【第十一話】平清将
【第十一話】平清将(残りの半分は食料とする計画)
リオデジャネイロ沖の一件から二年が過ぎたいま、ゲンジはひとりオーストラリアのとある山中でMTBに跨りダウンヒルの真っ最中であった。
モモと出会ってから十四年が経過し三十二歳となっていたゲンジは、無邪気な笑顔をみせているときは二十代のように、真剣な眼差しをしているときには四十代のようにみえたりと、歳を重ねる毎に複雑な表情をするようになっていた。
そして二年前、母親がすでに死亡している事を思い出したゲンジはその後、モモと一緒に居る事を避け、ひとりで行動するようになっていた。
ゲンジはOAKLEYのサングラスに内蔵された骨伝導マイクで白龍に声を掛けた。
「ハアッ、ハアッ・・モモ、自転車がこんなに愉しいものとは・・フウッ、予想外だよ。バイクとスキーを足して・・二で割らないって感じでさ。漕がなきゃならないところもトレーニングって考えれば一石二鳥、いや三鳥、得した気分・・・だよ。それにいざというときにコイツは電動アシスト機能もあるしね。いまはアシストゼロにしているけど、最大にすりゃ登り坂が下り坂にもなる」
するとゲンジの視界に表示されていた3Dマップの前方に白龍が現れる。
「脚力と重力のみしか利用できないこの環境ではエンジンやモーターが搭載されたバイクと違って誤魔化しが効かぬ。スキー同様、其方の周りに発生した力をうまく利用すると良いだろう。さて、ゲンジ気を付けろ。この先38mの地点から29度の急斜面になる。カウントダウンを開始する。3、2、1・・」
次の瞬間、GTの最新型MTBに跨るゲンジは一瞬フロントブレーキを掛けた後フロントホイールを持ち上げ、膝を使ってリアサスペンションを沈めると、リアタイヤを浮かせて空中に舞い上がっていった。
このときゲンジが掛けていたOAKLEY社製のサングラスは最新型のウェアラブル端末となっており、腕時計型情報端末のコンシェルジュシステムと連携することで通話は勿論の事、マップやバイタルサインの表示等を音声による指示で自在に映し出せるようになっていた。そしてサングラスに映し出されたゲンジのコンシェルジュAI“白龍”が持つサイバーイージス機能“CATS”(Cyber Aegis Tecnology System)の性能は、いまや白龍の意思ひとつで世界を転覆させることも可能になっていた。このように科学技術は日進月歩で進化を遂げていた一方で、相変わらず世界情勢は一触即発の緊迫した状態が続いていた。
三年前の中国政府の崩壊〜再生に裏から深く関与していたとみられる米国と、新中国政府との蜜月関係は、世界の経済・軍事バランスに大きな影響を及ぼし、日本を含むアジア太平洋諸国に未だかつて無い程の緊張をもたらしていた。
そして更に世界を震撼させていたのが食料問題であった。中国内陸部、内モンゴル自治区に端を発した新型鳥インフルエンザは今や世界中の至るところに蔓延し、近隣国のロシアをはじめアメリカ、ヨーロッパ、アフリカ、インド、オーストラリア等、世界中の殆どの大陸で飼育していた鶏の半数以上が死滅した。そんな中、アメリカの東海岸でシェールオイルを採掘していた付近で飼育されていた牛が大量死するという事件が一年程前に発生する。米国政府の調査により事件が発生した付近の水道水から新種のウィルスが発見され、それまで地中深くに埋まっていた未知のウィルスがシェールオイル採掘時地下水に紛れ込んだものと断定した。その後新種の牛疫であることが判明し、最初に発生した地域から“ペンシルベニア牛疫”と呼ばれるようになったこのウィルスはその後アメリカ全土に蔓延し、半年程前にはオーストラリアでも感染が確認される事態となる。結果、世界の主要牛肉生産国であるアメリカとオーストラリアの飼育頭数が一年足らずで半減するという大惨事となった。
このように世界中でいま猛威を奮っているモンゴル鳥インフルエンザ、ペンシルベニア牛疫ではあったが、日本では未だ感染が確認されておらず、日本国内の生産量はその数を維持し続けていた。
一方、このとき既に鶏肉、鶏卵の国内生産がほぼ壊滅状態となっていた中国政府は漁業の拡大を推進したものの、相次ぐ乱獲により中国領海内の海洋資源が一気に枯渇してしまい、次に目をつけたのが短時間で大量の肉を得られる鯨であった。だがその鯨も自国内では全く獲れなくなると、中国船籍の大型捕鯨船が小笠原諸島に押し寄せるようになっていく。そしてこれを護衛するように中国政府の海洋監視船、更に人民解放軍の海軍艦艇までも配備され、上空には空軍の第五世代ジェット戦闘機までもが時折飛び交う状況となっていた事から、日本側も海上保安庁の巡視船では対処しきれず、後方に自衛隊を配備させて都度対応していた。
このような状況に対し日本国内では、その完成が一日も早く望まれている自衛隊の新型多用途運用護衛艦DDC–199[やまと]の開発が、いよいよ最終段階を迎えていた。また、艦載機となる純国産戦闘機[F–0]やソーラーパネルを翼に張り巡らせたグライダー型無人偵察機[雷電]の開発も終盤を迎えており、半年前にはF–0の初飛行が行われていた。
だがこの機体は、著しく進化した姿勢制御装置が繰り出す旋回性能にパイロットの身体が耐え切れず失神してしまう事があり、幾人もの世界最高レベルの操縦技術を持つパイロットが墜落死していた。
一方、同じ戦闘機でも戦争を目的としたものではなく、世界一運動性能に優れた機体はどれか、世界一優れたパイロットは誰かを競い合う事を目的とした空のエフワン“FF-1(フライングフォーミュラワン)のワールドグランプリ開催に向けて、チームJAPANの試作機の完成が間近に迫っていた。そんな多忙な日々を送っているゲンジであったが、二年前まではモモに不定期に世界中を連れ回されていた事を今はひとりでするようにしていたのである。
「いやー・・・最高っ!チョー愉しかったよ。モモなんて居なくたってお前がいれば何の問題もないよ、白龍」
膝を使って前後輪が斜面と平行になる姿勢に車体をコントロールし、最小限のショックで着地したゲンジは、その後しばらくGTの黒いMTBを滑走させてからゆっくりと停車した。するとゲンジの言葉を聞いていた白龍が声を掛ける。
「ゲンジ、いま空中でヒネリを入れたであろう。あまり調子に乗って着地に失敗して怪我をせぬように。いま大怪我をすると“来るべき刻”迄に完治出来ぬぞ」
「俺は行かないよ。常世国なんて、モモがひとりで行けばいいんだ」
「冷静に考えろ。其方が同行せねば、モモひとりでは常世国の入口の場所も分からぬ筈。ところでそろそろアミノ酸を摂取した方が良い。腹も減ってきたであろう」
白龍の言葉にゲンジは頷いて言った。
「あまり腹は減ってないからサプリメント、チョコレートバーとかで十分だよ」
その言葉に白龍は何時になく心配そうな表情を浮かべて言った。
「其方のエネルギー摂取量はこのところ減少傾向がみられる。一日一食、或いは水だけという日もあった。この程度の摂取量では其方が活動した分の熱量は勿論の事、基礎代謝量すら賄うことは出来ぬ筈だが、妙なことに体重はむしろ微増傾向にある。つまり其方の身体の中では何か変化が起きていると思われる。だが其方が先日AMATERASの施設で受けた精密検査の結果でも身体に異常は見つかっていない」
ふと突然、ゲンジはフィルムを切り貼りして再編集したビデオテープを見ているような、“時間のズレ”のようなものを感じる。
(あれ?・・いまの、何だろう)
ゲンジの思考を読み取れない白龍は首を傾げて言った。
「どうしたゲンジ、いま何かを感じたのか?」
「あぁ・・まただ。これはまさか・・この近くで誰かが刻を止めた気がする」
ゲンジが後ろを振り返ってみると、こちらに向かって一台のMTBが近付いてくるのが見える。それから間も無くゲンジの前にTREKのMTBが停車し、ヘルメットとサングラスを外した男は大柄な体格にショートモヒカン刈りの、それは紛れもないゲンジとモモがモンゴルで出会った男、郷太郎であった。
「やあ君、久しぶりだね。十年振りじゃないの。随分大人っぽく、いい男になったな。同じ十年でも俺なんて老化して行くばかりでさ、ホラ」
前髪をかき上げ白髪混じりの生え際を見せて苦笑いするゴウに対し、ゲンジは懐かしむように目を輝かせて言った。
「あなたはあのとき俺達を命懸けで助けてくれた・・そう、ゴウさん!」
ふたりが久々の再会を祝って抱き合おうと手を差し伸べようとしたその時、上空から何かが急速に降下してくるのをゲンジは感じる。
(なんだ・・この感覚はまさかアイツが・・)
「ん、どうした。急に上を見て、何か珍しい鳥でも飛んでいたのかい?」
そう言ってゴウが空を見上げると、一筋の飛行機雲が見える。
(あの機体はオメガ3、特殊部隊でも降下してくるのか)
心の中でゴウがそう呟いたところで飛行機雲の白い筋の中から現れた黒い点は、その後大きくなると共にみるみる人影の形に変わっていき、「ザバアッ!」という音と共に小さなパラシュートが開くと、降下速度を下げながらゲンジとゴウに接近していった。
(気を付けろ、ゲンジ)
脳裏に響いた言葉にゲンジは声を上げる。
「気を付けろじゃねえよ、ってモモか?お前こそ、その速度危なくねぇか」
ゲンジがそう言ったところで「ガチャ」という音と共にパラシュートが外れ、モモの降下速度が再び上がっていく。それからゲンジとゴウの目の前に落下したそれは、地面に激突する直前「ボンッ!」という小さな爆発音と共に現れた大きな風船に包み込まれていった。
「拠点制圧用エアバッグ付きパラシュートを使用するとは、穏やかじゃないね」
そう言って苦笑いするゴウの前で、エアバッグを身体から引き剥がして立ち上がったモモは、半歩ずつすり足でゴウに近付きながら言った。
「ゲンジ、お主は手を出すな。此奴は儂が倒す」
「久しぶりだね、モモタロウ君。けど何故俺が突然現れた君に倒される必要があるんだい?俺は君達に対して、昔も今も敵意はないよ」
「問答無用!十年前の一件、貴様に弁解の余地が無いのは自覚しておろう」
「うーむ、確かにあの時は・・・分かった。じゃあこうしよう」
ゴウはその場にあぐらをかいて座り、自らの頚椎を人差し指でさして言った。
「三分でいい、俺の話しを聞いてくれ。その上で俺を斬りたければ、斬れ」
歩幅を半歩から一歩、二歩と広げていったモモは勢い良く飛び出しながら言った。
「問答無用と言っておる!」
モモは刃渡り15cm程のツルギ、草薙剣を腰から抜いてゴウの腹部に向かって水平に一振りした。その直後、モモの目の前に人影が現れる。慌てて振りかざした剣の動きを止めたモモは驚愕の表情を浮かべて言った。
「これは・・瞬間移動。ゲンジ!お主はなんということを」
モモの前には、背中を丸めてゴウの体を包み込むように庇うゲンジの姿があった。草薙剣が刺さり背中が真っ赤に染まりはじめたゲンジが虚ろな瞳をモモに向ける。
(モモ、このひとは殺しちゃいけない。そう聞こえたんだ、お母さんの声が・・)
そう小さく心の中で呟いたゲンジはすうっと瞼を閉じていき、ゴウに抱きかかえられるようにして倒れていった。
その後、モモが搭乗していた3つのローターを持つ最新型の国産ティルトローター型高速輸送ヘリ試作機、OH–3“オメガ3”が着陸し、ゲンジとモモ、そしてゴウを乗せるといつもの病院に向かって飛んで行った。
オメガ3のベッドの上で眠り続けるゲンジの横で、ゴウはモモに土下座した。
「済まぬ!この俺を庇って君の大切な友人がこんなことになってしまい・・」
モモは首を振って言った。
「ゲンジを斬ったのは儂だ。医師による損傷部位の確認と応急措置の結果、いまのところ内臓は無事のようだしバイタルも安定している。問題は以前痛めたところと同じ腰椎を傷つけてしまったのがどう影響するか・・・。ところで貴様、ゴウとか言ったな。ゲンジが身を呈して守った貴様を、簡単に殺す訳にはいかぬ。故に、儂の質問に答えろ。貴様は一体何者なのだ?」
モモの言葉にゴウは頷き、ゆっくりと深呼吸をした後、語り始めた。
俺の本当の名前は平清将。あのとき、モンゴルでは済まなかった。まさかあのような事になるとは・・。だがその話しは後でする。その前に、俺の先祖に伝わる昔話しをさせてくれ。
そのむかし、あるとき源平藤橘のなかから選ばれし四人の若者が帝に呼ばれて宴が催された。その催しのひとつに十五夜の月見があり、四人はそこで“きびだんご”と呼ばれる団子をひとつずつ食べたのだそうだ。そして宴が終わり翌朝になると、源氏は予知能力、平氏は身体能力、藤原氏は透視能力、そして橘氏は念動力と、きびだんごを食べた四人は皆、異能者となっていたと伝えられている。
子供達のその高い能力を目の当たりにした親達は異能者達を崇め奉り、互いの子を結婚させ子供を産ませることで、より高い能力を持つ異能者をつくりだす試みを行いはじめた。だがその行為は後に悲劇を産むことになる。生まれてきた子供達のなかで、能力の低い子供は処分され、高い子供は奪い合いの対象となり、そしてときには両親の血縁一族同士による戦にまで発展する場合もあった。そんな中、俺の先祖は未だかつて無い能力を持つ兄妹を授かったらしい。その兄妹は平家特有の驚異的な身体能力だけでなく、予知能力、透視、更には僅かではあるものの念動力をも有していた。それらの能力を脅威に感じた者は兄妹を殺そうとし、欲した者は奪おうとした。こうした外部勢力に対し、当時の先祖達は兄妹を命懸けで守り、次々と死んでいったという。そして遂にふたりだけになった兄妹はその後都を逃れ、ふたりで子供をつくり、血縁者だけで子孫を増やしていったのだそうだ。
これが我が一族に伝わる昔話しだ。この話がどこまで本当なのかは分からぬが、今となっては我が一族の純血を受け継ぐ者は俺ひとりになってしまった。しかも俺がそれを知ったのは祖父が死ぬ直前、二十歳のときだ。
それまでの俺の人生は順風満帆だった。大きな挫折など一度も味わうこと無く小中高、そして大学生活を過ごしてきた俺の人生が変わったのは、危篤のじいさんを見舞いに行ったときのことだ。そこでじいさんが死ぬ間際になってはじめて、先祖代々伝わる昔話しをしたんだよ。この日を境に“平家の正当なる後継者”になってしまった俺は、その後大学を中退し、我が一族を支える“影”の下で徹底的に再教育され、様々な訓練を受けた。それは例えば、先祖達のこれまでの歴史や異能者の能力に関する知識、或いは特殊能力を引き出す訓練といったものだ。
訓練が終了する際、俺はふたつの先祖代々伝わる家宝を譲り受けた。
ひとつは“アメノハバキリ”と呼ばれている刀で、刀身の中ほどから先端に掛けて両刃となっている、所謂両刃刀だ。もうひとつは金剛杵。よく仏像が手に持っている、鉄アレイに似たアレだ。白銀色に輝く金属で出来ていた金剛杵はじつに重く、そして固かった。聞けば、刀も金剛杵もこの世のものではなくその昔、遠い世界から先祖が持ち帰ったものだという。
俺はこの至宝、右手にアメノハバキリ、左手に金剛杵を手にしたときから運動神経が劇的に向上した。そしてその能力は訓練を重ねる事でより強力なものとなり、三年もすると心拍を一気に上げることでゲンジの能力と同じ、瞬間移動も出来るようになったのだ。
そんなある日、黒い軍服を着た外国人の少年、黒龍が俺の前に現れる。奴は俺と同じ能力を持っていたが、俺より圧倒的に長い時間能力を使い続ける事が出来た。結果、その場に居合わせた俺の側近達を皆殺しにした後、奴はひとり残された俺に向かってこう言った。
「君の能力を僕の、いや・・人類の未来の為に使ってくれないか」
このとき俺は奴の言葉に従った。何故か?実は奴が俺に接触してくる一ヶ月ほど前、北京郊外のとある大衆食堂で酒を飲んでいた俺に、フラリとやってきたモンゴル系外国人の老爺が向かいの椅子に座ってこう言ったのだ。
「私には君の未来がみえる。近々君の前に黒い服を纏った少年が現れ『仲間になれ』と言ってくるであろう。そしてその誘いを断わった君は殺される」
当時、瞬間移動を自在に操る事が出来るようになっていた俺は、世界中からどんなに強い奴が俺の前に現れたとしても負ける気がしなかったものの、試しに“ではどうすればいい?”と皮肉混じりに聞いてみると、老爺は言った。
「いまは逆らわずに刻を待て。いつか君の仲間が現れる刻を」
ゴウがそう言ったところでモモが口を開く。
「するとゲンジは、貴様の素性を直感的に理解していたとでもいうのか」
「それはわからない。だが俺と似たような能力を持つ彼は、俺とは違う何かを持っている気がする」
眉間に皺を寄せていた眉を下ろして苦笑するゴウに、モモは頷いた。
「相分かった。では平よ、儂からはこんな話しをしよう」
それからモモは話しをはじめた。
これは儂が生まれるよりずっと前の、とある国に伝わる昔話しだ。
中国大陸の内陸部に、念話や念動力を有する異能者が集う民族がいたのだそうだ。その主はあどけない少年の姿をしていたが圧倒的な強さを持っておあり、どんなに屈強な男でもその少年と対峙すると数秒で斬首されて死んでいったそうだ。だがいくら人並み外れた能力を持つ異能者集団とはいえ、数百人足らずの少数民族はその後度重なる他民族や他国の侵略を受け、都度その支配下に屈することになった。そしてその強大な特殊能力を戦争に利用された彼等は次々に倒れ、民族としては滅亡を迎える。だがたったひとり、主であった少年だけはその後も生き永らえたと伝えられている。
一方、いまから千年程前、儂が中国大陸に渡り旅をしていた途中で、念話を操り瞬間移動も出来る少年と出会い、対峙した事がある。そのとき奴は自らを“黒龍”と名乗った。その昔滅亡した異能者民族の主が黒龍なのかは分からぬがその後、儂はこれまで複数回に渡り黒龍と対峙している。まあ、一度も勝った事は無いがのう。
ゴウは驚愕の表情をして言った。
「やはりお前は知っていたのか。ならば言おう。奴の、黒龍の目的は人類全体を支配し、その半分を優良種として存続させ、残りの半分は食料とする計画だ。それを知った俺は、いつか奴を倒し、その惨忍な計画を阻止する事こそが我が一族がこれまで生き永らえた理由、天命なのだと確信したのだよ」
モモは少し首を傾げて言った。
「では訊くが、モンゴルで儂らに接触したのは何故だ。あのとき儂らが黒い軍服を着た連中と一戦交えることになったのは、貴様の企みではなかったのか」
「あの時は済まなかった。本当はチベットにお前達を連れて行きたかったのだよ」
それからゴウはあのときモンゴルで起こった事をモモに説明した。
君達とモンゴルで出会ったのは察しの通り偶然ではない。あのとき俺は、黒龍から君達を監視せよという指示を受けていた。奴は君が不老不死の身体を持つことを知っていた。そして更なる情報を求めた奴は、君達を調べるスパイとして俺を送り込んだのだよ。だが、俺とて黒龍の言いなりになるつもりもなく、俺を助けてくれた恩人が居るチベットまで君達を連れていきたいと考えていた。ところが君達が要求した行き先はハルピンだった。そこで俺は無理に行き先を変えると怪しまれると思い、一旦君達の考えに従う事にした。
その後、俺達は本当に偶然、黒龍の手下共に遭遇してしまったのだよ。その後も俺は黒龍の手下として君達の事を色々調べ続けてきた。一方、黒龍のことも調べていくうちに、黒龍の背後には何か巨大な力がある事がわかったが、それが一体何なのかは今のところ分かっていない。そこで俺は決めたのだ。
ここでゴウはあぐらをかいていた姿勢をあらため土下座して言った。
「桃太郎、君はこれまで幾度となくこの地球を離れ、異世界に行ったことがあるのだろう。そして君のように異世界に行った者は地球へ帰ってくると潜在能力が解放され、超能力が開花される場合があると、我が一族に代々伝わる古文書に書いてあったのだ。ならば俺も黒龍を倒す為に、君達と一緒に異世界へ行ってもっと強い能力を手に入れたい。だから俺を、君達の仲間にしてくれないか」
「きびだんごや常世国の行き来で強大な能力を得た者は確かに居る。だがその能力に見合う強い心を持たぬ者は食欲や性欲、物欲を抑えきれなくなって人の心を失い、暴れ回った挙句殺された者も多い。その多くは儂にだ。だからこそ儂は、これまで常世国に人間を連れて行く事を避けてきたのだ」
「ではゲンジ、彼は大丈夫なのか?」
「分からぬ。常世国から戻ったとき、ゲンジはどんな能力を授かっているのか。そして奴の心はそれでも人間の心を保つ事が出来るのか・・。だが儂は信じている。奴を選んだマガタマノカミを。そして儂の・・いや、奴の心の強さを」
「ならば俺も一緒に頼む!危険な事は百も承知、もし俺が人の心を失ったらお前が斬ってくれ。俺は必ず、お前達の役に立つ」
モモはゆっくりと頷くと言った。
「然すればゴウよ。きびだんごはもう無いが、一緒に往くか」
ふと、ゲンジの左腕に嵌められたリング状のウェアラブル端末から白龍の声が聞こえてくる。
「我がこれまでに入手した情報と今回の郷太郎の証言を繋ぎ合わせてみた結果、ゴウの証言が真実である確率は99.7%と算出された」
「では残りの0.3%は嘘ということか」
真顔で言ったモモのその言葉に失笑したゴウは眉毛を八の字にして苦笑した。
「参ったな、全部本当だって!」
ゴウの大きな声で目が覚めたのか、ふとそれまで伏臥位の姿勢でベッドで眠っていたゲンジが寝返りを打って側臥位になった。
「ゲンジ!気がついたのか。気分はどうだ。痛みは?」
モモの言葉に対し、頬をベッドに付けたまま薄目を開けたゲンジは、握り拳の親指を立ててつぶやいた。
「全然・・大丈夫。二人の会話は大体聞こえていたよ。そしてお母さんの声も・・俺達三人揃って桃源郷・・わかったよ、お母さん。俺、シャングリラに行くよ・・・




