第七十五話 投げられた小石
「あれは人間じゃねぇ」
聴きなれた声が小さく響く。
「リュト!」「リュト………」
私とシェランさんの声が重なる。
リュトはゆっくりと上体を起こそうとした。
「痛っつつ………」
身体が痛むらしい、苦痛に顔を歪めながら、リュトは額に手をやる。
私は慌ててリュトの側により背を支える。
そしてリュトの状態を確認した。
呼吸は正常だけど弱く、フェンリルの体毛で止血した効果もあって、頭部からの血は止まっているけど顔色が悪い。
「あれは人間じゃない。わかるんだ……… あれを真正面から突破するのは無理だ」
「リュト。人間ではないという根拠を示すことはできるかい」
見ていても意識が朦朧としているリュト。
私はそんなリュトの状態を見て、無理に喋らない方がいいと判断した。
「あの、シェランさん。リュトは………」
だけど、リュトの手が私の肩を引いた……… 弱々しく。
「メテル……… 言わせてくれ」
話すと呼吸が乱れる、その言葉は私の口から出ることが出来なかった。
こんなリュトを見たら………
「姐御、姐御の予想とは違うかも知れねぇけど。ハァ、俺は、俺には奴の攻撃が人間のものとは思えねぇ。敵の気配は俺も感じた。ハァ、だけど、奴の殺気が見えなかった。ハァ、俺には、ハァ、メテルの言うように罠のように感じたくらいだ」
だんだん呼吸が乱れて、肩で息をする様になっていく。
「だけど気配は確かに感じた。ハァ、あれは人間じゃねぇ。ハァ、ハァ」
「……… リュト。ありがとよ、もうちょっと休んどきな………」
シェランさんはそう言うと、チラッと地面に置いた薬瓶に目を向ける。
小さな薬瓶の口から湯気のようなものが立ち昇っている。
その薬瓶の中身は半分を切っている。
たぶん、魔除けの部類と思うけど、もう数刻で無くなってしまう。
私は水袋をリュトの口にあてがい、水を飲ませると身体を横にさせ休ませる。
その休む時間も、もう残りわずかだろう………
「ダメだ! 近づけない!」
シェランさんが吐き捨てるように声を上げる。
「そうじゃな、夜目のきくワシでも姿は確認出来んかった。ここでなく外ならあるいは………」
ダレフさんの声も重い。
みんなの声とその内容に、気持ちが沈む。
そのとき、肩にいた精霊さんがフワリと浮き、シェランさんとダレフさんに近づく。
そして2人の目の前で、薄い人の背丈ほどの大きさの水魔法を展開する。
「精霊さんダメだ。そんな薄い水の壁じゃああのランスは防げない」
それを見たシェランさんが一目瞭然とばかりに、力なく答える。
ダレフさんも暗い表情のままだ。
「あ、あの精霊さん。みなさんの邪魔にならないように………」
私は思わず声をかける。
あんな薄い水の壁など使い物にならない事くらい私でもわかる、恥ずかしいほどだ。
そのとき精霊さんの声が聞こえた。
「(ソコカラ、イシ ナゲテ)」
「え?」
私の声にシェランさんとダレフさんが顔を向ける。
2人には精霊さんの声は聞こえない。
2人とも暗い表情のまま“何をしているんだ?”といった感じだ。
「(イシ ナゲテ)」
もう一度声が聞こえた。
聞き違いじゃない。
私は戸惑いながらも何も言わず、足元の小石を拾うと、それをエイッとばかりに精霊さんに向かって投げる。
短い距離を大きな弧を描きながら、ノロマな小石が飛んでいく。
それを変わらず暗い顔で見ていたシェランさんとダレフさんだったが、小石が精霊さんに当たる、そう思ったとき2人は急に目を見開くことになる。




