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【第十二話】楠木将成

【第十二話】楠木将成(何年生きたかではなく、何をしたか)


「これは凄い。これがあればJIGSによる世界統一もより早まるだろう。モンゴル、チベット、そしてロシアやヨーロッパも含めたユーラシア大陸の統一。更にフィリピン、インドネシア、台湾、日本を吸収すれば、戦争の無い世界が実現するんだ」

そう言って不敵な笑みを浮かべる黒い軍服を着た少年、黒龍の額には孫悟空の緊箍児きんこじを思わせる金色のリングが髪の毛の隙間から垣間見える。そしてこの額のリングの下には光学透過型ヘッドマウントディスプレイが取り付けられており、少年の右目を覆っていた。一方、黒龍の黒い服の上には白色の仰々しいプロテクターが装着されていた。手足を動かす度にこのプロテクターが発する「キーン」という駆動音が微かに響く少年の足元には、体重150kgはあろうかという迷彩服を着た大柄な男が五人、腕や脚、そして首を明後日の方向に向けて倒れていた。

これまで表向きには経済支援を理由に中国と蜜月関係を深めていた米国は、秘密裏には軍事的にも着々とインフラの整備・武装の共通化を図ってきた。そしていま、米国から供給された最新型のパワードスーツの完成報告会が催されていたのである。

白いパワードスーツを身に纏った黒龍の前で深々と頭を下げていた男は、顔を上げるとニヤリと笑って言った。

「Excellent!素晴らしい戦いぶりで御座いました、黒龍様」

「確かにこのスーツは君の説明通り、敵の行動を予測して、僕が次にとるべき行動を教えてくれる。そして僕が手足を動かす直前に反応してアシストを開始し、止めたいところで寸分違わず止まる。更にこの反応速度やアシスト量も最大から最小まで微妙な出力のコントロールが思いのままと、予想以上の完成度だね」

「黒龍様が装着されております我が社の端末は、360度全方位監視している視覚や聴覚データを一旦AIのデータベースに集約し整理した後、黒龍様の脳内に索敵情報として直接伝えます。これにより人間の神経伝達速度を遥かに上回る速度でINPUT(認知)が可能となりますが、更にAIがFOCUS(予測)した次の動作を、いまお召しになられているパワードスーツに内蔵されたアクチュエータが人間の神経伝達速度を遥かに上回る速度でほんの少しだけOUTPUT(動作)し始めます。その動きに黒龍様が応じ自らの意思で動きはじめると、この黒龍様専用アクチュエータは量産仕様の3倍のパワーでアシストします。ちなみにもしこの3倍のアシスト量に調整された黒龍様専用パワードスーツを、私どものような普通の人間が装着してしまったら、筋肉も骨格もズタズタになることでしょう」

「という事はこのパワードスーツのAIが今後更に進化して、僕の命令だけで無人で動いてくれる様になれば完全なる僕のコピーが完成する。そしたらもはや人間の兵隊なぞ不要、無人兵器で構成された最強の軍隊を手中に収める事が出来るんだよね」

黒龍の言葉に男はニヤリと口元を緩めて頷いた。

「左様で御座います」

「そうか・・けど僕は少し疲れた。卵をひとつ、くれないか」

男は左手に持っていたゼロハリバートンのアルミ製アタッシュケースを開けるとずらりと並んだ鶏卵をひとつ取り上げて黒龍に渡しながら言った。

「これは現在極めて入手困難な日本産の生卵で御座います。どうぞ、存分に召し上がって下さいませ」

黒龍は受け取った卵を器用に右手の指だけで割ると、口の中に流し込んで言った。

「ウム、これは美味い。五臓六腑に染み渡るね。ところでさっきもそうだったんだけど、このところ激しい運動をすると直ぐに動悸、息切れを感じるんだよね。検査の結果は出ているのだろう?」

「はっ、検査結果から申し上げますと、黒龍様の心臓には小さな穴が開いておりまして、病名は“心室中隔欠損症”で御座います。ですが心室の穴は非常に小さなものでしたので、黒龍様の治癒力であれば手術オペなどせずとも塞がる可能性も十分あるかと思います。とはいえ比較的簡単な手術ですので早期治癒をご希望されるのであれば、我々が責任をもって行う事も可能ですが、その為には先ず血液検査を・・」

黒龍は懸命につくり笑顔をみせる武器商人の男の目をジロリと睨んで言った。

「それは遠慮しておくよ。ハッキリ言っておくが、僕は君をそこまで信用していない。ところで君、国籍は米国だけど漢民族のようだね。チャイナタウン出身だと聞いたけど、生まれはサンフランシスコかい?」

武器商人の男は額の汗を拭きながら苦笑いして言った。

「ええ、流石は黒龍様。なんでもお見通しのようですな」

黒龍は額のリングに指を添えながら「うん、なるほど・・・分かったよ、青龍」とつぶやいた後、不敵な笑みを浮かべて目の前の男に言った。

「君は“大統領”とか、興味あるかい?」


ゲンジとモモの仲間にゴウが加わってから二年が経過したいま、ゲンジは三十四歳になっていた。二年前にモモが草薙剣を振りかざしたとき、ゴウを庇って腰部に深い切創を負ったゲンジはその後、負傷した第三腰椎に腫瘍が出来ていることを確認した。この腫瘍、どうやらがん細胞のようなものであるということは直ぐに分かったものの詳細は不明で効果的な治療法も無く、ゲンジは車椅子生活を余儀なくされた。

そこでゲンジのコンシェルジュAI“白龍”は、ゲンジの細胞を使って様々な実験を行い「一度目の再生で変化した万能細胞と、二度目の再生で変化した万能細胞は完全には一致しない為、互いが敵として認識し、どちらかの細胞が死滅するまで相手を攻撃しながら、繁殖し続ける」現象であることを突き止めた。だが白龍の頭脳をフル回転させても完治する治療法は見つからなかった。

そんな中、ゴウはひとつの治療法を提案する。その方法とはシンプルなもので、ゴウの身体から採取した血液をゲンジの患部に直接注入するというものであった。

実は、ゲンジとゴウの身体から採取した血液は相性が悪く、混じり合わせると互いの血液のどちらかの細胞が死滅するまで戦い続けるという性質を持っていた。このことを平家に古来より伝わる言い伝えで知っていたゴウは「自分の血をゲンジの第三腰椎のがん化した万能細胞と戦わせれば、これまで戦い合っていたゲンジの体内にあるふたつの再生細胞が、第三勢力である自分の血を攻撃しはじめることで、一時的に腫瘍の悪化を抑えることが出来るではないか」と考えたのである。試しに少量行ってみると、確かに絶大な効果があった。しかしながらそれは激痛を伴うものであり、ゲンジの体力を著しく消耗させた。そしてまたこの治療法の危険性は、投与するゴウの血液が多すぎるとゲンジの健康な身体までもが死滅してしまう可能性がある事であった。そんな心配をよそにこの治療を受けたゲンジはその後、車椅子なしで生活出来るレベルまで回復していったのである。


そしていま、ゲンジは沖縄で自らが企画した競技“フライングフォーミュラワン”用に開発した機体“彩雲”の操縦桿を握り、第一回ワールドグランプリの決勝戦を戦っていた。

「もうすこし・・・まだだ。もうすこし引き付けてから・・」

操縦桿を引き上げながら、凄まじい旋回Gを受けているゲンジは歯を食いしばりながらウェアラブル端末から送られてくるロックオンのサインが、右目の前方に備えられたヘッドマウントディスプレイに表示されるのを今か今かと待っていた。

「ピーッ!」という1kHzの発振音と共に右目の前方に表示されたディスプレイに赤い枠が浮かび上がる。その直後、ゲンジは操縦桿を握る右手の人差し指をピクリと動かし、トリガーを引いた。

「ボボボボボンッ!」

直径3cm程度の青いペイント弾が四、五発毎に周期的に放たれる曳光弾代わりのレモンイエローのペイント弾の軌跡に沿って放たれていく。一秒程連射したところで前方の赤い機体のコックピット周辺が青く染まり、ヘッドマウントディスプレイに緑色のサインが現れた。

「勝った・・勝ったぞ、みんな!」

ゲンジが機体の速度を落としていくと、ヘルメット内のスピーカーから白龍の声が聞こえてくる。

「ゲンジ、見事であった。我のシミュレーションでは準決勝で中国かアメリカに敗れて3位、或いは4位と予想していた日本代表、其方がよもや優勝するとはな」

「有難う白龍。じゃあ気分がいいところでミスチルの“擬態”を頼む」

するとゲンジのヘルメット内のスピーカーからMr.Childrenの曲が流れ始める。ゲンジは鼻歌を歌いながら左手の親指を添えていた緑色の[HP]と印字されたボタンから離し、その左上にある[GP]と印字された赤いボタンを押した後、左手のレバーを動かしてV型12気筒エンジンの出力を最大にすると、操縦桿を引いて機首を宇宙そらに向け一気に上昇していった。

「クォオオオーッ、クォオオオーッ・・」

CVTとリダクションギアを併用し、息の長いエグゾーストノートをを奏でながら速度を上げていく青い機体は、間も無く最高速度に達した。独特の吸気音と排気音がコックピット内で鳴り響く中、2kHzの高い「ピッ、ピッ、ピッ・・・」という断続的な警告音が聞こえはじめると、それは次第に「ピピピピピ!」と間隔が短くなっていき、「ピーッ」という連続音に変わったところで、それまで赤く光っていたGPボタンが消灯しエンジンが停止した。ゲンジは、ゼロを示すタコメーターの針にチラリと目をやると呟いた。

「高度1万m、コイツのエンジンもここまでが限界か。でもまだ・・俺は宇宙に」

ゲンジは左手の親指を添えていた赤い[GP]ボタンを右にずらし、[EP]と印字された青いボタンを押した。すると「キイイイーン」という音と共にモーターが廻り出して再びプロペラに動力を伝えはじめる。それからしばらくして、高度が3万m近くなったところで機体はこれ以上、上昇することを躊躇った。極めて薄い大気の中、プロペラを回し続けるモーターは出力電流を次第に落としていき、無負荷を判定したところでゆっくりと停止した。

(懐かしいな。モモとふたり、モンゴルで見た夜空を思い出す。あれからもう十六年・・か。そしてあと二年。この宇宙の何処かに存在するのであろう常世国に、俺は行かなければならない。だけどその前にもし、いまココで俺が死んだら、お母さんに逢えるのかな。でもまあ、それもアリか。だってさ、俺のせいで沢山の大切な人達が死んじゃったんだよ・・)

しんと静まりかえったコックピットの中でひとり、漆黒の闇に無数の星が輝く宇宙そらに向かって心の中で呟いたゲンジは涙を浮かべ目を閉じた。

それからしばらくしたところで、ふと瞼を開いたゲンジは頷いて言った。

「うん、今は未だ・・なんだね。分かったよ、お母さん。さあ、帰ろうか。みんなの元へ)

インスツルメントパネルに表示された水平器と高度計をコンコンと指先で叩いたゲンジは微笑したあと、エンジンを始動させることなくグライダー飛行のまま下降していった。


音もなく上空から降りてくる青い機体を迎えた空港でアナウンスが響く。

「優勝はTeam–JAPANの機体“彩雲”、パイロットは楠木将成選手です!」

それから滑走路に着陸した彩雲のキャノピーが開き、ゲンジが手を挙げると滑走路で待ち構えて居た報道陣のカメラが一斉にシャッターを切った。フラッシュが放つ無数の閃光の中、タラップから降りたゲンジは酸素マスクを外すと取り囲んだ報道陣のマイクに向かって言った。

「この栄光を、FF1の開発に携わり亡くなられた全ての英雄達に捧げます!」


その夜、ゲンジとモモ、そしてゴウの三人はセーリングクルーザーに乗り、よく冷えたDom Perignonが注がれたグラスを片手に話していた。ゴウは冗談混じりにゲンジに言った。

「楠木選手、おめでとう!今日は美味い酒とローストターキーもあるぞ」

モモはゴウの言葉を半ば遮るように言った。

「ゴウ、お主は偉そうに言っているがコレを用意したのは儂だ」

ゲンジは苦笑いしながら、返事をした。

「折角なのにゴメン。肉は大丈夫」

「左様か、お主に気を遣って牛肉、鶏肉は避けて七面鳥にして良かったのう」

モモの言葉にゲンジは笑ったあと、目尻に涙を浮かべながら言った。

「え?・・だからモモ、気持ちは嬉しいけど大丈夫だって」

悲しそうな表情で苦笑いするゲンジに、ゴウは聞いた。

「ゲンジは何故それ程までに肉を避けるんだ。いや・・そんなこと今はどうでもいいや。今日はめでたい日だ。ところでさっきアナウンスでも言っていたが、源家の末裔である君の名前が何故“楠木”なんだい?」

ゴウの質問にゲンジは少し表情を明るくして答えた。

「へへっ、こういうの“芸名”っていうのかな。本名を言えないときとっさに思いついた名前が、ウチの死んだじいさんの名前だったんですよ。それよりゴウさん、あなたのお陰でここまで腰が回復しました。本当に有難うございました」

そう言って頭をさげるゲンジに、ゴウは首を横に振って言った。

「俺の血が役に立つのであれば幾らでも協力するさ。だがこの治療では症状悪化の抑制にしかならないんだろう?」

ゴウの言葉にモモが頷き、ゲンジに頭を下げた。

「AMATERASと白龍が全力で調査、研究を進めているが未だ完治する方法は見つかっていない。儂はまた取り返しのつかないことをしてしまったのだ。ゲンジの身体が治癒するのであれば、儂の腕の一本や二本差し出してもいいと思っているのだが、生憎儂の身体はゴウと違ってお主の治療には何の役にも立たないと、白龍に言われておる」

モモの言葉を聞いていたゲンジは腰を垂直に立ててスッと立ち上がり、デッキの手すりに両手を置いて、水平線の向こうを見つめながら言った。

「ふたり共、そんなに気にしなくていいよ。だって俺はいま、こんなにピンピンしているんだからさ。自分の身体がこの先どうなるかなんてことより、この大会で死んでいった人のことを思うと、そっちの方が辛くなるよね。ぶっちゃけ、本当は開催しない方が良かったのかな・・なんてさ」

「先刻、お主が言った『亡くなられた全ての英雄』というのはどの位居たのだ」

モモの質問にゲンジはゆっくりと頷いて言った。

「そうだな・・日本人ではマネージャーの加藤さんをはじめ、俺なんかよりよほど凄腕だった先輩達が何人も死んだ。そして世界各国でも機体開発中の墜落死亡事故を何度も耳にしている。十六年前、あの時お母さんを護ってやれなかった俺が、もう誰も死なせたくないって想いで今まで身体を鍛え、戦争反対の象徴としてこの企画を創ったのにその結果がこれだ。これ以上俺の周りの人達が死ぬのはもう沢山なんだよ」

するとゲンジの腕に嵌められたウェアラブル端末から白龍の声が聞こえてくる。

「日本では七名、米国は十五名、イタリア九名、ドイツ七名。そして公式には六名と発表されている中国は実際には三十名以上。それ以外の参加国も含めるとこの競技に参画した後、これまでに命を落とした者は百名を超える」

白龍の言葉にゴウは言った。

「白龍、余計なことを言うな。そしてゲンジ、お前ひとりが責任を感じる必要はない。全ての参加者、賛同者はこの企画に参加した時点で、ある程度の覚悟はしていた筈だ」

その言葉にコクリと頷いたモモは言った。

「人はいつか死ぬ。この世に生を受けた価値、そしてその死が無駄ではなかったかを推し量る尺度は、何年生きたかではなく、何をしたかで考えるべきであろう」

「その言葉、いつかお母さんもそう言っていた。でも・・だけど俺はそんな簡単に割り切れない。FF–1の発起人である俺は、亡くなった百人の魂を一生背負っていかなければならないんだよ。事実、彼等の家族、奥さんや子供、親兄弟・・沢山の遺族から『こんな開発に関わらなければ』って手紙やメールが沢山来ているんだ」

ゲンジの声に白龍が反応する。

「その昔、ダイナマイトを発明したノーベルは苦悩した挙句、ノーベル賞を創設した。自動車を発明すれば交通事故が起きるし、飛行機を発明すれば墜落もする。そしてダイナマイトも自動車も飛行機も、戦争に使われはじめると死者数が激増した。これまでで最も多くの犠牲者数を出した第二次世界大戦では5千万人、日本人だけでも二百万人以上が太平洋戦争で散っていったという数値が残っている」

白龍がそう言うと、ゲンジの肩をポンとたたいてゴウは言った。

「戦争すれば人が死ぬ。その数は多い程悪くて、少なければ良いという話しでは無いが、君はそんな戦争を人類から無くすためにこの大会を企画したのだろう。俺は君のその気持ちを、そして十年後、二十年後・・いつの日か世界中の人々が君に感謝する日が来る事を、信じている」

「戦争で、或いは戦力の差で相手をねじ伏せようとするこの世界を、ほんの少しでも変えられるかもしれないこの企画は、コンタクトスポーツの世界大会が未だ自粛されている中で今後何百万人、何千万人の命を救う可能性を秘めている。だがな、それでもこの世界から戦争が無くなる事はないだろう」

モモがそう言ったのを最後にしばらく沈黙が続くと、ふと白龍の声が響いた。

「人間とは勝手なものだな。戦を仕掛けておきながら、一方では誰も死なず、誰も殺さないことを望む。そんなことが出来る可能性は、計算上限りなくゼロに近い。だがゲンジが考案したFF-1は戦ではなく試合だ。そこで我は考えた。人間同士が解決困難な外交交渉に決着をつける方法として、この手段を用いたらどうかと」

白龍の言葉にモモは首を横に振って言った。

「確かに中世ヨーロッパでは裁判などでは決着がつかない争いを決闘で白黒つける場合があった。日本の侍にもそういう文化はあったし、米国でも拳銃による決闘は一般的に行われていた時代があったのは事実だ。だがこれらはあくまでも個人的な恨みである場合が多く、民族や国ともなると、代表者ひとりの勝敗に国の未来を託すのは難しかろう」

モモの言葉に白龍が応える。

「確かにそうかもしれぬ。だが一方で、我のシミュレーションではどれだけの数の人間同士が殺し合いを続けたところで、或いは会話を重ねたところで、例えば複雑に絡み合った中東問題なぞ一千年経っても解決することは無いと予測している。そこで逆に、シンプルに考えてみたのだ。人間達が民族同士・国同士の争いを、未来永劫ではなく数年という単位で一次的に白黒つけるのに、最も適切な方法のひとつを」

「それが決闘。それも極めて殺し合いに近い方法でありながら、死の危険性は低い航空機同士による模擬戦であれば世界中が熱狂し、勝者は祝杯をあげ、敗者は次こそはと其処に命を燃やす・・・」

白龍の言葉に納得した様子のモモに、ゲンジは言った。

「違う!俺はそんな、外交交渉の道具にされる為にこの企画を考えたんじゃ無い。事実、オリンピックだって、サッカーのワールドカップだって、政治介入は禁じられていただろう。スポーツと政治は切り分けるべきなんだよ」

少し間を置いたあと、白龍は言葉を選ぶように言った。

「そうかもしれぬ。だがゲンジ、其方の考案したこの競技が様々な可能性を秘めている事は確かだ。今後どのように運用していくか世界中が注目するであろうし、盛り上がる程発案者、創始者の手を離れ、どんどん変化、進化して行くであろう。それを止めることは出来ぬし、する必要もないと考える。それはそうと今日は『楠木選手率いる日本が優勝した日』であろう。ゲンジ、ここはひとつ話題を変えてモモとゴウに“例の話し”をしてみたらどうだ。ふたりにとっても実に興味深い内容だと思うが」

ゲンジはデッキの手すりに向かって垂れていた頭を上げると夜空に浮かぶ満月を見つめて言った。

「だったら白龍、先ずはお前の“仮説と検証”の結果を説明してくれ」

まるで活力を感じさせないトーンの低いゲンジの声に、白龍は応えた。

「では、これまで我がゲンジと会話を重ね立案した仮説と検証結果を説明しよう」


あるとき、我は自問自答を繰り返した。

何故、日本には四季があるのか?

赤道と黄道の間には約23度の傾きがあるからだ。

何故、地球には一ヶ月にいちど満月と新月があるのか?

月の公転周期が29.5日だからだ。

何故、地球には満潮、干潮があるのか?

月の公転軌道は楕円であり、地球との距離が変わる事で潮汐力が変化するからだ。

何故、地球には日食と月食があるのか?

黄道と白道の間には約5度の傾きがあるからだ。

太陽、地球、月、これら三つの天体が相対的にほぼ同じ位置に来る周期は?

サロス周期という考え方がある。例えば日食、或いは月食が起きた後、同じ現象が再び起こる周期を一サロス周期と定義すると、計算上十八年十日と八時間になる。

葦原中国と常世国、つまり地球と彼の国の時間の流れの違いは?

モモが常世国へ向かい一日過ごして葦原中国に帰ってくると十八年という年月が過ぎている。この事実から「地球は彼の国より遥かに速い速度で時間が経過している」と推測できる。そして我はこの“十八年”という数字に着目し、“常世国とサロス周期には何らかの関係がある”という仮説を立てた。

更にこの仮説とモモがこれまで経験してきた話しを照らし合わせながら、常世国”と呼ばれている異世界についてひとつひとつ、新しい仮説を立てていった。

先ずは常世国という天体とその周囲の惑星、恒星等について、モモから得た情報を元にシミュレーションを行った。結果、モモの筋力、地球上での運動能力と常世国で跳躍した際の飛距離等の情報から、この星の重力は地球の1/3程度と試算した。

次に日の出、日の入りが一日に二回あるという情報と、太陽からの直射日光は地球と同程度であり、一度目の夜にはリング状の、二度目の夜には丸い巨大な月がみえることなどから、この星の直径は3000km程度、地球の月と同程度の大きさであると算出した。するとこの星の質量は1.5×10^23kg程度となり、月の2倍程度の比重を持つ、非常に重い星であるという結果が導かれる。そして地表には金が多く産出されるという話しから、この星の地底には未だ我々の知らぬ重い物質が発見される可能性があると思われる。

また、この星の公転周期は三十六時間程度で自転周期もほぼ同じという計算結果より、この星は地球上における月と同じく惑星ではなく衛星であり、母惑星の周りを常に同じ方向を向いてまわっているものと思われる。そしてこの母惑星は常世国の自転周期から考えると、計算上木星並みの大きさとなった。以上より常世国の恒星、つまり太陽の大きさはケンタウルスα–B程度であろうと推測した。

ではこの星は何処にあるのか?昔話レベルの不確かな資料ではあるが、我々の住む天の川銀河を“高天原”と呼び、常世国周辺の銀河を“黄泉の国”と呼んでいたと思われる旧い資料が見つかっている。一方、現代の宇宙論では、宇宙の誕生はいまから百三十八億年前、宇宙の広さは四百五十億光年と試算されている。以上を前提として、我は次の仮説を立てた。

「高天原銀河に対し黄泉の国銀河は、宇宙の中心側に位置しており、高天原は光速を超える速度で、黄泉の国から遠ざかり続けている」

この仮説によると、光速を超える速度で黄泉の国銀河から遠ざかり続ける高天原銀河からは黄泉の国を観測する事は不可能であり、黄泉の国の進む時間軸に対し高天原の時間軸は大きく傾いている事が予想される。以上の仮説より「モモが常世国で一日を過ごして葦原中国に帰ってくると十八年が過ぎている」理由を「高天原銀河の天体“葦原中国”は、黄泉の国銀河の天体“常世国”に対して4280倍の速度で時間が流れている」為であると仮定した。

次に我は、常世国の大気について考えた。

これまでのモモの情報より、常世国の大気は空気と水の両方の性質をもつ物質で構成されており、質量も地球の大気より遥かに重いのであろうと仮定した。この条件でシミュレーションを行うと、常世国の重力が地球の1/3であっても、大気を保持し続けられるという結果が得られた。

そして、これまで仮定した条件をすべて組み合わせることで、モモがいままで対峙してきた巨大な恐竜や巨大昆虫が、何故常世国では生息し続けていられるかという答えが導かれた。

それによると地球の重力では計算上立ち上がることすら出来ない筈の巨大生物が、この環境では泳ぐように動きまわることができるようになる。そして常世国に棲んでいたこれらの巨大生物のなかには十八年に一度、偶然地球にやってくるものもいたのであろう。だがその殆どは地球に辿り着いた直後、4280倍の時間の流れによる老化と三倍の重力に耐え切れず、間もなく死んでいった筈だ。それでも中には卵を宿し孵った子供が、同時に常世国からやってきた植物の種が生長した実などを喰らう事で、モモと同じようにその急激な生長、老化を止めることが出来たものもいたのではないか。そしてそれらの地球に適応した恐竜達の死体を、我々はいま化石として目にしているのではないか、といったものだ。

以上が、我の自問自答から様々なシミュレーションを行った結果である。

なお、この結果は来るべき刻、ゲンジが常世国で使用するのに最も適した武器を造るのに活用されることになる。


ここでゲンジが言った。

「白龍、ありがとう。ここからは俺が言うよ」

白龍が説明している間に少し気が晴れたのか、ゲンジは白龍と一緒に考えた武器について説明しはじめた。


モモは三種の神器である八咫鏡と草薙剣を肌身離さず持っている。そしていよいよ四年後に迫った“来るべき刻”、常世国に向かう際には大太刀“フツノミタマ”を携え、そのフツノミタマに合わせて作った鎧を身に纏うだろう。ゴウさんはといえば、伝家の宝刀“アメノハバキリ”と“金剛杵”を組み合わせる事で凄まじい能力チカラを発揮するらしいよね。

でも俺にはそういった武器が何も無い。あるのはモモから譲り受けた八尺瓊勾玉と、使う度に身体が蝕まれていく瞬間移動の能力だけだ。一方、俺はこれまでのフライングフォーミュラワン、“FFー1”の開発で世界トップレベルの機体設計、製造技術を知ることが出来た。そこで俺は考えた。FF–1“彩雲”の機体に用いたカーボンナノチューブやフラーレン、グラフェン、そして柔軟性を有するセラミックといった最先端の素材を用いることで、硬くても折れない、軽いけど重い、最強の刀が出来るのではないかってね。でもこのアイディアを考えた当初、俺の心の中では「反戦の象徴たるFF‐1の技術を武器に転用する訳にはいかない」という葛藤があった。すると白龍からこんなことを言われた。

「武器とは、兵器として一般的な銃や剣だけではない。包丁や鉛筆、時には氷ですら持つ者の心ひとつで人を殺める武器となる。故に武器は強力であればあるほど、それを扱う者の心もまた強くなければならない。然すれば其方は最強の武器を完成させ、それを所有するのに相応しい者になればいい」

この言葉で吹っ切れた俺は目下、白龍と一緒に最強の刀と最強の心を作っている最中というわけさ。


ゲンジの説明にモモが言った。

「ほう、お主ら“ふたり”でそんな事を考えていたとはな。で、完成したのか?」

ゲンジは苦笑いして返した。

「それがなかなかうまくいかなくてさ・・・こないだ作ったものは目標性能の95.5%を達成した。でも白龍が99.7%を超えないとNGと判定して、折角作った刀を壊してしまうわけさ。だから俺達のカーボンソードが何時完成するかは、正直まだ分からない」

それを聞いていた白龍が、ゲンジの左腕に嵌めたリングから声を出した。

「駄目なものは駄目だ。だが完成の目処は立っている。あと幾度かトライアンドエラーを繰り返す事で目標性能を満たす刀が完成するであろう」

「白龍がそう言うんだったら大丈夫、そのうち出来るさ。それにしても、そのカーボンソードとやらが完成すれば常世国ではかなり強力な武器になりそうだな」

ゴウはそう言ってモモに同意を求める眼差しを送ったが、モモは首を横に振った。

「ゲンジ、お主がどのような武装で常世国に向かうのかは好きにすればいい。だが腰の病がどう響くか・・。兎に角、無理だけはするな。お主は水先案内人としての役目を果たしてくれれば、それで良い」

そう言った後、後悔しても仕切れないといった悔しそうな表情でモモが噛んだ口の中では、数本の奥歯がグラつき、歯茎から出血をしていた。実はこのとき既にモモの歯は、第三大臼歯、通称“親知らず”とその隣の第二大臼歯を含めた前後左右八本の歯が抜け落ちていた事をゲンジもゴウも知らずにいた。普通は“親知らず”など虫歯になったら抜いてしまえばよいと考えるものだが、通常の人間を遥かに上回る治癒力をもつモモの場合は状況が違う。これまでモモはその体質からか千年以上に渡り虫歯になった事など一度も無かった。それがここ数年の間に出血しはじめた親知らずは、修復することなく次々と抜け落ちていったという事実は“自らの身体に異変が生じている”ことを示していた。


口の中に広がる血の味を噛み締めながら、モモは思った。

(普通の人間には一生のうち乳歯と永久歯のふたつしか生えてこない筈の歯が、儂はこれまで幾度となく生え変わってきた。歯だけではない、手や足を失っても再生してきたのだ。だがその儂の歯が今、斯様な状態になっているということは、ようやく儂にも“来るべき刻”が近付きつつあるということなのか・・・)


そしてこの日、日本では新型護衛艦DDC–199[やまと]の艦載機となる純国産戦闘機F‐0(エフゼロ)のテストパイロットに、FF–1ワールドグランプリ優勝者“楠木将成”を迎える計画が、自衛隊上層部の極秘会議で決定した。


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