第九話 宿の酒場
私は案内してくれたドワーフさん(人間だった)に、散々頭を下げたあと宿屋に向かう。
しばらく進むと宿屋が見えて来る。
確かに向かいにも宿屋がある。
向かいの方が新しく綺麗な宿屋だった。
教えてくれなければ、向かいの方に泊まっていたかも知れない。
私は宿屋の古い木の扉を開く。
中は酒場になっていて、少なくない人がテーブルで声を出しながら、お酒を飲んでいた。
その中で恰幅のいい年輩の女性が木のジョッキを手に走り回っている。
「あ、あの…… 」
私はその女性に声を掛けようとする。
だけど忙しそうで、なかなかこっちに気付きそうではない、私は諦め待とうとした時、元気な声が私に向かって響く。
「ごめんな、お嬢ちゃん! ちょっと待っておくれ」
その女性は両手のジョッキをダンッとテーブルに置くと、私に向かって来た。
「見ない顔だねお嬢ちゃん。どこから来たんだい?」
私が答えそうにする時でも、お客さんから注文が飛び交っている。
「ちょっと待ってな! 飲んだくれども! こっちが先だよ!」
客に向かって、その女性はひと吠えしたあと、あらためて顔を私に向けた。
「騒がしくて悪いねぇ。私がここの女将だよ」
「あの…… 東から…… 」
私の答えに、女将は少しだけ眉をひそめると、階段の横にあるカウンターに向かって、大きな声で吠えた。
「アンタ! 新しいお客さんだよ! 一番いい部屋に案内しな!」
気付かなかったが、カウンターにいた、ボサボサ頭で丸メガネをかけたヒョロっとした男性が女将の声にビクッとしたあと、慌てて棚から部屋のカギを取り出そうとする。
「さっさとしな! 若い娘を待たすんじゃないよ!」
威勢の良い声で言う女将に私は焦りながら耳打ちした。
「あ、あの…あまりいい部屋だとお金が…… 」
お金の使い方は、お爺さんやオババには教えてもらっている。
だけど、村ではほとんど物々交換でしかやっていない。
私は使い慣れないお金に不安が浮かび上がって来ていた。
「大丈夫だよ。アンタの村にはだいぶお世話になっているからね。タダと言うわけにはいかないけど格安にしとくよ」
恰幅の良い身体を揺らしながら、女将は笑顔で言う。
そこに声が上がる。
「ア〜ッ! 娘っ子!」
新しく店に入って来た客らしき男が、私に向かって指を刺していた。
どこかで…… 会ったような気がする。
「うぉい、なんだ? どうした? 何かあったんか?」
テーブルに座る別の男が、声を上げた男に声をかける。
「こん娘っ子、道端でションベンしおったんや!」
酒場が一瞬、静まり返る。
私も一瞬何を言っているのか分からなかった。
だが時間と共にその意味と、言った男の事を思い出した。
牛を連れてた男だ。
恥ずかしくて頭に血がのぼる。
「ちっ! 違うもん! あれは魔じゅ…… 水袋のの水をこぼしただけだもん!」
私は顔を真っ赤にしながら叫んだ。
とたんにあちこちから笑い声が上がる。
「まったコイツの早とちりが出やがった! ギャハッハッ!」
「こんなめんこい娘っ子が、そんなこつするわけなかろう!ヒッヒッ〜!」
私は顔を真っ赤にしながらも、内心は焦っていた。
危ない、魔女である事がバレるところだった。
「ほうか〜」
牛を連れていた男はキョトンとした顔で、そう言う。
私は赤い顔のまま、牛と共に丸焼きにしてやろうかと思い始めた時、女将さんが静かに言った。
「アンタ達、こんな若い娘に恥かかすようなら、今日中にツケを全部払って貰うよ」
とたんに酒場がピタッと静かになる。
「フンッ! アンタ! 早くしな!」
腕を腰に当てつつ、女将は鼻息荒くそう言うと、カウンターの男性(旦那さん?)が慌てて私に鍵を差し出す。
「部屋は二階の一番奥です〜」
私はその鍵をそろりと手に取る。
「悪かったねぇ。今日はゆっくり休んでおくれよ」
女将さんは私に申し訳なさそうに、そう言った
「いえ、ありがとうございます」
私は女将さんに頭を下げると、そのまま階段を上がっていく。
今日は本当に疲れた。
「あとで食事と身体拭くためのお湯を持っていってあげるからね」
二階に上がった時に女将さんの声が響く。
ありがたい。
お腹はペコペコだし、今日は暑いわけではなかったが、だいぶん汗もかいていた。
「ありがとうございます、お願いします」
階段下に向かって私はそう言うと、一番奥の部屋に進んだ。