ここに来るには十分な理由だろ」

 サンタは昨年の失敗の責任を取らされるべく、今年この常夏の国に異動させられた訳である。


 自虐的に笑みを浮かべる彼を見て、キュートはやれやれとした表情で座っていた椅子から立ち上がり、薄手の上着を羽織った。

「さあ、行くわよ」

「どこに?」

「何言ってんのよあんたは! 仕事でしょ、し・ご・と! あんたは今日中にそれを配らないといけないんでしょうが!」

「でも……」

「デモもカモも無いわよ! ここであんたが失敗したら、今度は南極に飛ばされるわよ! 私たちの職場は弱肉強食なんだからね!」

 南極は、どうしようもない失敗や不祥事をやらかした者が飛ばされる不毛の地。サンタ、キュートにとっては最も行きたくない場所である。

「すまない」

「あやまるのは仕事が終ってからにしてくれる? 手伝うからにはたんまり報酬はいただくわよ」

「そりゃ、ボーナスが出たら何でもおごるよ」

「ボーナスですって! あんた私に来年の夏まで待てというの?」

「だって、僕今無一文だから……」

「あきれた。そんな事で今晩中に配りきれるの?」

「……」

 自信無さげにかぶりをふるサンタ。それを見てキュートの怒りが爆発した。

「もう〜イライラする! とっとと行くわよ!」

「どこに?」

「私の定宿よ! 作戦会議するからついて来なさい!」

「はい――うわ! 痛い!」

 キュートはサンタの背中に膝蹴りを食らわせて、そのまま二人してビーチを後にした。


 この二人、こう見えてかなり仲が良い。いや、キュートがかなり世話女房である。

 いつも要領が悪く、自信なさげな上に動きも遅いサンタと言葉は悪くとも、彼を放っておけないキュートは、傍目から見れば、いいコンビであった。

 しかし、神様という仕事は、本来は一人仕事である。ただこの二人の間にこうして交流があるのは、同じ国の出身で、同時期に神様養成所に入った同期生というのも影響しているのかもしれないし、それ以上に何かがあるのかも知れない。ただ、神様たちの中ではかなり異端児の部類に入る。

 

 夜も更け、人々が寝静まる時間となった。キュートは動きやすいTシャツにハーフパンツ出で立ちに、商売道具の弓矢を背負って、サンタの仕事を手伝っていた。見るのも暑苦しい服装で元々手際が悪いサンタだったが、キュートがテキパキとプレゼントの置き場を瞬時に指示してくれたので、仕事は予想以上にはかどった。残りも少なくなり、あと数件で終るところまで進んだので、二人は少し屋根の上で休憩をとる事にした。

「ほら、御覧なさい。私が加わると百人力でしょう」

 キュートは仕事が進んで満足げに話す。

「いや、千人力位あるよ。本当に助かった」

 本当にほっとしてため息をつくサンタ。

「これで私が手伝ったということを差し引いても、来年はここから脱出できるでしょ」

「え? 差し引くってどういうこと」

 サンタはキュートの『差し引く』という言葉に引っかかった。

「知らないの? 私たちの仕事は一人で行うのが基本でしょ。だから手伝ったり手伝われるのは、原則禁止事項で減点対象なのよ、知らなかった?」

 キュートの言葉を聞いて見る見るうちに青ざめるサンタ。

「それじゃ――僕の仕事を手伝うとキミも減点?」

「そうなるわね」

 ペロッと舌を出して笑うキュート。するとサンタは突然立ち上がりって、

「僕、全部プレゼント回収してくる! 最初からやり直す!」

 普段からは考えられないほど俊敏な動きをするサンタを見てキュートは驚きでうろたえた。

「ちょっ! せっかく配ったのに回収ってどういうことよ!」

「そんな、禁は知っていたけど、手伝った方まで、つまりキミまで減点なんて知らなかった――だからそんな事させる訳にはいかない! 最初からやり直すから、キミは早く帰れ! 僕と一緒にいてはいけない」

 今配ったばかりのプレゼントを取り戻してきてまた袋に詰めるサンタ。

「何言っているのよ! そんなことしたら夜が明けちゃうわよ! 間に合わなくなるわよ。そうしたら今度こそあなた南極行きよ!」

「それでもいい。キミはもう少しで良いところ行けるのに、こんな僕をかまっていては行けないんだ」

 怒るキュートを尻目にサンタは一軒、もう一軒とプレゼントを回収していく。

「私があなたを手伝いたかったんだからいいでしょ」

「駄目だ!」

「何でよ! 私の事なんだから勝手でしょ!」

「違う。キミは僕の誇りなんだ」

「えっ……?」

 いつもとは違うサンタを見てキュートは動揺する。

「キミは僕たちが養成所にいた頃に夢にまで見た神様になりつつある。その夢に進むキミは僕は誇りに思う。でもここで……こうして僕の手伝いをして減点されて遠回りしてはいけない。キミは、キミの夢をつかまないといけない。こんな所で僕にかまってはいけないんだ」

 ゆっくりと、しかしはっきりと自分の言葉でキュートを諭すサンタ。今までこんなサンタをキュートは見たことがなかった。


「でも、私はあなたが気になるのよ、困っているのに放っていくわけにはいかないじゃないの、私は好きでここにいるの」

「そんなわがまま言わずにここで帰ってくれ」

「いや!」

「帰ってくれよ!」

「いや! ついて行く。回収するなら私も手伝う」


 丑三つ時に人様の屋根で押し問答をする二人。そうしているうちに、東の空が徐々に白んできた。

「ほら、もう夜明けになる。早く行けよ!」

「いやよ、それにもう決めたんだもん。私はあんたとここにいるって」

「自分の夢を捨ててまでかよ!」

「いいもん。私も気がついたんだもん。私はあんたとこうしているのが一番だと思ったんだもん」

 まるで駄々っ子のように拗ねた口ぶりで話すキュート。その口ぶりに呆れ顔のサンタがつぶやく。

「頼むから――本当に後悔するぞ」

「しないもん。私はここに残ってあんたの仕事を手伝うの! 私の事より早く皆にプレゼント届ける方が神様にとって大事な事でしょ」

 サンタはキュートの言葉を聞いて我に返る。そう、サンタの仕事とは……。


「よく言いましたね、キュート。それこそ私たちが求めている神の姿ですよ」


 いきなり二人の頭上から声が降り注いだ。その声を聞いて二人は背筋が伸びる。

 声の主は二人が養成所から教えを受けていた、神をまとめる神『マザー』だった。

「サンタ、あなたの友を思う気持ちは誠に立派ですが、本来の仕事を忘れてはなりません。それを教えてくれたキュートに感謝せねばなりません。そしてキュート。そなたもサンタ――友を思う気持ちは立派ですが、神の仕事は本来一人でするもの。禁を犯してまで手伝っても、友は喜びません」

「はい……」

「わかっています……」

 二人は直立不動でその声に対して返事をする。

「さあ早く、二人で今の仕事を行うのです」


 マザーに促されて、残りの仕事を急いでこなすサンタとキュート。二人とも黙々と。お互いに相手に対して申し訳ないという気持ちを抱きながら。


 しばらくすると、全てのプレゼントを配り終わり、クリスマス・イブの仕事は終った。

 すると、再び頭上から声が聞こえ、空からゆっくりマザーが二人の前に降り立った。

「ご苦労でした。サンタよ、今年はキュートに手伝ってもらったものの、無事に仕事が完遂できた事は喜ばしく思います。昨年の失敗をよく糧にしましたね」

「はい……」

「お褒めにあずかり、恐縮であります」

 サンタ、キュートとも頭を垂れてマザーの声を聞く。

「しかし――二人とも解っていますね。禁を破ってしまった事は許されざる事。二人は罰を受けなければなりません」

 その言葉を聞いて、サンタがマザーに向って叫ぶ。

「マザー! キュートには罪がありません。私がキュートに頼み込んでやってもらった事です」

「いいえマザー、私が勝手にサンタを手伝ったまでです。サンタからは頼み込まれてません」

 サンタの声を抑えるようにキュートも叫ぶ。その二人の叫びを聞き、マザーはゆっくりとした口調で話す。

「二人とも、お互いをかばう気持ちは良くわかります。しかし、ルールは守らないといけないもの。神の仕事は一人で行って一人前。二人とも解っていますね」

「はい……」

 二人はうな垂れながら返事をする。


「では、今回の罰を言い渡す前に二人に聞きましょう。あなたたちは自分自身を一人前と思いますか、思いませんか?」

 いきなりのマザーの質問に二人は戸惑った。しかし少し経ってからサンタが、

「私はまだ半人前、いやまだ半人にもいっていないと思います」

 と、その答えを聞いてキュートも続く。

「私――私もまだ半人前と思います。私もまだまだです」

 二人が答えると、マザーは二人に微笑みかけ、ゆっくりとした口調でサンタとキュートに語りかけた。

「今回の二人への罰は――あなたたちが一人前になるまでのしばらくの間、神の仕事を必ず二人で行うことです」

「えっ、今なんとおっしゃられました?」

「??」

 マザーの言葉が理解できない二人。

「キュートの罪は一人仕事と知りながらサンタの仕事を手伝った事。そしてサンタの罪はプレゼントを遅延しかけ、キュートに手伝ってもらった事。しかし、先程あなたたちは自分自身が半人前と言いましたね。仕事も半人前しか出来ないのであれば、当然罰も半人前です。したがって、今回の罰は二人で一人前です。そして、この罰のもう一つの条件は、互いの仕事を二人助け合って一日も早く相手を一人前にすることです。これができなければ、今度は本当に一人前の罰を受けてもらいますよ。いいですね」

 マザーの言葉を聞いて、目を白黒させるサンタに、小躍りするキュート。実質的にお咎めなしである。

「マザー?」

「ありがとうございます!」

 マザーは二人の言葉を聞き、満足そうに一言だけこう付け加えた。

「私は二人の友を思う気持ちに心を打たれました。だからしっかり罰を受けとめて、これからの仕事を精進しなさい。解かりましたね」

 二人はマザーの真意が解った。こんな罰はいままで聞いたことがなかった。

「ありがとうございます」

 サンタとキュートはマザーに向かって深々と頭を下げた。


 それから二ヵ月後……。

 とある街で、バレンタインデーの日に愛のキューピットとサンタクロースが一緒になって現れたというニュースが飛び込んできた。

 見る人は我が目を疑ったが、その出で立ちはどう見てもサンタクロースらしかった。

 そして、愛の矢を渡すサンタクロースとそれを受け取るキューピットの二人の姿は、見ているものがうらやましくなるほど微笑ましく、いつしか、その二人を見たものは、自分の一生のパートナーを見つけることができるという噂話となった。 

 しばらくの間、サンタとキュートはお互いよきパートナーとして人々に愛を振りまいているのかもしれない。


 ☆おしまい


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[一言] 夏のサンタ、面白かったです。キュートやサンタが思い合う 相手の力になりたいキモチは、何よりもまして大切で、 そのキモチを表現してくれたううろんさまに感謝です。 ただ最後神様のお説教に言いな…
[一言] 飛び回る二人が楽しそうで、良かったと思います。
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