第七話 お爺さんと魔術
私は村を出て半日ほど歩いた。
空は澄み渡り、風も心地よい。
木々からは小鳥のさえずりが聞こえ。
道の脇には小川が清々しい水音をたてていた。
けれど歩きっぱなしは流石にキツイ。
私は道端にある、大きな平べったい岩の上にペタンと腰を下ろした。
「はぁ〜、疲れる〜」
私は腰にぶら下げている、皮製の水袋を取り出す。
すでにもうペッタンコになっている。
張り切りすぎて喉が渇き、だいぶん水を消費している。
旅ではこの水筒で、一日は持たせなければならないらしい。
反省しなければならない。
旅は始まったばかりなのだ。
私は少しだけ水を口に含み、小さな包みから一粒の木の実の塩漬けを口の中に入れた。
道中はよっぽど安全じゃない限り「匂いの出るような物を外で食べようとするな」とお爺さんから教わっていた。
いろいろ呼び寄せるからだ。
この塩漬けの木の実も教えてくれた。
もうちょっと持ってきたかったけど、ポーチがいっぱいだった
それにもうすぐ同じ木の実がなる時期だから、その時に作ればいい。
(そういえば……)
この塩漬けの木の実を狙ってネズミが家に入り込んでいたから、落とし穴を仕掛けたままだった。
ちょうど大人一人分の大きさで。
(ま、いっか。うん)
私は気にしないことにした。
来た道を振り返る。
思ったより先に進んだ。
これなら確実に日が暮れる前に、一つ目の村に到着するだろう。
西の村へは以前に二度ほど行った事がある。
比較的大きな村だ。
ふと周りを見ると小さな祠が目についた。
自分の背丈と同じくらいの小さな祠だ。
石で作られたその祠は、前が開いており、中には女神像の姿が伺える。
そしてそれは、私の村にもあった。
私は両足を立てて、そこに自分の頬を乗せる。
「お爺さん……」
呟きと共に私は私のお爺さんの事を思い浮かべていた。
私とお爺さんは血が繋がっていない。
私は村の近くにある、この祠のような女神像の前に捨てられていたのだ。
その女神像の前で泣く私を、お爺さんが見つけてくれ、育ててくれたのだ。
お爺さんは遠い東の国の人で、船で海を渡っていた時に嵐に遭遇して、この地に流れ着いたらしい。
お爺さんは、黒い髪と目のせいで色々な人から迫害を受け、一つの地に止まることが無かったそうだ。
そして流れ流れて、最後に魔女の村にたどり着いたと言ってた。
そのお爺さんも、もういない二年前の冬に風邪をこじらせて、天国へいってしまった……
(あれ?)
急に頭が軽くなる。
そして肩に何かが乗った感じがする。
私は顔上げると、私の肩に精霊様が乗っていた。
そして、こちらを覗き込んでいる。
そして私を心配していることが伝わってきた。
「大丈夫です。さあ行きましょう」
私は笑顔でキノコ精霊にそう言うと、スッと立ち上がる。
キノコ精霊は肩からピョンと飛ぶとフヨフヨと宙を漂い、私の腰の位置までくると、皮の水袋を引っ張り、小川の方を小さな腕で指した。
(水を汲まなくていいの?)
そう言っているみたいだ。
嬉しい……
「大丈夫ですよ。精霊様」
私は精霊様に微笑みかける。
「私は魔女ですから」
そう言うと、私は辺りを見渡す。
誰もいない事を確認すると、腰のポーチから一枚の紙を取り出した。
紙には「水」と書かれている。
「水を司りし魔素よ。我がマナに応じよ」
視界に魔素が現れる。
その魔素の中から白の魔素と小さく薄い水色の魔素が集まりだす。
白い魔素一つにに水色の魔素が二つくっつくと、それらは空中でクルクルと渦を作り出す。
そしてそれが紙に触れると、小さな水の滴が紙に現れて、紙から水の滴がポタポタと落ち出した。
「ね! 水くらいならいつでも用意出来るの。お爺さんから人に見られたらダメって言われてるから、場所を考えなきゃダメなんだけど」
私はお爺さんから人前で魔術を使うなと教えられている。
オババからも言われていたけど、お爺さんの方が真剣に怖いと思えるくらいに教えられていた。
紙からポタポタと水が滴り落ちる様子をキノコ精霊が見ている。
いや、水というより私の頭の方……
「あっ!」
私はしゃがみながら慌てて両手を頭のほうにやる。
やっぱり髪の毛が逆立っているようだ。
「あーん、もう!」
濡れた手で頭を触ることで、さらに嫌になってくる。
そこにキノコ精霊がポンと頭の上に乗ってきた。
そして前と同じようにシュルリと髪の毛をまとめてくれる。
そして最後にポンとした音と共に小さな髪飾りと変わる。
「ありがとうございます。精霊様」
私は精霊様に感謝の言葉を述べた時、道から人影が現れたのに気付く。
大きな牛を連れている。
たぶん近くの農家の人だろうけど、ろくに村の人以外は喋った事もない。
それに魔術を見られたかもしれない。
私は慌てて立ち上がると、俯いたまま、小走りに牛を挟んで、挨拶もなしに農家の人の横を通り過ぎた。
「あんれ〜、見かけない娘っ子だやなぁ〜」
通り過ぎていったメルに向かって牛を連れた男はそう言ったあと、顔を元に戻す。
そこで男は気付いた。
先程の娘がしゃがんでいたところだけ、地面が濡れていた。
「あんれー、はしたないのー。人が少ないからって道端で用足ししおったかー」
男の横で、牛がモーと鳴いた。