独占欲でいっぱいのランチ 2
再び聖女の姿で校舎の前まで戻ってくると、ノエルの後ろ姿が見え、声をかける。
「ノエル、待たせてごめんね」
「いいや、待ってないよ、全然」
「……ねえ、怒ってるの?」
「いや」
そう言いつつ、荒々しい語気からノエルが怒っているのが伝わってきた。少し遅れてやってきたことに対して怒っているのかもしれないが、何度謝っても不機嫌なままだ。
はあ、と大きくため息をつく。ご機嫌斜めなノエルよりもシャドウを早く倒さなければ。
そう考えているところへ女子生徒の1人が駆け寄ってきた。
「聖女様に騎士様! シャドウはこの校舎の1番奥で発生したんです! それにまだ中には人がいて!」
「落ち着いて。話してくれてありがとう。何人取り残されているの?」
「確か、コックス様とリード様だったかと……」
その証言に私は思わず目を見開いた。
オードリーとノアの友人であるケイトが取り残されている、なんて。
顔にこそ出さなかったものの、鼓動がいやにはっきり聞こえてくる感覚に襲われる。
「2人を、早く助けなくちゃ」
私は拳を握りしめ、校舎の最奥の教室へと一気に飛んでいく。妙に物々しい扉をガラリと開ければ、オードリーとケイトが肩で荒々しく息をしながらシャドウと応戦していた。
「聖女様! 来てくれたのね!」
「よかった、俺たち2人じゃ倒しきれないと思っていたところだったんだ」
どうやら2人は騎士団での剣術を生かし、シャドウを弱体化させてくれていたらしかった。2人とも多少の怪我はしているものの、元気そうだ。
私はほっと胸を撫で下ろし、2人に校舎内から出るよう促す。
それにしても、オードリーは先生に呼ばれていたのでは、と私は首を傾げる。
……いけない、集中しなくちゃね。
私はぱんっと頬を叩くとノエルに向き直る。
「ノエル。このおびただしい数のシャドウ、あなたの力がないと倒せないわ」
「……僕がいてもいなくても変わらない気はするけどな」
「ねえ、今日はどうしちゃったの? 私が何か気に触るようなことをしてしまったなら謝るわ。だから機嫌を直して」
そっぽを向いたままシャドウと黙々と戦っているノエルに、私は必死に呼びかける。しかし一向にこちらを向いてくれず、痺れを切らした私は肩を揺する。
「ねえってば」
「……君は好きなひとに冷たい態度を取られても落ち込まないっていうの」
「え?」
肩から私の手を振り払ったノエルは、逆に私の手首を掴む。刺さるような青い目に、居心地が悪くなる。
「す、好きなひとがいたのね。知らなかったわ」
「うん、初めて言ったからね」
「でも私に八つ当たりしないで――危ない!」
飛んできた巨大煤玉から私はノエルの首根っこを掴んで避けさせる。
ひとまず、私も集中出来ないし、ノエルだってこんな調子ではまずい。
「ノエル、その話は後でもいいかしら! 今はまずシャドウを倒さないと!」
「……そうだね、うん。ごめん」
頷きあって、今度こそ私たちは並んで構える。こうして並びあっているとなんだかさっきより強くなったのではと思えるのが不思議だ。
今日のシャドウは多くて、強い。この前の舞踏会のよりタチが悪い。
「ノエル。私全身にシールドを張って。一斉に片付けてしまうから、援護して欲しいの」
「了解、エレナ」
ノエルはにこりと笑ってすぐさま呪文を唱える。その直後私を緑色の薄いシールドが覆った。
「効果は3分だよ、分かってるね」
「ええ。3分ね。楽勝よ」
私は腕をまくって、得意げに笑って見せる。堂々とシャドウたちの中心に歩み出て、私は仁王立ちする。
シャドウたちが襲いかかって来るけれど、ぴきんぴきんっと音を立てて弾いていく。誰もノエルのシールドには敵わない。
ゆっくり目を閉じた。祈りの言葉を心の中で呟く。
数が多いからか、いつもより体力使うし時間もかかる。
ぎゅっと目を閉じ祈り続け――次に目を開けた時には、シャドウはいなくなっていた。
「ノエルのシールドのおかげで助かったわ」
「そう。よかった」
「……どうして出口を塞いでるの?」
ノエルは入ってきた扉の前に立ち塞がっている。とぼけたように笑う顔に、なんだかいやな予感がした。
「続き、聞いてくれるんじゃなかった?」
「……ここじゃなくてもいいじゃない」
「だってそうしたら有耶無耶にして逃げるつもりなんだろ? もう僕が言いたいことわかってるくせに、酷いな」
不敵な、なんだかノエルらしくない笑み。そんな表情から無意識に目を逸らせなくて。
「相談に乗ってほしいの?」
そうであってほしい、と心の中で念じる。しかし、そのお願いはすぐさまノエルの「違うよ」という言葉に弾き飛ばされてしまった。
「ねえ、僕の好きなひと当ててみてよ」
金色のさらさらの髪が私の耳元にあたってこそばゆい。しかし俯いていないとノエルの力強い視線に吸い込まれてしまいそうだった。
「分からないわ。それに私、ノエルの正体は知りたくな――!?」
唇にノエルの指が押し当てられ、思わず飛び退く。同時によろめいて、私の身体はノエルに抱え込まれてしまう。
今度こそ身動きが取れなくなってしまった。腰はがっつりとノエルに捕まえられている。
「誰か分かった? 分からないなら、教えてあげる」
ノエルの顔が一気に視界いっぱいに広がる。
真っ黒の仮面で、今まであまり気が付かなかったけれど近くで見るとすごく整った顔だな、なんて不覚にも思ってしまって。
そんな私にノエルは少しだけ笑みをたたえている。
「僕は君が好きなんだ、聖女様」