これだから恋はできない 2
なんだか、すごく見られている気がする。
私は1人で騎士団を訪れたことをとても後悔していた。サプライズになるから、とオードリーに言われノアにも告げずに来ているのと、オードリーも参加するから私とずっと一緒にいるわけにいかない……ゆえに私1人。
周りを見渡せば、屈強な男の人たちばかりでますます縮こまってしまう。剣技の訓練をする熱い雰囲気の中で着飾った私は明らかに異質だった。
「エラちゃん!?」
「ケイト様!」
まさに救世主というべきだった。軍服に身を包んだケイトは私を見て目を丸くしている。
さすが副騎士団長というべきか、彼が現れただけで場の雰囲気が一気に引き締まり、ついでに私への視線も少しなくなった。
「どうしたの、1人?」
「あの、試合を見に来たんです。友人のオードリーも出るので……」
「おおう、それで1人なんだ。駄目だよ、こんな男だらけのむさいところに女の子1人は」
自分の容姿にあまり自信がない私でも、護衛はつけるべきだったかもと思った。ケイトの優しさは素直に嬉しくて私は了解の意を込めて頷いた。
「あ、ノアに伝えてこようか。あいつも出番まだ先だからエラちゃんが来ているって聞いたらすっ飛んでくると思うんだけど」
「あの! 今日は、その、サプライズなので……」
言わないでほしい。ゴニョゴニョと遠回しにそう伝えればケイトはへえ、と楽しそうに口角を上げた。
「分かった。じゃあ俺が特等席をご用意して差し上げましょう!」
「ふふ、あら。助かりますわ」
わざとらしいお辞儀をしてみせるケイトに、私もわざとらしく扇子で口元を覆う。
そんなこんなで私は無事に客席までたどり着くことができたのだった。
そわそわしながら待っていると試合が始まった。
徐々に白熱していく戦いは初めて見る世界のようで、私は食い入るように眺める。
しばらく見ているとオードリーが現れた。騎士団の制服を纏う彼女は下手したら男性騎士よりも輝いていて、私は思わず周りと一緒になって黄色い声援を送ってしまった。
「オードリー、かっこよかったなあ」と席から身を乗り出すように闘技場をうっとり眺めていると、私の本日の目的である人物が入場してきた。
「あ、ノア様……」
ぽそ、と呟いたその声は悲鳴にも似た黄色い声でかき消されてしまった。ノアが婚約していることは知っているだろうけれど相手が私だからなのか、ノアはファンが多い。
ぎこちなく振ってみた手を下ろすと、ノアがこちらを一瞬見たような気がした。その目がわずかに見開かれていたのはファンの多さに驚いたからだろうか。
そんなノアの対戦相手はケイトだ。ノアもケイトも制服を着こなしている。黄色い声に少し対応したかと思えば、幼馴染どうしすぐに2人だけで対話を始める。
視線を交えた2人は剣を構えた。
***
「悪いけど、勝たせてもらうよ。かっこ悪いところは見せられない」
「そんなこと言って、愛しの彼女の前だからか? いつもより攻撃が荒いな。そんなんじゃ俺には勝てない――ぞ!」
ケイトに攻撃を弾かれ、僕はすぐさま体制を整える。
視線の先にはハラハラとこちらを見つめるエラの姿がある。
一体どういう風の吹き回しだろう。ノアとしてもノエルとしても振られ続けていて傷心しきっていたところへ、対戦を見にくるなんて、まったくエラはひどい女の子だ。
その着飾った姿は誰のため? 誰を思って見に来たの? 山ほど溢れ出てくる疑問を拭えないままただ攻撃をかわしていく。
並の騎士団員ならば考え事をしても攻撃できる余裕があるのだが、さすが副騎士団長というべきか、僕の手数を知り尽くしているケイトには攻撃できる暇がない。
そんな上の空な僕を見かねてだろうか。ケイトはあからさまに攻撃する力を弱めると顔を突き合わせた。
「お前の愛しの彼女ちゃんは、お前のために来てんの、わかる?」
「は、え、あのエラが?」
「そ。オードリーのために来てるかと思って聞いてみたらサプライズだって言われた」
驚いてエラの方を見れば、エラは今度こそ自分への視線に気がついて目を逸らした。その可愛らしさに胸がきゅうっと締め付けられた。
それと同時に嫌われているわけではないのか、と分かって安堵した。
「正気に戻ったか?」
「うん。おかげさまで。今ならケイトのことも吹っ飛ばせそうだよ」
「そうこなくっちゃ」
ここでかっこよくケイトに勝利し「ノア様かっこいい」と思ってもらう。それから……と脳内で妄想を膨らませながらケイトに向き合う。
僕とケイトがお互いに向かって走り出した途端――まったく最悪すぎるタイミングでシャドウ出現を知らせる悲鳴が響き渡ったのだった。
***
「嘘でしょ、あと少しって感じだったのに」
白熱していた2人の試合は突如現れたシャドウによって強制中断させられてしまった。まあ凛々しいノアを見ることができたので十分満足ではある。
ただ試合に熱中しすぎて本来の目的である『ノアへの気持ちを確かめる』ことはできなかった。だってこのドキドキは決闘を見て昂ったからかもしれないから。
そう考えながらパニックになった客席をなんとか進んでいると、ぐいっと誰かに腕を引っ張られた。
思いっきりバランスを崩して地面に倒れ込む。顔を跳ね上げると、そこには見知らぬ男性たちが立っていた。
「おい、逃げなくて良いのかよ」
「うるせえ。シャドウはどうせ俺らにはなんともできないんだから俺らは俺らで楽しむべきだろ」
「見た時可愛い女の子だなあって思ったんだ、言った通りだろ?」
そんな3人の会話にこれからこの人たちがしようとしていることを理解し青ざめる。いくら私が王子の婚約者らしくないとしてもこれはアウトだろう。
しかし、これは本当にまずい。客席にはもう誰もいないしこの場所はおそらく死角になっていて私の姿は見えない。
焦って上手く頭が回らなくなる。早くシャドウを倒しにいかなければならないのに。聖女じゃない私は非力で、男性3人もどう対処していいかわからない。
抵抗するけれど、腕を掴まれて動けなくなる。胸元へ手が伸びてくる――
「女の子相手に寄ってたかって。最低だね」
見開いた私の目には、黒い騎士姿の相棒が映っていた。
ノエルはいとも簡単に3人を蹴散らしてしまうと私を抱き上げる。
「怖かったでしょ、大丈夫だった?」
「う、うん……助けてくれてありがとう」
「気にしないでよ。それにしてもあんな団員もいるなんて腹立たしいな」
ノエルは「民を守るのが騎士なのにね」と残念がると、そのまま宙に舞い上がった。軽やかな動きに私はノエルにしがみついてしまう。
思えば、ノエルに普段の姿で会うことは初めてだった。エレナの姿で会う時のように接してしまったけれど私はまだエラのまま。
でもエレナの時に見る彼とはまた違う雰囲気に胸が高鳴ってしまったのは、事実だ。
「ここなら安全だよ」
「ありがとうございます、騎士様」
お礼を言うとノエルはさっと飛んでいってしまった。
この前告白した相手が、私だとは知らない彼がただの「私」を助けてくれたことはなんだか嬉しく思えた。
「さて、ノエルを助けにいかなくちゃね」
ああやって別れたのに、これから姿を変えてまた会いにいくなんて愉快な話なんだろう。
そう笑いつつ、私は姿を変える呪文を唱えた。