聖女様と騎士様の正体は
新連載です。よろしくお願いします!
5.10 題名変更に伴って序盤内容変更しました。
聖女に恋愛をしている時間なんて、ないのに。
「僕の好きなひと、当ててみてよ」
目の前の騎士様がそう私に囁く。
金色の髪が私に触れる。黒い仮面の下で彼はうっすら笑みをたたえていて。
青い瞳の中に間抜けな顔をした自分が映っていることに気がついて俯く。その相手が自分ではないことを密かに祈る。
……まさか、相棒である彼からこんなふうに迫られるなんて、思ってもみなかった。
彼の様子が変わり出したのは、たぶんあの日から――
***
「――というわけで、婚約解消しましょう!」
「いや、絶対婚約は解消しません」
……また、婚約解消失敗。
私、エラ・イスメラルダはがっくりと肩を落とした。
周りの使用人たちもひそかに応援してくれていたのだろうか、それとも127回目の婚約解消失敗を憐れんでいるのか心なしか残念ムードが広がる。
私が昨夜から考えていた婚約解消のシナリオを開始5秒で論破し、なおかつ涼しげな顔で紅茶を啜っているのは第一王子であり、私の婚約者でもあるノア・ミッチェル。
金髪に、ブルーベルの瞳。容姿端麗、秀才でマナーも最高な誰もが憧れる王子様。正直、直視するのは眩しすぎて目が危ないレベルだ。
そんな完璧王子とどうしても婚約解消したい理由は、私の“秘密” にある。
「そういえば、昨日エラのお家の近くにシャドウが出たとのことですが、お怪我などはありませんか?」
「は、はい! その時私は買い物へ街に、じゃなかった街へ買い物に来ていたので全く問題ないです!」
「1人でですか?」
「え? ああ、もちろん侍女とですけれど……」
「ならよかったです」と微笑むノアを見ながらなぜそこに疑問を持つのだろうと思ったけれど。
とにかくこの下手くそすぎる嘘がバレなくてよかったと今日も安堵する。
というか、家の近くにシャドウが出てくれてかえって祓うのが簡単でした! とは口が裂けても言えない――
“シャドウ” とは古来より存在する、魔物のようなもの。主に陰に巣食っていて、悪さをしたり、町の人を怖がらせたり。稀に人の心の中に入り込んだり、特殊な力を使う危険なものもある。
そんなシャドウを唯一浄化できるのが聖女。
彼女もまた昔から受け継がれてきていて、継承時にシャドウの浄化を主とする白魔法を手に入れるのだ。
――そして、私、エラ・イスメラルダが今の聖女だ。聖女エレナ、周りからはそう呼ばれている。
代々そういう家系だとかそんなのでは全くなくて、今からだいたい1、2年前ごろ前に急にそういうお告げのようなものがあって、急に聖女としての日々がスタートした、という感じで。
でも決して渋々やっているわけではない。今では困っている人を助けることができて嬉しいし、やりがいだってある。
それに、私には一緒に戦ってくれる相棒がいるから怖くだってない。
……それで、どうしてこうやって婚約解消を目指しているのか、というと。
理由は一つ、聖女と王妃の両立は不器用な私には荷が重すぎるから!
優秀なノアはこのまま国王になるだろう。つまり私は王妃になってしまうわけで。理由をノアに話せたら良いけれど、聖女の正体は誰にも知られてはいけない。
それに、私のせいでノアや周りのひとに迷惑をかけてしまうのは嫌だと思ったのだ。
しかし、こうも毎回、我ながら失礼すぎるレベルで婚約解消を迫っているというのにいつものらりくらり、さらに正論をぶつけられては撃沈する毎日。
頭のいいノアのことだからきっと17になった今、領地も潤っていて対立関係も特にないイスメラルダ侯爵家と婚約解消するデメリットを考えているのだろう。
「……ずいぶんと長い考えごとですね」
「また今日もダメだったなあ、と悲観に暮れていました」
「まあ、いくら頑張っても僕との婚約解消は無理ですので。早く諦めてくださいね?」
意地悪にそう微笑んだノアに、私は思わずテーブルに突っ伏しそうになる。たしかに、無理そう。
とほほ、と本日の反省会を脳内でしながら紅茶を口につけると衛兵の1人が慌てた様子で飛び込んできた。
「殿下、シャドウが城下街に発生いたしました」
「分かった。敵数はどのくらいだ」
「Cランクサイズのものが数十匹ほどです」
「すぐに兵を出せ。近隣の住民は避難させるんだ。聖女様と騎士がくるまでもたせてくれ」
ノアは勢いよくそう指示を出すと、その勢いのまま私の手を掴んだ。それもそうで、私はこの場から静かに離れようとしていたのだから。
「エラ、どこへ?」
「ええっと……ちょっとお手洗いに」
「でしたら誰か護衛をつけてください」
「いえ、でも皆さんお忙しいですし……」
私が苦笑いを浮かべているとノアは何やらごにょごにょと召使いに頼んでいる。まずい、このままでは完全に逃げ出すタイミングを失ってしまう。
以前逃げ足が早すぎると部屋に半ば閉じ込められた状態になったことを思い出し、私は青ざめる。こうなったら恥ずかしいがもう間に合わない、と喚くしかない。
「す、すぐ戻ります!!」
私はノアと召使いたちの間をぬって駆け出す。
曲がった方向にお手洗いがなかったと気がついたのはもう聖女の姿になった後だった。
***
「まあ、仕方ないよね。バレないバレない!」
私――今は聖女エレナ――は、白いローブに白い仮面を着けている。この白さっぷりがトレードマークになっているらしく街の人たちは空を見上げて「聖女様が来てくださった!」と歓喜する。その場にはもうノアが指示した兵も集まっていて。
「ノア様は相変わらず仕事が早いけれど……私の相棒は今日は遅れているのかしら?」
やれやれ、と肩をすくめれば「やあ」とどこからともなく声が聞こえてきて。私は声がした方を振り返る。
屋根の上に立っていたのは私の相棒であり、聖女を護ってくれる騎士ノエル。
黒いスタイリッシュな騎士姿、黒い仮面をつけているが、綺麗な金髪と青い目がのぞいている。
「待たせてごめんね。さあ聖女様、さっさと片付けちゃおうか」
「そうね。じゃあ早速なんだけど私の周りにシールドを張ってくれるかしら? このくらいなら広範囲魔法で……ってノエル、聞いてるの?」
反応のないノエルを見れば、ノエルは私を見つめたままどこか上の空だ。目の前で手をひらひら振って別世界に行っている彼を引き戻す。
「ああ、ごめん。で、どうしろって?」
「もう、ちゃんと聞いててよね。だからね」
言いかけて、私は咄嗟に身をかわした。
シャドウが空中にいるこちらに向かって煤の塊のようなものを投げつけてきたのだ。
「うう、Cランクといえど面倒ね」
「え、あ、そうだね!」
「今度は一体どうしたの? 今日はいつもに増して感情が豊かね」
くつくつと笑いが溢れる。それになぜかノエルは顔を赤くしていて。熱でもあるんじゃないかと疑ってしまう。
それにしても、早いところ浄化しなければ。Cランクだからか陰から出ての行動はできないようだから今のうちに祓ってしまいたい。
しかしそれにはノエルのシールド魔法が必要不可欠。
「ノエル、早く倒さないと最高のバディの名が廃るわよ?」
「あ、ああ! そうだね。任せてよ」
どこか息巻いた様子でノエルは分厚いシールドを張ってくれた。その中で私は安全に白魔法を発動させる。
目をゆっくり閉じて、祈る。その祈りは羽の形を模してシャドウたちを囲いこむ。
しゅー、っとまるで水が蒸発するような音がしてシャドウは消える。これで浄化は完了。
「聖女様ありがとう!」「騎士様カッコいい!」そんな声で辺りはあっという間に賑やかになる。こうなれば後私たちは気付かぬうちに姿を消すだけ。
「やっぱり私たちは最高のバディね!」
屋根の上から街の様子を見下ろしながら私はノエルに笑いかける。ノエルは相変わらず様子がおかしくって、私はさらに笑ってしまう。
「次会う時はしっかりしていてよ。熱があったらよく休んでね。じゃあね」
私はさりげなく手を振ってふわりと舞い上がる。
「彼女は、エラ、だった……?」
もちろんノエルが、そんなことを呟いていたなんて気がつくはずもなく――