【第九話】アマテラス
【第九話】アマテラス(一千年前の先祖の話をしよう)
「もしもし、陽子。俺だけど」
ゲンジはいま、見渡す限り水平線が広がるのピラミッドの山頂から幼馴染みの藤原陽子に電話を掛けていた。実はここ数年、陽子に会っていない。その理由はゲンジがモモと出会った当初、モモに言われたひとことがきっかけであった。
(儂と関わることで今後お主は常に儂等の敵対組織から監視され、危険な目に遭うこともあるだろう。そのとき儂はお主を全力で護る。だがお主の周りの者まで護る事なぞ出来ぬし、そのつもりもない)
そして同じく数年前から時折見る、砂漠の中で陽子がゲンジの腕の中で死んでいく夢もまた、理由のひとつであった。この予知夢とも思える悪夢を現実のものとしない為に、陽子と会いたがらないゲンジに対し陽子は何故か不審がることなく、ゲンジが済まなそうな言葉を掛けると「お互い何時、何処に居ても、私はゲンジの事を想い続けているから。いつか迎えに来てね」と言ってゲンジを励ました。
それからしばらくして陽子との会話を終えたゲンジの腕時計型端末に、ゲンジのコンシェルジュ“白龍”が画面に現れる。
「ゲンジ。何故“フジワラヨウコ”を“友達”或いは“恋人”に登録しない?今まで通り“未登録”のままでよいのか」
「恋人?余計な事言うなよ。そんなんじゃないけど、陽子の情報がハッキングされて陽子の身に何かあったら困るからさ、今は“未登録”のままでいいよ」
「心配無用。我が監視している限り其方の情報が漏れる事なぞ、万に一つも無い」
「白龍、お前が賢いのはわかるけど、いまどきプロのハッカーに一度目をつけられたら世界中のありとあらゆるところからサイバー攻撃を仕掛けられるっていうじゃん。もし俺がその対象になっちゃったら、いくらお前が優秀なAIでも流石に不特定多数のサイバー攻撃を防御する能力は持っていないだろう」
二年前、モモがゲンジに与えたこの腕時計型ウェアラブル端末は、一般には割り当てられていない特殊な周波数帯と通信仕様のもので、盗聴や内部データの流出、ハッキング等外部からの攻撃に対しては、同時に百万のサイバー攻撃を監視することが可能であり、千の防御、そして百の攻撃をも同時に行える性能を有するものであった。関係者の間ではCATS(Cyber Aegis Tecnology System)と呼ばれているこの特殊な機能を搭載した端末を持たされていることなど、このときゲンジは知る由もなかった。
「そうか・・ところでゲンジ、今日は元気が無いな。声のトーンが低い。想定される原因は其方の初恋の相手、フジワラヨウコとの会話が弾まない、或いは会えないことに対しフラストレーションが溜まっているものと考える。現在脈拍57、血圧65/120、体温36.4℃、SpO2は100%と、何れも正常値を示しているが念の為、採血を行う事を勧める」
「今度は“初恋”って・・大きなお世話だよ。あのな白龍、俺の身体はホントに大丈夫だって。それに今はバイタルチェックのセンサアダプタ持ってないし」
ゲンジの体調を気遣い、恋愛感情を察する等、ゲンジとの日常会話を難なくこなす人工知能“白龍”が真の感情を持ち始めつつある現在、ゲンジとモモがはじめて出会ってからは十年という月日が経過していた。二十八歳になり日焼けした肌に少し頬のこけた逞しい顔つきと胸板が分厚く筋肉質な体格になっていたゲンジに対し、色白で艶のある肌をしたモモの容姿は相変わらず二十歳前後のように見えた。そしてゲンジの容姿が変わっていくと共に、日本のおかれている環境もまた少しずつ、変化の兆しをみせていたのである。
外交面では中国の反日路線が急速に弱まり、領海・領空侵犯の数も激減していた。
そのきっかけとなったのは、十一年前に発生し中国国内に深刻な食糧問題をもたらした鳥インフルエンザを発端に、食料の買い占めに走った富裕層に対し貧困に喘ぐ低所得者層が起こした大規模な反政府運動であった。活動家達がインターネットを通して募り天安門前に集まった群衆に対し、政府は警察だけでなく軍隊も動員して沈静化を図った。結果、数千人規模の民間人が死亡する大惨事となったものの、政府はあらゆる報道を検閲し、事実を揉み消した。この“第二の天安門事件”といわれる惨劇を境に、今まで機会を伺っていた少数民族も一斉に立ち上がり、反政府運動に加担した。政府の検閲が届かぬインターネットを通じて世界中に配信されたこの映像を含む反政府運動を鎮圧する為、中国政府はこれまで近隣諸国に掛けていた圧力を内政に傾けざるを得ない状況に陥る。この状況に対し“支援”というカタチで経済的にも軍事的にも近付いていった米国は、これまで親密だった日米関係を次第に弱めていった。
このような背景の中、他国に頼ることなく防衛力を強化する必要に迫られた日本は、これまでの中国の領海侵犯に対抗する手段のひとつとして多用途運用護衛艦DDC—199[やまと]の開発を着々と進めていた。やまとの基本設計は既にほぼ完了しており、建造に向けて本格的に動きはじめていたと共に、この船の艦載機となる純国産戦闘機F–0(エフゼロ)、そしてソーラーパネルを翼に張り巡らせ、高高度における作戦行動中は完全無給油運用を可能としたグライダー型無人偵察機[雷電]もまた先行研究が完了し、量産機の開発に着手していたのである。
ゲンジと白龍の会話を側で聞いていたモモが言った。
「“初恋”などという難しい言葉を使うようになるとは、このところ白龍の人工知能の成長は著しいものがあるな。ゲンジ」
「何だよモモ、お前もコンシェルジュとか興味あるのか?コイツにゲームやらせるとスゲェんだぜ、最強だよ。あ、お前はゲームとかしないんだっけな・・・って、そんなことよりまた突然こんなところに連れてきてさ、一体何の用があるんだ?」
ふたりが居るその場所はメキシコの遺跡、テオティワカンの太陽のピラミッドの頂上であった。視界一面に広がる平原を眺めながらモモは言った。
「なあゲンジ、お主は“日本国”という山を知っているか」
「ニホンコクってそれ、本当に山の名前なのか?」
「ウム、標高555メートルのほんの小さな山だ。だがその小さな山でむかし、儂は怪我をした鷹をひろった事があってな」
「そのパターンはどうせまた、きびだんごを与えて家来にでもした話しなんだろう?」
「左様。お主の言う通り、きびだんごを喰って怪我が回復した鷹はその後、儂の水先案内人“マガタマノカミ”となり、日本国山頂から常世国に向かった。そしてそれより遥か昔、儂がはじめて常世国に向かった場所が此処だ」
「へえ、お前がはじめて常世国に行った記念すべき場所がココって事か。それじゃあもしかして、このピラミッドは常世国に行く為に建てられたものなのか?」
「儂が此処に辿り着いた時点でこのピラミッドは既に建造されていた。つまり、儂らよりも前にこの地から常世国に行った者がこのピラミッドを建てたとも考えられる。真相は知らぬがのう。しからばゲンジ、日本という国はいつ頃生まれたと思う?」
ゲンジは首を傾げた。
「えぇ?そうやってモモはコロコロと直ぐに話しを変えるなよ。分からないけど弥生、縄文・・卑弥呼がいた時代かな、よく分からないけど二千年前くらいか?」
「諸説あるが、儂は若かりし頃に“一千年前の日本の話”を聞いた事がある」
「お前が若い頃って何年前だ?まさかモモ、お前は二千年も生きているのか?」
「流石にそこまで長生きしてはおらぬ。だがこれから伝える話しはお主が云うように、二千年前の事なのかもしれぬ」
それからモモは一呼吸おくと、ゆっくりと話しはじめた。
これまで何度も話した通り、生まれてから僅か二、三日でいまの体格まで生長した儂の身体は、桃の実を食べることでその異常な生長、或いは老化が抑制された。だが身体だけは大人になったものの、当時儂の頭の中には、普通の人間が大人になる過程で経験するであろう記憶も無ければ、生きていくのに必要となる知識が何もなかった。そんな儂に、おじいさんとおばあさんはこの世界のことや、儂がどのようにして生まれたのか等、色々教えてくれた。だがふたりの説明を聞けば聞くほど、儂の頭の中には新しい疑問が沸々と湧いてきた。そして例の鬼退治の後、おじいさんとおばあさんは“そんなに知りたければ旅に出るとよい”と言った。そこで儂は一緒に鬼退治をしたサル、キジ、イヌを連れて旅に出ることにした。
それからしばらくしたある日、山の中を歩いていた儂達は突然、武装集団に取り囲まれる。だが其奴らは適度な間合いを保ったまま攻撃をしてこなかった。これまで出会った山賊達とは違う、当時としては画期的な統制のとれた組織であった奴等はジリジリと間合いを詰めながら、交戦しようとする儂達に言った。
「無益な殺生はせぬ。先ずは名を名乗れ。何処から来た」
はじめてみる者どもではあったが心を読んで悪意を感じられなかった儂は、儂の生い立ちを彼等に話した。するとひとりの男が血相を変え「ある御方に会って頂けないか」と言った。そこで儂は、とある都に行くことにした。
生まれてはじめてみた都の景色は、実に荘厳であった。整備された街並みに気品漂う住人、その都の中枢に位置する巨大な建築物に招かれた儂は、其処で都を司る宮司に会った。其処で儂は改めていままで経験してきたことを全て話すと、彼は深く頷いて言った。
「成る程・・では我等も一千年前の先祖の話をしよう」
千年前のある日のこと、我等の先祖が山を歩いていると突然、空が真っ暗になり月の光が先祖を包み込んだ。そして真っ白になった視界の中から現れたのは一匹の巨大な竜であった。身体がふわりふわりと浮かぶ不思議な世界の中で襲ってきた竜と対峙した先祖は次第に体力を失い、死を覚悟したところで其の国の住人に助けられる。そして彼等との会話の中で、彼等は自分達の住む国を常世国と呼び、我等の先祖が住んでいる国は葦原中国と呼んでいる事を知る。常世国には、葦原中国にはいない巨大生物が棲んでおり、先祖が対峙した竜は常世国の民に最も恐れられている大蛇と呼ばれる生物であることを知った。巨体にも関わらず俊敏な動きをする大蛇を常世国の民は倒すことはできぬと云ったが、身体が軽くなる常世国では大蛇よりも更に俊敏に動くことが出来た先祖は、大蛇を退治しようと助けてくれた住人達に話を持ちかけた。そして常世国の民と協力して大蛇と対峙した先祖は死闘を繰り広げている最中再び月の光に導かれ、葦原中国に戻っていった。
葦原中国に戻った先祖が立ち上がると足元に巨大な影が現れる。見上げた先祖の目に映ったのは、先程まで対峙していた大蛇の姿であった。巨大な地響きを立てて着地した大蛇に立ち向かおうと先祖が剣を構えると、近くに居た村人達も加勢に駆けつけてきた。先祖も含め数十人の男達が大蛇と対峙しはじめてから幾人かの村人達が飲み込まれたところで、遂に腹を裂かれた大蛇は身体を腐らせながら倒れていった。千年前の先祖は二度と起き上がることが無いよう大蛇の首を跳ねてからその場を立ち去った。だがしばらくすると大蛇の腹の中から八匹の子供が生まれ、ふたたび村人達を襲いはじめる。その事を知らせに先祖を追ってきた村人と一緒に急いで戻ったところで見た光景は凄惨なものであった。人間と同じくらいの身長の小さな大蛇達は目に見えぬほど素早い動きで村人達を襲い、そこに居た者を次々と食い尽くしていった。
無数の頭や手足が転がり真っ赤に染まった地面に、引き連れてきた兵隊達に用意させた大甕を八つ並べさせた先祖が一斉に大甕の蓋を開けさせると、中に入っていた酒の匂いに誘われて八匹の大蛇がやってきた。大蛇達が大甕に首を突っ込んで酒を飲み始めたところで戦いを挑んだ先祖は、左腕を食い千切られながらもなんとか八匹全て退治し、二度と起き上がれぬように首を落とした後、もう卵は無いかと全ての大蛇の腹を切り裂いた。すると先祖は一匹の大蛇の腹の中から無数の人間の身体の一部と共に、一振りの短剣をみつけた。持ってみると細かく振動し、微かな音色を発しはじめたその剣は見た目より非常に重く、鉄や石、何でも切れる不思議な剣であった。
その後、千年前の先祖は平和に暮らしていく中で幾人もの子供をつくった。そして生まれてくる子供達には皆、大蛇を退治した時に見つけた短剣を持たせてみたものの、誰ひとりとして微かな音色を奏でることは無かった。その間、先祖は刻と共に老いることなく三十歳程の容姿を保ち続けた一方で、失った左腕は少しずつ再生しはじめ、二十年程で元通りに回復した。それから数十年の刻が過ぎたところで、先祖の子供達の中から生まれたひとりの孫が偶然短剣に触れたとき、剣は細かな振動をしはじめ微かな音を発した。
その後先祖は、その孫が十五歳程に成長したところで短剣を授け、彼が大蛇と戦った地から持ち帰った種を蒔くとたった一日で成長したトチの木から成ったトチの実を腰にぶら下げ、ふたりで旅に出る事にした。途中出会ったカラスとトビにそのトチの実を喰わせると、旅の行き先はカラスが示すようになり、行く手を阻む山賊や海賊にはトビが勇敢に立ち向かっていった。その後、水先案内人のカラスを先頭に千年前の先祖と孫、そしてトビの一行は海を渡り、遥か東方の大地で月の光に導かれ、常世国に足を踏み入れた。そこで一行は常世国の民に出会う。其処でひとりの老爺が千年前の先祖に向かって言った。
「其方は先日、儂の弟が住む村を救ってくれた葦原中国の方では無いか」
「如何にも。我等の国は葦原中国と呼ばれている事を以前この国の民から聞いたことがある。だがそれは“先日”ではなく百年も前の事だ」
「それは失礼、其方の姿があまりにそっくりなものでのう。実は数日程前、儂の兄弟が住む村が大蛇に襲われたんじゃ。その光景は弟の目を通して儂の脳裏にも見えたが、其処に儂らより背が高くて頭の小さい、其方にそっくりな葦原中国の民が現れ、弟達を救ってくれたんじゃよ」
「それは余が百年前に経験したことに似ておる。その時対峙した大蛇はこの国で倒すことが出来ず、葦原中国でようやく退治したのだが・・」
「確かにあのとき大蛇は月の光の中に消えていった。もしや其方が大蛇を退治してから葦原中国では百年の刻が流れたということかもしれぬ」
「ウム、どうやら余の国とこの国は刻の流れが違うと考えるのが自然ようだな。そして百年という刻を経て大蛇に食われた余の左腕は再生し、孫もできた。ところで余が百年前に退治した大蛇の腹の中から出てきたこの剣は、余と孫が持つときだけ微かに震えはじめる。この剣について何か知っておるか?」
そう言って千年前の先祖が短剣を見せると、老爺は血相を変えて言った。
「く・・草薙剣ではないか!その剣は儂等がずっと探していたものじゃ。数年前に大蛇との闘いに破れ亡くなった我が国の王の剣。そしてこの音は・・」
「ウム、余や、余の孫が手に持つと震えはじめ、微かに高い音を発するこの剣は、軽く触れただけでどんなものでも力を入れずともすっと切れてしまう不思議な能力を持っておる。だがお主がずっと探しておったのであれば返すとしよう」
千年前の先祖が老爺の前に剣を置くと、老爺は剣を持って言った。
「『草薙剣より音色を奏でる者現れし時、其の者に剣を与え給え』・・か。遂に現れたのじゃな。見ての通り、これは儂らが手にしたところで震えもしなければ音も発せず、この剣が持つ能力を発揮させることは出来ぬ。それ故、いつか剣の能力を引出せる者が現れるという伝説を守ってずっと先祖代々保管してきたのじゃが・・数年前、それまで見たこともない巨大な大蛇が現れ儂らの国が滅亡しかけた時、王はこの草薙剣を手に持ち勇敢に大蛇に向かって行った。剣が奇跡を起こしてくれると信じてのう。だが王に奇跡は起こらなかった。それでも王が身を呈して守ってくれたお陰で奇跡は起きた。儂らは生きのこり、そして其方達に出会えたのだから」
「そうであったか。お主らの主は立派な王であったのだな。だが何故、お主らが持っても何も起こらぬのに、余や余の孫が持つとこの剣は震えるのだ?」
「この剣ははるか昔、常世国と葦原中国を往来する我らの神が、ふたつの国の金属を混ぜ合わせて創ったと伝えられておる。そしてふたつの国を往来した者の中にはこの“神の能力”を授かる者が現れることがあるというのじゃ。更にこの神の能力を持つ者の血は、稀に子孫に受け継がれることがあると聞いたことがある。何れにしても、其方等ふたりが持つと草薙剣が震えるのは紛れもない事実じゃ」
それから老人は草薙剣を“あらゆる難局を切り開く能力を持つ”と伝えられていると説明した後、銀色に輝く丸い鏡と、緑色に輝く勾玉を家来に持ってこさせて千年前の先祖の目の前に置いて言った。
「この鏡[八咫鏡]は“あらゆる災いを跳ね返す能力を持つ”といわれ、勾玉[八尺瓊勾玉]は“刻の行方を指し示し、刻を操る能力を持つ”と言われておる。更に是等三つの能力を合わせたとき、全ての災いはこの世から消え去るのだそうじゃ。じゃがそれは決して使ってはならぬ、世界を滅ぼす能力」
こうして千年前の先祖は、持っていた草薙剣に加え、八咫鏡と八尺瓊勾玉も授かることになる。だが千年前の先祖は“三つの能力を合わせる”事を怖れ、千年前の孫に草薙剣を纏わせ、八咫鏡は革紐を通してカラスの首に掛け、八尺瓊勾玉は革紐を通してトビの首に掛けることにした。
一日後、ふたたび月の光に導かれて葦原中国に帰ろうとした千年前の先祖達の前に一匹の大蛇が現れた。すると先祖は孫に一言「三種の神器を託す」と言い残し、たったひとりで大蛇に立ち向かって行った。
その直後、月の光が先祖の孫とカラスとトビを包み込んで常世国を離れ、次に彼等が降り立ったのは、先祖達が住んでいた国から遥か西方の地であった。
其処からまた長い旅を経て故郷に帰ってきた彼等はそれぞれ特別な能力を身に付けていた。千年前の先祖の孫は言葉を発することなく会話を行い、モノに触れずして動かす能力を、カラスは尾の一部が変形して三本足となり、彼等が向かうべき道を指し示し、敵と対峙すれば瞬間移動して敵の急所を突く能力を、そしてトビは身の危険が迫ると全身を金色に光らせ、迫り来る敵の攻撃を無力化した。
宮司はひととおり話しをした後、草薙剣、八咫鏡、そして八尺瓊勾玉を儂の目の前に置いて言った。
「その後先祖の孫の記録は残っておらず、我等の子孫でこの神の能力を持つ者は途絶えた。それから我等は次なる神の能力を持つ者が現れるのをずっと待っておったのだ。そして先刻聞いた話し、貴方が常世国の血を受け継ぐ者なのだとしたら神の能力を持っているかもしれぬ。先ずはこの剣を持ってみてはくれぬか」
儂はその言葉に引き寄せられるように剣を手に取った。すると剣は細かく振動しはじめキーンという高周波音を発した。宮司は頷いて言った。
「『草薙剣より音色を奏でる者現れし時、其の者に剣を与え給え』・・か、本当に目の前に現れるとは。まさに常世国に伝わる伝説の通りだ。どうか是等“三種の神器”を託されてくれぬか」
そんな大切な至宝はもらえないと儂が断わると、宮司は言った。
「与える、授けるのではなく、託すのだ。三種の神器は飾りではない。先祖代々受け継いできたのは是等が持つ能力、つまり此の國、葦原中国と異国の地、常世国の民を護る能力だ。次に大蛇が現れるのは何時か、そのとき我等は対抗し得る能力を備えているのか。退治できぬときには我等の民は皆大蛇に食われ、國が滅びるかもしれぬ。だからこそ貴方には旅を続けて常世国へ渡ってほしい。そして来るべき刻、ふたたび此の國に大蛇が現れたときには是等の能力を使って退治してくれぬか」
この言葉に揺り動かされた儂は三種の神器を受け取ると、剣はイヌに、鏡はサルに、勾玉はキジと夫々の首にぶら下げさせる事にした。するとそこでひとつ、変化が現れた。勾玉を首にかけたキジは儂らの前を飛ぶようになり、その様子はあたかもこれから常世国へ向かう儂らの水先案内人のように思えた。それから儂らはキジを先頭に長い旅を続けて行った末、辿り着いたのが此処だ。
テオティワカンの太陽のピミッドの山頂から周囲を見渡しながらゲンジは言った。
「日本国、太陽のピラミッド。何れも小さな山の山頂から恐竜の住む世界、常世国に旅立った場所って事か・・」
「ウム、儂がはじめて此処に来たとき既にこのピラミッドは存在しており、街は沢山の人々で賑わっていた。ではこの街は、このピラミッドは何時造られたのか?当時この国を治める者に訊いたところ、この地にはカラスとトビを連れた男が天から降ってきたという伝説があり、其処にピラミッドを建てたのだというのだ」
ゲンジは目を丸くして言った。
「それって、さっきお前が言っていた宮司の“千年前の先祖の孫”のこと?」
「ウム、確かに儂が彼等の城に招かれたとき、壁に掛けられたタペストリーには“カラスとトビを連れた男がひとり、空から舞い降りてくる画”が描かれていた」
「いまから二千年以上前に日本を治めていたヒトの話、そしてそのヒトが恐竜の住む異世界に行って帰ってきたのがココ・・か。なんだかスケールがデカすぎてピンとこないな。で、その“常世国”って地球じゃないんだろ。どんな所だったんだ?」
ゲンジに目を合わせて頷いたモモはゆっくりと目を閉じ、一千年前の記憶を脳裏に呼び覚ますように語りはじめた。
あのとき、地平線に沈みかける夕日を背に歩いていた儂らは日没直前、夕日で赤く染められたこの人口の丘に辿り着いた。水先案内人のキジの誘導でその丘に登ってみたところで辺りは急に暗闇に包まれていき、頭上を飛び回っていたキジが鳴き始めた。見上げると、それまで天頂に浮かんでいた白い月がみるみる金色に輝きはじめ、直進光となって降り注いだ金色の光が儂らを包み込んだのだ。
そして儂は、生まれてはじめて常世国に辿り着いた。
常世国は水と空気、両方の性質を備えた大気に覆われた、非常に重力の小さな星だった。
真っ暗な夜空に満月が浮かぶ砂漠に降り立った儂らを最初に苦しめたのは、呼吸だった。水のようにねっとりとした大気を吸いこんだ儂は鼻に激しい痛みを感じ、肺は水で満たされたような重さを感じた。其処で儂らは暫く身体を横にして口を開き、背中で呼吸をしていたが、ゆっくりと深く鼻で呼吸すれば楽になることに気付くと、次第にその環境にも慣れていった。
次に儂らを苦しめたのは、その後しばらくして昇りはじめた太陽が容赦なく照らしつける、強烈な日差しだった。大気の温度はさほど上昇していないにも関わらず、照りつける直射日光の輻射熱で儂らの身体からは大量の汗が吹き出した。だが辺り一面砂漠で日陰など何処にも見当たらなかった儂らは日陰を求め、キジの誘導に従って歩き続けた。途中、最初に倒れたサルは背中に背負い、次に倒れたイヌは胸に抱え、儂は彷徨い続けた。そして遂に体力の限界を迎えた儂が倒れたのは、ようやく目の前に小さな湖がみえるオアシスまであと一歩というところだった。
気が付くと儂は、椰子の木に似た巨大な木の下で横になっていた。となりには先に目を覚ましたサルとイヌが座っており、キジも木陰の枝で羽根を休めていた。
ふと、金色の着物を纏ったひとりの女が声を掛けてきた。
(あ、よかった。無事だったのですね)
だがその声は音波として耳から聞こえたものではなく、直接儂の頭の中に響いたものであった。不思議に思った儂が改めて目の前の女をよくみるとその姿は、低い背の割に頭はすこし大きめで下腹部が出っ張った、まるで妊娠した子供のような体型をしていた。女は儂に言った。
「一昨日の夜のことです。もうすぐ姉夫婦の生まれてくる赤子の為に、私と姉夫婦の三人は砂漠を越えて桃源郷に桃を取りに行きました。そこで大蛇と呼ばれる巨大な龍に襲われたのです。義兄が大蛇に応戦している間に姉と私が逃げていたところで突然月の光が降り注ぎ、姉だけが光の中に消えていってしまいました。その後大蛇から逃げ延びた義兄と私は一晩中姉の姿を探しまわったのですが見つかりませんでしたが、夜が明けると砂漠は灼熱の砂と化して渡る事が出来なくなりますので、日の出前に一旦引き上げる事にしました。そして昨夜、ふたたび私の夫にも協力してもらい義兄と三人で桃源郷に出向いたものの姉の姿はみつけられず、今朝も日が昇る前にこの森に戻ってきたのです。その後、姉が戻ってきたら食べさせようと桃の実を探す為、男衆二人には先に帰ってもらい、私ひとりでこの辺りを歩いていたところでふと、見たこともない鳥が目の前にやってきたのです」
そう言って頭上の木の枝に止まっていたキジに目を向けた女に向かって儂は、これまで自分の身に起こった出来事を全て話すことにした。
それからしばらくして儂の話しをすべて聞いた女は突然儂を抱きしめると、涙を流しながら言った。
「ではもしや、あなたはサクヤ姉さんの子・・かもしれないのですね」
それから儂らは“ククリ”と名乗る女に招かれ、女の集落に辿り着くと、ふたりの男が出迎えた。この集落の当主と思しきふたりの男はそれぞれ名を“ヨモツチ”、“タケル”と名乗り飯や酒などで儂らを持て成した。其処で儂は改めて、これまで自分の身に起きた話しをする事にした。それからずっと黙って儂の話しを聞いていたタケルは、話しが終わるとすこし声を震わせながら言った。
「そうか、君の話が本当だとするとサクヤは死んだという事か。だが・・それでもサクヤは君を残してくれた。モモタロウ、よくぞここまで来てくれた。感謝する」
それからタケルは儂に、この世界の事を淡々と説明した。
この国には千人程が住んでおり、この国を治めていた王は大蛇との戦いで随分前に死んだこと。そしていまは王の娘であるサクヤ、ククリと共に、自分とヨモツチのふたりがこの国を治めていることなどだ。
戦いに敗れた王の話を聞いた儂は三種の神器をタケルに見せることにした。するとタケルは目を丸くして驚いた後、一呼吸してから微笑んで言った。
「『草薙剣より出ずる音色を奏でる者現れし時、其の者に剣を与え給え』・・か。モモタロウ、いまは其方がこの剣の主人なのだな。よかろう、余が知りうるこの国の全てを、時間の許す限り其方に伝えよう」
それからこの星には一日に二回、昼と夜が来ること。砂漠は金の砂で出来ていること、その金を使って自分達の衣服を作っているということ。その砂漠の向こうには桃源郷があり、そこに成っている桃の実は非常に栄養価が高く妊婦や赤子の食料にも適していること。昼間は灼熱となる砂漠を越えられるのは夜になってからだということ。だが夜は夜行性の大蛇と蟲がおり大変危険であること等、この世界特有の土地や生物、現象について教えてくれた。つまりタケルは儂が居た世界“葦原中国”と此処“常世国”の違いを知っていたのだ。
実は、タケルは常世国で生まれた者ではなく、これまで2度に渡り月の光に導かれて葦原中国からやって来たのだという。1度目はトビやカラスといった動物を連れて、2度目は孫を連れてきた常世国で一日を過ごし、翌日再び月の光のに導かれて葦原中国に戻ろうとしたところで現れた大蛇と対峙したタケルは、ひとりの男に救われる。だがその男はタケルの身代わりとして大蛇に食い殺され、タケルもまた葦原中国に戻る機会を失ってしまう。その後サクヤに出会ったタケルは一目惚れし、大蛇との戦いに破れたサクヤの父の代わりになるべく、この国に残ることとした。それからタケルとサクヤは妹のククリと同時期に身篭った。だがサクヤもククリも胸が十分に膨らまず母乳が出ない心配があった事から、自分の身体から母乳が出るように、そして間もなく生まれてくるであろう赤子に母乳の代わりに食べさせてやる為に、危険を冒してまで桃源郷に万病の妙薬であり、赤子の栄養にも適している桃の実を取りに行くことにした。だがその途中でサクヤは月の光の中に消えていってしまったというのだ。
ここで、それまで儂の隣でタケルの話しを聞いていたククリが言った。
「私もそろそろ今夜あたり、生まれるかもしれません」
それから間もなく一回目の夜が来た。
その夜も月は出ていたが、三日月から満月に近付くにつれて、次第に月の光は明るさを失い、月の真ん中が真っ暗なリング状に輝く奇妙な満月を迎えた。暗がりの中、時折巨大な蟲達の羽音や大蛇の足音がしたものの、明かりを点けず煮炊きもせずに息を殺していた儂らは奴等には見つからず無事朝を迎えた。そしてその後、日が暮れるまでククリは産気づく事なく二回目の夜が訪れた。昨夜とは異なり、水平線に現れた三日月は昇っていくにつれて明るさを増していく。天頂付近で次第に満月になっていく月の姿を眺めながらタケルは言った。
「そろそろこの近くで“月の光の収束”が起こる筈だ。そこでお主らは元の世界へ戻るがよい」
何故そんなことがわかるのだと儂が訊くと、タケルは頷いて言った。
「此処では“月の光が収束する現象”は一日に一度、必ず何処かで起こっている。そしてその刻が訪れるのは月が昇り天頂で満月になった瞬間だ。だが月の光の収束は極めて局所的な場所に短時間発生する現象故、葦原中国に渡る為にはその場所を正確に特定せねばならぬ。そんな気まぐれな誰にも分かる筈もない場所の特定を、お主の勾玉は教えてくれる筈だ」
確かに儂を此処まで連れてきたのはこの鳥だと言って、儂の肩に止まらせていたキジの首に八尺瓊勾玉を掛けると、キジは空に舞い上がり儂等を導きはじめた。それを見ていたタケルは言った。
「あの勾玉は桃源郷の遥か彼方、灼熱の火山に住んでいると言われる不死鳥の心臓から取り出した石を加工したものだと聞いている。だが随分昔の事らしく、余も不死鳥なぞ見たことは無いがな」
それからしばらくしてククリがようやく産気づき、赤子を無事取り出したところで数匹の大蛇が見計らったかのように攻めてきた。そして奴等はその巨大な姿とは裏腹に、まるで海の中を泳ぐ鮫のように素早く動きまわり、儂らを翻弄した。
それまで黙ってモモの話を聞いていたゲンジが口を開いた。
「そうか、確かに地球の重力下では歩くことすらままならないとも言われる大型恐竜でも、半分以下の重力の世界なら・・」
「葦原中国、この地球の重力下ではたかだか5tの象ですら走ることは出来ぬ。だが常世国の重力は地球の半分以下しかなく、大気は地球より重く水に近い。この環境で大蛇が走る姿はまるで、巨大な人喰い鮫が空中を泳ぎながら襲ってくるようなものだ。そしてあの頃未熟だった儂は、そこで大きな痛手を負うことになる・・」
ここでモモは口をへの字に曲げ苦虫を潰したように顔を歪めた後、ゲンジと目を合わせると話しを続けた。
そのとき儂は何ひとつ武器を持っていなかったが、この世界の重力下では飛躍的に向上する身体能力だけでも十分に戦えると過信していた。そして自慢の拳を大蛇の頬に向かって振りかざした儂の右腕は軽々とかわされ、噛みつかれた大蛇の大顎に喰いちぎられてしまったのだ。片腕を無くした儂は地面に叩きつけられ気を失った儂が、その後気がついて辺りを見渡してみた時には、ヨモツチは腹から血を流して倒れており、タケルも頭から血を流していた。そしていつもならすぐに治癒しはじめる筈の儂の身体までもが此処では回復する気配が全くなく、むしろ症状は悪化するばかりであった。このままでは全滅してしまうと脳裏によぎったところで、キジの声が響く。
「モウスグ・・トキガ・・クル・・・ユクゾ」
その声が聞こえたのか、それまで倒れていた身体を起こしたヨモツチは、ククリの腹からようやく出てきた赤子を拾い上げて儂の前に現れ、懐から桃をひとつ渡して言った。
「娘を、“カグヤ”を頼む」
それからヨモツチは自分の着ていた金色の着物を破り、喰いちぎられた儂の右腕の付け根を固く縛って止血したあと、儂の両肩に手を乗せて言った。
「ここは私達がなんとかする。だから君は葦原中国に戻ってカグヤを育ててくれないか。そしていつの日かこの子も君のような立派な大人になって帰って来てほしい」
このとき儂は、生まれてはじめて涙を流して言った。
「何の役にも立てず、かたじけない。だが何時の日かまた、必ず助けに・・・」
それから儂は、水先案内人のキジに導かれながら、サル、イヌと共に光の収束がはじまるところに向かっていった。道中、小型の大蛇が数匹襲いかかってきたものの、その都度サルは大蛇の目線に鏡を向けて奴等の五感を低下させた。そこで怯んだ奴等に向かって草薙剣を噛んだイヌがその刃で奴等の肉や骨を深く切り裂いた。それでも残った奴等は、タケルが銀色に輝く大太刀を振りかざして奴等の首をはねた。こうしてなんとか月の光が収束する場所に辿り着いた儂らがタケルとヨモツチに別れを言って去ろうとしたそのとき、一匹の大蛇の顎がイヌの腹をえぐり取った。血を吐きながら倒れていくイヌを抱きかかえたタケルは、イヌが噛んでいた草薙剣を右手に持つと、左手で持っていた大太刀の柄の頭にそれを刺した。
すると大太刀は細かい振動をしはじめ「キーン」という高周波音を発しはじめる。それをみたタケルはコクリと頷き、儂に向かってその大太刀を投げて言った。
「この大太刀“フツノミタマ”の本当の使い方はこうだ。お前は生きろ!」
その直後、武器を投げ丸腰になったタケルに向かって、大蛇達は一斉に襲いかかっていった。
一方、タケルが投げたフツノミタマは、右腕を失い左手は赤子を抱き抱えた儂の代わりに、サルが両手で受け取った直後、儂の視界は真っ白な光に包まれていった。
それから次に視界が開けたのは葦原中国、日本のとある山奥の竹藪の中であった。
左腕に抱えた赤子が無事なこと、そしてサルとキジの姿を確認したところで儂は、腰が抜けたように地面にあぐらをかいて座り込んだ。それからそのまま心臓の動悸が収まるのを待っていると、やがて左腕の激痛が少しずつ消えていき、噛み切られた腕が少しずつ再生しはじめているのだろうと感じた。
ふと儂は、上空から何かが落ちてくる気配を感じる。見上げてみると、巨大な黒い物体が目の前に落下してきており、間も無く「ズズゥゥゥーンッ!」っと大きな地響きを立てて着地した。
それは、常世国から葦原中国に戻る際、月の光が収束する中で襲いかかってきた一匹の大蛇であった。儂は左手に抱えていた赤子をサルに預けると、タケルから譲り受けたフツノミタマを左腕で持ち上げた。このときはじめて手にした大太刀は見た目より遥かに重く、体力を消耗していた儂の左腕だけで構えるのは困難な代物であった。それでも切先を垂直に持ち上げて何とか構え直し、大蛇と応戦してみると、柄の先端に取り付けられた草薙剣が発する細かい振動の効果なのか、フツノミタマの刃は奴の皮膚に触れただけで奴の肉は勿論の事、骨まで深く切り裂いていった。
一方、大蛇の方はというと、この世界の重力下では動くのはおろか、立っている事すらままならないらしく、しばらくすると致命傷を負っていないにも関わらず座り込み、そのまま動かなくなった。それから奴の皮膚や肉は勝手に腐りはじめ、みるみる朽ち果てていった。こうしてミイラ化した奴の腹からは沢山の白い卵が現れたが、どうせ腐るだろうと思った儂はフツノミタマを地面に置き、サルが抱えた赤子の無事を確認することにした。スヤスヤと眠り続ける赤子の顔をみた後、失った右腕の付け根の状態を確認していると「ガリ・・・バリ」という卵の殻を破るような音が暗闇に響いた。まさかと思った儂が振り返って大蛇の骸をみると、奴の腹の中に入っていた卵からは、沢山の奴の子供が生まれていた。二十匹は下らないであろう、生まれたばかりの奴等は儂ではなく、赤子を抱えたサルを狙った。サルは鏡を使って目の前に現れた数匹の大蛇を退治したものの、耳や指といった突起物から大蛇の子供に噛み切られてしまう。背中を丸めて赤子を守るサルに向かって、大蛇の子供達は容赦なく噛み付き、肉を喰い漁った。左腕一本でフツノミタマを握った儂は、サルに群がる数匹の大蛇を真っ二つにして赤子を助けた。すると敵わぬと思ったのか、残りの大蛇の子は一斉に逃げ出した。
大蛇の子を殲滅するべく反撃に出ようと思ったものの、右腕を失っていた儂はフツノミタマと赤子の両方を持って移動する事は出来ぬ故、一時的に赤子を避難させる場所はないかと辺りを見渡した。すると遠くからこちらを覗き込んでいる老爺と老婆の姿が儂の目に映る。早速儂は赤子を包んでいた金の布を口でくわえて老爺と老婆の前まで走り寄り、傍にあった大きな竹をフツノミタマで斜めに斬り、その中に金の布に包まれた赤子を入れてこう言った。
「この娘の名はカグヤ、しばらく預かってくれぬか」
突然の事で考える余裕も無かったであろう老爺と老婆は、それでも「アンタ、酷い怪我をしておるじゃないか。とにかく家に来なされ」と言ってその晩、儂とカグヤを家に泊めてくれた。
その夜、儂はヨモツチから貰った桃の実を庭先に植えた後、その家にあった食い物を片っ端から譲り受け、それらをカグヤに与えた。そして翌朝、おそらく十八歳程まで成長したカグヤに、昨夜植えた桃の種から成長した桃の木から成った実を与えた。するとカグヤは儂と同じように、それまでの急激な成長を止めた。
一方儂は、自分の右腕が再生しつつある事を感じてはいたものの、それは同時に“完全に再生するまで数年掛かるであろう”事もまた、感じさせた。
「大蛇退治が終わったら迎えにくる故、それまでカグヤを頼む。お主らもこの桃の実を食べれば元気になる筈だ。だがくれぐれもこの桃の事は誰にも言わぬように」
老爺と老婆にそう言うと、儂はキジを連れて大蛇退治の旅に出ることにした。
ここで一旦口を閉じたモモに、ゲンジは質問をした。
「つまり、あの大太刀はタケルって人から貰った刀だってこと?」
「左様。即ちアレは三種の神器と同様、葦原中国でつくられたものものではない」
「じゃあ、何かとんでもない、特殊な材料で作ってあるんだな」
「それほど特殊なもの、材質ではない。その後調べた結果、刀の材質はイリジウムを主成分とした合金であることが分かっている」
「イリジウムってあの、クルマのプラグとかに使われている・・」
「左様、葦原中国にも存在してるこの物質は非常に重くて硬い故、この世界で刀の材料にするには適さぬが、常世国の低重力下で用いる武器の材料には向いている。だがそのままでは硬すぎる材料に対し“何らかの加工”を加える事で高い靭性を有していることが最近、分子配列の構造解析等を調べることでようやく分かってきた」
「何らかの加工?」
「詳しい事は分からぬが、解析した専門家によると『現代の科学技術では製造不可能な配列でイリジウムとそれ以外の原子が適切な配置で並んでいる』のだそうだ。まあ、そう云う物は他にも沢山ある故、そう驚くような事ではないがな」
モモの説明に、ゲンジはよく分からないといった顔で頷いて言った。
「材料はあっても作れないモノ・・所謂、オーパーツってヤツか。じゃあ鎧の方はどうなんだ?あれも貰いものなのか」
モモは首を横に振った。
「あれはフツノミタマに合わせて儂が数百年前、当時の刀鍛冶に作らせたものだ」
「フツノミタマに合わせて数百年前って・・・」
「あの刀は儂の身体には重すぎる故、儂の身体を重くする必要があったのでな」
「何言ってんだかよく分からんけど、常世国では刀の重さは軽くなるんだろう?」
「確かに常世国ならばフツノミタマは振り回すのに丁度よい重さとなる。だが其処では儂の身体も軽くなってしまう故、刀と身体の重量バランスは此処と変わらぬ」
「刀は軽くなるが自分も軽くなると・・。だから自分を重くするって事か」
「刀と身体の重量バランスは例えるなら“シーソー”とかいう遊具と同じ原理だ」
「シーソーか、懐かしいな。最近は公園でも見かけなくなったけどな。けどそれってどういう意味?」
「軸足より前に位置する刀と儂の腕の重量、これに対し軸足より後ろの身体全体の重量が同等以上であれば刀を支えられるという事だ。刀を垂直に立てている時は、刀を持つ身体の重心が両足の間に位置する為、筋力さえあれば刀を支え続ける事が可能だ。だが刀を水平に下ろしていくと共に重心は軸足から離れていき、いずれ儂の体重ではその大太刀の重量を支えきれなくなる」
「普通の人間ならそうかもしれないけどお前の身体能力なら支えられないのか?」
「支点と重心の関係から物理的に不可能だ。故に儂はフツノミタマを振り回すのに見合う体重となる鎧をつくる為に、世界中を探し回って拾い集めたイリジウムを、とある刀鍛冶に渡してあの鎧を造らせたのだ」
「じゃあアニメやマンガによくある“巨大な刀を水平に構えるシーン”って、あり得ないって事か」
「儂は漫画という書物を見た事が無い故よく分からぬが、一見巨大な刀に見えても竹竿のように軽ければ水平に構えるのも不可能ではないだろうがのう」
「それってカーボン繊維の釣り竿みたいなもんか。っていうかお前、漫画見たことないのか?アニメも?まあいいや。ところでカグヤって子はその後どうなったんだ」
「フム、それはゲンジ。いまお主が思っている通りだ」
「ん?お前いま俺の心を勝手に読んだな、やめろって言ってんじゃん。じゃあ、日本昔ばなしのストーリー通り、それから十八年後、お前はカグヤを連れて行くんだな、月・・・いや、常世国に」
「まあ、そういうことだ」
「やっぱりね。ところで逃げた恐竜、オロチはどうなったんだ?」
「儂は奴等を追って西に向かった。だが、逃げている間にもみるみる巨大化していった奴等は、儂が見つける度にその姿を変えていったのだ。そしてあるとき背中に翼が生えていた奴等は翼を広げて飛び立つと支那に渡り、欧州へと散っていった。其処でも奴等は色々と騒動を起こしたらしい。それは昔話によく出てくる・・」
「西洋のドラゴン・・・」
目を丸くして呟いたゲンジにモモは小さく頷いて言った。
「この話はこれで終いだが、ここで肝要なのは“ドラゴン”より“日本国”だ」
「それって一千年前にモモが出会った宮司の事?それともその宮司が言う一千年前の先祖とかいうヤツのことか」
「一千年前に会った宮司が言っていた“一千年前の先祖”の話し、つまり二千年以上前の日本の昔話しがどこまで真実なのかは儂には判らぬが、少なくとも一千年前のあのとき儂が出会ったのは日本国、当時この国を司る者だった。そしてその者の想いを継ぐ者と儂との関係は、それから千年以上を経た今でも続いているということだ」
「司る・・・それって日本を裏で支配する者がいるってこと?」
「否。彼等は支配なぞしておらんし、そんなことを望んでもいない。彼等は政治、経済には一切関与しない一方で、この国の民族や文化には深く関与する。彼等の願いは一族の天下泰平とその継続。それに賛同する者、組織が、情報やモノ、そしてカネを提供してくれているという仕組みだ」
「だからお前はバイクやクルマ、ヘリや飛行機まで自在に調達出来るんだな」
「その組織の名は“AMATERAS”」
「アマテラス・・・天照か、覚えておくよ。そうだ、モモ。お前も昔話をしてくれたから俺も言うよ。実は俺、こう見えてヨーロッパで生まれたらしいんだよね。ちょっとかっこよくない?」
モモはポツリと呟くように言った。
「そう、それはギリシャでの出来事であった・・」
ゲンジは目を丸くして笑って言った。
「正解!モモ、お前はそういう能力も持っているのか?占い師になれるな」
ゲンジの言葉にモモは眉ひとつ動かさず続けて呟いた。
「そう、あの島の名はザキントス島・・」
「その“何とか島”ってのは知らないけど、お母さんがあなたはギリシャで生まれたんだよって、そう言ってたんだよ。お母さん、いま何処に居るんだろ・・」
「お主は未だ思い出して・・・むっ、ゲンジ!いま儂らを監視している者の気配はせぬか?」
突然大声を出したモモの言葉に、ゲンジは辺りを見渡しながら言った。
「そうか?俺は何も感じないけど・・・」
ゲンジの言葉に頷く事もなく眉をしかめ真剣な眼差しをするモモの表情を、双眼鏡で捉える男がひとり、ゲンジとモモが居る“太陽のピラミッド”の対面に位置する“月のピラミッド”の頂上に居た。そのモヒカン刈りの大男が急に大きな口を開ける。
「ふ・・ふえぇーっくしょんっ!・・いやあ、こんな暑いのにくしゃみとはな。どうやら向こうで俺の噂でもしてんのかな?何言っているのか全く分からないけどさ・・って、ふえっくしょんっ!」




