表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/32

拗らせ王子の勘違い

 

「で? 130回目だっけ、また失敗したの?」

「ちょっと、オードリー。3回も盛らないでくれる?」


 私は学園内のカフェテリアで机に突っ伏していた。向かいの席に座り、「そんな変わんないわよ」と笑っているのは親友のオードリー。


 オードリー・コックス侯爵令嬢。身分も一緒、クラスも一緒で仲良くなり今に至る。騎士団に所属していた経験があるからか、少し男勝りで直球的な女の子。

 彼女といると気が楽だ。けれど親友の彼女にも、私が聖女であることは内緒。


「いい? その3回分は私の徹夜6日分だと思って」

「はいはい。じゃあお詫びと次頑張れってことでアイス奢ってあげる」

「許す」


 我ながらびっくりするくらいの早さでアイスに釣られてしまった。目の前に差し出されたストロベリーアイスに思わず笑みが溢れる。


「それで、どうして婚約解消したいんだっけ? あの完璧イケメン王子に何か不満でもあるわけ?」


 うぐっと思わずいちごを詰まらせそうになった。

 聖女と王妃の兼任が無理だからです! と声を大にして言えたらどれほど楽だろうか。

 しかし、今まで特にオードリーに理由も伝えず婚約解消失敗の愚痴ばかり聞いてもらっていたのだ。申し訳ない。


 頭を捻るが、それ以外特に理由はなかった。別にノアに対して不満があるわけではないし、好きあっていなくても貴族ならば仕方がないことだって理解している。


「うーん……何考えてるかわかんないとこ、かな」

「ああー、確かに。まああんた恋愛結婚したいって前言ってたもんね」

「あー、うん。言ってた言ってた!」


 まだ聖女生活してない頃の私。何呑気な発言してるの! と嗜めたくなる。しかしこれ以上どうしようもないので黙ることにした。


「まあ、私はあんたの親友だからね。幸せになってほしいわけよ」

「オードリー……!」

「ってわけで、私が考えた作戦聞いて」


 ドヤ顔のオードリーに私は身を乗り出して作戦の内容に耳を傾けた。それから「いけそう!」とつられてドヤ顔をする。


「あんたがダメダメだって証明するのよ! もちろん半分はでっち上げるわ!」

「イエッサー!」




 ***




「……なーんか、またエラちゃんたち面白いことしてんね」

「ちゃんづけはやめてほしいんだけど。僕の婚約者だよ?」

「ひぇー、怖っ。分かったよノア王子」


 僕は視界に愛しい婚約者を捕らえながら、隣の友人にすかさず牽制をする。

 ちなみに彼はケイト・リード。幼馴染であり、若くして副騎士団長の座につく男である。


 わざと僕の目につくところでやっているのだろう、盛大にずっこけてみせたりスカートをたくし上げて走る婚約者、エラを見つめながら笑みを浮かべる。

 ……スカートの方は注意しておこう。うん。


「それにしても、エラもよくやるなあ。今更ダメっぷりを見せつけられたところで、嫌いになんてなるわけないのに」

「うげ、また始まったノアのノロケ。どっか行ってていい?」


 と言いつつも聞いてくれるのがケイトの良いところでもある。なので僕はもう何回したか分からない出会い話をここぞとばかりに聞かせる。


「そもそもさ、僕はエラのマイナス部分を最初に見てるんだよ。僕はちっともマイナスだと思ったことはないけれどね」



 出会いは、僕の8歳の誕生日パーティだった。当時はまだエラと婚約していなくて、招待客の1人でしかなかったけれど。

 休憩しに中庭に来て、動物まみれ泥だらけになっているご令嬢を見てしまった僕の気持ちを想像してみてほしい。


『ごめんなさい。お花を眺めていたらいつの間にかこんなことになってしまって』

『はあ……』


 これが最初の会話。申し訳なさそうにはしているが、ちっとも悪びれていないという雰囲気にあっという間に絆されて。

 そのあと一緒になって泥だらけになって、パーティの半分を彼女と過ごした。おかげで両親、さらにはイスメラルダ家のご夫妻にも怒られた。


 後に彼女は『あの悪夢は忘れてください』と言ったけれど、忘れるわけなんてない。

 あれが彼女との出会いで、婚約にこぎつけてそれからずっと僕は彼女を想い続けているのだから。



「でもさー、未だに片思いなんだろ? 早く手出しちゃえばいいんじゃね?」

「できるわけないだろ。彼女の気持ちがともなっていないのにそんなことしたって意味ないし嬉しくない」

「まったく、そういうとこだけは律儀なのな。どこかに行かせる気なんてさらさらないくせに」


 くつくつ笑いながら楽しそうに言うケイトに、僕も悪い笑みを浮かべる。牽制、根回し、彼女を手に入れるためなら何をしたって苦痛なんてない。


「だけどさ、少し問題があってね」


 そこまで言いかけて「いやなんでもない」と付け加えた。僕が国を守っている騎士ノエルだということは誰にも言ってはいけない。


 ……昨日、王宮の一室で見たことが僕の見間違いではなかったら、エラは僕と一緒に国を守っている聖女エレナ、ということになる。

 お手洗いがある方向とはまったく逆に曲がるものだから慌てて追いかけてみれば、まさか聖女に変身しているなんて。


 しかし、それなら数年前、騎士になるようお告げのようなものがあったあたりからエラがおかしくなりだしたことにも納得がいく。

 下手すぎる嘘に、異様にいなくなること。それから、なぜか婚約解消を迫るようになったこと。


 問題は、なぜ婚約解消を迫られているか――だ。


「それにしても、エラちゃんってなんでノアに嫌われようとしてるんだろ。こんな中身ドス黒いやつでもイケメンで頭いい王子様なのに」

「それは僕も同意。なぜだろうね?」

「んー。まあ考えられることといえば、純粋に王妃が面倒なのか、あとは好きなひとがいるってところかな」


 ぴきぴきっと血管が浮き出る感覚。

 落ち着け、彼女に好きなやつがいるとか許せないけれど。


 そこで、はっと思い至る。

 脳内に映し出されているのは聖女エレナがノエルに笑いかける様子。

 昨日も、いつも、彼女はノエルの前では違う様子を見せる。

 明るく、賢く、少し大胆で。根本的なところはエラと大差ないけれどいつも幸せそうに笑うのだ。


「エラは、ノエルが好き……?」

「ん? ノエルってあの騎士の? まあ騎士様が相手だとノアもちょっと厳しいかもな……っておい!?」


 ケイトを置いて僕はエラの方へ歩みを進めていく。急に動いた僕に慌てふためいている様子が見える。


 キャラメルブロンドの長い髪もエメラルドブルーの瞳も、白い手足も、可愛い笑顔も僕だけのものにしたいと願うのはいけないことだろうか。

 いや、願うだけじゃダメだ。彼女がノエルを好きなのであれば同一人物である僕にだってチャンスはある。


「ノエルも、僕も好きにさせてみせますよ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ