第八話 最初の村
「ふぅ、着いた」
私の旅の最初の目的地となる村が見えてきた。
陽は傾いてきているが、まだ明るい。
(よかった、明るいうちに着いた)
森の中の道は、少しでも陽が傾くと薄暗くなり、身動きが取れなくなってしまう。
たまにオオカミなどに遭遇してしまう事もある。
滅多に人を襲うことは無いが、襲われたらひとたまりもないだろう。
私は安堵の表情を浮かべると、村の入り口へと向かって行った。
「嬢ちゃん、見ない顔だな、どこの娘だ?」
私が村の門を通ろうとした時に声が掛かる。
若い男の人だ。
肩に木の棒を担ぎ、腰には短剣をぶら下げていた。
「東から来ました……」
私の答えに若い男の人は眉をひそめる。
「この村の東って、何もないはずだがな」
男の人の口調と目つきが鋭いものに変わる。
そして肩に担いでいた木の棒を地面にトンと置いた。
私はその態度に怖くなる。
喉元に引っ掛かる言葉「魔女の村から来た」
だけどこれは吐き出せるはずもない。
旅先で魔女である事を知られる事は、旅を難しくするものだと散々教えられてきた。
「あ、あの…… 」
足が震える、だけど何を言えばいいかわからない。
私は泣き出したくなる気持ちを必死に押さえていた。
そこに大きく図太い声が響く。
「うぉい! 何やってんだ! 娘っ子を泣かすんじゃねぇ!」
村を囲う塀の陰から人影が現れる。
ずんぐりむっくりした体型に革鎧を着込み、見事な口髭をはやし、頭は光り輝いていた。
(ドワーフ?)
初めて見る。
かなり歳をとっているようだが、筋骨隆々で逞しく、肩に担いだ重そうな戦斧を全然気にする事なく、若い門番に喋りかけている。
「は、班長! 怪しい人物と思いましたので!」
若い門番らしき男は、その人物に背筋を伸ばして報告をする。
「あん? どういう事だ?」
ドワーフは門番の男に、怪訝な目を向けつつ質問した。
「この娘が東からやって来た。と言ったので!」
若い男は私に目を向ける事なく、そのドワーフに向かって言った。
「ふむ」
ドワーフの目が私の方に向く。
私は何も言えず、そこですくみあがってしまう。
「嬢ちゃん、「深淵の森」の者か?」
「深淵の森」、そういえば以前この村に来た時に一緒にいた私の村の大人の人が、この村に入る時にそう言っていたのを思い出す。
「は、はい!」
私は慌てて返事をする。
すると、そのドワーフは見事に光り輝く頭をポリポリと掻きながら私に言った。
「すまねぇな嬢ちゃん、こいつ門番になったばかりでよ」
ドワーフはそう言いながら申し訳なさそうにしている。
若い門番の男は私を、驚いた表情で見ている。
「い、いえ」
私はドワーフに向かって言う。
その横で若い門番の男が口を開いた。
「魔女の…… ウッ!」
たちまち若い男はドワーフに胸元をドンと殴られる。
若い男は、その場にうずくまった。
「おい! 体調悪いなら休んどれ、あとで薬持っていってやるよ」
若い門番は顔を青くしてドワーフに言った。
「す、すいません」
そして、そのドワーフは私に向き直り言う。
「悪いな、少しばかり村を案内しよう」
クルッと背を向けると、そのドワーフは歩き出す。
私は慌ててその背中を追った。
「あ、あの…ありがとうございます」
私は大きな背中に向かって言う。
「いや、気にしちゃいねぇ。こっちの落ち度だ」
ドワーフは振り返る事なく私に言った。
「嬢ちゃん、西に向かうんだろ?」
このドワーフは私の事情を知っているらしい。
「…… はい」
私の返事にドワーフは立ち止まる。
「コレから先はこの村か次の村の出身としてた方がいい。「深淵の森」も口にしない方がいいだろう」
「…… はい」
お爺さんとオババが言っていた事を思い出す。
「魔女である事をひけらかさせるな」…… と。
私は歩きながら不安な気持ちを抱え始めていた。
その時ドワーフが口を開いた。
「この先に宿屋が二軒あるが左側のを使うがいい。お前さんの村の事、旅のことも知っている」
ドワーフは道の先を指差しながら、私に教えてくれた。
(ありがたい…… )
このドワーフに合わなければ、あの若い門番に足止めされていただろう。
どうかしたら村に入れなかったかもしれない。
私は心を込めて、光り輝くドワーフに向かって感謝の言葉を送る。
「ありがとう、ドワーフさん。本当に助かりました」
私の言葉に目をパチクリさせたあと、ガッカリした表情でそのドワーフは小さく言った。
「わし、人間なんだが…… 」