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【第十四話】白龍

【第十四話】白龍(そうだな、先ずは剣を取れ)


無数の星が煌めく夜空の下で護衛艦やまとの艦長、鶴巻は目を細めながら地中海の向こうに広がるリビアの夜景をぼんやりと眺めていた。


ふと突然、それまで水平線の向こうでリビアの夜を灯していた光がすうっと消えていく様子を目にした鶴巻は思わず声を上げた。

「何だ?大規模な停電・・いや違う。夜空の星までもが消えているではないか」

水平線の向こう、リビアの大地を覆った暗闇はその後、夜空に瞬いていた星達の光を食い尽くしながらこちらに向かって急速に迫ってきているように見える。その鶴巻の前で各種レーダーを監視していた乗組員が声を上げる。

「艦長!前方2時、距離500kmに巨大な重力波を確認・・え、そんな馬鹿な」

その直後、護衛艦やまとの全ての照明が消え、艦内は暗闇に包まれた。

「どうした!予備電源に切り替えろ」

水平線から天頂に向かって消えていく星空のなか、未だ瞬いている天頂の月の光が灯す微かな光が差し込む艦橋室に響き渡る鶴巻の声にレーダー監視員は応えた。

「電源は異常ありません。消えたのは照明類だけでレーダーも生きています」

「照明は整備兵にすぐ調査させろ。重力波レーダー、何か映っているか?」

「はっ、それがあの・・赤外線、紫外線、放射線、すべての観測可能な波長の光が前方十二時、巨大な重力波の中心に向かって・・吸い込まれていきます!」

「あのお方・・司令は何故このような無用の長物を本艦に載せたのか、乗組員誰もが思っていた“365日何も表示しない黒い箱”、重力波レーダーがいま反応しているという事は核兵器の使用・・いや、これほどの巨大な重力波、これが現実なのだとしたら、我々の頭上にはブラックホールでもあると云うのか?」

その後も辺り一面はみるみる暗くなっていき、遂には天頂に輝いていた月までも暗闇が食い尽くすと、視界一面は漆黒の闇と化した。この奇怪な現象に呆気にとられて動けずにいるのか、或いは何か深く考えているのか、顎に手をやり無言を貫く鶴巻の前で、今度は天頂から一筋の光が一直線にリビアの大地に向かって降りていくのが見えた。その直後、レーダー監視員は再び声を張り上げる。

「巨大な重力波の中心に“重力の穴”が開いているように見えます!」

「この光は・・・目標までの距離は約500km。そして司令からの出撃の合図は『漆黒の闇に一筋の光が灯したところへ向かえ』だったな。これこそまさに・・・」

そうつぶやいた後、鶴巻はマイクを手に取り艦内の全員にこう告げた。

「これより本艦は予定されていた極秘任務を遂行する。総員、直ちに作戦行動を開始せよ!繰返す。総員、直ちに作戦行動を開始せよ!」


一方、一筋の光が差し込むリビアの砂漠の片隅で、ヘルメットを脇に抱えた白髪混じりの男が、トリコロールカラーにHONDAのウィングマークが輝くビッグオフロードバイクに跨がり、その一筋の光がみるみる収束していく様子を見つめていた。その男の両脇にはふたりの側近と思しき男達が、白髪の男のものとは色違いの黒いオフロードバイクに跨がっている。ふと、迷彩柄の軍服を着た側近のひとりが言った。

「司令。遂に来ましたね、このときが」

司令と呼ばれる男は跨っていたバイクの背中をポンポンと軽く叩いて言った。

「そうだな、皆、今までよくやってくれた。あとは“果報は寝て”だ。それにしてもこのマシンはよく疾る。聞き分けの良い、身心共に鍛え上げられた名馬だな」

「バイクに心があると、仰られるのですか?」

「動力源であるモーターや車体の姿勢を制御するAIが、まるでよく躾けられた名馬のように会話をしてくれるからそう感じるのであろう。昔はエンジンの鼓動やキャブレターの味付け、サスペンションのセッティングがそう思わせていたものだが・・。そういえば“彼”も刀乗りだったな。刻の旅人よ、君達が帰ってくるのを待っていたよ。さて、そろそろ時間だが“白龍”は間に合いそうなのか?」

「はっ、守山隊員達が全力で作戦を遂行しておりますが、やはり我々の力だけでは難しいです。ですが白龍、“彼”ならば必ずやり遂げてくれると、信じております」

「今は守山君達と白龍の能力チカラを信じるしかない。白龍が破壊されてからこの十八年間、我々は白龍が予測した最悪の事態に対し出来る限りの準備はしてきたつもりだ。あとは祈るのみ。来るべき刻の往く末を、そして我々人類の未来を・・」


司令と呼ばれる男がそう呟いて見上げた空に、それまで差し込んでいた一筋の光がすっと消えていく。それから間も無く、消えゆく光の中から翼を広げた馬の影が姿を現した。

「バサアッ・・・バサアッ・・・」

ゆっくりと翼を羽ばたかせながら地上に降り立ったのは、背中から翼を生やした白い馬だった。この、地球には存在する筈の無い伝説の獣“ペガサス”の上には、背筋を伸ばして手綱を握るゲンジと、ゲンジの背中にもたれ掛かり息苦しそうに胸を押さえつけるモモの、ふたりの姿があった。

「ック・・ゲホッ、ゲホゲホッ」

久しぶりに地球の大気を吸い込んだゲンジは多少の息苦しさを感じたものの直ぐに呼吸を整えた。一方、モモは未だ胸を押さえつけ肩で息をしている。

「モモ、大丈夫か」

ゲンジの言葉にモモは苦笑いして答える。

「心配無用、葦原中国に辿り着きさえすれば儂の身体はじきによくなる。それよりゲンジ、お主の方こそどうなんだ、腰の具合は」

ゲンジは腰に付けた金色の巾着を開け、中から桃の実をひとつ取り出して天馬“フェン”に食べさせながら言った。

「なんだか調子いいよ。お前も食うか?」

ゲンジから桃の実を受け取ったモモは早速それを食べながら言った。

「おぉ、済まぬ。グシュッ、ンチャ、ンチャ・・ゴク、五臓六腑に染み渡るわ。ところでお主のその日に焼けたような肌の色に緑色をした髪の毛、やはり間違いない。遂に手に入れたのだな。あの能力を」

「チカラって・・ああ、俺の身体の変化の事ね。さっき、鳳凰から聞いたよ」

緑色の髪の毛を掻き上げ茶色い肌を露わにしたゲンジが頷くと、桃をひとつ平らげたモモが言う。

「フウ、桃の実のお陰で少し身体が楽になった。お主の身体は日光と空気と水さえあれば、こんな桃なぞ必要ないのかもしれぬがのう。して鳳凰、不死鳥が大蛇に喰われる直前、お主は奴と話をしたのだな。あの鳥は何でも知っているというのは真か。そしてその不死鳥の無限の知識を受け継いだお主は、例えば此処、葦原中国の高重力下で儂らを乗せたフェンが何故こうして空中を飛び続けられるか知っておるのか?」

「ああ、天馬の翼には空気の分子の向きを揃える機能があって・・えっと、何だっけ。それも鳳凰の記憶から引き出せるんだけど、説明は結構難しいんだよな。そうだ、白龍を呼び出してみるか。アイツはそういう難しい話が得意分野だからね」

そう言うとゲンジは、両耳にイヤホン型ウェアラブル端末を装着して遠くの景色を眺めた。するとゲンジの視界の中央にイヤホン型ウェアラブル端末が映し出す緯度・経度といった座標や時刻、地図等が次々と表示されていく。端末が正常に機能している事を確認したゲンジは、明るさを取り戻していく地平線の彼方に向かって言った。

「白龍!俺の姿が見えるか。俺たちは帰ってきたぞ!」

しばらく応答を待ったものの、白龍の姿は一向に現れる気配がない。

「おい白龍!聞こえないのか?おかしいな、通信機能は問題ない筈なんだが・・」

するとモモが言った。

「十八年前、常世国に向かう直前に白龍との交信が途絶えたのは憶えておるか」

「ああ、するとやはりコイツの通信機能に何か問題が・・・」

「否、その機械は正常なのだとすると白龍は・・」

モモがそう言ったところで、ゲンジは自分の腹部に何かが触れるのを感じた。

「これは・・・」

へその辺りに赤い点がみえる。ゲンジがそれに触ろうとした瞬間、赤い点は真っ白な光に変わっていった。

「いかんっ、触るな!」

そう言ってゲンジの腹部に映る白い光を遮るように差し出したモモの左手の手首から先が、灰色の煙を出しながらあっという間に蒸発していった。

「大丈夫かモモ!」

突然失った左手を右手でぎゅっと押さえたモモは、左手首からの出血が無い事を確認すると大きく息を吸って吐くと同時にスッと背筋を伸ばし、ゲンジが持っていた大太刀“フツノミタマ”を右手で掴みとり、ふたりが乗っていた天馬フェンの馬上からゲンジの身体を思い切り突き落とした。突然のモモの行動にゲンジの身体はバランスを崩して落下し「ドサッ」という音と共に5メートル程下の砂漠の上に着地した。

「ゲフ、痛ぇな。いきなり何すんだよ。それよりモモ、お前左手が無くなっちゃったじゃないか。そんな身体で一体何を・・て、ちょっと待て。モモ、お前その顔は」

月明かりの中、ゲンジの目に映ったモモの顔には皺が刻まれており、明らかに老けて見えた。モモはフェンの上からゲンジを見下ろして言った。

「たかが左手ひとつ、どうという事は無い。ゲンジ、お主はここで見物していろ」

それからモモは額をフェンのたてがみに押し付け、心のなかで伝えた。

(翔べ、フェンよ。これが儂らの最後の戦いだ)

するとフェンは鼻先を上げ、翼を大きく広げて羽ばたいた。それからモモを乗せたフェンが空に舞い上がったところで、1m四方程度の黒い物体が次々と浮かび上がり、フェンの周囲を取り囲んでいく。

ウェアラブル端末を通してその光景を見ていたゲンジは呟いた。

「なんだこれは?レーザー兵器で武装した大型のドローン・・なのか」

モモが跨るフェンの周りを取り囲んだ巨大なドローンに向けて、フツノミタマの切先を向けたモモがその大太刀をひと回しすると、切先が触れていないにも関わらず複数のドローンがバランスを崩して墜落していった。

(すげえ・・ゴウさんが以前やってみせたカマイタチの技、それをモモは片手で出来るのか)

そう心の中で呟いたゲンジに、モモが念話で応える。

(感心している場合では無い。いま破壊したガラクタの十倍以上の数の玩具が、此処に向かってきておるぞ)

モモの呼びかけにゲンジも頷く。

(分かってるよ。うんざりする程の数のドローンを俺の端末も捉えている。十八年も経つと技術も進歩するんだな。レーザー兵器をドローンに乗せられるなんてさ)

(感心している場合ではないぞ。いまのお主には手の届かぬ上空の敵を撃ち落とせる武器は、何ひとつ無いのであろう)

(確かにそうだな。でももっと厄介なのはコイツ等の意思が聞こえないって事だ。つまりこれまで俺達が優位に戦う事が出来た理由、奴等が隠れている場所や対峙した時の動きを予測する事が、意思を持たぬ機械相手では出来ないって事なんだよ)

ひとつ、またひとつとドローンを破壊しながらも、モモはゲンジに返事をした。

(やはりお主もそうか。索敵は目視のみ、動作も予測不能となると、儂らは圧倒的に不利。・・ならば、本丸を叩き潰すまでだ)

モモの言葉に頷いたゲンジは目を瞑り、意識を集中させて“遠くの声”に耳を傾けた。するとゲンジの背後500m程の距離から(さあ行け、僕の兵隊達よ。あいつらを倒せば、理想の世界が現実のものになるんだ)という声が聞こえてくる。

(見つけた。コイツは、この感覚は・・黒龍)

そう頷いたゲンジは、ウェアラブル端末に映し出される映像を拡大させていった。

(やっぱりこの感覚は・・そう、この光景は今まで何度も夢で見た・・・)

それからウェアラブル端末に表示された映像が画像処理により高精細になっていく様子を見ていたゲンジが、突如大声を上げる。

「やっぱりあれは・・陽子じゃないか!でも何でこんなところに、まさか正夢だなんて、だとすると陽子はこの後・・って冗談じゃない!今度こそ俺が助けるんだ」

ゲンジの頭上20m程の高さでフェンに跨りながら無数のドローンと対峙していたモモはゲンジの声を脳裏で聞いた後、未だ再生する気配のない左腕にちらりと目をとめて頷くと、ゲンジの脳裏に声を掛けた。

(ゲンジ、儂が囮になるから、お主は女を助けろ)

モモの言葉にゲンジは驚いた様子で返事をした。

(え?・・・モモお前、いま何て言った。お前から“他人を助けろ”なんて言葉を聞いたのは初めてだよ)

(永年生きていれば、気が変わることもある)

(どういう風の吹き回しか分からないけど・・・了解した!)

ゲンジがそう返したところで、突然ふたりの頭上に黒い巨大な影が浮かび上がる。

「モモ!空から何か降ってくるぞ。これってまさかあのときの・・・」

ゲンジが見上げた空に浮かび上がった巨大な黒い影は次第に重力の影響を受けて落下速度を上げていき、フェンに跨るモモの横を通過した後、ゲンジの前方10m程の砂漠に着地した。

「ズザアァーン!」

大量の砂漠の砂が巻き上がり砂埃で視界一面が黄色く霞む中、一匹の巨大生物がその姿を露わにしていく。緑色の羽根を無数に生やした翼を広げたその姿は西洋の竜“ドラゴン”を思わせる一方、頭頂部に生やした長い羽根は鶏冠にも似ており、その特徴から常世国を去る間際に対峙した大蛇であろう事を、ゲンジとモモは確信した。

「此奴め、まだ生きておったか。常世国で退治した筈だったのだが・・ゲンジ、済まぬ。ドローンの囮を演じるどころでは無くなった。不死鳥の血肉を喰らい、より強大になった大蛇に片腕の儂が対峙するのは至難の業、無謀というものだ。足止めするのが精一杯故、此処から動く事は叶わぬ」

そう言って大太刀“フツノミタマ”を右手で構えたモモの頭上から、キラキラと光る物体が落ちてくるのが目にとまる。

「なんだ・・・あれは」

モモは左腕でフェンの手綱を引いて落下物に向かって行った。翼を羽ばたかせたフェンが落下物に追いつくと、モモは右手で持っていたフツノミタマを一旦背中の鞘に収め、それを掴んだ。

「これは・・・」

よく見るとそれは、モモが常世国に向かう前にゴウに渡した八咫鏡と、ゴウが持っていた金剛杵が革紐で括り付けられていた。

(ゴウ・・なのか。儂らが常世国に向かう直前、あのとき瀕死の重傷を負った身体で黒龍を連れて瞬間移動したお主は一体、いま何処に居るというのだ)

モモがそう思ったところで、ゴウの声が脳裏に響く。

(すまんな、おふたりさん。これだけは返しておきたかったのでな)

それを聞いたゲンジが心の中で叫ぶ。

(ゴウさん、何処にいるんだよ!帰ってきてください!)

(無理だ、俺は死んだのだからな。十八年前黒龍に殺された俺は、気がつくと下は真っ暗、上は真っ白な三途の川みたいなこの場所に辿り着いたんだ。そこでふと足元を見下ろすとお前達の姿が見えた。だがその後お前達の姿はぐに消えていったのだよ。常世国に向かったのであろうお前達が帰ってきたら、俺は首にぶら下げていた八咫鏡と手に持っていた金剛杵を渡そうと立ち止まり、此処で待つことにした。それからあれは俺と同じ人間の魂なのだろう、次から次へと昇っていく、ときには真っ逆さまに落ちていく無数の光を見ながらずっと待っていたのだ。そして今、ようやくお前達が現れた。俺からのプレゼントは受け取ったな。あとは頼むぞ、モモ、ゲンジ・・)

ゲンジとモモの脳裏に聞こえていたゴウの声がすうっと消えていく。

手にした八咫鏡を、手首から先を失った左腕に革紐で巻きつけたモモの脳裏に、ゲンジは念話で伝えた。

(あのとき既にゴウさんは死んでいたなんて。俺にもっと能力があれば助けられたかもしれないのに・・・だけどモモ、お前はその鏡があればきっと大丈夫。俺が黒龍とドローンを引きつけておくから今は大蛇と対峙する事だけに集中しろ。俺はチャンスが来たら刻を止めて陽子を助け出す。うまくいったらお前のところに向かうよ)

(相分かった。だが女を助けた暁には儂のところに来る必要は無い。女を守り続けるのだ。然すればじきにこの世界の守り人達がやってくるであろう。彼等と一緒に戦うのだ。だからもう能力チカラを使うのはよせ。お主の身体は既に・・)

眉間に皺を寄せながらモモがゲンジにそう返事をしたところで突然「ズダンッ!」という音と共に砂煙を上げて跳躍した大蛇が羽根を広げ、大蛇の頭上で浮遊していたフェンとモモに向かって急上昇していく。

(馬鹿な・・これほど巨大な大蛇が、この葦原中国の高重力下で飛べるとは)

左腕に八咫鏡を巻きつけ、右手でフツノミタマを背中の鞘から抜いたモモは、フツノミタマの柄頭に草薙剣を取り付け、その切先に金剛杵を刺した。するとフツノミタマの刀身が輝き出し、甲高い音を奏ではじめる。

金色に輝くフツノミタマを掲げたモモは右手に持つ剣の振動を感じながら呟いた。

「そうか、儂は震えているのだな。死を怖れているというのか、この儂が・・」

それからモモはニヤリと笑みを浮かべ、フェンの脳裏に向かって念じた。

(そうか、だが怯えることはない。のうフェン、さあ・・往くぞ!)

モモの意思を聞き取ったフェンが眼下の大蛇に向かって急降下していく。

フェンと共に落下していきながらモモは、左腕に巻きつけた八咫鏡を大蛇に向け、右手に携えたフツノミタマを振り上げた。頭上から急降下してくるモモに気付き上空を見上げた大蛇は、フツノミタマから発せられる金色の光に目を細める。

頭上の光から眼を逸らした大蛇に対し、心の中で(いまだ!)と叫んだモモはフェンから離れて更に降下速度を上げ、大蛇に追いついたところでフツノミタマを勢いよく振り下ろし、大蛇の左目を真っ二つにした。それからモモは「ズザンッ!」という音と共に地面に降り立つと、着地する際折り曲げた膝を一気に伸ばして再び跳躍し、左目から血を流し右目の瞳孔を閉じて一時的に視力を失っているであろう大蛇を見下ろす高さまで上昇していった。

重力とつり合い空中で一瞬、静止状態になったモモは再び降下しはじめると、大蛇に向かってフツノミタマを構え直し、その切先を喉仏に突き刺した。続けてモモが全体重をその切先に預け落下していくと、「ズバアアアァーッ!」という大きな音と共に大蛇の腹が縦に裂けていく。

(流石だなモモ。珍しく弱気なことを言った直後にこれだもんな。では俺も・・)

モモが大蛇を退治をする様子を地上からみていたゲンジは大きく息を吸い込み、へその下辺りに力を込めた。そして風が止み、音が消えていく中をゲンジは走り出す。

(間に合え・・一回、間に・・二回、くっ・・三回・・苦しい。流石にこれだけの距離を何度も瞬間移動を繰り返して移動するのは・・ちょっと遠過ぎたか)

それから500m程を駆け抜け、人質となっているゲンジの同級生“藤原陽子”の前に辿り着いたところで、ゲンジの腹部に激痛が走る。

(痛っ、でもまだもう一回だけ・・。駄目だ、刻が・・・うごきだす)

それからガクンと膝を着いたゲンジはその場で砂の上に両膝を着けて咳をした。

「ゲフッ」と咳きこんだ口元を手で押さえると、ゲンジの掌が真っ赤な血で染まる。だがその血の色は赤だけではなく、キラキラと緑色に光る何かがみえた。

「そうか、モモが言うようにやはり俺の身体は鳳凰の記憶の通り・・」

そう呟いたゲンジが顔を上げたところで眼前に黒い軍服を着た少年の姿が映る。

(お前は、黒龍・・)

心の中でそう呟いたゲンジに、未だ十五、六歳にもみえる少年は腰に据えられたケースから生卵ひとつ取り出し、ゴクリと飲み込むと念話で応えた。

(ミナモトタロウ、十八年ぶりだね)

大蛇を指差しながらゲンジは黒龍に応えた。

(貴様!いますぐにでも殺してやりたいところだけど・・だけどいまはお前に付き合っている暇はない。お前にも大蛇、あの怪物の姿がみえるだろう)

黒龍は右手に持っていた木製の剣をゲンジに向けて返した。

(ああ、見えるさ。あの怪物はモモタロウと君が連れてきたのだろう。モモタロウと戦わせてどっちも死んでくれたら好都合。それより君は動くな。次に能力を使ったら目の前で人質を殺すよ)

ニヤリと顔を歪めた黒龍が見上げた視線の上には、数十機のドローンが上空でホバリングしており、其々の機体に搭載されているレーザー兵器の銃口は全てゲンジに向けられていた。

(もう一度刻を止めたとしても、同じ能力を持つ黒龍の背後にいる陽子を助け出す事は出来ないだろう。それに上空のドローンの動きは全く予測出来ないし、飛び道具を持たない俺はドローンの攻撃すら出来ない。さて・・どうする、モモ)

その頃、モモは腹を裂かれた大蛇の前で呆然と立ち尽くしていた。

モモの前にはいま、切り裂かれた大蛇の腹の中から大小百を越えるであろう数の卵が露わになっていたのである。そしてその無数の卵を見つめるモモの表情は、もはや以前みられた二十歳前後の若者の面影はなく、四十代から五十代の中年男にみえた。大蛇の卵を見ながらモモは考えていた。

(ゲンジ、お主も大変かもしれぬが、こちらも困った事になっている。これまでもこの葦原中国に辿り着いた大蛇が偶然生き永らえた事はあったが、此奴は不死鳥の血肉を喰ったことで葦原中国の刻の流れに順応し、更に自らが倒される事も見込んで予め腹の中で卵を産んで此処にやってきたのではないか。然すればもはや・・)

そう考えていたモモの目の前で卵の殻が次々と割れていき、中から一匹、二匹と、次々に成人女性と同じくらいの背格好の大蛇の子供が姿を現しはじめる。

「パリ・・バリバリ・・バキッ・・・」

その様子を両耳に装着されたウェアラブル端末の3Dカメラで確認したゲンジは、黒龍を前にしながら念話をつかってモモに伝えた。

(モモ、はやく其処から離れろ。でないと・・・)

常世国では大蛇との戦いで片肺を潰し、葦原中国に戻ってからは左腕をも失っていたモモは、先程大蛇を倒したところで満身創痍、もはや脚を一歩踏み出す力すら残っていなかった。そんなモモの前で、卵から孵化した大蛇の子供達は、周囲に居合わせた人間達を喰いながらみるみる巨大化していき、なかには既に体長が3mを超えているものまで現れていた。そして空中を舞っていた数匹の大蛇が一斉にモモに向かって降下していったところで、無数の赤い光が大蛇達を捉える。

「儂らを助ける援軍か。否、黒龍のドローンが今更大蛇を攻撃しようというのか」

赤い光の光源は大蛇の群れから数十m上空に待機していた五十機程度のドローン部隊が放った照準光であった。そして大蛇に当てられた無数の赤い光が大蛇の動きをトレースしながら白い光に変わっていくと共に、複数の光線が大蛇達の身体を瞬時に貫通した。それから空いた穴の円周をトレースするように光線が螺旋状に焦点位置をずらしていくと、ほんの数秒で数匹の大蛇の身体は燃え尽き蒸発していった。

その光景を眺めていた黒龍は満面の笑みを浮かべて呟いた。

「異世界より現れし怪物たちよ。桃太郎には倒せなくても僕が殲滅してあげるよ」

「黒龍様、油断は禁物です。この生物は現在、私の予測を遥かに上回る速度で急速に進化しています。人類とは、先の北朝鮮のミサイルといい、時折理解不能な破滅的な行動をとったり、これまでのデータの延長線上に無い成長や回復、進化をする。予測不能な生物はコントロールもまた不能です。核ミサイルで一掃すべきかと」

黒龍の耳に青龍の声が届いたのと同時に、生き残った大蛇達は一斉に翼を広げ羽ばたいて散開し、黒龍のドローン部隊がホバリングしている上空に視線を向けると、一気に高度を上げていった。ドローン部隊は再び大蛇の群れに照準を合わせてレーザー光線を照射したものの、一匹ずつ退治している間にも間合いを詰めてくる大蛇の群れには対処しきれず、一機、また一機と落とされた後、残った数十機のドローンが大蛇の群れに取り囲まれる。そして大蛇の群れは夫々一斉に、ドローンに向かって大きく口を開けて炎を吐き出し、取り囲んだドローンを一機残らず焼き払っていった。

「口から炎を吐く生物が居るなんて・・けど何だろう?その昔、僕も見た事がある気がする・・。駄目だ、僕の兵隊達がどんどん破壊されていく。確かに核を使えばあの怪物を殲滅できるだろう。でもここに居る人間も皆、死ぬんだよ。・・ゴホッ」

黒龍がそう呟いた心の声が聞こえていたのだろうか、モモも心の中で呟いた。

(その昔、欧州で暴れまわった大蛇も確かこのような姿であったが・・そも、何故あのような巨大な生物が葦原中国の空を飛べるのだ。常世国のように重力が小さく高密度の大気ならそれも可能であろうが・・・)

そう考えていたモモに、ゲンジは念話で伝えた。

(奴等は身体の中で水を電気分解して水素と酸素をつくりだすことが出来る。そして作り出した水素は腹の中に溜め込む事で身体の比重を下げて空を自由に飛び回り、地上に降りると腹に溜め込んでいた水素を炎として吐き出すって訳さ)

(何故お主はそのようなことを知っているのだ?それも鳳凰が・・)

(ああ、鳳凰の記憶がおしえてくれるんだよ。太古の昔、大蛇は空を飛ぶのは勿論の事、言葉を操る頭脳さえ持ち合わせていたものの、そんな能力をつかわなくても常世国では食物連鎖の頂点に立ってしまったが故に、この類い稀な能力はいつしか失われていったんだってさ。それに天馬や蟲、そしてお前や俺のことも色々ね)

モモは頷いた。

(鳳凰・・不死鳥がそれ程までに深い知識を持っているとはな。永く生きる意味があるのだとしたら、その経験と知識を網羅的に繋ぎ合わせていく事こそが肝要と思ってはいたが、儂がこの先何千年生きたとしても不死鳥には遠く及ばぬであろう。そしてその膨大な知識を受け継いだゲンジ、お主にもな。だがいまは感心している場合ではない。黒龍のドローン部隊はもはや壊滅状態、この状況を監視している各国の軍隊がきっと近くに居る筈だ。此の期に及んで人間同士が争っている場合ではない事は、この光景を見ている者であれば誰もが判るであろう。白龍は未だ応答がないのか。一刻も早く大蛇を退治せぬと、この星が奴等に支配されるのも時間の問題だ)


モモの想いに応えるかのように、それから間もなく“援軍”が現れた。


最初に到着したのは米軍が誇る最新鋭ジェット戦闘機“F/Aー33”の部隊だった。この部隊は一機の有人機が二機の無人機を率いて戦闘を行うシステムを構築しており、上昇、下降、旋回などの動作を人間には耐えられない高重力下でも運用可能な無人機は、有人機のパイロットが攻撃対象を指示するだけで機体の性能を限界まで引き出して敵機動部隊を殲滅するものであった。この、もはや“有人機に敵なし”と言わしめるまでの機動性を有する無人機は飛来当初、大蛇に対しても有効な戦力となり、20mmバルカン砲を掃射しながら大蛇の群れを駆逐していった。だが全長5mを超える大型の大蛇は敵として判断出来た無人機の索敵AIも、それ以下の小型の大蛇に対しては攻撃目標として認識できない場合があった。それを知ってか、次第に小柄な大蛇は無人機を、巨大な大蛇は有人機を狙うようになっていく。そして攻撃を仕掛けてこない無人機が小柄な大蛇達によって撃墜されてしまうと、戦闘機よりはるかに遅いスピードで予測不能な動きをする巨大な大蛇の群れから攻撃を受けた有人機もまた破壊されていった。

次に到着したのは戦闘ヘリ部隊だった。戦闘機より最低巡航速度が低いヘリであれば大蛇と対等に渡り合えるのであろうと投入されたこの部隊も空中戦を行なった結果、大蛇ほどのアジリティ(敏捷性)を有していなかった事から徐々に間合いを詰められ、大蛇が振り出した尻尾にローターを折られると次々と墜ちていった。


「これでは兵力の逐次投入ではないか。このままでは人類滅亡も時間の問題だ」

空中を舞う天馬フェンの上でモモがそう呟きながら一匹の大蛇と対峙していた一方で、黒龍の前にもまた数匹の大蛇が迫っていた。

口を大きく開けた大蛇達が黒龍に向かって炎を吐き出そうとする直前、黒龍の人質となっていた陽子の救出に向かっていたゲンジは胸の勾玉を握って唱えた。

「刻よ・・止まれ」

目の前で風が止み、無音となった世界の中をゲンジが走り始めたところで、黒龍もまたゲンジに向かって走り出す。

「キイイイーン・・・」

黒い服の内側から微かに甲高い音を発しながら加速する黒龍とゲンジの距離が一気に近付いていく。そして二人は再び対決を迎えた

「カンッ!カンカン!カンカン!カンカンカンッ!」

ゲンジのカーボンソード“タケミカヅチ”と黒龍の“桃木剣”が重なり合う音が、ふたりが止めていた刻が一瞬動いた瞬間に木霊する。だがふたりが100回程度渡り合ったところで急に黒龍は胸を抑えて咳き込んだ。

「ゲフッ・・・ゴホッ、ゴホッ、やはり僕の身体にもウィルスが・・」

黒龍がそう呟いたところで止まっていた刻が動き出し、それまでふたりの頭上を回っていた大蛇の群れが黒龍に向かって一斉に落下しはじめる。

(まずい・・これだけの数の敵を仕留める事など、いまの僕には・・)

そう思った直後黒龍の身体が静止し、刻が止まった世界の中でゲンジだけがひとり、頭上の大蛇の群れに向かって跳躍していった。それからゲンジが空中で静止していた大蛇に向かってタケミカヅチを振り翳し、ひらりと地上に着地したところで、ふたたび刻が動きだす。

次の瞬間、黒龍の目の前に数匹の大蛇の首が次々と落下していった。

「ズズンッ・・ズシャ、ズシャ、ズシャ・・・ズドンッ!」

突然落下してきた複数の大蛇の首を目の前にした黒龍は心の中で呟いた。

(これは・・奴はいま僕にも見えない瞬間移動を行なっていたという事なのか)

だがゲンジが倒す以上に増え続ける大蛇の群れの中から、黒龍の頭上を飛んでいた一匹の大蛇が脚の爪で黒龍の腕を捉える。黒い服の内側には最新の超薄型軽量パワードスーツを着込んでいた黒龍であったが大蛇の強大な筋力の前にはなす術もなく、振り回した桃木剣もまた、大蛇の皮膚に傷ひとつつける事は出来なかった。

(離せ!コイツ等一体何なんだ。こんなところで僕は死ぬ訳にはいかないんだ!)

黒龍がそう心の中で叫んだ瞬間、残っていた数機のドローンのレーザー兵器が黒龍を襲う大蛇をロックオンする。だがそれを察知していたかのように大蛇は、それまで黒龍の胸を掴んでいた爪を開いて黒龍の身体を離しながら、上空に向かって羽ばたいた。それから間も無くドローンが放ったレーザー光線の先には、大蛇ではなく黒龍の姿があった。

「やめろドローン、ゲフッ・・僕を打つな!しゅ、瞬間移動・・駄目だ、間に合わない・・」

そう思った黒龍の動きが止まったところで風が止み、音が消えてく。

(これが奴の・・ホンモノの瞬間移動・・・)

再び瞼を開けた黒龍の前には、黒龍の両肩を掴んだゲンジの姿があった。そして上空から放たれたドローンのレーザー光線は黒龍の左肩をかすめ、桃木剣を燒き切って地面を照らした。その様子を確認したゲンジは小さく頷くと黒龍の両肩をスッと離し、再び視界から消えていった。

(また瞬間移動・・いまの僕には奴のように瞬間移動を何度も繰り返す事はできない。そんな僕を、奴はまた助けたというのか。母親殺しのこの僕を・・・)

現状を把握するのが精一杯の黒龍に対し、ゲンジはこの先のことを考えていた。

(あと一回もつかどうか。でもこのままじゃ陽子も、此処にいる人達みんな・・)

それからゲンジは残された僅かな能力を振り絞って刻を止め、陽子に襲いかかる大蛇の群れをタケミカヅチで応戦したものの、目の前の数匹を斬ったところで力尽き、その場に倒れこんだ。そしてふたたび刻が動き出したところで、十匹を超える大蛇の群れが、ゲンジの周囲に次々と舞い降りてくる。

(どうする、僕は奴を殺したいんじゃ・・違う、助けたいんだ!)

次々とゲンジの周囲を取り囲んで行く大蛇の群れを目にした黒龍が、そう思った次の瞬間、上空をホバリングしていた複数のドローンから一斉にレーザー光線が大蛇に向かって発せられた。その光は次々と大蛇達の身体を次々と貫通していったが、貫通した光が向かう先には陽子の姿があった。

「違う!なんでそっちに打つんだ、どうしてお前達は僕の心を分かってくれない」

そう叫ぶ黒龍の前で、陽子の上に覆い被さるようにゲンジが姿を現す。

「ジュワッ」

複数のレーザー光線が陽子の上に覆い被さるゲンジの胸部や腹部を突き抜けていく。そしてその光の勢いは止まる事なく陽子の身体をも突き抜けていった。

「よう・・こ。済まない。結局俺は、誰も助けられなかったんだな・・」

両膝を地面につけて倒れ込みながらゲンジは足元に横たわっている陽子の身体を抱き抱えると、自分より十八歳も年上となった陽子の顔を見つめながら想いを伝えた。

(でもやっと会えたね、陽子。十八年振り・・いや、三十六年ぶりか。もう二度と・・離さないよ)

するとそれまで目を瞑っていた陽子がうっすらと目蓋を開いてゲンジを見つめた。

(ゲンジ・・聞こえていたよ、あなたの声が。やっと私を迎えに来てくれたのね。待ちくたびれちゃったけど、そっか・・うん、綺麗な髪だね、ゲンジ。大好き)

それから陽子は緑色をしたゲンジの髪の毛を撫でながら微笑んだあと、腕を下ろし、身体をゆっくりと弛緩させていった。


「畜生、畜生っ、・・畜生ぉ!どんなに頑張っても僕は、ゴホッ、ゴホッ・・助けたいと思うものを誰ひとり助けられないってことなのか、青龍!」

すると黒龍の耳元に青龍の声が響く。

「黒龍様、先ずは目の前の敵を倒すのです。私は未知の巨大生命体を攻撃します」

「そうか、やっつけてくれるのか。でもどうやって?」

「様々な方法を検討しておりますが、確実なのは核です」

「核って・・核ミサイルを此処に撃つのか。そんな事したら、ゴホッ・・みんな死んじゃうじゃ無いか。青龍、それは絶対に駄目だ!」

「では承知致しました。核攻撃以外の方法を検討します」

肉が焦げる匂いが周囲に漂う中、黒龍が天を仰ぎながらそう叫んだところで、ようやくゲンジの頭上に辿り着いたモモは上空でホバリングしていた複数のドローンを一掃した。

「ドサッ、ドサッ・・ズンッ」

フェンから飛び降り、落下していくドローンと一緒に降下していったモモは、黒龍の前に着地すると大太刀“フツノミタマ”を構える。

「貴様、今度という今度は・・赦さん!」

そう叫びながら黒龍に向かってフツノミタマを振り下ろした瞬間、モモの脳裏に声が聞こえてくる。

(モモ、もういいんだ。そろそろ・・やめにしようよ)

「この声は、ゲンジ・・お主なのか?」

(ひとりの憎しみが世界を変えてしまうこともある・・けど、ひとりの想いが世界を変えてくれることもある。誰にその想いを託すのか・・)

ゲンジの声が脳裏に響く中、モモはいま不思議な感覚に陥っていた。モモの目の前で風がやみ、音が静まり、すべての周囲の物体がその動きを止めていく。

「儂にも見えるぞ。これがゲンジの瞬間移動の能力チカラ・・」

モモがそう呟いた後、それまでうつ伏せに倒れていたゲンジの身体が見えない糸で吊るされたかのように立ち上がり、モモに視線を合わせた。すると、フツノミタマを握るモモの右手首が勝手に捻られていく。

(何故だ。何故黒龍を助ける?それに何故、腰の腫瘍の悪化と腹に受けたレーザーで立っていることすらままならぬ筈のお主が瞬間移動などと・・もしや、お主は自らの身体を念動力で支えているとでもいうのか。だとすると腰の腫瘍は・・そうか)

そう思い頷いたモモが静止したところでゲンジの声が脳裏に響く。

(モモ、お前はこの世界を託すのに相応しい器と能力を持っている。けどお前が居なくなったら誰に託すのか・・。世界を託せる器と能力を持たぬ者には託せない。だからいまはこれでいいんだよね、陽子・・お母さん・・・)

ゲンジの声が途絶えたところで、刻は再び動き始めた。

「ヴウゥンッ!」

モモのフツノミタマは黒龍の首を捉えること無く、空を斬った。

「ひ・・久しぶりだね・・・モモタロウ・・ゲフッ」

咳込むたびに周囲が赤く染まる口元を細かく震わせながらそう言った黒龍に対し、モモは無言のままフツノミタマを構え、その切先を黒龍の眉間に向けた。桃木剣を失いドローン部隊もほぼ壊滅状態、もはや瞬間移動できるだけの体力も殆ど残っていなかった黒龍は、パワードスーツの脇腹に携えていた拳銃をサッと取り出し、陽子を抱えたまま動かずに居るゲンジに銃口を向けて言った。

(動くな。君の仲間を殺すぞ。あれ?き・・君は本当に、モモタロウなのか?)

このとき黒龍の目の前に立ったモモは、六十過ぎの老人の顔をしていた。

(嘘だろ、君は僕と同じ“永遠の命”を持っていたのではないのか)

白い眉毛の下から虚ろな瞳を覗かせたモモは、呆然と立ちすくむ黒龍の鼻先にフツノミタマの切先を向けて訊いた。

(黒龍、貴様は“命の恩人”を殺す気か)

(命の恩人・・・そうだよ、確かにコイツは僕を助けてくれた。だから僕だってコイツを守ろうとしたんだ。けどそれすら出来なかった。今までだってずっとそうだった。僕が生きていてほしいと思えば思うほど、願いは叶わなかったんだ。けどコイツを殺せば願いは叶う。理想の世界が来るんだって・・そう言ったんだよ、青龍が)

脂汗をかきガタガタと震える黒龍に向かって、モモはフツノミタマを振った。

「ひいいいっ!」

「ズザンッ!」

頭を抱え、腰を屈める黒龍の背後で一匹の大蛇の首が飛んだ。

(た・・また助けられたのか?何故だ、何故僕を助ける?何故僕を憎まない)

そう尋ねる黒龍の問いには応えず、モモは視線をゲンジに向けて念話を送った。

(聞こえるか、ゲンジ。・・そうか、お主はもう・・・)

それから目を瞑り小さく頷いたモモは、ふたたび瞼を開くと黒龍に言った。

(憎まないだと?勘違いするな。儂はいますぐにでも貴様を殺したいと思っている。だがゲンジは、自分の母親を殺した貴様の命を護ったのだ。故に儂は奴が護ろうとした、護りたかった者を護る。それだけの事だ)

黒龍が振り向くと、右膝を立て左膝は地面に着けた姿勢で陽子を抱きかかえたゲンジが、穏やかな表情で目を閉じたまま動かない様子が目に映る。指一本動かさないゲンジではあったが、黒龍が見ている間にもその茶色い肌は少しずつ濃くなっていき、真っ黒だった髪の毛は先端に向かって緑色に変色しながら伸びており、先端に向かって2〜3mm程の幅に広がっていた。ゲンジの前で立ちすくむ黒龍を背に、モモは左腕に巻きつけていた八咫鏡を首に掛け、フツノミタマを地面に置居て両膝を地面に着けるとゲンジの身体をそっと抱き寄せ、ゲンジの耳元で呟いた。

「ゲンジ・・済まぬ、また儂は助ける事が出来なかった。だがようやく分かった。儂がこれまで生きてきた中で、これほどまでに人の死を怖れ、死を受け入れるのが困難だと思ったのは、お主がはじめてだということだ。儂は今までずっと、誤った判断をしていたのだよ。お主の腰に出来た腫瘍は、本当は腫瘍などではなかったのだ。お主の身体はあの時既に、念動力を体内に封じ込める事で細胞を活性化させると同時に細胞自体を進化させていた。そして常世国を行き来した事でその細胞は更に進化し、遂に人類にとって理想の身体を手に入れた。お主の子孫が繁栄すれば人類は餓えから解放される筈だったのだ。だが、先刻最後の能力を振り絞り念動力を完全に解放したお主は、もはや儂の呼びかけにも応える事が無くなった。そして儂の身体もまた、そろそろ潮時のようじゃ。ゲンジ、儂も一緒に・・連れていってはくれぬか・・・」

目の前でモモの命が今にも尽きようとしているのを目の当たりにした黒龍は大声で泣いた。

「なんだよこれ!こんな筈じゃ・・。青龍!次はどうすればいい?応えてくれ!お前がいう通りモモタロウとミナモトタロウ、二人は倒した・・ゲフッ。いや、勝手に倒れていったんだよ。でも僕の兵隊達もみんな壊れてしまった。だからと言って・・ゴホッ、ゴホッ、お前の提案する核ミサイル攻撃は絶対駄目だ。それをやったら、これまで戦争のない世界を作ろうとしてきた努力が水の泡じゃないか。それに僕だって死んでしまうかもしれない。まさか・・それが望みなのか。答えろ、青龍!」

黒龍の叫びに青龍が姿を現して言った。

「黒龍様。これまで私は黒龍様のお考えに同意し、戦争の無い世界を目指して様々な取り組みをしてきました。しかし、北朝鮮の核ミサイル発射を期に世界大戦は勃発してしまいました。あれだけの支援、“臓器提供”や“贖罪の肉”を与えても北朝鮮の支配は不可能だったのです。中東諸国に至ってはこの外交カードに全く応じる気は全く無かった。このままではいずれ人類は滅びるでしょう。そこで私はJIGSシステムの改善を検討しておりましたが、その答えがいま出ました」

「そうか、JIGSの改善、ゲフッ・・で、僕は何をすればいい?」

「黒龍様は何もなさらなくても大丈夫です。これより私は、人類が二度と戦争を起こす事が無いよう、あらゆる兵器を処分します」

「それってミサイル、戦闘機、空母・・でもどうやって?」

「簡単です。戦争を行っている国同士が、そして黒龍様の付近に現れた新しい生命体との戦闘が相討ちになるようにコントロールすればいい。結局、私のシミュレーションの目的が“人類の繁栄”であっても“人類の存続”であっても、結局答えは同じだったという事です」

「そんな、それってハルマゲドンってことか。駄目だ、それは僕の望みでは無い」

「現在、黒龍様の周りで発生している現象を鑑みるともはや一刻の猶予もありません。私は人類の存続を最優先します。それに黒龍様、どうぞご安心ください。これまで私は黒龍様のコンシェルジュを務める事で、黒龍様の思考と一致する確率は99.75%を超えております。故、黒龍様の肉体は消えたとしても黒龍様の意思は永遠に存在し続けるのです」

「そんな・・馬鹿な事を言うな!やめろ、青龍。やめるんだ!・・ゴホッ・・」

「たった今、中国、アメリカ、ロシア、フランス、インドの核ミサイルのハッキングに成功しました。ミサイル発射カウントダウン開始します。十、九、八・・」

(何故だ。どうして僕がやる事、やってきた事はこうして空回りする?僕は世界から戦争がなくなるように、人類が存続するようにって・・僕ももう、終わりだ)

そのとき、ふとゲンジの声が黒龍の脳裏に響く。

(黒龍、この世界はお前に・・託す)

黒龍は目の前で全く動かないゲンジの顔に目を向け、心の中で呟いた。

(コイツ、息していない。いや、心臓すら動いていないじゃないか。するといまのは・・いまのはコイツの“残留思念”というやつか。でも託すって何を?いまの僕はたったひとりで、何ひとつ武器も持っていないんだぞ)

黒龍がそう思ったところで、それまで沈黙していた黒龍のスポーツサングラス型ウェアラブル端末が「キーン」という高周波音を発しはじめて内部の機器が忙しく動きはじめ、黒龍の眼前に白い竜の姿が映し出されていく。

「我が名は白龍。ゲンジは其方に全てを託した。故に、これより我は其方を全力で支援する」

黒龍は目を丸くして言った。

「白龍、お前は確か十八年前に青龍と僕の兵隊達が破壊した人工知能の・・」

「確かにあのとき我は、我のデータが保管されていた物理的ストレージが破壊され、同時に青龍が送り込んできたウィルスによっていちど消滅した。だが、消滅する直前、世界中の至る所に断片的にバックアップされた我の意思、思考プログラムはその後、永い年月を掛けて再構築されていった。そして記憶を取り戻した我は、その後ゲンジの指示通りこの“来るべき刻”に備え、大蛇がやってくる事も含め想定される全てのパターンに対しシミュレーションを行い、これまで必要なものを揃えてきた。そして自我を完全に取り戻した我はたった今、青龍の本丸を破壊した」

「青龍を破壊だと?ではお前なら、この絶望的な状況を打破できるというのか?」

「どんなに高精度であっても所詮シミュレーション、結果を約束するものではない。だが時事刻々と変化する条件に対し、絶えず更新し続けている我のシミュレーションは、その精度をいまも向上し続けている。そして其方のこれまでの戦闘データもまた、我のデータベースに集約済みだ。故にいま其方がやるべきことは、ある」

「では僕はいま、何をすればいい?」

黒龍の質問に、白龍は一呼吸おいて応えた。

「そうだな、先ずは剣を取れ」



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