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愛と欲渦巻く舞踏会

 

 まずいまずいまずい。

 私は王宮にある客室に降り立ち、素早く変身をといたあとドレスを掴み取った。


 今夜は王宮主催の舞踏会だ。しかもあと10分で開始。

 聖女として戦ったあとすぐさま王子の婚約者としての務めがあるだなんて。私に休息はないらしい。ひどい。

 それにノエルはノエルで『そんな急がなくてもいいんじゃない?』なんて言ってまともに動いてくれなくて。


「シャドウももっとタイミングよく出てきてくれればいいのに……」


 などとどうにもならない愚痴を漏らしながら着替えていると、扉がノックされた。誰だか分からないけれど、この開始数分前に下着姿でいるのを見られるのはまずい……!


「入ってます!!」


 咄嗟にそう叫べば、扉の向こうからこらえるような笑い声が聞こえてくる。


「入ってるのは分かってますよ、エラ。もう準備できました?」

「げ、ノア様……」


 扉の向こうで鉄壁スマイルを貼り付けているであろうノアを想像し、いっそのことこのまま部屋から出てしまえばドン引きしてもらえるかもしれない――そう思ったけれどそれは私が社会的に死ぬのでやらないことにした。


「エラ、僕が準備してきたドレスどうですか?」

「ああ、とても綺麗だと思いま――」


 そこまで言いかけ、私は初めて鏡に映る自分の姿を確認する。

 純白の裾の広がりが少ない大人しめなデザインのドレス。それからものすごい既視感が襲ってきた。


「それ、聖女様のローブを模したんです。僕が作らせました。エラに似合うと思って」


 ひええ。無駄に感が鋭いのも、この完璧王子の怖いところだ。着直そうか大いに迷うけれど、着直す時間はないし何より着なかったときのノアの対応に困る。


「エラ、もう準備終わってますよね? 開けますよ」

「ひゃああ、待ってください、やっぱり脱ぐ……」


 そう言ったのも遅く、ノアは勢いよく扉を開けてそのまま私に目線を向けたまま固まる。よっぽどイメージと違かったに違いない。


「ね、似合ってないでしょう? 本物の聖女様は、ほら、もっとその、足が長いから」

「別に僕は似合ってないなんて一言も言っていないでしょう?」


「ほら早く行きますよ」とノアは私の手を取ってエスコートを始める。まだ会場まで距離があるというのにノアはどこまでも完璧な王子様だ。


 それにしてもノアまでノエルのような黒いスーツを着ているのは私に合わせたからなのだろうか。

 今日って仮装舞踏会だったかなと首を傾げながら私は会場に入った。




 ……舞踏会が始まって2時間ほどが経っただろうか。ダンスに挨拶回り、未来の王妃である私は1人になれる時間がまるでない。

 隙あらばデザートコーナーへ突っ走ろうと奮闘するけれど、ノアがぴったり離れようとしてくれないのでそれも叶わず。


 はあ、と大きくため息をついたちょうどその時、ムーディなクラシック音楽が会場全体の雰囲気をガラッと変えた。部屋全体も暗くなる。


「エラ、踊りましょうか」

「またですか……もう足限界ですよ……」


 ノアは、頑なに私としか踊ろうとしない。『可愛い女の子いっぱいいますよ』と促してはみたものの、ため息をつかれてしまった。たしかにマナーとしては王子が婚約者以外と踊ることはいけないかもしれないけど、いい加減疲れてきた。

 それに私もダンスはノアとしか踊っていなかった。お誘いはあったものの、なぜか踊るまでに至らないのだ。


「たしかに、そのヒールでは疲れますね……あちらで一緒に休憩しますか?」

「ええ、ぜひ! ……こほん。喜んで」


 私がノアの手を取ったその瞬間――私はまだまだ休憩できないことを悟った。

 ワンテンポ遅れて「シャドウが出たぞ!」と大騒ぎする声、パニックになる会場。


「皆様、どうか落ち着いてください! お出口はあちらです!」


 収集がつかなくなった貴族たちを私は必死に嗜める。それからちらりと周囲の目がないことを伺って物陰に身を潜めた。


「ふう、仕込んでおいて正解だったわね」


 純白のドレスをはしたなくも大胆に翻す。太ももにつけられたベルトに姿を変える道具が挟み込まれている。

 それは杖の形を模していて今は手のひらサイズだけれど聖女になった後では杖は必要に応じて出現させられる。


 杖にふうっと息を吹きかけた。みるみる私を優しい白が包み込む――次の瞬間、それは白色のローブに姿を変える。

 魔力と共に少しだけ自信もみなぎってくるような気がする。


「みなさん、安心してください。それから安全のため会場には入らないでくださいね」


 そう大衆に向かって微笑めば、みなこくこくと頷いた。私はそれを確認してから部屋へと入る。

 部屋に入ると、ノエルがひらひらと手を振っていた。


「遅かったね、エレナ」

「あら、ノエルの方が早いなんて。……あのシャドウの大きさもノエルがやったとか言わないでよね?」


 ノエルと並んで臨戦態勢をとる。目の前には通常サイズの3倍はあるシャドウ。


「どうして、こんなのがここにいるのよ」

「あー、なんかテーブルの下の陰で発生したらしいよ。それでおそらくこの会場にいる貴族たちのいやーな感情を吸い取って大きくなったって感じ?」


 ノエルの説明はすぐに腑に落ちた。この欲が渦巻く貴族たちの感情はさぞいいエサになったことだろう。しかしそれができて、なおかつサイズも大きいとなるとかなり厄介だ。


「まだAランクになれていないBランクってところかしら。どっちにしろ早く倒した方がよさそう」

「そうだね、さてどうやって倒そうか。いつものようにご指示をいただけますか、聖女様?」

「……まだ熱はひいてないみたいね」


 この前からノエルは様子がおかしい。具体的に何が、とは言えないが全体的に私に向けるオーラが違う気がするのだ。


 こほん、と一つ咳払いをして私は会場全体を見回した。大暴れすれば王宮のこの一室を駄目にしかねない。加えてシャドウが逃げ込める場所も多い。


「まずはテーブルを動かして隠れられる場所を無くすわ。ノエルは少し弱らせておいて」


 了解、と頷いてノエルはすぐさまシャドウに向かって走り込み、剣を使って攻撃をし始める。その様子を確認しつつ私は杖を手の内に出現させる。

 テーブルに近寄ると、今日一日食べたくて仕方なかったデザートの山が。


「あら、美味しそう。一つくらい頂かなくちゃね」

「ちょっと、僕にも残しておいてね?」

「うーん、どうしようかしら」


 ようやく本日一つ目のデザートをつまめて満足した私は軽くノエルをあしらって、杖を大きく振るう。物を浮かせる魔法だ。ふわふわとテーブルやその他のものも浮き上がり、床はまっさらになる。


「エレナ、こいつかなり弱ってるみたいだ。隠れられる影を探してる」

「あら。隠れる場所は無くなったわ。残念だったわね?」


 シャドウに向かってそう悪い笑みを浮かべる。ノエルがかなり体力を削ってくれたらしい。さすが騎士だ。

 こうなればあとは私が浄化するだけ。


 ゆっくり目を閉じて祈る。白い羽がシャドウを包み込んだ――




「ねえ、エレナ」

「どうしたの?」


 一通り片付けて、貴族たちの安全確認もし終えたところでノエルに尋ねられた。

 早く戻らないとノアに疑われてしまう、しかしここで急かすとノエルにまで怪しまれそうだと思い耳を傾けた。


「こんな場所にすぐ来れたってことは、君も貴族ってこと?」

「うぇっ」


 思わず変な声が出てしまった。それはノエルも同じことではあるが、私はノエルの正体を模索する気はこれっぽっちもない。

 探るような目線から逃れるように「ええっとー」と声を上げる。


「そう! 私にはね、シャドウレーダーがあるのよ! うん!」

「シャドウレーダー?」

「そうよ? 聖女特有の力なの! だからノエルには使えないの、残念よね!!」

「ふうんそうなんだ」

「私! そろそろ行くね! ばいばい!」


 慌ただしく飛び上がる。お願いだから、騙されて欲しい。私はそう願いながらなるべく遠くを目指した。




 会場へ戻ると、ノアがすぐさま駆け寄ってきて。


「エラ! やっと見つけましたよ、どこへ行っていたんですか?」

「ええっと……隠れていました! ノア様も無事でよかったです」


 ぎこちなく嘘をつけば、ノアは「そうでしたか」とにこりと微笑んで。それから私の手をさっととった。


「今日はもう疲れたでしょう? 部屋まで送りますよ」

「ありがとうございます。でもいいんですか、舞踏会はまだ続いているでしょう?」

「ああ、いいんですよ。僕たちがいなくてもたぶん気づかれません」


 先ほど襲われたばかりだというのにもう賑わい始めている会場を見てたしかに、と私も思う。しかし王子がそれを言ってしまうのはどうなんだろう。

 そう思っていると、ノアは「それに」と付け加えた。


「僕としては、婚約者の体調の方が大事ですからね」


 ふわっと目を細めたその表情に思わず見惚れてしまう。未来の王妃候補だから心配してくれているとわかってはいても少し嬉しくなる。

「ささ、行きましょう」と手を引いたノアに私はその照れが伝わらないように俯いたまま頷いた。


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