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【第四話】きびだんご

【第四話】きびだんご(此れを食え。最後の一個だ)


灰色のスーツ姿の男に蹴り上げられ意識を失ったゲンジは夢の中で、二年前にはじめて侍姿のこの男に出会った日の事を思い出していた・・。


「ただいまーっ!腹減った。お母さん、今日はカツカレー・・」

笑顔を見せるゲンジの前に突然、黒い軍服を着たふたりの男達が現れ取り囲む。

「誰だ!お前達は。ウチに何の用だ」

そう言っている間にも素早くひとりの大男がゲンジの背後から両腕を掴み、正面に現れたもうひとりの大男がコンバットナイフを構えてゲンジの体の自由を奪う。

「お前らまさか、昨日の侍の仲間か!」

そう叫んでゲンジが睨みつけた大男の脇から黒い軍服を着た小柄な少年が現れ、不敵な笑みを浮かべながらゲンジに目を合わせた。

(遂に突き止めたぞ、異能者めが)

頭の中に響くその声を聞いたゲンジは少年に向かって言った。

「何言ってんだよ、お前。異能者って俺?だったら勘違いだ。昨日の侍と間違えているんじゃないのか」

(フム、確かにコイツは未だ覚醒していないようだね。じゃあ、確かめてみよう。家の中の者を連れてこい)

少年の声がゲンジの脳裏に響いたところで、目の前の大男が返事をする。

「御意」

ゲンジは叫んだ。

「何だと・・お母さん、早く逃げろ! 」


ゲンジの声が空しく家の中に響いた後、大男が家の中から首を垂れたゲンジの母、静を肩で支えながら、動けないゲンジの前に連れてきた。

「おい、貴様!お母さんに何をした!!」

大男は静の細い顎を持ち上げ、小柄な男に視線を合わせた。

「おかあ・・まさか、死んでないよね、お母さん・・・」

頭を垂れピクリとも動かない静の姿を目の前にしたゲンジが声を震わせながら呟くと、黒い軍服を着た少年はニヤリと笑いながら無言で応える。

(安心しろ、まだ殺していないよ。君には訊きたいことがあるからね)

「だから俺は何も知らないって。勘弁してくれよ・・」

目に涙を浮かべながら苦笑いするゲンジの前で少年は短剣を持ち、静の首に切先を当ててゲンジの脳裏に向かって言った。

(君が言う“侍”、奴と君はどういう関係だ?兄弟、親族、或いは・・。応えないと君の母親は、今はただ気を失っているだけだけど、こうすると・・)

小柄な男が手首を軽く動かすと静の首筋から真っ赤な鮮血が流れはじめる。

「や・・・やめろおっ!」

(やめないよ。この程度だと半日くらいはもつかな)

短剣の切先が静の首筋に深く入っていく度に出血量が増えていく。ゲンジは全身の筋肉を振り絞って背後から押さえつける大男の腕を振り払おうとするが、ラグビー選手のように胸板が分厚く体格をした大男の身体はビクともしない。

「やめろ!お願いだ。頼むから・・やめて・・・くれ」

大男に両腕を掴まれたゲンジは暫く足掻き続けた後、そう呟くと全身の力を弛緩させ瞼を閉じていった。

(なんだ、もう終わりか。つまらないな。だったらさっさと片付けてしまおう)

黒い軍服の少年が心の中でそう呟いたところでゲンジの首元が緑色に輝き、「キーン・・」という微かな音がゲンジの胸元から響きはじめる。するとゲンジはゆっくりと顔を上げ、うっすら瞼を開けてポツリと呟いた。

「その手を・・離せ」

すると突然、ゲンジの背後に居た大男が急に「ぐわあっ」と声を出してゲンジを押さえつけていた手を離し、左胸を押さえて踠きはじめた。

(ほお、この能力チカラは・・見せてもらおうか。君の能力がどんなものか)

黒い軍服の少年がニヤリと笑うその前で、ゲンジの背後の大男は目、鼻、口、耳、そして皮膚等、ありとあらゆる穴から次々と出血を流しはじめた後「ドサッ!」と大きな音を立てて崩れ落ちるように倒れると、それきり動かなくなった。

(成る程、君の能力は“念話”だね)

そう頷く少年に向かって、ゲンジは睨みつけて呟いた。

「お前ら・・絶対に許さない・・・。お母さんを・・離せ」

すると静を押さえつけていた大男も目や耳から血を流しはじめる。そしてその傍らにいた少年もまた、胸を押さえながら顔を歪ませはじめた。

(痛っ、このままじゃ僕もあぶないな。でもその程度の能力じゃ僕は倒せないよ)

ゲンジの脳裏にそう話しかけたところで少年の姿が一瞬消えた直後、ゲンジの胸元に再び現れ、ゲンジと視線を合わせると両目を大きく開いた。

「うっ痛・・な、何だこの痛みは・・ゲフッ、ゲフゲフ・・・」

苦痛に悶えながら目、耳、鼻から血が吹き出したゲンジは、その場に倒れ込みながら呟いた。

「お・・かあ・・さん」


二年前に自宅の前で起きた事を思い出していたゲンジは心の中で繰り返し呟いた。

(お・・かあ・・、おかあ・・さん・・そうだよ、アイツがお母さんを!)

自分の心の声で目を覚ましたゲンジが、うつ伏せのまま瞼を開き大声で叫ぶ。

「お母さんっ!」

それからゲンジは素早く立ち上がり、辺りを見渡してみたものの陽子の姿は見当たらなかった。ゲンジは足早に灰色のスーツ姿の男の前に駆け寄ると、男のネクタイを掴んで言った。

「おい、お前。あのとき俺やお母さんを襲ったのはお前の仲間なのか!」

復讐の眼差しをしたゲンジが男に詰め寄る。互いの鼻先がぶつかりそうな位近付いたふたりの容姿は似たような体格をしていたが、猫背のゲンジに対し背筋の伸びた男の身長はゲンジよりひとまわり大きく見える。そして顔つきも似たような顔立ちをしていたものの、くせ毛のゲンジに対し直毛の長髪が風に揺れる男は、どこか威厳を感じさせる風情を伴っていた。決起迫るゲンジに対し、男は少し表情を柔らかくすると両手を上げて抵抗の意思は無いとアピールした後、頭を下げながら言った。

「済まぬ。あのとき儂は・・一足遅かったのだよ」

「ひとあしって・・どういう事だよ。気が付いたら俺はいつの間にか病院に居て、お母さんは行方不明だって警察に聞かされたんだ。家の前には何も無かったけどルミノール反応で多数の血痕が確認されたって。事件性の可能性が高い事から全力を挙げて調査するって言ったのに、その後警察なんて結局何もしてくれなかったし、お前の事も言ったんだけど信じてくれないんだよ、誰も・・」

「そうであろう。ある日突然目の前に侍と恐竜が現れて戦い始めたとか、念話を操る黒い軍服を着た少年が現れたとか、一体誰が信じるというのだ」

「え?なんでお前は俺が言った事を知っている?まさか、警察とグルなのか」

「行動は共にしておらぬが情報を入手する事は容易い、と言っておこう」

「そう・・なのか。じゃあ黒い軍服を着た奴等の正体は知っているのか」

「無論、知っているが今のお主に教えたところでどうにかなるものではない」

「そいつらは巨大な悪の組織か何かなのか。で、そいつらがお母さんをさらって行ったのか?もっと詳しく教えてくれ!」

「お主の心、心拍がもう少し落ち着いたら、儂の知っている事を話してやろう」

「いいから今すぐ言えっ!お母さんの事は山ほど聞きたいことがあるんだ。でも今は先ず陽子だ。陽子を何処へやった!これは間違いなくお前がやった事だろう」

「先刻の小娘の事なら心配無用。お主の携帯情報端末で試してみるがいい」

「ケータイ情報なんとかって・・・スマホのことか?」

それまでネクタイを掴んでいたゲンジは右手を緩め、M65フィールドジャケットの胸ポケットからiPhoneを取り出して画面に目を向けた。

(ひさしぶり!今晩、楽しみにしてま〜す♬)

待機画面に映し出されたSNSのプレビュー表示は、つい今しがた発信された陽子のコメントだった。

「え?そんな・・『ひさしぶり』ってどういう事だよ。お前、陽子に何をした!」

それからゲンジは高鳴る鼓動を胸で抑えながら、陽子に電話を掛けた。

(あ、もしもしゲンジ?どうしたのよ?珍しいじゃない、アンタから直電掛けてくるなんて)

「おい陽子!お前、ホントに大丈夫・・・なのか?」

(大丈夫ってどういう意味?それよりアンタ今何処に居るの?今晩七時にポポラーレ予約とったから遅れないでね。遅刻の常習犯なんだから、アンタは)

「陽子、何を言っている?お前はあの男に・・いや、ちがうのか」

(ゲンジこそ何言ってるの?しっかりしてね。今日は久し振りに会えるんだから)

「久し振りって、さっきまで俺はお前と一緒に・・・なあ陽子。ところでお前、いま何処に居るんだ?」

(さっき実家に着いたとこ。あれ・・そういえば私、さっきまでゲンジと喋っていた気がする・・まさかね。あ、気にしないで。私ときどき変な事言うから)

「そう、なのか・・・分かった。また後で電話する」

そう言って電話を切った直後、ゲンジはふたたび男のネクタイを掴んで言った。

「お前、陽子に何をした。まさか・・陽子の記憶を消したのか!」

「左様。あの小娘は儂の記憶を覗いた。それは本来、死にも値することなのだよ。殺されなかっただけでも有難いと思え。だがな、ちゃんと儂の遣いの者が丁重に送り届けた事は、いまので分かったであろう」

「何だとぉ!」額には血管を浮かび上がらせ目を真っ赤にして拳を握りしめるゲンジに、男は苦笑いして言った。

「フム、どうにも収まらぬとみえる。分かった、殴りたければ好きなだけ殴れ」

それから男はしゃがみ込むと、あぐらをかいて座った。

「うわああああぁっ!」

永年片思いだった陽子にやっと告白した想い出が陽子の記憶から消えた。そして何より未だ安否が分からない母、静との記憶が脳裏に駆け巡っていたゲンジはボロボロと涙を流しながら男の顔や腹、そして腕や脚を何度も殴り、何度も蹴った。

「はぁ・・はぁ・・・どうだ!これで参ったか・・え、そんな・・・」

確かに男の顔は腫れ上がり、出血し、酷い面構えになった筈なのだが、ゲンジが見ている間にもそれは少しずつ治癒していくようにみえる。それはまるで、録画したVTRを逆再生しているかのような、奇妙な光景であった。

(そんな馬鹿な、殴っても殴っても・・どんどん治っているじゃないか。やっぱりコイツ、普通じゃない)

「痛うっ・・普通で無いのも当然、儂は葦原中国の民ではないからのう」

「アシハラノなんとかって・・・そういえば二年前も言ってたよな。だったらお前はナニジンなんだよ。宇宙人か?」

「儂は常世国より来たりし者。それ故お主らとは身体のつくりが少々異なる。それから安心しろ。儂が小娘の記憶を消したのは此処に居たときだけだ」

「“だけ”だと?ふざけんじゃねえ!お前は何も分かっちゃいない」

陽子とはじめて口吻を交わしたことを思い出しながらゲンジが目を真っ赤にして男に迫ると、そんなゲンジの心を読みとったのであろうか、男は頷いて言った。

「左様か。では改めて・・二年前と此度の件、いま一度お詫び申す」

それから背筋を伸ばしたまま頭を下げ深々と一礼した後、男は顔を上げると鋭い眼光を向けて言った。

「偶然か必然か・・・儂にも解らぬが、あのとき此処に居たお主は“来るべき刻”の流れに介入してしまったのだよ」

「来るべき刻?なんのことだよ」

「今後お主は儂と行動を共にし、来るべき刻に備え心身を鍛えていかねばならぬ」

「なに勝手にヒトの人生決めつけてんだよ。冗談じゃねえ。これ以上俺の人生を狂わせないでくれ」

「こうしていま儂と会話をしている時点で、お主は今後も身の危険に晒されるであろう。その時、お主の側に先刻の女が居合わせたらどうするつもりだ?今度こそ護れるのか?それとも誰かに助けてくれとでも懇願するつもりか」

「勿論俺が、お母さんも、陽子も、絶対守ってみせる」

「気持ちは分からんでもないが敵は強いぞ。少なくとも今のお主よりはな」

「そんなの鍛えればいいんだろ。俺だってもっと強く、そう、強くなりたいんだ」

「ならばお主に授けたその勾玉の使い方を教えてやろう。そして勾玉の能力によりお主が完全に覚醒した暁には、儂に手を貸してはくれぬか」

それから男は正座をしてゲンジに平伏した後、ふたたび顔を上げて言った。

「よいか。これより十六年後、お主が二年前に見た“大蛇”(オロチ)と呼ばれる巨大な竜や蟲達が棲む世界、常世国に儂は行かねばならぬ。それは十八年に一度、ずっとむかしから繰り返してきた事だ。しかし其処に行く為には何時、何処でその道が通じるのかを予め知り得る水先案内人が必要となる。前回の水先案内人は、お主がみたあのフクロウだ。だがそのフクロウ、“マガタマノカミ”はお主も知っての通り、二年前に死んだ。そして死ぬ直前、ヤツは託したのだよ、それが・・」

「俺・・なのか?異世界に行く水先案内人としてこの勾玉を託されたって言うけど、こんなモノを手にしたところで俺には特別なチカラなんて・・でも待てよ。二年前に夢で見た、お前が恐竜と戦っていた記憶・・あれは一体、何なんだ?」

「あのときお主が見た大蛇や蟲が夢などではない事はそのうち分かる刻がくる。ところでお主、夢はあるか?」

「いきなりそんな事言われても、とにかく今はお母さんを探し出す事しか考えられない。お母さんとまた家族ふたりで暮らす事が俺の夢なんだ」

「そうか・・・母親が何処かで生きている事こそがいまのお主の心の支え、とな」

それから男はしばらく目を瞑った後、ゆっくりと口を開いた。

「儂と一緒に来い。そして鍛えるのだ。身も、心もな。何よりいまは先ず、心を落ち着けろ。然すればお主の母親の情報も自然と入ってくるようになる」

「大丈夫です。お母さんの事は知りたいけどお前と一緒なんて真っ平御免だ」

「大丈夫・・つまり儂と一緒に来てくれると云うことか。だがまっぴら御免とはどういう事だ。お主の言葉はよく解らぬが、鍛えれば光る珠玉の逸材であることは間違いない。努力次第で奴等を凌駕する能力チカラを得る可能性も秘めておる」

「何でそんな事言えるんだよ。それから別に鍛えてくれなんて言ってねえし」

「儂には相手の潜在能力が見える。こうして改めて見てもお主の潜在能力は極めて高い。だがいまはその能力を全くと言ってよいほど生かしておらぬ。兎に角、今からお主は儂と行動を共にしろ」

「ちょ・・ちょっと待てよ!俺は今晩同窓会で、その・・・」

「繰り返すが儂とこうして会話をしている時点で、既にお主は危険な状態に晒されておる故、今後、お主は家族や友人には出来るだけ会わない方が良いであろう」

「家族なんて・・今は誰も居ないよ。もうホントに最悪!今日は厄日だ」

「厄日、とな。では早速、厄除けにでも行くとするか」

「行くって何処へ?」

「話が長くなる。続きは追々してやろう」

そう言うと男は足早に富岳風穴入口の駐車場に向かって歩いて行った。ゲンジは急いで男の後ろについて行くと、ふと男が振り返って言った。

「さて、取り敢えずお主の能力チカラを試してみるとしよう」

「え、試すって何を?」

「此れを食え。最後の一個だ」

男は胸の内ポケットから小さな巾着を取り出し、中から卵大の白い紙に包まれたものを手に取るとゲンジに渡した。

「何これ?」

眉をしかめ首を傾げるゲンジに男は言った。

「きびだんご」



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