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独占欲でいっぱいのランチ 1

 

 ひえええ。

 美術室に授業を受けに来たら、自分(聖女エレナ)の彫刻と鉢合わせたときの気持ちを誰か代弁してほしい。


 精巧緻密、少々作り込まれすぎていて恥ずかしいくらいの出来の聖女像と隣に並ぶ騎士像はどうやらこれからのデッサンのモデルになるらしかった。自分を描くなんてやってられない。


「聖女様、綺麗ですよね」

「ひょえっ」


 耳元で囁かれてはねるように振り返れば、そこには相変わらず感情が読み取れない笑顔を浮かべるノアがいた。

 もういっそこの美麗王子にモデルをやってもらった方がいい気がする。しかしながら、そんなノアに綺麗だと言ってもらえるのは素直に嬉しいけれど。


 そうどこか誇らしげでいるとノアは隣にある騎士像に目を向ける。「ちょっと似てない気もするな」などと呟いたかと思えば私にパッと向き直る。


「騎士もかっこいいと思いません?」

「え、ノエル……様ですか?」

「そうですよ。騎士は女性の皆さんの憧れだと伺ったのでエラもそうなのかなと思いまして」


 私はううむ、とうなる。正直言えばタイプかは微妙なところだ。頼りになるし判断力もあるしかっこいいとは思うけれど。彼はいい友人であり、相棒なのだ。


「ノア様もそういうの気にするんですね。なんか意外です」

「そうですか? 男であればお相手の恋愛対象は気になるものだと思いますけど」

「へえ。……まあノア様もノエル様も十分かっこいいとは思いますよ」


 煮え切らない回答にはなってしまったけれど、なんだかノアは嬉しそうなのでほっと胸を撫で下ろす。

 それにしても、なぜ私のタイプを聞いてきたのだろう。女性の一般的な意見を聞きたかった……とか?


 だとしたら私の話など参考にはならないだろうから説明しなくてよかったかもしれない。そもそも今は恋愛なんてしている余裕はないから……



 授業が始まり、赤くなるのを我慢しつつ聖女像をデッサンしていく。隣に座るノアをチラリと見るとキャンバスにはリアルすぎる絵が描かれていて。それもなぜか聖女ばかりを大きく描いてある。


「お上手ですね、本当苦手なものとかないんですか」

「ないですね」

「うわ……私泣きますよ」


 さらっといいのけたノアを見た私を表すとしたら、まさしくズギャアアンというような効果音がふさわしい。私のような凡才人間からしたらノアは雲の上のようなひとなのだ。未だになぜ私が婚約者なのか私が1番理解できていないくらいだ。


「あ、でもありますよ、不得意なこと」

「え! なんですか!?」

「いつまで経っても気持ちが届かないひとへの対応……ですかね」

「はあ……」


 よく分からず私は首を傾げると、ノアはくすりと笑う。それから「でも今日は万全なんですよ」と楽しそうに言い足した。


「ね、エラ。僕今日は生徒会の仕事がないんですよ。だから久々にランチをどうですか?」

「ランチですか……ああ、万全ってそういうことですか。たしかに最近は忙しくてあまりご一緒できてないですね。でも……」

「ああ、オードリーさんのことなら先生に呼ばれていると伝えておいてほしいと言われましたよ」


 言い訳がなくなった、と私は頭を抱えた。ノアと一緒にお昼を食べるのは緊張してしまうから苦手なのに。

 でもこうなれば断るわけにはいかない。


「分かりました。あの、でも向かい合うのはちょっと……」

「では、中庭のベンチはどうですか? あそこなら人もいませんし」


 中庭の端にある木陰のベンチを思い出し私は頷いた。たしかにあそこでなおかつ横並びならいくらか大丈夫だろう。この顔面の暴力にも少しは耐えられるはず。


「では、またお昼に」


 そう言い去っていくノアの足取りはどこか軽快に見えた。



 ***



 木陰が心地良い……分かってはいたが緑いっぱいの中庭で金髪のキラキラしたオーラを放つ王子様は完全に異質だ。


 しかし本人は全く気にしていない様子で持参してきた大きな2人用のお弁当を広げている。

 準備万端、万全と言ったのにも頷ける。


「美味しそうですね。私、こんなの作れません……ああ、ノア様にこんな美味しい料理を作ってあげられない私なんて……!」


 悲観たっぷりに嘆き、ちらりと横目でノアを伺った。

 もちろん、ただのほほんとランチをしにきたわけではない。少しでも『王妃の器に足らない女だ』と思ってもらうのが私の今の目標なのだから。


「じゃあ僕が作りますよ」

「えっ」

「ああ、それか一緒に作るのも夫婦っぽくていいですね」

「ええっ」


 あまりにも当然のごとく言うものだから『そもそも王子なんだから作らなくて良いのでは』という正論はどこかへふっ飛んでしまった。

 ちなみにデザートのプリンはノアが作ってくれたらしい。カラメルから何まで手作りだとか。


「初めて作ったものですから、少し不安ですが」

「おいしい……! ノア様、すごくおいしいです!」

「ふふ、よかった」


 ノアの作ってくれたプリンはものすごく甘くてとろけるようで。一口、また一口と口へ運んでいると視界の端にじっと私を見つめているノアが映る。


「ごめんなさい、私ったら……はしたないですよね」


 一瞬食べる手を止めて俯く。昔からあるこの有り余るほどの元気さは淑女としてはいただけないと理解してはいるものの……どうしても食べ物を前にするとはしゃいでしまう。


「はしたなくなんてないですよ。自分の作ったものをそんなに嬉しそうに食べてくれるなんて、作った身としては嬉しい限りです」

「ノア様……」


 ノアは私に向かってそう微笑むと「今度はストロベリーアイスも作ってみますね」なんて言ってくれた。

 フォローまで完璧、好物まで覚えている記憶力。さすがだと改めて感心してしまう。


「まだまだありますから、遠慮せず食べてください」

「はい! いただきま――」


 スプーンに乗ったプリンを差し出されている途中――向こうの校舎の方から悲鳴が聞こえてきた。

 私は驚いたのと同時に、無意識にノアに食べさせてもらおうとしていたことに気がついた。これはもう元気どころの問題ではなさそう、何かの病気かもしれない。


「何かあったのでしょうか」


 ノアは辺りを見回している。というよりかは校舎の方を睨むように見つめている。

 もしかしたらシャドウかもしれない……私はいつでも姿を変えられるように周囲に目を光らせる。そうして、私の勘はすぐ的中することとなった。


「逃げろ! 校舎内でシャドウが出たぞ!」


 わああっと土埃を立てながら生徒たちが飛び出してきた。中庭の方へ押し寄せてきた彼らはこのまま中庭を突っ切って外へ避難するようだ。

 そのあまりの勢いに私の身体は群衆と一緒に流されそうになる。


 このまま上手いことこの場からいなくなれば容易に聖女になれる。でもその前に揉みくちゃにされて動けなくなりそう――


「エラ! 離さないでください!」


 力強く掴まれた右手と、叫んだ声を聞き私は群衆からなんとか顔を上げる。

 あの完璧で美しい顔に、眉間にもしわがよって、額にうっすらと汗が滲んでいる。ノアはこのまま私を引っ張り出してくれるようだった。

 あんなになって私を助けようとしてくれているのは素直に嬉しいし、驚いた。


 だけど……それでは私はノアから離れられない。この混乱を収めるためには私が一刻も早く聖女になってシャドウを浄化しなければならない。


「ごめんなさい、ノア様」


 小さく呟いて、私はノアの手を振り払った。


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